雪辱を果たすという言葉がある。報復、仕返しなどの意味で使われる。雪辱が復讐と違うのは、復讐がただ相手を倒すことだけを目的するのに対して、雪辱は相手を倒した後に掴むものがあるということだろう。
アメリカ中、否、世界中のデュエルファンが集まったニューヨーク・ドームにて因縁の雪辱戦が始まろうとしていた。
ニューヨーク・ドームは建設以来、多くの名デュエルが繰り広げられてきたデュエル用のドームである。
日本における海馬ドームに相当するといえるだろう。数年前に行われたNDL王者とシャイニング・リーグ王者のドリーム・マッチが行われたのもこのニューヨーク・ドームだ。
そしてニューヨーク・ドームはその戦いの歴史にまた新たなる一ページを加えようとしていた。
これはNDLのランキング戦ではない。かといって多くのスポンサーが出資した大規模な大会でもない。
ここで行われるのはただ一度のデュエルだけだ。
NDLの試合でもなく大会でもなく、このドームに立ち見客が行列をつくるほどの観客が押し寄せるのは数年前のドリーム・マッチ以来だ。いやもしかしたらドリーム・マッチの時よりも多くの観客が詰め寄せているかもしれない。
ドームのモニターにはこれからここで対戦する二人のデュエリストの名前が表示されている。
ペガサス・J・クロフォード VS キース・ハワード
これがこのドームで戦う決闘者の名前だった。
それは十年以上は前のこと。ニューヨークにてデュエルモンスターズ黎明期、不敗神話をもつ創造主と最強伝説を築き上げた王者の戦いがあった。
全米が待ち望んだ夢の戦いは〝千年アイテム〟という超常の力をペガサスが使ったこともあって、キースの屈辱的敗北に終わった。
以来キースは落ちぶれ、デュエルモンスターズ界の表舞台から姿を消した。
デュエリスト・キングダムで一度だけ再び表舞台に現れたことはあったが、その戦いで当時初心者だった城之内克也に敗北し再び姿を消した。
それから幾年も経ちキース・ハワードの名は人々の記憶から忘れ去られてしまった――――はずだった。
ネオ・グールズの滅亡と同時に表舞台に戻ってきたキースはプロリーグに入るや否や連戦連勝。プロリーグでキャリアを積み重ねてきたトッププロを全く寄せ付けない強さを見せつけ、バンデット・キースの完全復活を世界中に示した。
しかし復活すれば人々の目は再びキースが表舞台を去る原因となった出来事に目を向けるようになる。
元初心者デュエリストで現在はNDLで活躍中のプロであるトムは、キースとのデュエルで何も出来ずワンターンオーバーキルを喰らい失神。
キースは雪辱の一つは果たし、取り敢えずは汚名返上をした。そうなるとキースと、そして人々が望むのは因縁の相手であるペガサス・J・クロフォードとの再戦である。
NDLで新人王を始めおおくの称号をその渾名通り盗んでいったキースは、記者会見の場で高らかに告げた。デュエルモンスターズ創始者ペガサスへの挑戦を。
ペガサスは強い。なにせ武藤遊戯に敗北するまで誰一人として黒星を許さなかったデュエリストなのである。その実力はトッププロ以上、〝伝説の三人〟にも並ぶほどだろう。
だがデュエルモンスターズ創造主といってもペガサスはプロではない。現場の第一線を退き、今はI2社の名誉会長として隠棲している身だ。
プライベートなものを除けば、デュエルをしたのは数年前のエキシビションマッチの一回きりだ。何度かプロデュエリストがペガサスへの挑戦を望んだものの、ペガサスは「もう自分の時代ではない」とそれを拒否している。
故にキースのペガサスへの挑戦にマスメディアは湧いたものの、それをペガサスが受けることはないだろうというのが殆どの見方だった。
しかしその予想に反してペガサスはキースの挑戦を真っ向から受けた。
恐らくそれは嘗て自分が犯した過ちに対するせめてもの罪滅ぼしだったのだろう。
自分のポケットマネーでドリーム・マッチの宣伝から施設使用料まで全ての準備を済ませ、十数年ぶりとなる戦いが成立したのだ。
「遂にこの時が来た、か。俺も少しだけ感慨深いものがあるよ」
選手控室、キースはコーラで乾いた喉を潤しながらデッキの最終調整をする。
何故か一緒に控室に詰めている丈はそれを黙って見ていた。
「はっ。テメエには関係ねえだろうが。……あぁ、いや全く関係ねえわけでもねえか」
キースとしては素直に認めるのは非常に癪だが、キース・ハワードが表舞台に戻る切欠を作ったのはここにいる宍戸丈だ。
もしもバクラに憑りつかれネオ・グールズを結成していなければ、もしも三邪神を巡って宍戸丈たちと戦っていなければ。そんなもしもが一つあるだけでキースはこの場にいなかっただろう。
そういう意味で丈もこのデュエルの関係者であるといえた。
「だがな。これは俺のデュエルだ。テメエの力なんて借りねえぞ」
「勿論、俺もそんなつもりはない。大体相手が相手……俺だってどうやって助けたらいいのか分からないし、そもそも人の戦いに口出しするほど無粋じゃないつもりだ」
「ならいい」
デッキの最終調整は、もういい。キースの精魂を注いだ対ペガサス用に自分のデッキを改良し尖らせたデッキである。
コンディションはいい。デッキも万全。ならもし負けることがあれば……それはキース・ハワードがペガサスに劣るという証明となるだろう。
(絶対に、負けねえ)
今もキースの脳裏には十数年前の戦いが焼き付いている。デュエルモンスターズ宣伝の餌にされ、全米が見守る中で初心者の子供に敗北するという屈辱を味わわされた最悪の記憶。
思い返す度に腸が煮えくり返る。このことを自分が忘れることは永久にないだろう。そして例えこの戦いに勝ったとしても、ペガサスへの怒りが消えることもない。
「月並みな言葉だけど、頑張れ」
「本ッ当につまんねえ言葉だな」
キースはそう吐き捨てると控室のドアを開ける。この先にペガサスがいると思うと足が止まった。
このデュエルは雪辱以上の意味がある。キース・ハワードの時間はあの時の敗北以来止まってしまった。止まった針を動かすためにも、このデュエルはやらなければならなかった。
デュエル場に出ると四方八方から歓声が降り注ぐ。そういえば前にペガサスと戦った時も似たようなものを浴びたな、とキースはらしくもない感傷に浸る。
そしてデュエル場には既にペガサスが立っていた。
「―――――――」
サングラスの奥のキースの目が見張った。もしもペガサスが罪悪感から手を抜こうとしているようなら、この場で殴りつけてやるつもりだったのだが、そんな必要はないらしい。
そこにいたのは名誉会長ペガサス・J・クロフォードではなく往年の絶対王者ペガサスだった。
ペガサスは十数年前の罪滅ぼしのために、一切の躊躇も油断もせず全力でキース・ハワードを叩きつぶすつもりだ。
「はっ! そっちの方が潰し甲斐があるってもんだ。よぉペガサス、こうして面ァ合わせるのは………いつ以来だ?」
「キース、私は貴方に対して人としても、デュエリストとしても許されざる行いをしました。愚かにも一時は貴方に勝利を譲るべきではないのか、などと考えもしました。
しかしそれは貴方というデュエリストに対する侮辱以外のなにものでもないでしょう。なので私も遠慮はせず貴方と戦います」
「望むところだ。……………ぶっ潰す!」
キースとペガサスのデュエルディスクが同時に起動した。
フラッシュバックする記憶。死の恐怖を味わったこともあった。罵詈雑言を浴びせられたこともあった。
最悪の人生からここで決別する。
「「デュエル!」」
今日はキースが挑戦し、ペガサスが受けたという形なので先攻はキースからだ。
「俺の先攻、ドロー」
最初にきた六枚の手札を確認する。
今日という日のために数少ないペガサスが行ったデュエルを何遍も見て研究してきた。それに対する用意もしてある。だがそのカードはまだ手札にない。
けれど運命の女神が少しは笑ってくれたのか、それ以外は悪くない手札が揃っている。
「先ずは手札より可変機獣ガンナードラゴンを攻撃表示で召喚するぜ」
【可変機獣 ガンナードラゴン】
地属性 ☆7 機械族
攻撃力2800
守備力2000
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。
サイバー・ドラゴンとはまた異なる姿の機械龍が降臨する。攻撃力2800の最上級モンスターだが、その効果により生け贄なしで通常召喚された。
しかし妥協召喚したことで攻撃力と守備力が半分まで低下する。
効果と攻撃力・守備力なら神獣王バルバロスの下位互換ともいえるカードであるが、種族がサポートカードの多い機械族なのでその意味では優れている。
「そしてカードを二枚セットしてターンエンドだ」
「私のターン、ドローデース」
キースの伏せた二枚のカードは禁じられた聖杯とリミッター解除だ。
禁じられた聖杯は攻撃力を400ポイントあげてモンスター効果を1ターン無効にする速攻魔法だ。これを妥協召喚したガンナードラゴンに使用すれば攻撃力は3200になる。
更にそこにリミッター解除で攻撃力を倍にすれば一気にその数値は6400となる。
もしもペガサスが攻撃力2400以下のモンスターで攻撃してくれば、反撃でワンターンキルだ。しかし、
「フフフフフフ、キース。ユーの伏せた二枚のリバースカード。それはリミッター解除と禁じられた聖杯ですね?」
「な、何でテメエがそれを! まさかイカサマを―――」
「NO!デース! イカサマなどではなく、経験に元ずく推測デース。もっとも推測なだけで確証などありませんでしたが、貴方のリアクションで確信がもてました。サンキューデース」
「テメエ……!」
歯噛みするが、ペガサスはあくまでも自然体だ。
イカサマといってもペガサスは既に千年眼を失った身である。嘘など吐いていないだろう。ペガサスは本当に自分の頭脳だけでキースのリバースカードを見切ったのだ。
「ところで…ユーは
「あ? ンな下らねえもん知らねえよ。俺が好きなのはロメロのつくるゾンビ映画だよ糞野郎」
「OH! 彼の作品は私も好きデース! けどそれ以上に私は
テレビの画面いっぱいに暴れまわるキャラクター達は最高デース。彼らは昔から私の親友であり、憧れであり、理想であり、そして共に戦う仲間でもある。フフフ…彼らは決して私を裏切らない。そして永遠に死ぬ事もない。
そんな世界にユーを招待しましょう。 私が発動するカードはトゥーン・キングダム!!」
「いきなり来やがるのか――――!?」
【トゥーン・キングダム】
通常魔法カード
自分のデッキからカードを5枚ゲームから除外して発動する。
このカードのカード名は「トゥーン・ワールド」として扱う。デッキからカードを1枚ゲームから除外する事で、
自分フィールド上の「トゥーン」と名のついたモンスターは戦闘で破壊されない(ダメージ計算は適用する)。
ペガサスのフィールドに漫画本が出現する。漫画本は大の大人が両手でやっと持ち運べるようなサイズで、ページが開くと中からキングダム――――王国が飛び出してくる。
さながら現実に飛び出してくる漫画のごとし、だった。しかしまだその時ではないからなのか、勿体ぶるように漫画本が閉じられる。
「私はさらにトゥーン・ゴブリン突撃部隊を攻撃表示で召喚しマース!」
【トゥーン・ゴブリン突撃部隊】
地属性 ☆4 戦士族
攻撃力2300
守備力0
このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚したターンには攻撃する事ができない。
自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在し、
相手フィールド上にトゥーンモンスターが存在しない場合、
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
フィールド上の「トゥーン・ワールド」が破壊された時、このカードを破壊する。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、
次の自分のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更する事ができない。
ゴブリン突撃部隊をカートゥーン風にしたゴブリンたちが漫画本から飛び出してくると、ベーと舌を出してキースを挑発する。
キースは苛々しげに手で払おうとしたが、ゴブリンは下品に「あひゃひゃ」と笑ってから漫画本の中に引っ込んでしまう。
「トゥーン・ゴブリン突撃部隊は召喚されたターンに攻撃することが出来まセーン。よってユーの狙うリミッター解除と禁じられた聖杯によるコンボも今は役立たずデース。
私はカードを三枚伏せターンエンド。ではキース、ここからの逆転を私はエクスペリエンスしてマース」
「チッ。俺のターン」
トゥーンには直接攻撃能力がある。ゴブリン突撃部隊の攻撃力2300のダメージは4000のライフには致命的だ。
キースは絶対に逆転するという意義込みでカードを引いた。
ゾロ目記念、111です。