宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第116話  集結する最強デュエリスト

 それはデュエルモンスターズが成長期から、プロ黎明期に移り変わる狭間の時期。

 名も無きファラオの魂が冥界に帰る前、二つのキング・オブ・デュエリストの魂が一つの肉体にあった時代。

 現在と未来、或いは過去すらも巻き込んだ〝異変〟が集約した。

 

「まったくすごい人ゴミじゃのー」

 

 決闘王の祖父こと武藤双六はのんびりと言った。

 昔は天才的ゲーマーとして世界で名を馳せた武藤双六も現在では亀のゲーム屋の店主だ。往年にあった生と死の狭間で戦いを繰り広げるギャンブラーとしての顔は面影を留めるのみだ。

 ちなみに孫に黙って並々ならぬ愛情を注ぐピケクラの愛好会を立ち上げようと計画を練っているが今は関係ない。

 

「今日のデュエル大会は、特別ゲストにペガサスも来るからね」

 

 祖父にそう返したのは――――武藤遊戯だった。

 現在におけるキング・オブ・デュエリストであり、未来においては史上最強のデュエリストと謳われる生きる伝説。

 昔は都心にある有り触れた街の一つでしかなかった童美野町だがバトルシティ―トーナメントなどを契機に知名度はみるみると増してきている。

 今回ここ童美野町で開催されるデュエルカップもそういった背景あってのことだ。

 そしてバトルシティの覇者である遊戯は今日の大会にゲストとして招かれているのである。ちなみに友人の城之内は学校の補習。ライバルの海馬は仕事でアメリカだ。

 祖父と二人、のんびりと待っているとやがてヘリコプターが降りてくる。ヘリコプターにはインダストリアル・イリュージョン社のロゴ。ペガサスが来たのだろう。

 

「皆さん! お待たせいたしました」

 

 ヘリコプターの着陸と共に司会が声を張り上げた。

 いよいよとなって会場の盛り上がりが増してくる。

 

「デュエルモンスターズの産みの親、インダストリアルイリュージョン社、ペガサス・J・クロフォード会長の登場です !」

 

 ヘリコプターからペガサスが出てくると、爆発的歓声があちこちから轟いた。

 ペガサスは慣れた様子で手を振りながら、ニコニコと挨拶する。

 

「こんにちは皆さん! 今日このシティでデュエルモンスターズの大会が開かれることを、ミーは心からうれしく思ってマース」

 

 バトルシティでの開幕が嘘のように、今回のデュエルカップは至って平穏な始まり方をした。

 だが――――平和な大会の会場は一瞬で地獄と化す。

 

「あれ?」

 

 遥か上空に遊戯は無数の影を見つけた。

 重力などに縛られず空を悠然と飛ぶ五体の竜。星屑を凝縮した竜がいた、虹色の竜がいた、鋼鉄の機械龍がいた。

 見た目から察するにデュエルモンスターズのモンスターだろう。だが遊戯はデュエルモンスターズのカードについてはそれなりの知識があるが、その三体のドラゴンはどれも見たことのないモンスターだった。

 

「ほ~! 最近のソリッドビジョンは進んどるの~」

 

 双六がのんびりと言う。

 瞬間だった。星屑の竜がデュエル会場を睨みつけると、風のブレスを吐きだしてくる。

 ブレスはまるで本物のように、否、本物そのものの現実的な脅威として会場を焼き払った。

 ビルが破壊され、瓦礫が会場へ落ちてきた。

 

「違う……これはソリッドビジョンなんかじゃない!」

 

 遊戯は千年パズルの所有者になってから多くの闇のゲーム、超常現象と遭遇してきた。だからこれがソリッドビジョンなどではなく、モンスターが現実のものとして実体化しているのだと直ぐに看過できた。

 だが他の観衆はそうはいかない。

 平和な大会が一転して地獄となったことでパニックに陥った人々は、純粋な生存本能に突き動かされ一斉に逃げ出した。

 

「んがっ……遊戯!」

 

「じーちゃん!」

 

 人混みが遊戯と双六を離れ離れにする。

 そして逃げ惑う人々に構わず三体の竜は止めを刺すべく同時にブレスを吐きだした。

 

「オーマイガー、大変デース!」

 

 混乱していたのはペガサスも同じだった。まったくの想定外の出来事に頭を抱えるが、ペガサスは直ぐにその悩みから解放されることになった。

 

「!?」

 

 死という形によって。

 

「オー、ノォーーーー!」

 

 ビルが倒壊し、落ちてきた瓦礫に押し潰されデュエルモンスターズの創造主、ペガサス・J・クロフォードはあっさりと死亡した。

 残るのは瓦礫に潰された人々と、無残にも崩壊したデュエル会場。そして唯一人の生存者、武藤遊戯だけだ。

 

「うう……あ、え?」

 

 遊戯は血濡れの祖父のバンダナを見つける。だがどこを探しても祖父の姿はどこにもない。

 バンダナは瓦礫の隙間から見つけた。更に言えばバンダナは血に濡れていた。ならば祖父、武藤双六がどこにいてどういうことになってしまったのかは――――自明の利というものだった。

 

「じーちゃん、そんな……じーちゃあぁーん!」

 

「ははははははははは、くっくっくっくっははははははははははは!」

 

 悲痛な叫びを嘲笑うかのように男の笑い声が響く。

 遊戯が上空を眺めると、まず天空を回るように動く三体のドラゴンがいた。そしてビルの屋上には白と黒の仮面をつけた男が立っている。

 あの男こそが、この光景を作り出した元凶なのだと遊戯は直感した。

 

「これで私の大いなる実験は遂行された。世界の歴史は変わる。クククッハハハハハハハハハハ!!」

 

 仮面のせいで表情は分からないが、恐らくその顔は勝利の余韻に浸り破顔しているだろう。男はビルの屋上に立ち高らかに自分の勝利を謳っていた。

 しかし遊戯に休む間もなく新たな事態が襲い掛かった。

 

「え?」

 

 いきなり何もない空間から赤い竜が出現すると、その竜が大口をあけて遊戯に迫って来たのだ。

 

「わ、あああああああああああ!!」

 

 あまりのことに避けることもできなかった。遊戯は赤い竜に呑みこまれ、そして武藤遊戯はその時代から消滅した。

 

 

 

 

 赤き竜とやらの力で遊星と十代のタイムスリップに同行したのはいいのだが、ここで一つ問題が発生してしまった。

 どうにも遊星はDホイールにのってタイムスリップしてきたらしく、十代も二人乗りする形で過去へと移動してきた。だがバイクというのはサイドカーつきなどの例外を除けば多くとも二人乗りしかできないようになっている。

 なんていうことはない。Dホイールに三人乗りはきつかったのである。精霊であるユベルや幽霊の大徳寺先生はいいが、人間である丈は空中に浮かぶなんて器用な真似はできない。

 結果として遊星がDホイールを運転し、丈と十代の二人が曲芸染みた乗り方をするという危険運転状態となっていた。

 

「遊星くん! 過去へはまだつかないのか? このままだと、ちょっと不味い」

 

「もう少しです!」

 

 Dホイールの海老反りになっている部分に捕まりながら、どうにか三人乗りをしながら丈が言う。

 タイムスリップというのは思った以上に揺れるもので、気を抜けば今にもDホイールから落ちてしまいそうだ。

 だがここで落ちれば交通事故どころか、どことも知れぬ時間軸に一人放り出されるという洒落にならない事態になる可能性があるので丈も必死だ。

 

「丈さん、変わろうか?」

 

 十代が気を利かして提案する。

 

「幾らなんでも走行中に席を譲れ、なんていうほど非常識じゃないよ。ただし出来れば帰りは交替してくれ。帰りもこれはきつい」

 

「二人とも、見えました!」

 

 目的の時代が近付いたからだろう。Dホイールがより一層振動する。ぱっとキング・オブ・デュエリスト武藤遊戯の驚愕の表情が見えた様な気がした。

 赤き竜が武藤遊戯を呑み込むと、Dホイールはその時代へと飛び出す。

 

「うおっととととととととととと!」

 

 ゲートから出ると同時に、咄嗟にDホイールから飛び降りた丈はどうにか着地を果たす。遊星と十代も無事だった。

 こうしてタイムトラベルを経験するとドラえもんのタイムマシンがどれだけ素晴らしいものだったかが身に染みて理解できた。

 しかしいきなり赤き竜に呑みこまれ、訳も分からずタイムスリップしてしまった御仁はそうはいかなかったらしい。

 丈は慌ててその人物に駆け寄る。

 

「すみません。いきなり手荒な真似をして」

 

 緊張しながら話しかける。

 こうしてタイムトラベルなんてことを経験した今でも信じられなかった。自分の前にいるのは〝武藤遊戯〟である。

 バトルシティを制し、三幻神のカードを担った伝説の決闘王。

 デュエルモンスターズが成長期を終え、プロ黎明期に入ってから多くのデュエリストが生まれたが今をもってなお〝史上最強〟の称号を欲しいままにしているのが武藤遊戯という人だ。

 そんな人物がこうして目の前にいるのが信じられない。

 丈のもつ三邪神が、武藤遊戯のもつ三幻神に反応して脈動したような気がした。

 

「君は?」

 

「俺は宍戸丈です。そして……」

 

「俺は不動遊星」

 

「で、俺は遊城十代。この時代の遊戯さんとはまだ会ってないのか。俺」

 

 遊星と十代が其々遊戯さんに挨拶する。やはりキング・オブ・デュエリストを前にした緊張があるのか、どことなく二人の声は固いものがあった。

 

「丈くんに、十代くんに、遊星くん?」

 

「俺のことは遊星で構いません。遊戯さん」

 

「なぜボクの事を?」

 

 流石はキング・オブ・デュエリストというべきか。あれほどの出来事に巻き込まれたというのに動揺はあっても混乱はなかった。

 恐らくこういうことを何度も経験し慣れているのだろう。……不本意ながら丈にも覚えがある。

 

「俺達は未来から来たんです。今から三十分後の悲劇から皆を救うために。遊星、あれを」

 

「これを見て下さい。未来の新聞です」

 

 遊星が十代に見せたのは現時刻から三十分後の出来事が記載されている新聞記事だ。

 新聞には謎のドラゴンがデュエルカップを襲撃し、ペガサス会長が死亡したというニュースがのっている。

 

「これは!?」

 

「……ペガサス会長はデュエルモンスターズの生みの親で今もなお……未来でも強い影響力と、新しいカードを生み出し続けた人です。

 そんな人がデュエルカップで、しかも実体化したモンスターに殺されたなんてことになれば」

 

 デュエルモンスターズの歴史は終わるだろう。

 事実、この時代に来る直前、丈の世界は今まさに崩れ落ちようとしていた。

 

「遊戯さん。お願いです」

 

「俺達と一緒に戦って下さい!」

 

「共に未来を救いましょう!」

 

 遊戯さんはコクリと力強く頷くと立ち上がった。

 

「僕で良ければ幾らでも力になるよ」

 

「よっしゃ! 遊戯さんがいれば百人力だぜ!」

 

 十代が子供のように喜ぶが無理もないことだろう。

 未来においてもデュエリストなら憧憬の念を抱かずにはいられない最強のデュエリストと共に戦うなど――――デュエリストにとっては最大級の栄誉だ。

 世界が危機だというのに緊張感どころか昂揚感の方が湧き上がってきている。

 

「そうと決まれば、まずは大会ですね」

 

 丈は大会の準備をしている人達を見下ろす。あの人たちに罪はないが、未来とペガサス会長の命のためだ。

 少しばかり悪戯を仕掛けさせて貰わなければならない。

 

 

『ふんっ』

 

 どこか不機嫌そうに、十代についている精霊のユベルが火の玉を出す。

 火の玉は丁度近くに誰もいない看板に命中して小さな爆発をあげる。

 

「みんなー! はやく逃げろー!」

 

「テロリストとかミスターTの大群が迫ってるぞー!」

 

「急がないと死ぬよ!」

 

「…………これで、後はペガサス会長に連絡がつけば」

 

 遊星が呟く。

 ペガサスは三邪神のことといい千年眼の所有者だったことといい、この手のオカルトには理解がある人物だ。

 残念ながらこの時代のペガサス会長とは丈と十代は面識がないのだが、遊戯さんはそうではない。

 遊戯さんの言葉ならペガサス会長も信じるだろう。

 

『はぁ。十代の頼みとはいえ、なんで僕がこんなことを……』

 

 しかしこんな茶番に付き合わされたユベルはどことなく不満げだった。

 

「まぁまぁ。これも世界を救う為なんだから我慢してくれよ」

 

 十代がそう宥めるとユベルがぷいとそっぽをむく。まるでその様子は初々しい恋人のやり取りのようで………………いいのか、それで?

 

(ま、まぁ恋愛観は人其々だな)

 

 丈は取り敢えずそういうことに納得する。

 人間と精霊(しかも両性具有)との恋愛には障害もあるだろうが、未来の後輩らしい十代ならきっと乗り越えてくれる。

 

「――――なるほど。私を追ってこの時代まで来たか。だがそうはいかない」

 

「!」

 

 四人が一斉に振り返ると、そこには白と黒の仮面をつけた男がいた。

 間違いない。亮のサイバー・エンド・ドラゴンを奪い、ペガサス会長を殺そうとしていた男だ。

 

「ほう。決闘王、魔王、正しき闇の力を持つ者、そして不動遊星。時代の最強デュエリストたちが集っているとはな」

 

「お前は何者なんだ! どうしてこんなに恐ろしいことをするんだ!」

 

 三十分後の未来で祖父を殺されたばかりだからだろう。遊戯さんは怒りを僅かに滲ませながら言う。

 

「どうして? ふっ、よかろう……私の名は、パラドックス。イリアステル滅四星の一人、逆刹のパラドックス」

 

「イリアステル、だと?」

 

 その単語に反応したのは遊星だった。 

 パラドックスが白黒の仮面をとる。露わになったのは端正な男の面貌だった。年齢は二十代と三十代の間あたりだろう。

 双眸に宿る深い絶望の色が特徴的だった。

 

 


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