「どうして? ふっ、よかろう……私の名は、パラドックス。イリアステル滅四星の一人、逆刹のパラドックス」
遊星だけがイリアステルという単語に反応する。
きっとだがパラドックスのいうイリアステルというものは遊星の時代で関わってきたことなのだろう。
丈自身、そして遊戯さんと十代もイリアステルという言葉に聞き覚えはないようだった。
「どうして君はこんなことをするの?」
遊戯さんが静かな怒りを混ぜてパラドックスに訊く。
「私は最善の可能性を探るもの。数多くの歴史を俯瞰し、調査し、検証し、導き出した結論を実行している」
「最善の歴史だと!?」
「ふざけるな! お前のやってることはただの破壊だ! 俺の時代はお前のせいで崩れかかってたんだぞ!」
自分の時代が崩壊する景色を目の当たりにした十代が怒りを露わにした。
十代からしたら自分の世界の崩壊が正しい歴史であると言われたようなものである。その怒りは至極真っ当なものだった。
「破壊に犠牲? ふふっ、そうか、君達にはそう見えるか。だがそれは違う。正しいと思える未来は間違っていて、一見間違っていると思える未来こそが正しい。考えてみるがいい。私が何もしていなくても、既に世界は矛盾だらけではないか。
環境破壊、世界紛争、人間同士の差別、まさにこれら全て破壊や犠牲ではないかね? このいまだ解決出来ない人類の悪行を、君達は一体どう説明する?」
「論点をすり替えるな! とにかく奪ったカードを返せ。……こんなことをする以上、なにか理由はあるんだろうけど、ライバルの奪われたカードを黙認することはできない」
「すり替えてなどいない。宍戸丈、私は事の大小の話をしている。君達の目からは大袈裟に見えることも私にとっては決して大袈裟ではない」
「……お前の言う通り人間はまだ多くの問題を抱えている。俺の時代も……あった。差別が、戦いが、破壊が。だが――――」
「復興してきた! 和解し励まし合い平和を掴み取った! 今もこれからも!」
遊星の言葉をかぶせるようにパラドックスが声を張り上げた。
絶望に染まった双眸がらんらんと輝いて、四人の英雄を睨みつける。まるで貴様等こそが元凶だとでもいうかのように。
「認めよう。確かに君達は紛れもない英雄だ。其々の時代において最強のデュエリストとなり、世界滅亡の危機を幾度となく救ってきた。
だが所詮はそれだけ。一つの時代を救うことはできても、それは結局のところ応急処置でしかない。人類滅亡までのカウントダウンを伸ばすだけの延命行為!」
「そんなことは――――」
「あるのだよ武藤遊戯! 何故ならばこの私自身が絶望の生き証人だからだ! 私は人類が滅亡した未来から来たのだよ!」
「ッ!」
パラドックスの告白に全員が戦慄する。人類滅亡。丈にとってはその四文字は絵空事、それこそ遥か先の未来のことだ。
だがパラドックスにとってはそうではない。パラドックスは実際に世界が滅んだ終末より来訪した。
気になってはいたのだ。まるで一切の正の感情が消滅してしまったかのような眼光。あれが世界の滅びを目の当たりにしたものだと考えると納得できる。
そしてパラドックスが戦う理由も分かった。
「分かったかね? 私は世界を滅ぼすために行動しているのではない。逆だ……歴戦のデュエリストたちよ。私は世界を救うために戦っている! 人類滅亡。絶望の未来を回避するために私は戦っている!
人類の滅亡を回避する……この大義名分の前にはいかなる理由も命すらも無力だ。それとも君達は私の理由を超える大義名分を提示できるのかね?」
「待て! それがペガサス会長を殺すのとどう関係するっていうんだ!」
人類の滅亡を回避するために戦う、というのは丈にも理解できる。自分がパラドックスと同じようにそんな絶望の未来を見たとして、過去へ渡る術があったとしたら、同じように滅亡を回避するための行動に出る筈だ。
だからパラドックスを否定することはできない。しかし人類滅亡を防ぐこととペガサス会長を殺すことは決してイコールになりはしないはずだ。
「私は時空のあらゆるデータを分析し、デュエルモンスターズには不思議な力がある事を突き止めた。そしてその歴史に手を加えることを思いついたのだ。
ペガサス・J・クロフォード、デュエルモンスターズの創造主を殺せばデュエルモンスターズの歴史は大きく狂う。そうすれば破滅の未来が救われる可能性もある」
「可能性、だと? それじゃペガサス会長を殺しても、なんにもならない可能性もあるってことじゃないか!」
十代がその両目をオッドアイに変色させながら叫んだ。
「無論その可能性は否定しない。だが大したことではないだろう。疑わしきは罰せよ。ペガサス・J・クロフォードが人類滅亡のトリガーとなる可能性があるのならば、それだけでその者には生きる資格などありはしない。
可能性の一つを一つの歴史の何百人程度の犠牲で潰せるならば安いものだ。そうは思わないかね?」
「…………!」
誰よりも怒りをあらわにしたのは遊戯さんだった。
遊戯さんはつい三十分先の未来で自分の祖父を殺されている。パラドックスが安いといった命は、遊戯さんにとっては祖父の命なのだ。
「可能性と、君は言ったね。けどパラドックス、本当にお前は全ての可能性を検証したの?」
「……なに?」
「可能性は無限にある。例えばこのコイン一枚だって表と裏、二つの可能性がある。それが歴史なら別の可能性は100や200どころか、それこそ無限にある」
「遊戯さんの言う通りだ。パラドックス、お前は本当に全ての可能性を調べ尽くしたのか!」
「――――――――――――――」
遊戯さんと遊星の指摘にパラドックスは沈黙した。
それで勇気が湧いた。
パラドックスは目的達成のために非情に徹してはいるが、決して外道ではない。可能性を調べ尽くしたならば兎も角、調べ尽くしてないのに否と断言することはできないだろう。
これで全部の可能性を調べて、ペガサス会長を殺すしかないというのならば、止めはするだろうが勇気が今一つ湧いてくれないところだった。
しかしパラドックスが全ての可能性を検証していないのならば、パラドックスの提示した未来とも違う未来を勝ち取る可能性はある。
「新しい未来を勝ち取る権利はお前だけのものじゃないぜ。俺にだって、遊戯さん、丈さん、遊星。遊戯さんのお爺さんやお前がその手で殺そうとしてきた人間全員にある。その未来をお前だけの判断で殺させるわけにはいかないな」
「……はぁ。未来の顔も知らない後輩に俺の言いたいことを全て奪われてしまった。パラドックス、お前の考えは分かるし理解もできる。
正しいと思える未来は間違っていて、一見間違っていると思える未来こそが正しい。 けどその間違っていると思える未来が本当に間違いの可能性もある。出来れば話し合いで解決したい」
「話し合いだと? 歴史に記されている通り〝魔王〟などと大仰な異名をもつにしては甘い男だ。だがもはや話し合いの時は過ぎている。
お前達に私の提示した未来とは違う別の可能性を掴む力があるというのならば、その力を証明して貰おうか!」
破滅の未来に絶望した、時の裁定者が四人の前に立ち塞がる。
デュエリストとして目の前に敵がいるのならば、やることは一つ。
「パラドックス! デュエルだ! 決着をつけよう!」
遊星の兆戦にパラドックスが挑発的に笑う。
「良かろう。君達が信じるデュエルモンスターズでお前達を叩き潰してやろう」
パラドックスのDホイールが変形し、空中に浮きあがっていく。遊星の時代よりも更に未来の、遥か未来のデュエルディスクなのだろう。
四人も全員が其々のデュエルディスクを起動させ相対する。
「お前をぶっ倒す事にワクワクしてきたぜ!」
十代は両目に緑と赤色の二つの輝きを灯し、その頭上でユベルが翼を広げる。
「オレたちの未来は、貴様の好きにはさせない!」
遊星の腕にある赤き竜の痣もまた赤い輝きをより一層増していた。
「去年のダークネスといい一昨年の三邪神といい、やることが尽きないね本当に」
もっともここまでくるとこれも一つの運命なのだと、丈としても諦めがつく。
パラドックスはいわば絶望の可能性の具現だ。その絶望を超えずして、希望を手にする事は出来ない。
デッキの中に眠る三邪神が来たるべき戦いに反応し雄叫びをあげた。
「勝たせて貰う、パラドックス!」
その時だ。遊戯さんが首にかけていた千年アイテムの一つ、千年パズルのウジャド眼が眩い黄金の輝きを放った。
光が止むと、そこに立っていたのは優しげな顔の遊戯さんではなく、バトルシティを制した〝決闘王〟が立っていた。
「きたか。最強のデュエリスト、三千年前の名も無きファラオの魂……。あらゆるゲームの覇者たる〝遊戯王〟!」
力強く雄々しい瞳がパラドックスを射抜く。
最強のデュエリストとパラドックスに名指しで呼ばれた武藤遊戯は堂々と言った。
「オレは、人の命を踏み台にする未来など認めない! 丈、十代、遊星。行くぜ!」
『デュエル!!!!』
そして破滅の未来をかけたデュエルがスタートした。
四対一の変則デュエル。ライフは遊戯、丈、十代、遊星で4000のライフを共有。パラドックスのライフも同じ4000。先攻ターンはパラドックス。
「私のターン、ドロー。私はフィールド魔法〝罪深き世界〟Sin Worldを発動する」
【Sin World】
フィールド魔法カード
このカードがフィールド上に存在する限り、
自分のドローフェイズをスキップする代わりに発動する事ができる。
自分のデッキから「Sin」と名のついたモンスター1体をランダムに手札に加える。
このカードのコントローラーは「Sin」と名のついたモンスター以外で攻撃宣言する事ができない。
黒い紫電が奔ったかと思うと、周りの風景が紫色の宇宙空間染みたものへと変わる。
いきなりのフィールド魔法の発動。そしてやはり未来のカードなのだろう。丈にも、一番先の時代からきた遊星にすら未知のカードのようだった。
「このカードがある限り、私はドローフェイズにドローしない代わりに、Sinと名のつくモンスターをデッキからランダムに手札に加えることができる。
私はデッキの青眼の白龍を墓地に送り、現れろ、Sin青眼の白龍!」
【Sin 青眼の白龍】
闇属性 ☆8 ドラゴン族
攻撃力3000
守備力2500
このカードは通常召喚できない。
自分のデッキから「青眼の白龍」1体を墓地に送った場合に特殊召喚できる。
「Sin World」がフィールド上に存在しない場合このカードを破壊する。
デュエルモンスターズをする者ならば、そのモンスターを知らぬはずがない。
余りの強力さに四枚で生産がストップになった伝説のレアカードにして、決闘王の永遠のライバル海馬瀬人の魂、青眼の白龍。
だが全体的な雰囲気が清いものから邪悪なものへと反転していた。
「デッキのモンスターを直接墓地に……」
Sin Worldのことといい遊星もSinというカテゴリーに見覚えはないようだ。
パラドックスは遥か遠い未来よりの来訪者。誰も知らないカードを使っても不思議ではない。
「おいおい。青眼の白龍の召喚には生け贄が必要のはずだろ」
「……攻撃力3000」
十代も遊戯さんも、まったくの未知の方法でいきなり攻撃力3000のモンスターを召喚してきたことに驚きを隠せない様子だった。
別に攻撃力3000のモンスターを召喚したことだけが驚きなのではない。例え1ターン目だろうと相応の力をもつデュエリストならば、攻撃力3000のモンスターを召喚することくらいは出来る。
問題なのはたった一枚で大したリスクもなく召喚してみせたことだ。歴史の修正者を語るだけあって一筋縄ではいかない相手らしい。
「まだ私のターンは終わっていない。続いてデッキより真紅眼の黒竜を墓地へ送り、Sin真紅眼の黒竜を召喚する!」
【Sin 真紅眼の黒竜】
闇属性 ☆7 ドラゴン族
攻撃力2400
守備力2000
このカードは通常召喚できない。
自分のデッキから「真紅眼の黒竜」1体を墓地に送った場合に特殊召喚できる。
「Sin World」がフィールド上に存在しない場合このカードを破壊する。
ブルーアイズに続いてレッドアイズまでが現れた。青き竜と赤き竜。伝説のドラゴン族モンスターが揃い踏みだ。
多くの歴史を検証する中でパラドックスは最強カードを集めたのだろう。亮のサイバー・エンド・ドラゴンを奪ったのと同じように。
「私はカードを二枚伏せ、天よりの宝札を発動。互いのプレイヤーは手札が六枚になるようカードをドローする」
あれだけのモンスターを召喚しておいて、パラドックスの手札が六枚に戻ってしまった。
「だがモンスターを召喚したところで先攻ターンは攻撃はできない」
「……と、思ったかね宍戸丈。甘いぞ! 魔法カード発動、時の女神の悪戯!」
【時の女神の悪戯】
通常魔法カード
このターンをスキップし、次の自分のターンのバトルフェイズになる。
「なっ! そのカードは!」
パラドックスの発動したカードに見覚えがあるらしい十代が目を見開いた。
「時の女神の悪戯、このカードを発動した瞬間。ターンをスキップし次の自分のターンのバトルフェイズになる。宍戸丈、君の言う通り先攻1ターン目は基本的に攻撃できない。
だが歴史の中にはそんな常識を打ち破るカードもあるということだ。呆気ないがこれで終わりだ。Sin青眼の白龍とSin真紅眼の黒竜でダイレクトアタック! 死ね、歴戦の英雄たち!」
「そんなことはさせるか!」
パラドックスの死刑宣告に抗う姿勢を見せたのは遊星だ。
「手札より速攻のかかしを捨て、相手からの直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」
【速効のかかし】
地属性 ☆1 機械族
攻撃力0
守備力0
相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。
ブルーアイズの攻撃を幽霊のように半透明なかかしが受け止めて防御した。
パラドックスの攻撃が通ればいきなり4000のライフを失い負けていたが、どうにか助かったらしい。
「ふーっ! 危なかったぜ、ナイスだ遊星!」
「いえ、そんな」
「謙遜しなくていい。俺も肝が冷えた」
十代の言葉に同調する。残念ながら今の丈の手札には二体のモンスターを完全に防ぎきる術はなかった。
今回は遊星様様である。今度プロとして獲得した賞金の一部を蟹の養殖場に寄付しよう。
「ふん。上手く躱したか。しかし最強のデュエリストたちがそうあっさりと倒れても味気ない。ターンエンドだ」
パラドックスのターンが終わり、ここから反撃が始まる。