数日がたちデュエルアカデミアの日々にも段々と慣れてきた。
幾らデュエリスト養成校といえど中学校であることには変わりない。ただ数学や英語だとかの間にデュエル関係の授業があるだけだ。
体育と同じでデュエルの授業は良い息抜きとなっている。特に実技は良い。時にデッキを変えたり、時に学校側の用意したデッキを使ったりしてひたすらデュエルが出来る。
前世で授業中にデュエルしていたら即没収だったのと比べると凄い違いだ。
そして月曜の三限目も待ちに待ったデュエル実技の日だ。
丈を含めた1年青眼の究極竜組の生徒達は、校舎内にあるデュエル場へと移動する。そこでは既に担当の先生が待っており、クラスメイト達は慌てて先生の前に整列した。この先生は厳しいことで有名である。のろのろと行動していたら説教の一つでも喰らいかねない。
何時も通りの号令を済ませると、実技担当の田中ハル先生が今日の授業について説明し出す。
「まさかとは思うが自分のデッキを忘れたというような愚昧はいないだろうな」
第一声からしてドスが聞いていた。
丈を含めクラスメイトは一言も話さずしーんとしたままである。学校特有のヒソヒソ話なんてものは一切ない。授業を受けたのは数日だが、この先生は何もしなくても生徒達を静かにさせる魔力をもっていた。
田中先生は自分の受け持った生徒の中に"愚昧"がいないことを確認すると漸く授業内容を話し出す。
「本日の実技は……"デッキ交換デュエル"を行う。よもやこれだけでは授業内容が分からないなどと喚く愚か者はこのクラスにはいないと信じたいが、念のために……いるかもしれない無能者のために一応は説明しよう。諸君等はこれから二人一組となり、互いのデッキを交換しデュエルをするのだ」
それを聞いてから亮が真っ直ぐと手を挙げた。
こういう所を見ると亮のことを心底尊敬したくなる。丈なら先ずこの先生相手に挙手などしない。下手な質問をすれば夜中に刺されそうだ。いや、流石にそれは言い過ぎか。……言い過ぎだと信じたい。
「君は……出席番号1番、丸藤亮だね。我が校の誇りの。何か質問かね?」
誇りと言っている癖に田中先生はニコリともしなかった。
暖かさというものを南極の海に放り捨ててしまったような冷たい瞳が亮を射抜いている。普通の生徒ならこれだけで「すみません」と言って引き下がりそうなものだが、そこは未来のカイザー。動揺する事なく静かに田中先生の目を見返していた。
「宜しければ授業の目的を教えてくれませんか?」
「目的を一々教わらなければ君達は何もできないのかね。このクラスで出席番号1番というからには、君は今年度の生徒で最優秀と言う事の筈だが。座りたまえ丸藤亮、一年生である君に授業内容を一々教えていては時間が掛かりすぎてしまう」
一年生如きに自分の考えなど理解できるはずなどない。だから黙っていろ。
丈には田中先生が暗にそう言っているように思えた。亮は「失礼しました」とクールに言ってから質問を取り下げる。亮もこれ以上突っかかっても何の利益もないと判断したのだろう。
「組み合わせはこちらで既に決めてある。諸君等に組み分けを任せたところで、比較的面識の多い者としか組まないだろうことは火を見るより明らかなのでな。ではホワイトボードに張り出されてある組み分けを確認したまえ」
田中先生が指さすと、デュエル場の壁にかかったホワイトボードに紙が張り出されていた。丈たちはまばらにそこへと歩いていく。
途中、田中先生に聞こえないよう小声で亮に話しかけた。
「たっく、あの先生。もうちょっと愛想ってもんがないのかね。年がら年中あんなしかめっ面してたら顔面が固定されるんじゃないか」
「そう言うな。アレでも中等部の教員では一二を争う技量という話だ。しかしデッキ交換デュエル……全く知らないデッキを使うというのも面白いかもしれないな。客観的視線からデッキを見極めるため、一度お前とデッキを交換してやったことはあるが、本当に未知のデッキではデュエルなどしたことがない」
亮とは何度もデュエルしているため、丈にしても亮にしても、お互いのデッキがどういうものなのかある程度は知っている。だから互いのデッキを交換しても、相手がどのようにそのデッキを扱ったかについての記憶があるので他人のデッキでも問題なく扱えた。
しかし本当に知らないデッキはそうでない。
どのようなカードが入っているのか分からないし、どのようなコンボが仕組まれていて、どのような意図でカードが入っているのか何もかもが不明。
もしかしたら、そういった困難な状況でも臨機応変に戦えるタクティクスを田中先生は学ばそうとしているのかもしれない。
適当に田中先生の胸の内を推測してから、丈はホワイトボードに張り出されている紙を見る。組み合わせは名前ではなく出席番号でふりわけされていた。
亮の対戦相手は出席番号4番。
そして肝心の丈の相手は、受験番号3番。
(3番って、おいおいもしかしなくても……)
「君だね、出席番号2番くん。僕の対戦相手は」
後ろから掛かる爽やかな声色。振り向くと丈の予想通りの人物が立っていた。サラサラの黒いロングヘア、ジャニーズ系の顔立ち。
実技試験で真紅眼の黒竜を使って華麗に勝利していた受験番号3番。
「天上院、吹雪」
「お手柔らかに頼むよ。実技試験で見せてくれたタクティクス、僕も楽しみだよ」
「あー、こっちこそお手柔らかに」
デュエル場では各々が既にデュエルを始めていた。
亮も出席番号4番の男子生徒とデッキを交換しデュエルをしている。亮の真向かいのフィールドにサイバー・ドラゴンがあるのは何度見ても違和感のある光景だ。
「ふふふ、自分以外のデッキを自分のデュエルディスクに装填するのは新鮮だね。そして君の側には僕のデッキ。いつも信頼して共に戦っているデッキと戦うっていうのは変な気分だけど……嬉しいよ。君や出席番号1番の彼とはデュエルしたいと思っていたところだ」
「ご丁寧にどうも」
天上院吹雪、仮にもデュエルアカデミア高等部でカイザー亮と並び称されたほどの男。今は中学一年生だがその実力は実技試験の時、見ている。
あの時とデッキが変わっていないなら、今丈のデュエルディスクに装填された吹雪のデッキはレッドアイズを中心としたドラゴン族デッキの筈だ。
『
宍戸丈 LP4000
天上院吹雪 LP4000
ランプがついたのは吹雪のデュエルディスク。
残念ながら先行は吹雪からだ。
「僕のターン、ドロー。知らないカードばかりが手札にあるのは初めての経験だ。だけど、ふむふむ。僕はモンスターをセット、そして五枚のカードを伏せてターンエンド!」
「いきなりがん伏せ、したか」
自分のデッキなので驚きはない。
カウンターを大量に詰み、永続魔法を中心として回す以上、丈のデッキには魔法・罠ゾーンが埋まり易いのだ。
一枚のセットモンスターと五枚のリバースカードで吹雪の手札はゼロ。
(なにしろ俺のデッキだからな。やりたいことは分かる。そのセットモンスターはたぶんメタモルポット。カードをがん伏せしたのはメタモルポットによる損失をゼロにするため)
メタモルポットは裏側から表側になった時、モンスター効果を発動するリバースモンスター。その効果は互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その後で五枚ドローするという強力な物だ。下手に攻撃を加えればメタモルポットの効果で丈は手札を失い、吹雪は五枚ものカードをドローすることになる。
(俺の手札には魔法カード、大嵐がある。これを使えば五枚もの魔法ないし罠を全滅することができて、こっちにかなりのアドバンテージが出来るけど……)
それを許すとは到底思えない。
大嵐などを発動したとしても、カウンターに妨害されるのがオチだ。前世と違いシンクロ召喚が普及していないのでスターライト・ロード発動なんて事態にはならないだろうが。
(良し)
カウンター罠への対策その一。
ひたすら発動させてカウンターを枯渇させる、だ。成功したら儲けもの、失敗して当然。丈は手札の大嵐をデュエルディスクに出す。
「俺は魔法カード発動、大嵐! フィールド上の魔法・罠カードを全滅させる!」
「させないよ。僕はカウンター罠を発動、魔宮の賄賂!」
【魔宮の賄賂】
カウンター罠カード
相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。
「大嵐は無効だよ」
「だが俺はカードを一枚ドロー。……俺は更に未来融合-フューチャーフュージョンを発動!」
【未来融合-フューチャーフュージョン】
永続魔法カード
自分の融合デッキに存在する融合モンスター1体をお互いに確認し、
決められた融合素材モンスターを自分のデッキから墓地へ送る。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に、確認した融合モンスター1体を
融合召喚扱いとして融合デッキから特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
「上手いね。未来融合で強力なモンスターを二ターン後に用意するだけじゃなく、僕のデッキを確認しようというわけかい」
「正解。じっくりデッキは観察させてもらうからな。……それとも、これもカウンターするか?」
「いいや。ここは通しておこう。お手並み拝見だよ」
融合デッキにあるモンスターは元々の攻撃力では最高のF・G・D。カード名を問わず、五体のドラゴン族を融合素材とする珍しいモンスターだ。ドラゴン族デッキには必須カードに近いと言っても過言ではない。
このカードが入っているということはやはり吹雪のデッキはドラゴン族で間違いないだろう。
「俺はFGDを選択、デッキから五体のドラゴン族モンスターを墓地へ送る!」
デッキを観察しながら、慎重にドラゴン族モンスターを選んでいく。
墓地が肥えるのは大抵のデッキにとって有利に働くが、中には墓地よりもデッキや手札にあった方が良いモンスターも多くいる。そういったカードまで墓地に送る訳にはいかない。
墓地に五体のドラゴン族モンスターを送る。これである程度は墓地が肥えた。
「俺はリバースカードを四枚セット! そしてスピア・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」
【スピア・ドラゴン】
風属性 ☆4 ドラゴン族
攻撃力1900
守備力0
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。
長い口の恐竜のようなドラゴンが召喚される。
スピア・ドラゴンは攻撃力1900で攻撃したら守備表示になってしまう効果をもったデメリットアタッカーだ。これだけならゴブリン突撃部隊の方が強いと思うかもしれないが、このカードにはそれにはないメリットがある。
それが貫通効果。
このモンスターはサイバー・エンドと同じく守備表示モンスターが相手でもダメージを与える事が出来るのだ。
「スピア・ドラゴンでセットモンスターを攻撃、スピア・クラッシュ!」
裏側守備モンスターが表になる。表になったモンスターはやはりメタモルポット。
吹雪は笑いながらメタモルポットの効果を宣言する。
「メタモルポットのモンスター効果! このカードが表になった時、互いのプレイヤーは手札を全て捨て五枚ドローする」
【メタモルポット】
地属性 ☆2 岩石族
攻撃力700
守備力600
リバース:お互いの手札を全て捨てる。
その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。
「それは読んでいた。俺の手札は0枚。よってメタモルポットの効果で五枚ドロー!」
「やれやれ、自分の手の内が相手に筒抜けなのは痛いね」
「それはお互い様だろ。お前だって俺の使ってるデッキのことなんてお見通しなんだし」
「違いないね」
「さて。スピア・ドラゴンのモンスター効果、メタモルポットの守備力とスピア・ドラゴンの攻撃力の差だけダメージを受けて貰う」
天上院吹雪 LP4000→2700
ライフが4000だと1000ポイント程度のダメージすら初期ライフの四分の一にも達する。丈が確認した吹雪のデッキ、上手く決まれば、一度の戦闘で削りきれるだろう。
しかしそれは相手にも言えた事だ。
吹雪の使う丈のデッキに眠るのは殆どが攻撃力3000近くの最上級モンスター。油断は禁物だ。
「俺はこれでターンエンド。そっちのターンだ」
デュエルはまだワンターン目
始まったばかり。丈と吹雪は知り尽くした相手のデッキと未知の自分のデッキを手にデュエルを続行した。