丈のフィールドにはあらゆるモンスターを超える無敵の邪神アバター。更にはその異常なる強さ故に四枚で生産停止となった曰くつきのカード、カオス・ソルジャー―開闢の使者―。
これだけでも凡百のデュエリストが膝を屈するであろう布陣だというのに、丈の隣りにいる十代の場にはE・HEROエスクリダオがあり、このパラドックスのターンが終われば、その次にバトンを受け取るのは史上最強の男だ。
パラドックスが追い詰められているのは誰の目にも明らかだった。
仮にここでパラドックスが巻き返しを失敗すれば、返しのターンで武藤遊戯により押し切られるのは疑いようがない。
「邪神アバター……デュエルモンスターズは時に人の手には到底負えない強力無比なカードを生み出す。精霊の宿るカードもまた特殊な力をもつが、その中でも最上位に位置するカードはそれ単体で世界を犯すほどの力を発揮する。
宍戸丈。君が担う三邪神もそのうちの一つ。〝精霊〟を超えた〝神〟の力を宿すカードだ。だが私は相手が例え神であろうと折れはしない」
「――――なんて気迫」
丈の目にはパラドックスがビルを超えるほどの巨人に錯覚して映った。
「私のターン、ドロー!」
人間が犯してきた罪の数々――――Sinを使役する男は邪神アバターという最大の壁を前にして、果敢に自らの運命を引いた。
パラドックスとて伊達や酔狂で己のデッキを最強と称したのではない。パラドックスがあらゆる時代より集めたカードの中には〝邪神アバター〟に対抗できる力も眠っているのだ。
「強欲な壺を発動、デッキからカードを二枚ドローする。……そして更に魔法カード、Sin Selectorを発動しよう。
私の墓地のSinモンスター二体をゲームより除外。自分のデッキよりSinと名のつくモンスターを二枚手札に加える」
【Sin Selector】
通常魔法カード
自分の墓地に存在する「Sin」と名のついたモンスター2体をゲームから除外する。
自分のデッキから「Sin」と名のついたカード2枚を手札に加える。
墓地のSinモンスターを除外する必要はあるとはいえ、一度に二体のモンスターをデッキよりサーチする効果は有力だ。
パラドックスは手札の枚数を一気に増やす。だがまだ足りない。パラドックスは一枚の魔法カードをデュエルディスクへと叩きつけた。
「魔法発動、魔法石の採掘。このカード効果により私は手札を二枚捨てることで、私の墓地より魔法カードを一枚手札に加える」
【魔法石の採掘】
通常魔法カード
手札を2枚捨て、自分の墓地の魔法カード1枚を選択して発動する。
選択したカードを手札に加える。
ここにきての魔法カード限定の墓地回収カード。
モンスター回収カードである死者転生と比べると手札コストが一枚上だが、魔法カードのデュエルにおける重要性を考えれば妥当なところだろう。
「ククククククッ。これで私は墓地の魔法カードを再利用できるわけだが、君達には私がどのカードを選択するか分かるかな」
「選ぶカード、だと?」
十代がこれまでパラドックスが使ってきた魔法カードを思い返しながら考える。遊星や丈も同じように思考した。
Sin Worldは論外だ。Z-ONEがある以上、このタイミングで回収するはずがない。地砕きのようなモンスターを直接破壊するようなカードはアバター相手には無力。だとすれば汎用ドローソースたる強欲な壺……。
「まさか!」
最初にそれに思い至ったのは遊戯。パラドックスは笑みを深める。
「察しが良いな武藤遊戯。手札とは可能性、これは君が後世に残した言葉だったかな。流石はキング・オブ・デュエリスト、真理をつくものだ。
然り。手札とは可能性、手札があればあるほどに戦術の幅は広がり、逆に手札がなければ碌な戦術は使えない。もっとも不動遊星、君の友人のような例外もいるが」
「鬼柳のことか!」
遊戯たち三人は知らないことだが、遊星にとって嘗ての自分のボスでもある友人、鬼柳京介のインフェルニティは手札ゼロ――――ハンドレスでこそ真価を発揮する特殊なカード群だ。
しかしインフェルニティはあくまで特殊な事例。殆どのデッキにとって手札の枚数が少ないのは不利でしかない。
「私が選ぶのはこのカードだ。魔法カード、天よりの宝札! 手札に加えそのまま発動。互いのプレイヤーはカードが六枚になるようカードをドローする!」
挑発するような言動をとっているが、パラドックスは決して四人全員の実力を侮ってもいなければ、過小評価もしていなかった。
宍戸丈、遊城十代、不動遊星。誰もがその時代において〝英雄〟と呼ばれ、幾度となく世界の危機を救ってきたデュエリストであるし、武藤遊戯に至っては史上最強の男である。
自分にとって同胞であり友であるイリアステル滅四星、彼等と戦うつもりでパラドックスは挑んでいる。
そのパラドックスが四対一の不利な戦いを互角以上に戦うために辿り着いたのがこれだ。
天よりの宝札、不動遊星の時代においては禁止カードになっているそれを最大限有効活用し、手札を尽きさせないようにする。
言ってみればこれだけ。たったこれだけだがシンプルであるが故に有効な一手だった。
「そして私の手に邪神アバターを倒せるカードが来たぞ、宍戸丈」
「なに!?」
「魔法カード発動、死者蘇生……。墓地のモンスターをフィールドに復活させる」
「蘇生? だがアバターに勝てるモンスターなど、そうは」
「勘違いするな宍戸丈。私が復活させるのはモンスターではない。神だ!」
「!」
「我が勝利のため冥府より蘇ろ! デュエルモンスターズが三幻神、その最高位に君臨せし太陽神よ!」
【THE SUN OF GOD DRAGON】
DIVINE ☆10 GOD
ATK/?
DEF/?
邪神アバターにより齎せた宵闇が、金色の太陽により払われていく。太陽よりも眩い輝きを放ち、五人のデュエリストを照らすは太陽神。
デュエリストなら誰もが知っている三幻神の中で最強とされた不死の鳥。
ラーの翼神竜が邪神アバターに対抗するかの如く降臨した。
「どういう、ことだ。ラーの翼神竜なら、ここに」
遊戯が思わず自分のデッキを見る。
デッキに眠りながらも存在感を放ってやまないプレッシャー。間違いなくラーの翼神竜は遊戯のデッキの中に今も存在している。
凡百のカードならいざ知らず、神のカードはこの世にただの一枚のみしか存在しない。ではパラドックスが召喚したラーの翼神竜は真っ赤な偽物なのかと言われれば、これが厄介なことにパラドックスのラーも紛れもなく本物のラーの翼神竜なのだ。
「三幻神のカードはこの世に一枚だけ。だから二枚以上存在するはずがない、か。それは常識的な思考であるが、この私を相手にするにはその常識は常識として成立しはしない。
確かに三幻神は一種につき一枚しか存在しない。だがそれはその時間軸での話だ。時間軸Aにラーの翼神竜が一枚あれば、その五分後の時間軸である時間軸Bにもまたラーの翼神竜は存在している。
そして私は逆刹のパラドックス。時代の観察者にして測定者にして修正者。君のいる時代ではない時代から、別のラーの翼神竜を頂いたのだよ」
「なんて奴だ」
「これがパラドックスの力なのか……」
つまりはこういうことだ。世界に一枚しかないというレア中のレアカードでも、パラドックスは別々の時間軸からそのカードを集めることで三枚積むことが出来る。
極論だがラーを三枚投入することも、ネオスを三枚投入することもパラドックスは自由自在なのだ。
「さて。ラーの翼神竜を使役するにはカードに浮かび上がった古代神官文字を読み上げる必要がある。読み上げられなければ、ラーのコントロールは読み上げられる別のデュエリストに移る。
武藤遊戯、もしかしたらお前は私が古代神官文字を解読できず、その支配圏を獲得できないのではないかと考えていたのかもしれないが――――それは甘い、と言わせて貰おう」
「まさか古代神官文字を読めるのか!?」
「私のハードには世界に生まれ出たあらゆる言語がインプットされている。デュエルモンスターズ発祥の地であるエジプト、その古代神官文字についても我が脳髄は記憶しているのだよ」
パラドックスは両腕を交差させると、常人にはとても理解不能な呪言を唱え始めた。
それが古代エジプトにおいて神官のみが知り、話すことを許された古代神官文字であることを、武藤遊戯だけが知りえることができた。
ラーの翼神竜は起動する。
――――時一つとして神は不死鳥となる。選ばれし魔物は大地に眠る
選択されし姿は三番目。黄金の球体が開き、そこから現れるのは紅蓮の炎の体をもつ不死鳥。
「これが、ラーの翼神竜」
初めて〝三幻神〟という伝説を目にした遊星は、敵であるにも拘わらずその余りの威容に目を奪われた。
十代もまた嘗て自分が相対した偽物を遥かに超える威圧感に圧倒される。
そしてラーと対となるアバターを従えた丈は、自らと互角の力を鋭く睨んだ。
「ライフを1000支払い太陽神は不死鳥となった。不死鳥となったラーの前にあらゆる干渉は無為となり、その攻撃はあらゆる魔物を焼き尽くす。
例えそれがラーと同じ最高位に君臨する邪神でもだ! 私はバトルフェイズへと移行する!」
神の力すら弾き返すアバターも、それが同格のラーの力であれば無効とすることはできない。
だがラーの翼神竜があらゆるモンスターを殺す不死鳥であるのならば、邪神アバターはラーの翼神竜を、不死鳥を殺すためにデザインされた邪神だ。
「アバターはフィールドで最も強い力をもつモンスターに姿を変化させる。アバター! 太陽神が不死鳥となるのであれば、お前も不死の力を手にするがいい!」
まるでアバターが丈の言葉に応じるかのように轟音染みた叫び声をあげ、姿をカオス・ソルジャーからラーと同じ不死鳥へと変化させていく。
不死の力を得たラーと、不死の力を得たラーの姿となったアバター。光と闇、黄金と純黒。聖と邪。二体の不死鳥が真っ向から相対する。
「ラーの翼神竜の攻撃、ゴッド・フェニックス!」
「邪神アバターの迎撃、ダーク・フェニックス!」
あらゆるものを殺す槍、あらゆる槍を通さぬ盾。不死鳥の力はその二つを兼ね備えたものだ。
であればその二体の激突とは即ち矛盾。異なる概念と概念の殺し合いだ。その二つが激突した時、どのような結果を生むかは誰一人として分からない。
赤い炎と黒い炎、二つの膨大なエネルギーがぶつかり収束し、炸裂した。
「ぐぅぅうーーーっ!」
「ちぃぃっ!」
轟音が轟き、ソリッドビジョンではない確かな熱量が巻き起こる。
爆風が晴れる。煙が晴れた時、そこにはなにもなくなっていた。
「互角……? いや」
消えてしまったのはアバターとラーだけではない。カオス・ソルジャーとエスクリダオ、二体のモンスターが跡形もなく消滅してしまっている。
二体の不死鳥同士の激突はお互いの存在を滅ぼし尽くすだけには飽き足らず、激突の余波が周囲にいたモンスターを滅ぼしてしまったらしい。
「こんな結果になるとはな。ラーとアバターの激突、これほどのものか。今の激突で時空に歪みが生じかけた。……しかし勝負は私の勝ちのようだな。予想外だが予定通り。アバターを葬ることには成功した。
速攻魔法発動、Sin Cross! 私の墓地に眠るSinモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。蘇れ、Sin青眼の白龍!」
【Sin Cross】
速攻魔法カード
自分の墓地に存在する「Sin」と名のついたモンスター1体を
召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、
このターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。
【Sin 青眼の白龍】
闇属性 ☆8 ドラゴン族
攻撃力3000
守備力2500
このカードは通常召喚できない。
自分のデッキから「青眼の白龍」1体を墓地に送った場合に特殊召喚できる。
「Sin World」がフィールド上に存在しない場合このカードを破壊する。
蘇るブルーアイズ。あれだけ手札を増強しただけあって、パラドックスの手札には強力なSinモンスターがかなりの数あった。
「ラーとアバターの激突により互いのフィールドは焼野原になったが、バトルフェイズは終了していない。そしてバトルフェイズ中に復活したSin青眼の白龍は攻撃の権利がある。ゆけ、滅びのバーストストリーム!」
ブルーアイズのバーストストリームが四人が共有するライフに痛烈な一撃を与える。
3800と4000近くあったライフが一気に800にまで削り取られた。
「バトルフェイズを終了。私はまだこのターン通常召喚を行っていない。私はチューナーモンスター、Sinパラレルギアを召喚」
【Sin パラレルギア】
闇属性 ☆2 機械族 チューナー
攻撃力0
守備力0
「Sin World」がフィールド上に存在しない場合このカードを破壊する。
明らかに弱小と見て取れる外見のモンスターが現れる。
けれど警戒すべきはパラドックスのチューナーモンスターという言葉だ。
「チューナーだと? まさかシンクロ召喚をするつもりなのか!?」
「そのまさかだ。レベル8、Sin青眼の白龍にレベル2、Sinパラレルギアをチューニング!」
☆8 + ☆2 = ☆10
レベル8とレベル2のシンクロで生み出されるモンスターはレベル10、神と同じレベルをもつ規格外のモンスター。
「次元の狭間より現れし闇よ、時空を越えた舞台に破滅の幕を引け! シンクロ召喚! 現れよ! Sin パラドクス・ドラゴン!」
【Sin パラドクス・ドラゴン】
闇属性 ☆10 ドラゴン族
攻撃力4000
守備力4000
「Sin」と名のついたチューナー+チューナー以外の「Sin」と名のついたモンスター1体以上。
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分の墓地に存在するシンクロモンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する事ができる。
相手モンスターの攻撃力は、
このカード以外の自分フィールド上に存在するシンクロモンスターの攻撃力の合計分ダウンする。
フィールド上に「Sin World」が存在しない場合、このカードを破壊する。
既存のモンスターをSin化させた通常のSinモンスターとは違う、正真正銘パラドックスのための専用カード、Sinパラドックス・ドラゴン。
歴史修正を象徴するかの竜は下手すれば青眼の白龍やレインボー・ドラゴンすら超える迫力で咆哮した。
「Sinパラドクス・ドラゴンの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、墓地のシンクロモンスターを召喚条件を無視して復活させる。
私が蘇生させるシンクロモンスターは……スターダスト・ドラゴンだ」
「スターダスト!?」
パラドックス・ドラゴンが墓地よりSinではないオリジナルのスターダスト・ドラゴンを現世へと引きずり出した。
自分の主と強引に戦わされることにスターダストは強い抵抗をするが、パラドックス・ドラゴンの前にその抵抗は無意味だ。
「Sinパラドクス・ドラゴンは復活させたモンスターの攻撃力分、お前達のモンスターの攻撃力を下げる。とはいえ君達のフィールドにモンスターはいない以上、この能力は不発に終わるがな。
故に変わりといってはなんだがもう一体面白いモンスターを召喚させて貰おう。私はエクストラデッキのサイバー・エンド・ドラゴンを墓地に送り、現れろ、Sinサイバー・エンド・ドラゴン!」
【Sin サイバー・エンド・ドラゴン】
闇属性 ☆10 機械族
攻撃力4000
守備力2800
このカードは通常召喚できない。
自分のエクストラデッキから「サイバー・エンド・ドラゴン」1体を
墓地に送った場合のみ特殊召喚できる。
「Sin World」がフィールド上に存在しない場合このカードを破壊する。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
何度もそのカードと戦った丈が間違うはずがない。パラドックスが召喚したのは威圧感もパワーもサイバー・エンド・ドラゴンそのものだった。
だが全体的な雰囲気が清いものから邪悪なものへと反転していた。
「おいおい。サイバー・エンド・ドラゴンの召喚には融合カードが必要のはずだろ」
「……攻撃力4000」
遊星も十代も、そして遊戯でさえ攻撃力4000のモンスターを二体召喚し、スターダストまで召喚してきたことに驚きを隠せない様子だった。
だがそれ以上に丈には言いたいことがあった。
「亮のサイバー・エンドをよくも。……しかし残念だがパラドックス、サイバー・エンド・ドラゴンを100%……いや120%使いこなせるのは全世界全時空に唯一人。それは決してお前じゃないぞ」
「ククククッ。親友のカードを取り戻すべくわざわざ過去にまで追ってきた君が言うと説得力が違うな。けれど君の意見は見当違いも甚だしい。
これはサイバー・エンド・ドラゴンではなく絶望と罪悪に染まり反転したSinサイバー・エンド・ドラゴン! 君の知るサイバー・エンド・ドラゴンとは一味違うぞ」
「笑うのはこっちの方だ。なにが攻撃力4000だ! たかが攻撃力4000で粋がるなよ。これが亮なら今頃パワー・ボンドで攻撃力8000のサイバー・エンド・ドラゴンを召喚してる頃だ! 下手すればリミッター解除で更に倍の16000だ!」
「……攻撃力4000が……たかが?」
「丈さん、凄い人が友人だったんですね……」
「ま、カイザーだし」
遊戯と遊星は攻撃力を4000をたかがと言い放った丈に目を丸くして、唯一人十代だけが達観していた。
「減らず口は一人前のようだな。私はカードを二枚伏せターンエンド」
エンド宣言と同時に未来から来た三人の視線がその人物に注がれる。
デュエルモンスターズの長い歴史において史上最強とまで畏怖されたデュエリストのターンが遂に始まるのだ。
社長「ドラゴンを呼ぶ笛が墓地に置かれたのでカードをドローさせてもらうぞ」
蟹「強制終了をリリース!」