第126話 王の帰還
ダークネスの脅威がデュエル・アカデミアを襲ってから二年の月日が流れた。
時代が移ろえばそこにいる人も変わる。カイザーと畏怖された丸藤亮は最終学年たる三年生となり、アカデミアにも新しい風が吹こうとしていた。
しかし新しい風が吹くのならば、新しい災厄が訪れるが必定。デュエル・アカデミアに再び暗い影が忍び寄ろうとしていた。
「たっくなんなんだろうな俺達に用事なんて。……まさか、補習とか」
うげっと露骨に厭そうな顔をするのは遊城十代。アカデミアの一年生にして、本校とノース校の対抗試合の代表に選ばれるほどの天性のプレイングセンスと、凄まじい引きの強さをもつデュエリストだ。
三年のカイザー亮と比べればまだまだ隙のあるプレイングが目立つが、その実力は三年生を除けば最強クラスといっていいだろう。
「馬鹿か十代。俺や天上院くんにカイザー、あと三沢まで呼ばれてるのに補習なはずがないだろう。俺はお前と違って真面目に授業を聞いてるんだからな」
神経質そうに万丈目が言う。アカデミアの学生でありながら万丈目が着込んでいるのは黒を基調としたノース校の制服だ。
万丈目の言葉に明日香が頷く。
「同感ね。私も補習を受けさせられるような酷い成績をとった覚えはないし。捕捉するなら補習を知らせるのに一々校長が呼び出しするなんて変だし、学年の違う亮が一緒に呼ばれるわけないわ。ねぇ亮」
「…………………」
「亮?」
明日香が話しかけても、カイザーは心ここに非ずといった様子で歩きながらここではない遠くを見るような目をしていた。
「どうしたの?」
怪訝に思った明日香が肩を小突くと、漸くカイザーは我に返る。
「……っ! すまん。少し考え事をしていた。なんの話だ?」
「大したことじゃないわ。それより亮が考え事に没頭して話しかけられても気付かないなんて珍しいこともあるのね」
丸藤亮というデュエリストはデュエルをしていない時であっても、常に落ち着いて隙のない佇まいをしている男だ。
こうやって歩きながらぼおっとするなんて、明日香はこれまで一度も見た事が無かった。
「大した事じゃない。ただ最近なにやら妙な空気だからな。胸騒ぎがしていただけだ」
「ふーん。カイザーも大変なんだなぁ――――ってあれ? クロノス先生?」
「ど、ドロップアウトボーイ! それにセニョールたち」
十代が呑気に言っていると、校長室の前でクロノス先生と鉢合わせした。クロノス先生は校長室の取っ手を掴んだまま固まる。
優秀な生徒(主にオベリスク・ブルーの生徒)を贔屓して、成績の悪い生徒は厳しく接するという実力主義社会のアカデミアの校風を現すような先生だが、その先生にとって筆記がドロップアウトでありながら実技がトップクラスのレッド生たる十代は苦手な相手なのだ。
もっとも苦手に思っているのは実はクロノス先生だけで、十代の方は悪印象をもっていないのだが。
「クロノス教諭も校長に呼ばれたのですか?」
「なんでスート? ということは、セニョール丸藤たちも校長に。どういうことなノーネ。私は聞いてなイーノ」
クロノス先生まで呼ばれたということはどうやら本当に補習という線は消えたようだ。幾らなんでも先生が補習を受けさせられるわけがない。十代はぼんやりとそんなことを考えた。
そうなると問題はどうしてカイザー、明日香、万丈目、三沢、クロノス先生、自分が呼ばれたかだが。
(なんでだ?)
六人には寮も別々なら、学年も生徒かも統一されておらずバラバラだ。
共通点があるとすればアカデミアに住んでいるということくらい。どうしてこの六人なのか考えても十代には分からなかった。
「ここにいる六人の共通点は全員がデュエルにそこそこ覚えがあるということだな」
だが十代に分からずとも、他の者はそうではない。アカデミア生で一番博識な三沢が六人の共通点を早々に見つけ出した。
言われてみれば確かにそうだ。クロノス先生は実技の最高責任者で実力は折り紙つきだし、万丈目はノース校でトップになる腕前だし、明日香も女子生徒では一年にしてナンバーワンの実力者だ。三沢はイエロー寮所属でありながら筆記は学年トップ。そして自分はアカデミアの代表生徒に選ばれたことがある。
「じゃあ三沢、俺達を呼びだしたのはこれからデュエルをするってことなのか?」
「そこまでは分からない。だが理由は校長先生に会えばはっきりするだろう」
尤もな意見だった。
十代たちは「失礼します」と断りを入れてから、校長室に入室する。校長室の机では頭を輝かせた鮫島校長が珍しく重苦しい表情で六人を待っていた。
「よく来てくれました皆さん」
「校長。俺達に用事とは」
学校内では校長と生徒という立場を守っているが、カイザー亮と鮫島校長はサイバー流の師匠と弟子の関係だ。
二年前のピケクラ事件のせいで一時期師弟関係崩壊の危機もあったが、今は一応は仲は修復されている。その亮が代表して単刀直入に本題をぶつけた。
「おほんっ。これは一般生徒や一般教員も知らないことなのですが、このデュエル・アカデミアの地下には三幻魔と呼ばれるカードが封印されています」
「三幻魔?」
聞いた事のないカテゴリーに十代は首を傾げた。もしかして自分の勉強不足かと隣りにいる明日香を見るが、明日香も首を横に振った。どうやら明日香も知らないカードらしい。
「三幻魔とはその名の通り恐るべき魔の力をもつ三枚のカード。その力は彼の三幻神にも匹敵すると言われ、このカードの封印が解かれると、天は荒れ、地は乱れ、世界を闇に包みこみ破滅に導くと云われています……」
「ま、マンマミーア! そ、そんなオカルト話なんてありえないでスーノ!」
「いえ。そうとも言い切れません」
「せ、セニョール!?」
逸早く亮はクロノス先生の言葉を否定する。
「俺も三年前、同じような魔の力をもつカードと遭遇し、戦った。最終的に友たちの結束で勝利することが出来たが、あの時に見たカードたちは嘘偽りなく世界を破壊するだけのエネルギーをもっていた。
三幻魔が本当に三幻神に匹敵しうるだけの力を持っているというのならば、鮫島校長の仰った事は現実に起こりえる脅威となる」
鮫島校長がゆっくりと重々しく頷いた。
「丸藤君の言う通りこれは本当のことです。現在セブンスターズと呼ばれる三幻魔封印を解き放つ鍵、七星門の鍵を狙ってきています。
セブンスターズは全員が恐るべき実力をもつデュエリストたち。彼等はデュエルによってこの鍵を奪い、三幻魔の封印を解き放つ気です」
鮫島校長が古めかしい木箱を開くと、そこには七つの鍵が納められていた。これが七星門の鍵なのだろう。
「あなたたちはこの学園でも屈指の実力を持つデュエリストです。その力を見込み、この鍵を託したい。そしてセブンスターズからこの鍵を守ってもらいたいのです」
デュエルに覚えのある者ばかりが集められた理由が氷解した。
七星門の鍵を奪うには、鍵の所有者を倒さなければならない。例えば凄腕の泥棒が厳重に守られている金庫の中から七星門の鍵を奪ったとして、その所有者をデュエルで倒さない限り〝奪った〟としても鍵が〝奪われた〟と認めないのだ。
鍵は正しい所有者が封印を解除しようとして初めて成立する。故に鍵を守る最善の方法は金庫に入れることではなく、凄腕のデュエリストに鍵を委ねること。
そうすればそのデュエリストを倒さない限り鍵を奪うことはできない。
「話はここまでです。セブンスターズは危険な相手です。これまでのデュエルとは一味も二味も違う厳しい戦いとなることでしょう。
だから無理強いはしませんが、ですがもしセブンスターズと戦う覚悟を持っていただけるなら、この七星門の鍵を受け取っていただきたい」
「勿論! 勉強なら兎も角、デュエルだってんなら望むところだぜ!」
「ええぃ! 十代、この俺より先に出るとはどういう真似だ!」
十代が逸早く鍵を手に取れば、万丈目が対抗して鍵をとる。明日香やクロノス先生もそれに釣られてというわけではないが、鍵を手にとっていった。
しかし最後の一人、亮は鍵を持つと暫し固まる。
「どうかしましたか丸藤くん」
「質問を宜しいでしょうか。ここにある鍵は見たところ全部で七つあるようですが、ここにいるのは俺を含めて六人だけ。一人足りないと思うのですが」
「それでしたら問題ありません」
「どういうことですか?」
「セブンスターズの戦いにあたって、アメリカ・アカデミアに留学中の三人に帰還要請を送りました。程なく彼等が援軍に駆けつけるでしょう」
「――――!」
亮が目を見開いた。だが驚愕を露わにしたのは亮だけではない。万丈目も、明日香も、三沢も、クロノス先生までもが驚きで固まっている。
唯一人まるで鮫島校長の言った事の意味が分からない十代だけがポカンと呆ける。
「天上院くんと藤原くんは留学先の都合により、少し帰還が遅れることになりそうですが、宍戸くんに関しては既にこちらに向かっているとの報告を受けています。だから最後の鍵は彼に」
「ふ、三幻魔を相手するのにあいつほどの適任はいないでしょう。では俺はこれで。あいつが戻って来る前にデッキの調整をしなければなりません」
「カイザー」
亮は嬉しそうに微笑を浮かべると、背を向けて校長室から出ていく。その足取りはカイザーと畏怖された男らしくなく弾んでいた。
「フッ。二年ぶりだな。俺達〝四天王〟がデュエル・アカデミアに揃うのは」
十代はそんなカイザー亮の背中を呆けながら見送る。
だが十代の脳裏に引っ掛かるものが一つ。四天王や彼等なんて言われても良く分からないが、宍戸という名前については心当たりがあった。
どこでその名前を聞いたのかは思い出せないが、どこかで聞いた事のある名前なのは確かだった。
校長室での話を聞き終わった十代たちは、待っていた翔たちと合流してセブンスターズのことを話した。
セブンスターズの事を聞いた翔は自分が戦う訳でもないのに脅えてどもりながら、
「せ、セブンスターズとの戦いなんて、兄貴。本当に大丈夫なんっスか?」
「任せろって。セブンスターズがデュエルでくるっていうなら、俺はいつも通り思いっきりデュエルするだけだぜ。そういや三沢、校長が言ってた四天王とか呼び戻すとかなんのことなんだ?」
十代が聞くと、また三沢と明日香、万丈目まで黙り込んでしまう。
それは翔も同じだった。十代と違って〝四天王〟について心当たりのあった翔は「あっ!」と口を押えて驚いたのだ。
「なんだよ翔も知ってるのか? ってことは俺だけのけもんかよ!」
「……アカデミア生に入る様な生徒なら、誰でも知っていると思うんだがな」
「ま、十代だし」
「ふん。これだからドロップアウトは……」
万丈目たち三人が緊張を緩ませて脱力する。
だが十代だけ知らないのでは話が進まない、と代表して物知りな三沢が説明するため口を開いた。
「デュエル・アカデミアの四天王……その名の通り本校、いや全てのアカデミアにおいて頂点に君臨する四人のデュエリストのことだ。
その実力もさるものながら、全員が〝王〟に因んだ異名からそう呼ばれるようになった。その強さは学生の領域など入学時点で置き去りにしていて、トッププロすら大きく凌ぐという」
「そんな強いデュエリストが四人もアカデミアにいるのか?」
「そうっスよ」
三沢の後を翔が引き継ぐ。翔は自分の兄が戻っていったブルー寮の方角を見つめながら、
「四天王の一人が兄貴も知ってる僕のお兄さん。
「……!」
カイザーが四天王に名を連ねていたことは十代にとって驚きだが、同時に納得できることでもあった。
一度戦った十代はカイザーの強さを良く知っている。あの強さならアカデミア最強の頂きにいてもなにもおかしくはない。
だがカイザーが四天王の一角となると、カイザークラスのデュエリストが他に三人いるということになる。
「明日香。他の三人はどういう人なんだ?」
「二人目の四天王は私の兄の天上院吹雪。
性格は亮と違って不真面目というか色々自由な人だけど、アメリカにあったトッププロも参加するハリウッド大会で優勝を飾った実力者よ。普段はふざけているのが瑕なんだけど」
「三人目が光属性天使族モンスターを自在に操ることから〝天帝〟と呼ばれた藤原優介。若干十三歳からオーストラリア・チャンピオンシップを三年連続制した天才。
四天王では唯一の高等部からの編入組だが、本校の理事長が直々に特待生扱いでスカウトしてきたという猛者だよ。こと才能においては四天王随一だという」
「そして――――」
明日香と三沢の説明の後、万丈目が過去に浸るように目を瞑りながら言った。
万丈目のデッキに眠る精霊――――光と闇の竜の心臓が跳ね上がる気配を、十代は感じた。
「最後の一人が宍戸丈。十五歳にしてカイザーやキング、そして元全日本王者や元全米王者を下して、I2カップを制して〝魔王〟と呼ばれた男だ」
「宍戸、丈……」
そこまで聞いて漸く思い出した。
宍戸丈が優勝を飾ったというI2カップ。その大会の映像を十代は十三歳の頃にTVで見ている。あの時は画面越しで壮絶なデュエルを繰り広げる魔王と帝王の姿に憧れもしたものだ。
「カイザーやキング吹雪と共に復活したネオ・グールズを壊滅させ、三邪神の担い手になり、ペガサス会長の誘いで学生でありながらNDLへプロ入り。アカデミアでは一番の出世頭だな」
三沢が腕を組みながら言うと、万丈目が続ける。
「去年は新人王獲得どころか日本人としては初めての全米ランキング1位に上り詰めたが、今年は僅差でバンデット・キースに王者を譲った。
だが一年とはいえ全日本ランキング一位のDDと同じ場所まで上り詰めた生きる伝説だ。もっとも最後にはこの俺が超えるがな。はははははは!」
「いや流石にそれくらいは知ってるぜ。TVで毎日のように放送されてたし」
確か全米王者と全日本王者が戦って世界王者を決めるタイトルマッチは四年に一度だから、もし宍戸丈が来年全米ランキング一位に返り咲けば来年は宍戸丈がDDと戦うことになるのだろう。
「尤も他の三人はアメリカ・アカデミアに留学中でここにはいない。――――鮫島校長はその三人を呼び戻したんだ。三人がアカデミアに戻れば事実上の最強戦力が結集することになるな」
「そっか。なんかワクワクしてきたぜ。魔王なんて呼ばれて三邪神の担い手なんてゲームのラスボスみたいじゃねえか。どんなデュエルするんだろうな」
「ふん! お前みたいな劣等生に宍戸さんが三邪神を解放などするものか。この俺が戦ったときすら三邪神を使わなかったんだぞ」
まだ見ぬ魔王というデュエリスト。それに王と天帝。
これだけのデュエリストを呼び寄せたというのであれば、万丈目たちが緊張したのも無理はない。
そして宍戸丈はもう直ぐ戻ってくるという。十代はぐつぐつとした闘争本能で武者震いをした。
漸く原作突入。ここまで長かったなぁ。