遊城十代 LP1300 手札0枚
場 無し
伏せ 無し
宍戸丈 LP2000 手札0枚
場 E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマン、M・HEROアシッド、E・HEROエアーマン
伏せ
互いに手札はなくライフはやや丈の有利。フィールドアドバンテージに限っていえば十代の圧倒的な不利だった。
流石の十代も一筋の冷や汗が流れ落ちる。流れ落ちた汗はマグマに呑み込まれ一瞬のうちに蒸発してしまった。もしこのデュエルに負ければ自分はあの汗のようにマグマに呑み込まれるのだろうか。
差し迫った明確なる死という現実に、らしくもなく十代はネガティブなことを考えてしまった。
「俺のターン……」
次のドローで全てが決まる。
ただのモンスターをドローするだけでは駄目だ。壁モンスターを一体召喚したところで次の一斉攻撃を防ぐことはできない。墓地にはもうネクロ・ガードナーもありはしないのだから。
「ドロー! ……………おっし!」
果たして運命の女神は十代を見捨ててはいなかった。ドローカードを確認した十代は小さくガッツポーズする。
「貪欲な壺を発動! 墓地のモンスターを五枚デッキに戻しシャッフル。その後二枚のカードをドローする! 俺は墓地のバーストレディ、フェザーマン、ワイルドマン、バブルマン、カードガンナーをデッキに戻しシャッフル。二枚のカードをドローするぜ!」
「土壇場でドローカードを引くとは悪運強い。だが愚か者だ。小僧、貴様のその行為は自分の断頭台へ続く十三階段を一歩だけ降りただけに過ぎない。
だがどれほど後ずさろうと死刑囚が断頭台にかけられるという運命が変わる事はないのだ。潔く諦めるのが楽になれる道だと思うが」
「―――――――なにを! ん……?」
反論しようとした十代だったが、途中であることに気付いて目を見開いた。
闇のゲームによる苦痛でありもしない幻覚を見ているのかも、とゴシゴシと制服の袖で目を擦るが……〝それ〟は決して見間違いでも幻影でもなかった。
息を飲む。もしもそれが本当だとしたら、どうして十代の目の前に立つ宍戸丈はあんなことをしているのか。
「どうしたの十代、まさかドローしたカードが悪かったんじゃ」
「そ、そんなぁ。兄貴ぃ……」
「気張れ! 気張るんだな十代!!」
十代がデュエルをすることを止めて考え込んでいるのを、手札が悪いことによる絶望と勘違いした明日香たちが応援の声を振り絞った。
その声で我に返った十代は慌てて取り繕う。
「心配すんなって! そんなんじゃねえ、ただ」
最初からなんとなく違和感はあったのだ。
魔王というわりには香ばしいまでに漂ってくる小物っぽい臭い。まるでお手本をなぞるかのようなプレイング。強くはあるが、同じ四天王であるカイザーの常識外れの強さがあの宍戸丈には感じられない。
もしもこれが宍戸丈だとしたら、あのカイザーがあれほどまでの信頼を寄せるだろうか。
(もしかしたら)
十代はある一つの可能性に思い当たる。
荒唐無稽な話ではあるが、試してみる価値はありそうだ。
「なぁ宍戸丈先輩。いいや、こう言わせて貰おうか。なぁ偽物さん」
「――――――な、なに?」
露骨に宍戸丈の表情が歪み、顔面がめくれ上がった。
「もうメッキは剥がれてるんだよ。お前は宍戸丈じゃない。宍戸丈を語る真っ赤な偽物だ!」
「なんですって!? あの宍戸先輩が……偽物!?」
宍戸丈が偽物だという十代の指摘に、明日香たちまでも驚愕する。正面から指を差された宍戸丈を語る何者かは暫く固まっていたが、数十秒を経て元に戻ると。
「ははははははははは。楽しい妄言じゃないか小僧。この俺が偽物だって? トチ狂ってなにを馬鹿なことを言いだすんだか。見ろ、このHEROたちを! これは間違いなくこの俺のカードだ。宍戸丈が操るHEROモンスターたちだ! これでも俺を偽物とでも?」
「ああ偽物だね!」
力強く断言する。本当は明確な証拠といえるものもなければ十代自身半信半疑だが、さも確信しているといったふうにふてぶてしく笑う。
十代が自信をもって言い放つと宍戸丈を語る者の顔が少しずつ青くなっていく。
「俺は前にアンタと同格だっていうカイザーと戦った。結果は悔しいけど俺の負けだった。だけどなんていうかカイザーのデュエルにはこう凄味みたいなものがあって、心の裏側までワクワクするもんだった。
だけどお前はなんか違う! カイザーと同じくらい強さのデュエリストにしてはお前は爪が甘いし間抜けすぎるぜ。お前みたいなのが宍戸丈だったら、カイザーのライバルになることなんて出来るもんか!」
「き、貴様……。お、俺を間抜けだ、とォ~~~! 黙れ五月蠅い小僧! 見ろ、俺の顔を! 宍戸丈そのものだ。そして俺のデッキも宍戸丈のものだ! この服だって宍戸丈のものだ! そしてなによりもこのブラックデュエルディスク!! カードプロフェッサー頂点の証たるこれこそ俺が本物の宍戸丈だっていうなによりもの証拠!! どうだ恐れいったか!!」
「それはどうかな」
「なに!?」
「言っただろう。メッキは剥がれてるって。お前がブラックデュエルディスクといったそれをよく見てみろ!!」
この場にいる全員の視線が宍戸丈の腕に装着されているブラックデュエルディスクに集まった。
十代が指さした理由を知るため全員が食い入るようにブラックデュエルディスクを見つめ、やがて翔が「あっ!」と驚いて口元を抑える。
翔が気付くと連鎖的に明日香と隼人が気付き、一番遅れて宍戸丈を語る者の表情が青ざめる。
「デュエルディスクの黒い部分がハゲ落ちて、普通のデュエルディスクの色が出てるんだな!」
隼人の指摘通りだった。きっと黒いペンキやなにかで普通のノーマルなデュエルディスクを黒くしたのだろう。ブラックデュエルディスクは見た目は色が黒いだけのデュエルディスク。故に普通のデュエルディスクをそのまま黒くしてしまえば傍目には見分けがつかない。
偽物のブラックデュエルディスクに、偽物らしいプレイング。これこそが十代が宍戸丈=偽物という推理に辿り着いたピースだ。
「さぁ答えて貰おうか。もしもお前が本物の宍戸丈なら、どうして本物のブラックデュエルディスクを持ってないのかをな」
「――――――――――ヒ」
「ひ?」
瞬間、宍戸丈だった男の顔が風船のように膨れ上がり破裂する。顔だけではない。全身が破裂し、ぶくぶくと肥え太った肉が露わになっていく。
そして現れたのはファンタジーなどに出てくるゴブリンに肌色のペンキを塗りたくり、圧縮機にかけられて潰れた顔の男だった。
「ぐゅびゃはぎゃはひはひゃほはははははっははぶひゃはははははは!!」
狂った様な笑い声が火山に反響する。非人間染みた狂笑に十代の背筋がナイフに当てられたように冷たくなった。
「しょの通りでござぁぁあああいまむぁあああああああああああす! ぎぇへへげへへへへへへへへへへへへへへへへへ! そうさぁぁ~。俺はセブンスターズに雇われた死の物まね師だぁぁ!
どうだぁ? 驚いたぁ? 驚いちゃったぁ~♪ ギャハハッハハブハハハハハハハハハハハハ。騙されてやんの、バー――――――――カ!」
「死の物まね師……!」
嘗てインダストリアル・イリュージョン社に雇われ、闇のプレイヤーキラーとして活動した男の一人。変装の達人。他人のデッキとプレイングをコピーするスペシャリスト。
明日香から貸して貰ったペガサス島のDVDで十代もその名前だけは知っていた。
「ぐびゃへへへっへ。どぅぁ~けど舐めるんじゃねぇーぜぇえええええ! 俺はこの通り真っ赤な偽物だぁ。ンフッ! どっこい俺のデッキまでは偽物じゃねえんだよなぁぁ~」
「なんだって。……………まてよ、お前のデッキが本物だっていうなら本当の宍戸丈はどこへ」
「本物の宍戸丈ォ? ああ、あいつなら死んじゃったヨ」
「っ!」
「太平洋の中心で飛行機ことドバァァアアアアアアアアアンってなってオッこっちゃった☆ どうでちゅかぁぁ~。チミたちの希望の星の魔王様は今頃お魚さんたちのウンコになっちゃいましたよぉ」
「て、テメエ!」
嫌悪感を湧き立たせるような言い様と、宍戸丈を殺したとでもいうかのような言葉に十代の沸点も頂点に達した。
激怒して死の物まね師を睨みつけるが、男は気にすることもなく下卑げた笑いを続ける。
「ふへへっはぎゃぶひゃはふぐへへはっはははははははははは! あいつが死んじまったから、奴の構築した最強デッキはこの俺のものって寸法よぉぉお!
ううぅん。ラッキーだぜぇええ。三幻魔とかいうカードにも興味あるが、テメエを倒してこのデッキを報酬として頂戴するだけで元は十分よ。なんたってアメリカの頂点に君臨した男のデッキだからなぁ。これから稼ぎが抜群に良くなるぜぇ」
「ふざけんな! それはお前のデッキじゃない。返せ!」
「ひひひ! それ怒れ怒れぇ。だぁけぇどぉざぁんねぇん! お前の手札はたったの二枚。そんなんじゃなーんもできやしねぇんだよ!!
それともあれかぁ? 死んだ魔王様の守護幽霊が降りてくるのでも待っちゃうかなぁ。ま、無駄だけどね☆」
「許さねえ……!」
出来れば今直ぐに目の前の男を叩きのめしたい。だが十代の手札には死の物まね師を倒せるカードはない。
死の物まね師の言う通りデッキは宍戸丈のものなのだろう。デュエリストは兎も角、デッキの強さは本物だ。
「モンスターをセット……ターンエンドだ」
「げへへはがびはやははははは! もう守備表示でターンを凌ぐことしかできねえってか。だけどぉぉぉぉぉ、俺様のHERO軍団はそんなんじゃ止められねえぜ」
「〝お前の〟じゃないだろう。どれだけ変装しようとそれはお前のデッキじゃない。どれだけプレイングを真似したって、本物を100%再現するなんて出来るもんか」
以前、武藤遊戯のデッキを盗み出した神楽坂とデュエルをした十代だから自信をもって断言する。
だが死の物まね師はにんまりと嫌らしく笑った。
「ぎゃへへぶひゃへへへへへへへ……。そいつはどぉかなぁ。俺の脳にはデュエルマシーンから収集した〝宍戸丈のプレイング〟を完璧に記録したチップが埋め込まれている。要するに今お前が相手してんのは宍戸丈じゃなくても紛れもなく宍戸丈の実力ってことなんだよ! マヌケッ!」
「っ!」
「ぐぇはへへへへ。このターンでテメエはジ・エンド! マグマの藻屑にしてやンぜぇえええええ!! 俺のターン! やれぇ! シャイニング・フレア・ウィングマン! あいつのモンスターをぶっ殺せぇえ!」
偽物の主に使役されているシャイニング・フレア・ウィングマンは命令に対して不服なオーラを放つ。
だがモンスターである以上デュエリストの攻撃命令に逆らうことはできない。シャイニング・フレア・ウィングマンは苦しみながら、十代の守備モンスターを攻撃した。
「俺のセットしていたモンスターはカードガンナーだ。こいつが破壊されたことで俺は一枚ドロー!」
「ぼひゃははひひはほへへへははははははははははは! 攻撃は防いでもシャイニング・フレア・ウィングマンの効果発動ォ! カードガンナーの攻撃力、400のダメージだぁああ! 死ぃぃぃぃぃぃいねぇええええええええええ!!」
遊城十代LP1300→900
攻撃力の低いカードガンナーだったのが幸いした。シャイニング・フレア・ウィングマンの効果によるダメージはたったの400に留まり、十代のライフを削りきるには足りない。
だがしかしこの攻撃で十代のライフも遂に1000ポイントを切った。
「続いてアシッドの攻撃、こいつでしまいだぁぁあ!!」
「させるか」
けれどカードガンナーはしっかり救いの糸を手繰り寄せてくれていた。
「手札より速攻のかかしを捨てる! これにより相手の直接攻撃は無効となり、バトルフェイズは終了となる」
【速攻のかかし】
地属性 ☆1 機械族
攻撃力0
守備力0
相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。
アシッドの前に透明なかかしが出現し、攻撃が停止する。
昨日万丈目とトレードしたばかりのカードで、ものの試にデッキに投入していたのが役に立った瞬間だった。
「カードガンナーで防御カードを引き当てやがったか。運の良い奴! 俺はターンエンドだ……」
「――――俺のターン」
恐らくこれが自分のラストターンになるだろう。さっきの攻撃といい、幾度となく絶体絶命の危機を乗り切ってきたがもう打ち止めだ。
十代の手札には魔法カードが一枚だけ。ここからあのカードをドローできなければ終わる。
それでも負ける訳にはいかない。
相手がセブンスターズで命が掛かっているからではない。死の物まね師は宍戸丈のデッキを盗み名を語ってデュエルをする薄汚い偽物だ。そんな偽物のHERO使いに、本物のHERO使いが負けるわけにはいかない。
「ドロー!!」
十代が引き当てたのは何の変哲もないノーマルカードだった。レベル3の通常モンスター。効果も何もありはしない極普通のHEROカード。
だがそのカードこそ十代の待っていたカードだ。
「へへへへへへ。ありがとうな俺のデッキ。ちゃんと来てくれたぜ。来い、E・HEROバーストレディ!」
【E・HEROバーストレディ】
炎属性 ☆3 戦士族
攻撃力1200
守備力800
炎を操るE・HEROの紅一点。
紅蓮の炎、バーストファイヤーが悪を焼き尽くす。
E・HEROの紅一点の女戦士、バーストレディ。だが圧倒的攻撃力のシャイニング・フレア・ウィングマンを始めとしたHEROの前では霞んでしまう力しかない。
死の物まね師も同じことを思ったのかにんまりと馬鹿にするように笑った。
「この期に及んでバーストレディだぁってぇええええ~。ぷげらぎゃぶひょひゃははははははははははははははははははは! そんなクズカードを今更出してどぉすんだよぉぉお!」
「俺のデッキにクズなんていやしない。本物の宍戸丈ならそんなこと分かっていただろうぜ。お前に……本物のHERO使いの力を見せてやる! 手札より魔法カード発動、バースト・インパクト!」
「ば、バースト・インパクト!?」
「こいつは自分の場にE・HEROバースレディがいる場合のみ発動できる魔法カード。フィールドのバーストレディ以外のモンスターを全て破壊し、破壊したモンスター×300ポイントのダメージを相手に与える!」
「そ、そんな効果ありかよぉぉ!」
【バースト・インパクト】
通常魔法カード
自分フィールド上に「E・HERO バーストレディ」が表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
フィールド上に存在する「E・HERO バーストレディ」以外のモンスターを全て破壊し、
破壊されたモンスターのコントローラーに破壊したモンスターの数×300ポイントダメージを与える。
バーストレディの全身より紅蓮の炎が湧き上がり、フィールド中に炎のエネルギーが放出される。
破格の攻撃力をもつシャイニング・フレア・ウィングマンもアシッドもエアーマンも、死の物まね師のフィールドに並んだHEROたちがバーストレディによって駆逐されていく。
そして破壊されたモンスターの合計×300、900のライフが死の物まね師より削られる。残りライフは1100。
「これがHEROの可能性だ。どんなHEROにもそのHEROにしかできないオンリーワンの価値がある。HERO使いなら誰だって知ってることだ。先輩の代わりに教えといてやるぜ。
バトル! バースト・レディのプレイヤーへのダイレクトアタック! やれぇ!」
バーストレディが高く跳躍し死の物まね師の真正面に降り立つ。いつもならバーストレディが攻撃する際は手から炎を放つものなのだが、今回はそうではなかった。
どうやらバーストレディも自分のことをクズだなんだのと馬鹿にしたことに対して腹を立てていたらしい。勢いよく死の物まね師の股間に強烈なキックを入れた。
「○△×■☆!?」
声にならない叫びをあげて死の物まね師が悶絶する。
ソリッドビジョンならまだしも、これは闇のゲーム。直接攻撃のダメージはそのまま伝わるわけで、要するに死の物まね師はダイレクトにナニを蹴り飛ばされる苦痛を味わったのだろう。十代もこれには同情した。
「あれ? 周りが……」
気付くと十代たちは火山の中から元のレッド寮に戻って来ていた。地面には悶絶した死の物まね師。
どうやらセブンスターズ第一の刺客は撃退できたらしい。
十代は死の物まね師に近付くと、デュエルディスクからデッキを抜き取る。
「これが魔王のデッキ、か」
手に持った宍戸丈のデッキはずっしりと重かった。