五人目の刺客がやられ遂にセブンスターズも残り二人になると、いよいよ深刻な空気が流れ始めていた。
明弩瑠璃の手引きにより奪い取った宍戸丈のデッキも全て奪われ、未だ七星門の鍵は四つも相手の側にある。
他のセブンスターズと違って七星門の鍵の真のカラクリを知っている彼等は、そこまで絶望してはいないが戦況が不利なのは望ましいことではない。
宍戸丈の足止めに派遣した新生ネオ・グールズがいともあっさり敗北したという報告がそれに拍車をかけている。
「次は私が行きましょう」
重苦しい沈黙の中、体格の良い男がそう口火をきった。
モニターの向こう側にいる男と、アムナエルという名の錬金術師はじっと見定めるように男に視線を向ける。
『妥当なところだ。アムナエルにはまだやって貰わねばならんことがある。だがお前は勝つ自信はあるのか?』
言外に「お前の力で勝てるのか」と告げる。
自分の実力を侮るような言葉に普通のデュエリストなら激昂しただろう。だが相手が相手であるし、なにより彼は自分がアムナエルは愚かカミューラやタイタンにも実力が劣っている自覚がある。
故にそのことに対して腹を立てることはなかった。
「私の力では恐らく一人道連れにするのが精々かと」
自分の実力を誰よりも分かっているから、彼は出来ないことを出来るとは言わない。ただ冷徹に自分の出来る最大の成果を告白する。
画面の向こうの男もアムナエルもその言葉を正しいと判断したので特に反論することはなかった。
一人一殺。これまでカミューラ、タニヤ、タイタンの三人がそれに成功し、死の物まね師と闇のプレイヤーキラーはそれに失敗した。
たった一人を倒して脱落する、最低限のノルマが今の自分ができる最大戦果であると告げた彼はしかし、ある場所に指を差すと先を続ける。
「ですがあれをお貸し頂けるのならば、我が身と引き換えに遊城十代と万丈目準の二人は仕留めてご覧にいれましょう」
『ほう』
モニターの男は興味深そうに声を漏らす。
彼が指さした場所にあるのはアムナエルが錬金術を駆使して何重にも封印に封印を重ねている三邪神のカードである。
セブンスターズが求める三幻魔や、かの決闘王が所有する三幻神と同格の力をもつ三邪神をもってしてなら、嘗て宍戸丈や天上院吹雪と共に邪神に打ち勝ったカイザーは兎も角、遊城十代と万丈目準を倒すことはできるだろう。
だが彼の要求には幾らか問題が多い。
「だが分かっているのか? 三邪神は宍戸丈以外のデュエリストが使おうとすれば神の裁きを下す。かつてデュパンという泥棒が三邪神を奪い使用した際、死にかけたのを知らぬわけじゃないだろう。
いやもしもあの時、宍戸丈が三邪神を制止していなければ確実に邪神はデュパンを殺しその魂を地獄へ送っていた」
「勿論知っていますとも。あの頃の私は特待生たちの監視を任されていたのですからね」
「だったら不可能なことを言うものじゃない。三邪神はこうして封印して尚も我々に牙を剥いてくる……。
宍戸丈以外で三邪神を操ることができるデュエリストがいるとすれば比類なき魂と魔力を持つ者。かつての千年アイテムの担い手たちか海馬瀬人くらいだ。彼の友人たちでも或いはといったところか。
残酷なようだが敢えてはっきり断言しよう。君には無理だ」
冷たく言い放つアムナエル。だが彼はアムナエルに対して怒りなど覚えない。
アムナエルの言葉には冷酷でありながら、彼を労わる声色が潜んでいたからだ。
「私には操れない。ならば私じゃなければ」
「なに?」
「アムナエル殿。あるのでしょう? 三邪神を操るためのなにかが……」
「………………」
アムナエルは仮面の奥で口を真一文に閉じて沈黙する。それがなによりもの肯定の意思表示でもあった。
「怖れながら貴方の施した封印も宍戸丈の接近に伴い破れかかってきている。このままでは長くはもちますまい。強力なカードは使って初めて価値あるもの。どうせこのまま腐らせるくらいであれば、いっそのこと」
『悪くはない提案だな』
モニターの男は顎鬚を撫でながら考え込む仕草をする。
宍戸丈の三つのデッキと共に三邪神を奪ってから、セブンスターズは三邪神を操る術を模索し続けてきた。
アムナエルが優秀な錬金術師だったこともあって、どうにか三邪神を一時的に操れるようになる『あるもの』の開発に成功したが、それを使えば確実に命を縮める結果となる。
三邪神の力は惜しいがそのために命を縮めるのなんて誰だって御免だ。モニターの男もそれは同じ。
だからこそこうして封印しておくだけに留まってきたわけだが、どうせ使えないのならば彼に託して特攻させるのも一つの戦術だ。
『アムナエル。例のものをこやつに』
モニターの男に言われ、渋々とアムナエルは懐からあるものを取り出す。
「……覚悟は変わらないのか?」
銀色のケースを手渡しながら、アムナエルは彼にそう忠告する。だが彼の決意は変わらなかった。
「食うものにも困り果てていた私とその家族を救って貰った恩があります。その恩に応えねば」
「分かった」
彼の決意が変わらないことを知ると、アムナエルはそれを手渡した。
そして三邪神の封印を破り、中から三枚の邪神のカードを取り出すとそれを自分のデッキに投入する。
ふと強い風がふいてローブが剥がれる。中から覗いたのはかつて明弩瑠璃と共に特待生寮で働いていた室地戦人の顔だった。
夜になると宿直のクロノス先生以外の鍵の守護者に選ばれた者は、恒例のようにレッド寮に集まっていた。
だがそこには以前までいた明日香の姿はない。闇のデュエリストとして復活したタイタンに敗北したことで、一度は闇に呑まれかかった明日香は今は保健室のベッドの上である。
命に別状はなくぐっすり休めば元通りになると診断されたのが不幸中の幸いであるが、明らかに明日香一人のところを狙っての襲撃。
ミステリーかなにかでも集団から孤立した者から死んでいくのがお約束である。こういう時は一人にならず、固まっていた方が良い。
もっとも、
「俺と万丈目は元からレッド寮だし、カイザーは一人でもへっちゃらだろうけどな」
頭を掻きながら十代が言うと、万丈目がはぁと溜息をつく。だがカイザーは腕を組んだまま窘めるように言う。
「それは分からない。俺だってアカデミアこそ四天王なんて大それた渾名を頂戴しているが、別に最強無敵のデュエリストというわけじゃないんだ。
セブンスターズに俺より強い者がいれば負けることもあるし、そうでなくても必ずしも強いデュエリストが勝つとは限らないのがデュエルというものだ」
「おぉ。やっぱりカイザーの言うことはなんか含蓄があるぜ」
「それよりタイタンの使っていたのは暗黒界デッキだったんだな?」
「そうだぜ。これがそのデッキだ」
十代はタイタンを倒して取り返した暗黒界デッキをカイザーに手渡す。
カイザーは鋭い目つきで受け取ったデッキのカードを一枚一枚確認していき、それを終えると頷いた。
「間違いない。あいつのデッキだ。これで奪われたデッキに関しては全て取り戻した計算になるな」
「セブンスターズも残りはたった二人。いっそこの万丈目サンダーが二人とも倒して」
「あ、ずりぃぞ万丈目! 次は俺だぜ」
「馬鹿か貴様! もうお前は三度もデュエルしているだろう! 貴様のターンは当分終了。ここからはずっと俺のターンだ!」
万丈目は自信満々にビシッと自分を指差す。
そんな鍵の守護者たちの団欒を傍観していた隼人は「呑気過ぎるんだな」と呟き、翔の方は自分が守護者なわけではないのに守護者以上に緊張して頭に死者蘇生のカードを貼り付けていた。
「……翔、なにしているんだ?」
自分の弟が頭にカードを貼り付けて、聖母マリアに祈る神父のようなオーラを醸し出していることに気付いたカイザーが問い掛けた。
「い、祈ってるんっスよ! こうやってお祈りを捧げていればきっとデュエルの神様がセブンスターズなんて追っ払ってくれるっス」
「デュエルの神様ねぇ」
翔の言った『神様』のフレーズに十代は考え込む仕草をする。
デュエルモンスターズの神と聞いて先ず思い浮かぶのが三幻神のカードだ。しかしながら十代も何度か三邪神の映像を見た事はあるが、どこをどう見ても祈って御利益がありそうな神様には思えない。
次に思い浮かぶのはデュエルモンスターズの創造主たるペガサス会長か。だが今も普通に生きているペガサス会長に祈りを捧げても、三幻神以上に御利益などないだろう。
「馬鹿馬鹿しい。神なんているわけがないだろうに」
万丈目は鼻を鳴らしながら背もたれに寄りかかるが、
「――――――いや」
大声を出したわけではない。カイザーは口を開き呟いただけだ。
だというのにその声に混じった深刻な音に全員が喋るのを止めて静まり返る。
「〝神〟は近付いてきているようだぞ」
カイザーの言葉がレッド寮の空間に染み渡る。
「ハネクリボー?」
人間よりも気配を察知する能力が高い精霊たちが先ず最初にそれを感じた。
一歩一歩。普通のデュエルモンスターズの精霊など及びもつかないほどの力あるなにかがここに近付いてきている。
地震でもないのにカタカタとテーブルが震えた。
「ひっ! 兄貴、なんなんっスかこれ!?」
「決まってるじゃないか翔。また来たんだろう、奴等が」
セブンスターズ六番目の刺客の襲来。十代と万丈目、そしてカイザー。鍵の守護者の生き残りはレッド寮を飛び出した。
ついさっきまで風一つ吹かない穏やかな夜だったはずの外は、今や強風が吹く荒れ身も凍るような冷たさに変化していた。
「おやおや皆さん、お揃いのようで」
慇懃な口調で一人の男が近付いてくる。
他のセブンスターズたちと違い身を包んでいるのは黒いローブではなく洒落な燕尾服。
白と黒が入り混じった髪と、銀縁の眼鏡が特徴的な初老の男性が強風など意にも介さずに立っていた。
「貴方は!?」
「知っているのか、カイザー?」
「ああ。彼は室地戦人。二年前まだ特待生寮が廃校になっていなかった頃、特待生寮で執事をしていた人だ」
「その通りでございます、丸藤亮様。これをご覧下さい」
室地戦人は恭しく一礼するとデッキから三枚のカードを抜き取り見せる。驚くべき事にその三枚のカードはデッキと共に丈から奪われた三邪神のカードだ。
カイザー以外は初めて生で見る三邪神のカードに息を飲む。
「……恐れながら我が主人の命により、このカードの暴威をもって貴方様たちを冥府へと送らせて頂きます」
「貴方がセブンスターズだったというのは驚きだが、悪い事は言わない。止めた方がいい。三邪神をあいつ以外が使おうとすれば」
「存じておりますとも。だからこそ、こういうものを用意したのですよ」
「それは――――注射器?」
室地戦人が切り札として用意してきたのは一見何の変哲もない注射器だった。観察するが特に変わった様子はない。病院などでもごく普通に採用されているただの注射器である。
ただ一つ気になることをあげるなら、注射器の中に赤い薬品らしきものがあることだが。
「我が主人の友人にして錬金術の大家アムナエルが『宍戸丈』から採取した血液から生み出した魔法薬。これを私の肉体に……注入ッ!」
ブスッと迷いなく室地戦人は自分の二の腕に注射針を差し込み、薬品を流し込んだ。
すると信じ難いことに室地戦人の肉体がバクンッと中で巨大な御玉杓子が動いたように跳ね上がる。
「う、おおおおおおお゛」
室地戦人の筋肉という筋肉が意志があるように動きのた打ち回り増幅していく。
初老のバトラーはもはやそこにはない。十代たちの前にいるのは筋肉隆々の巨漢に化けたセブンスターズの刺客だった。
「これで私は一時的に『宍戸丈』と同等の魔力と魂を得た……」
「宍戸丈になるだって? そんなものを造り上げれるのか錬金術師は」
「普通の錬金術師なら無理でしょう。ですがアムナエルならば、あの御方には出来る。ただそれだけのこと。
体の奥底からパワーが漲ってくる。この力があれば、例え私でも三邪神を操ることができるでしょう」
「だがそんな魔法薬、リスクもあるんじゃないのか?」
「勘が鋭い。その通り、この魔法薬は一時的な力を使用者に齎す代償に命を削る危険な代物。だが、だからこそその効果は本物! 三邪神の力をもってすれば、貴方達を二人、或いは三人を道連れにすることもできましょう。
ゆかせて貰いますよ皆さん! 我が命と引き換えに若い才能はここで一輪残さず摘ませて頂く! さぁ! 誰から先に来るのです?」
「なら俺が行こう」
「勇気がある御方だ、来なさい」
室地戦人は筋肉隆々の腕にデュエルディスクを装着すると、そのスイッチを入れる。
だが彼がデュエルする準備を整えても、誰も彼の前に出ることはなかった。
「どうしました? どうして来ないのです?」
「簡単なことだ。俺達三人は誰もお前とデュエルするなんて言っていない」
カイザーがそう告げると、室地戦人は首を傾げる。
「はて。ならさっき自分が行くと言ったのは――――」
「俺だよ」
あれほどまでに荒れ狂っていた強風が一瞬にして静まる。
海岸の方から一人の青年が堂々と草木を踏みしめ歩いてきた。闇よりも黒い純黒のコート。アクセサリーなのかコートには銀色の鎖が散りばめられている。コートが黒ならば髪の色も瞳の色も黒。デュエリストの盾たるデュエルディスクまでもが黒だった。
全身を黒で統一したその青年は懐かしむような顔で薄く笑うと、室地戦人の前に立つ。
「あ、貴方は……貴方は!?」
「宍戸丈の力を得た、か。俺はいつのまに、そういう扱いをされるようになったんだ? 少し勘弁して欲しいよ」
その男が黒いデュエルディスクを起動させると、万丈目が動く。
「これを! 俺が獲り返した貴方のデッキです」
「ありがとう、万丈目くん」
偽りのないストレートな感謝の念を告げると、男は自然にそのデッキを自身のデュエルディスクにセットする。
その男の顔に見覚えがあった十代ははっとした顔になり口を開いた。
「万丈目、あの人って!」
「良く見ておけ十代。あれが二代目決闘王に最も近いと噂されるデュエリストのデュエルだ」
コートが靡き、雷鳴が鳴る。
「デュエル!」
魔王〝宍戸丈〟が遂にデュエル・アカデミアに帰還した。
……最初は一番人間離れしてたカイトが、今では一番人間らしく見える。