宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第153話  埋伏の毒

 裏切りとは志を同じくした仲間だったにも拘らず、敵方に組する事を言う。

 信頼、忠誠、結束、友情。そういった言葉は常に人々により賛美されてきたし、それらと対極に位置する『裏切り』という所業は唾棄すべきものだろう。

 しかしどれだけ道徳が戒めようと、この世のあらゆる悪行が消えないのと同じように、人間社会から『裏切り』という行為がなくなることはない。愛と友情の二律背反、義理と人情との板挟み、単なる利害。時として人間は様々な理由で、仲間を裏切り敵側に寝返る。

 けれどそういう観点で言えば大徳寺という名で教師をしていた男――――セブンスターズのアムナエルは裏切り者ではない。

 裏切り者が味方だったにも拘らず敵となった者の忌み名であるのならば、最初から敵だった者は裏切り者ですらない。ただ単に元の形へと回帰しただけだ。

 アカデミアの校舎がある場所から離れた森の奥深く。そこに灰色のローブに身を包んだ男がいた。

 ともすれば絵物語の魔法使いにすら見える格好をした男。そのイメージはなにも間違っていない。

 彼は錬金術師。科学をもって、神秘(オカルト)を手繰る真理の探求者だ。

 

『――――アムナエル、もう猶予はないぞ』

 

「すまないな。これも私の不手際だ」

 

 モニターに映る老人に、アムナエルは謝意を述べる。だがその声の性質はまったくの無色。何の色も宿ってはいない。表情も黒い仮面のせいで伺い知ることはできなかった。

 長年の友人の淡白は反応に、モニターの老人が眉を潜める。しかし老人にも友情を感じる心くらいは残っていたのか、敢えて追求してくることはなかった。

 

『まぁいい。あのタイミングで宍戸丈が駆け付けるのは私にとっても想定外だった。お前を責めても仕方がない。第一残るセブンスターズはお前だけだからな』

 

「…………感謝する」

 

『一人一殺、そう言えていた時期が懐かしい。アムナエルよ、我が旧い友人よ。期待しないで聞くが、残る鍵の守護者をお前一人で倒すのは可能か?』

 

「無理だ」

 

 錬金術師とは真理の探究者である。よって老人の問いかけに対して、アムナエルは冷徹なる真実のみを即答した。

 

「一人二人くらいならば私一人でどうにでもしてみせよう。しかし宍戸丈と丸藤亮。四天王二人を倒すのは余りにも分が悪い。あの二人を倒すのならば、せめて三幻魔がなければ不可能だ」

 

『無茶を言う』

 

 鍵の守護者との戦いは、三幻魔復活のためのものだ。なのに鍵の守護者に勝つのに三幻魔が必要では、まるでどうしようもない。これにはモニターの老人も苦笑する。

 

『だが私はお前に新たな無茶を言わねばならん。天上院吹雪と藤原優介の二人が留学期間を終えてアカデミアに戻って来ようとしている。後一週間の内に二人が帰還するだろう。四天王が揃えば手遅れになるぞ。特に藤原優介の精霊は厄介だからな』

 

「承知している。私もそろそろ――――っ! 誰だ!」

 

 背後に敵の気配を感じたアムナエルは、咄嗟に証拠品であるモニターを蹴り飛ばし破壊すると、ヘリオス・トリス・メギストスのカードを投げつける。

 手裏剣のように高速回転をしながら飛んだカードが、敵の潜んでいた木々を切断した。けれど敵の気配は既に大地を離れ上空へ。

 アムナエルは空気中の酸素を燃料に、炎を錬金させると上空にいる敵に放射する。

 夜の闇を切り裂くように、敵へと迫る炎の大斧。

 パチパチと火花を撒き散らせながら、暗闇を照らす様は実に幻想的だった。ただしその威力は決して幻想などではない。虎一人を焼き尽くすだけの火力をもった必殺だ。

 地面から両足を離して跳躍した襲撃者に、この炎を回避する術はない。だが、

 

「カオス・ソルジャーの攻撃、開闢双破斬!」

 

 迎撃の術はあった。

 混沌を切り裂く剣士にとって、アムナエルの錬金した炎など豆腐同然。召喚されたカオス・ソルジャーが炎を真っ二つに両断した。

 

「カオス・ソルジャー、か。ということは――――」

 

 アムナエルは襲撃者の正体を悟る。

 カオス・ソルジャー -開闢の使者-はブルーアイズと同じく、その余りの強さから四枚で生産ストップされたという曰くをもつカードだ。

 そして四人の所有者のうちの一人こそが宍戸丈。NDLでも三本の指に入る〝魔王〟だ。

 

 

 

 

 アカデミアに放っていたカオス・ソルジャーから、大徳寺教諭と思わしき人物を発見したという報告が届いたのが一時間前。

 深夜2時に学生寮を抜け出すという素行違反を行い、三十分ほど森を駆け回り、漸く大徳寺教諭を追い詰めることができた。

 

「大徳寺先生。いやセブンスターズ最後の一人、錬金術師アムナエル。貴方に七星門の守護をかけたデュエルを挑ませて貰う。デュエルディスクを構えろ」

 

「……相変わらず厄介な生徒だよ、君は。否、君達は。常に私達の予想を上回ってくる」

 

「教師の期待に応えるのが優等生というものだろう」

 

「君たちは応え過ぎなのだよ。さて、私としては君とのデュエルは遠慮願いたいな。私には君と戦う前にやらねばならぬことがある」

 

「やらねばならぬこと……?」

 

「宍戸丈。念の為に聞いておくが、デュエルを断ったらどうするつもりだ?」

 

「その時は仕方ない。戦いが荒っぽくなるな」

 

 実体化したカオス・ソルジャーに、バルバロスを始めとした精霊たち。アムナエルが錬金術を駆使してこようと、くれだけの精霊たちが味方してくれるのならば遅れをとることはないだろう。

 アムナエルも丈の背後にいる精霊たちには気付いているのか肩を竦めると苦笑いを浮かべる。

 

「生憎と私は錬金術師、つまるところ学者だ。そういう戦いは遠慮しよう。となるとやはり決着をつけるしかないな……デュエルで!」

 

「…………出来れば俺の考えすぎであって欲しかったよ、大徳寺教諭。だがこうなった以上、貴方には人知れずここで退場して貰う。十代達には貴方は『転勤』したと伝えておこう」

 

「もう勝ったつもりか? 舐めるなよ、宍戸丈。私とて錬金を極めし男。驕っているのならば足元を掬うぞ」

 

「絶対に勝つという意思表示だよ」

 

 月明かりの下で魔王と錬金術師が相対する。宍戸丈は必殺の『意志』を込めて、暗黒界デッキをデュエルディスクに装填した。

 アムナエルがパチンと指を鳴らす。すると彼の腕からデッキをセットしたデュエルディスクが出現する。そしてお互いのデュエルディスクに4000の数字が浮かび上がった。

 

「「デュエル!」」

 

 デュエルディスクが示した先攻デュエリストはアムナエル。

 亮のサイバー流を除外すれば、デュエルモンスターズは先攻が絶対有利。これをとられたのは惜しい。

 

「私の先攻、ドロー。モンスターを裏側守備表示でセット、リバースカードを二枚セット。ターン終了だ」

 

「俺のターン、ドロー」

 

 特待生寮の寮長だった大徳寺教諭との付き合いは長い。だが大徳寺教諭とデュエルしたことはなかったので、アムナエルがどういうデッキを使うのかは不明だ。

 だが相手のデッキが未知だからといって臆病風に吹かれていても仕方がない。

 

「フィールド魔法、暗黒界の門を発動。フィールド上の悪魔族モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。さらに手札抹殺を発動。互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数分だけカードをドローする! 俺は四枚のカードを――――」

 

「そうくることは読んでいた。手札抹殺にチェーンして永続罠、マクロコスモスを発動する」

 

 

【マクロコスモス】

永続罠カード

このカードの発動時に、手札・デッキから「原始太陽ヘリオス」1体を特殊召喚できる。

また、このカードがフィールド上に存在する限り、

墓地へ送られるカードは墓地へは行かずゲームから除外される。

 

 

「このカードがフィールド上に存在する限り、墓地へ送られるカードはゲームより除外される……。暗黒界は手札から墓地へ送ることで真価を発揮するカテゴリー。除外されれば破壊力は一気に衰える」

 

「――!」

 

 寮長として伊達に自分達のデュエルを観察してきたわけではないらしい。暗黒界が除外に弱いこと程度は御見通しのようだった。

 だがむざむざ除外されることを良しとするほど宍戸丈は諦めが良くはない。

 

「マクロコスモスの発動に更にチェーンしてサイクロンを発動! マクロコスモスを破壊し、その効果を無効にする!」

 

「それも読んでいたぞ。私も更にチェーンする。永続罠、宮廷のしきたり」

 

 

【宮廷のしきたり】

永続罠カード

このカードがフィールド上に存在する限り、

お互いのプレイヤーは「宮廷のしきたり」以外の

フィールド上に表側表示で存在する永続罠カードを破壊できない。

「宮廷のしきたり」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

 

「宮廷のしきたりの効果で、このカードが存在する限り永続罠カードを破壊することは不可能。よってサイクロンは無意味となる」

 

 マクロコスモスのカードに飛んでいったサイクロンは、宮廷のしきたりの守護に弾き飛ばされて掻き消える。

 しかもサイクロンが無効になったことでマクロコスモスの効果も有効となってしまった。

 

「……俺は三枚のカードを除外し、三枚ドローする」

 

「私は三枚除外し三枚ドローだ」

 

「暗黒界の尖兵ベージを攻撃表示で召喚。バトルフェイズ、尖兵ベージでリバースモンスターに攻撃!」

 

「フッ。私の伏せていたモンスターは異次元の女戦士だ」

 

 

【暗黒界の尖兵ベージ】

闇属性 ☆4 悪魔族

攻撃力1600

守備力1300

このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、

このカードを墓地から特殊召喚する。

 

 

【異次元の女戦士】

光属性 ☆4 戦士族

攻撃力1500

守備力1600

このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、

そのモンスターとこのカードをゲームから除外できる。

 

 

 暗黒界の門で攻撃力1900となったベージが、異次元の女戦士を突き殺す。だがその瞬間に発生した異次元へのゲートに、異次元の女戦士諸共に呑まれていった。

 

「……カードを一枚伏せ、ターンを終了する」

 

 流石の丈もこれ以上、攻めることは手札的に不可能である。

 ブラフのリバースカードを伏せ、大人しくターンを終わらせた。


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