――――デュエルモンスターズの更なる発展のため、次世代を担う若手デュエリストの育成機関は必要不可欠である。
これは海馬コーポレーションの社長、海馬瀬人がデュエル・アカデミア創設前にマスメディアで語った言葉である。
有言実行、全速前進、即断即決で有名な海馬社長らしく、デュエル・アカデミア創設プロジェクトは、この言葉から一か月後にスタートした。
勿論デュエル・アカデミアの創設は必ずしも順調だった訳ではない。幾ら世界的なブームになったとはいえカードゲームの高校など、と批判的だった有識者達は多かったし、海馬コーポレーション内部にも、もう少し慎重に事を進めてはどうか、という慎重派も存在していた。
もしもこれでデュエル・アカデミアがなんの実績もあげられずにいれば、下手すれば海馬社長の責任問題にも発展しただろう。それだけ当時の世論は難しかった。
しかし蓋を開けてみれば、その懸念も杞憂に終わった。アカデミアの卒業生達が、プロリーグで確実に結果を残し始めたのである。卒業生たちの活躍に反対派も口を閉ざすことになり、中立派が賛成派に回るのにも時間はかからなかった。
そうして本校だけでは受け入れが足りないということで、ウエスト校、ノース校などの分校が新たに創設されることとなり、現代のデュエルモンスターズ界があるのである。
アカデミア本校のある島が、童実野町やペガサス島と並びデュエリストの『聖地』とされたことからも、その影響力の程が窺い知れるというものだ。
だがデュエル・アカデミアはなにも日本にあるものが全てではない。
そもそも武藤遊戯、海馬瀬人、城之内克也の『伝説の三人』が登場したことで、日本がデュエルモンスターズの中心扱いされることがあるが、デュエルモンスターズの本場はインダストリアル・イリュージョン社の本社があるアメリカである。
アメリカにあるデュエル・アカデミア、通称アメリカ・アカデミアは分校の中では唯一本校に匹敵するだけの規模と実績を持っていた。アカデミア四天王の登場によって過去形で表記することになってしまったが、四天王を除外すればそのレベルは本校とまるで見劣りしない。特にアメリカ・アカデミア校長のMr.マッケンジーは元NDLのスターであり、校長の持つ権力の強さは本校よりも上だろう。
絶海の孤島にある本校とは対極の、摩天楼が立ち並ぶビル群に囲まれた街。I2社本社とも程近い場所に、アメリカ・アカデミア校舎は存在する。
早朝。校長のマッケンジーは本校の鮫島校長より電話を受けていた。
「――――つまり貴方の企画していたジェネックスは、今年の開催は難しいと?」
『はい、その通りです。面目ない限りですが、本校では少々事件が発生していまして。プロデュエリストを多数招いての大規模大会など、とても開催できる状態ではないのです』
「ふむ。参加するプロがSリーグ出身が殆どな以上、こちらで開催するわけにもいきませんからな。となると開催は来年ですか?」
『ええ、恐らくはそうなるかと。私としては「四天王」が在籍中にやりたかったのですが中々上手く行きません』
鮫島校長は一般教員達には極秘に、一つの大会の開催に向けて精力的に活動していた。
その大会の名こそがジェネックス。将来有望な若手プロデュエリストと、アカデミア生徒達全員参加の下で行われるデュエルモンスターズの次世代を担う者を決める大会である。
アメリカ・アカデミアからも何人かの生徒を参加させる予定であり、そのためマッケンジーはこのプロジェクトのことを事前に知っていた。
他にジェネックスの情報を掴んでいるのは海馬瀬人、ペガサス程度だろう。
「気持ちは分かります。彼等こそ正に次世代の象徴。伝説の三人に続く新たなる伝説ですからなぁ。だがそう悲観的になる必要もないのでは?」
『というと?』
「ジェネックスはアカデミア生と若手プロ達が参加する大会。既にNDLに所属している宍戸くんは言うまでもないとして、他の四天王も実力的にも実績的にもプロ入りは確実でしょう。
彼等はアカデミア本校の生徒としてではなく、改めて若手のプロとして出場を依頼すればいい。まぁプロとしての彼等に依頼する以上、それなりのマネーが必要になりますがねぇ」
『勿論そうするつもりです。しかし――――』
「どうかなされたので?」
『四天王の一人、宍戸くんはたぶん出場しないでしょう』
「ほう」
宍戸丈が参加しないと聞いて、マッケンジーの眉が僅かに動く。
NDLに所属して以来、彼はアメリカ・アカデミアへ留学中という扱いだったので、マッケンジーは宍戸丈のことを良く知っている。NDLの先輩として直接話したこともあるし、何度かデュエルをしたこともあった。
だからこそマッケンジーは宍戸丈の不参加を残念に思う。宍戸丈の『
「……理由を聞いても?」
『来年は世界王者決定戦です。つまりはそういうことですよ』
「成程」
四年に一度だけ行われるNDLとSリーグのドリームマッチ。それに出場するのはNDL、Sリーグ双方のランキング一位のデュエリストだけ。
そしてランキング一位となってドリームマッチへの出場権を獲得したデュエリストは、ドリームマッチまで公式大会に参加してはならないという不文律がある。
宍戸丈がドリームマッチ出場を目指しているのなら、ジェネックス出場は時期的に不可能だろう。
「それならば仕方ありませんな。他の三人は大丈夫なので?」
『それは私が責任をもって出場を依頼するつもりです』
「期待していますよ、鮫島校長。では、ごきげんよう。――――健闘を祈りますよ。色々と、ねぇ」
含み笑いをしてから、鮫島校長の言葉も待たずに受話器を置いた。
そして電話という外部との繋がりが消えた途端、マッケンジーは老紳士の仮面を剥ぎ落とし、欲望に忠実な粗野な本性を露わにする。
机の上に足をのせるという不作法な恰好で、タバコを吹かしはじめたマッケンジーは、高級なウィスキーの蓋を開け飲み始めた。
「今年中に元の力を取り戻すつもりだったが、もう一年お行儀の良い校長職を続ける羽目になるとはな。役に立たん禿狸爺め。禿ならあの糞神官共と同じように、チンケなコソ泥なんぞ縊り殺してみせろというに」
マッケンジーの全身から立ち昇るのは、黒く禍々しい人ならざるものの魔力。
デュエルモンスターズの『精霊』に深い知識をもったデュエリストならば、マッケンジーの心に凶悪な『魔物』が潜んでいることに気付けただろう。
そう。こうしてマッケンジーとして活動している男は、本物のマッケンジーではない。マッケンジーの精神を乗っ取り我が物としている三千年前の魔物の魂だ。
校長室の壁に飾られている砕けた石版。あれこそがマッケンジーの力の根源であり、砕けた力そのもの。あれが元通りに復活したその時、マッケンジーは七神官ですら制御の叶わなかった力を取り戻すことができる。
「まぁいい。人生もデュエルも愉しんでこそ、愉しんでこその人生だ。暫くはセブンスターズにきりきり舞いする本校を高みの見物でもするとしようか」
手元にあるThe supremacy SUNのカードを見詰めながら、マッケンジーは笑みを深める。
それにマッケンジーには、自分の復活以外にも気になることがあった。
焦燥感とでもいうのだろうか。自分の魂が、なにかを感じるようになったのである。神官達への憎悪にも似ているが、それとは違って不快感はない。むしろどこか懐かしさを覚える。
「なんだというのだ、一体……」
マッケンジーがこの焦燥の正体を知るのは、これより一年後のことである。
人はどうして老いてしまうのか。どうして永久に若く猛々しいままではいられないのか。老いぼさえ骨が浮き彫りになった自分の体を見ると影丸はそう思わずにはいられない。
デュエル・アカデミアの理事長として地位も名誉もそれなりには手に入れた。その気になれば一国の政治すら動かすだけの『力』を影丸は持っている。
しかし人類史に残る数多の偉人達と同じように、影丸も永遠の命だけは手に入れることが出来なかった。
七十を過ぎてから錬金術師アムナエルのスポンサーとなり、永遠の若さを求め続けてきたが、中々結果は出ず気付けば100を超えていた。今では生命維持装置に入らなければ、立つことすらままならない有様である。
果たしてこのままだと自分の余命は後何年か。五年か、三年か、一年か……。もしかしたら明日には発作を起こして倒れるかもしれない。
死はゆっくりと、しかし確実に自分を追い抜こうとしている。
若い頃が懐かしい。若かりし頃、まだ情熱とやる気に満ちていた青春時代。その気になれば巨岩を粉砕することも、樹木を振り回すことも自由自在だった。
だがそんな自分が今ではこの様である。走ることすら儘ならない自分は、いずれ死に追い抜かれ、他の多くの人間と同じように死を迎えることになるだろう。
(そんなものは、御免だ……)
自分はまだ死にたくない。若々しいままの姿で永久に生き続けたいのだ。
それが独りよがりの勝手な欲望などは百も承知している。しかしそもそも人間は他人の幸福を喰らうことで発展を手にしてきたのだ。
自由平等など馬鹿な理想家の妄言に過ぎない。奪い、虐げることこそ人間の本質。ならば自分のしている事は、実に人間的な行いだろう。
「――――アムナエルがやられたか」
アムナエルを模した人形が砕けるのを見て、影丸は暗い部屋で一人ごちる。
権力の玉座に一人で座る影丸に友人はいない。昔は親友と呼べる男や、恋人と呼べる女性もいたが、今は全員が時の流れという残酷なものに押しつぶされて世を去っている。
そんな影丸にとってアムナエルは唯一残った友人だったのかもしれない。少なくとも自分の悩みを素直に打ち明けられるのは、あの男一人だけだった。
けれど影丸の心を支配するのは友を失った悲しみではなく、それを遥かに超える昂揚感。
「ふ、ふふふふふふふふ。漸く、だ。長かった時が……漸く訪れたぞ。デュエル・アカデミアに十分なデュエリストの闘志が充満し、三幻魔復活の用意は整った」
鍵を守らなければ封印が解けるなど、元々の鍵の所有者だった影丸が鮫島に吹き込んだペテンに過ぎない。セブンスターズたちも、強い力をもつデュエリストの『本気』を引き出すための捨て駒だ。
三幻魔復活に必要なのは『鍵』ではなく、デュエリスト達の闘志。そのために態々三幻魔の封印されている島にデュエル・アカデミアを創設し、多くの若いデュエリストを集めたのである。
このセブンスターズの襲撃で、アカデミアに封印解除に必要となるだけの闘志が溜まった。後は勝手に七星門の鍵が封印を解除してくれるだろう。
(だが私の力では三幻魔を完全に支配することはできん。精霊を操る力をもつデュエリストから、その力を奪うことで私は神となれる……! そのために――――)
精霊を操る力の強い遊城十代。彼をデュエルで倒し、力を奪い取る。それが影丸の計画の最終段階だ。ただしこの計画には大きな懸念事項がある。
十代と同じく精霊の力を持っていて、尚且つ三幻魔と同格の邪神を所持する宍戸丈。あの男が介入してきた場合、折角の計画が台無しになる恐れがある。
「――――さて。アムナエルの作り上げたホムンクルスの体は、約定通り君に渡した。ということは君も約定通り私の計画を手伝ってくれるのだろうな?」
影丸は部屋の隅に佇む黒衣の男に問いかけた。男は不気味に笑いながら、
「安心しな。取り敢えずオレ様とテメエの目的は一致してるからな。テメエの計画はオレ様が成就させてやるぜ。マリクの千年ロッドの力を参考にして、丁度いい駒も確保しといたからよ。まぁその後は知らねえがな」
「……蝙蝠め」
「クッククッ、蝙蝠とは酷ぇなぁ。オレ様は陣営をコロコロと変えたりはしねぇぜ。オレ様が味方すんのは邪悪の側だけだ」
大邪神ゾークの魂の欠片。蘇った盗賊王は獰猛に言った。
久しぶりのバクラさん。それとトラゴエディアさんの初登場。あと漸くThe SUNの伏線らしいものがちょこっと出てきました。