宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第160話  来援

 田中ハルは凄まじい実力を有するデュエリストだ。プロリーグを引退して久しいとはいえ、現役復帰すれば直ぐさまトップランカーに登り詰められるほどの実力を備えている。

 そんな彼を宍戸丈への足止めとして用意したのだ。まさかもう妨害はあるまい――――という考えが何の根拠もない『楽観』に過ぎなかったことを、丈は現在進行形で思い知らされていた。

 田中先生を倒し先へ急いだ丈に、新たに立ち塞がったモノ。それは人間ではなかった。それどころかデュエリストですらなかった。

 

「十四歳の頃だったな……あれは。俺がまだ『魔王』なんて二つ名を頂戴する前……。まだ出かけるのに変装する必要のなかった頃だ。亮と吹雪と一緒に海馬ランドの『世界一恐いホラーハウス』に入ったが……いや、あれもかなり怖かったが……それが『チープ』に思えるくらい凄まじいな」

 

『ォォォォォォォォォォォォォォオオオオオーーーーーーーーーーーー』

 

 斬首され首を失ったまま彷徨う騎士。死霊が憑りついた貴族の屍。絵画に潜んでいる亡霊。五臓六腑どころか肉の一欠片もないのに動いている骸骨。他にもホラー映画に出てきそうなモンスターやゾンビ共がうようよしている。

 丈はソリッドビジョンで不気味なモンスターを何度か目にした機会はあるので、これらがただの幻影ならば特に驚きもしなければ狼狽えることもしなかっただろう。

 だがそのモンスター達が生々しいまでの殺意と怨念を自分に向けているとなると、流石の丈も冷や汗が止まらない。

 丈は自分の心臓が丈夫なことを神に感謝する。もしも心臓が弱ければ、余りにも恐ろしい光景に心臓が停止していたかもしれなかった。

 

(やはり……セブンスターズの黒幕がこれを操っているのか? しかしなにかが引っかかる。セブンスターズは封印されていた幻魔の力を借り受けることで『闇のゲーム』を行っていたが、ここにいるモンスター達は幻魔というよりも寧ろ……)

 

 ブラック・マジシャンやブラック・マジシャン・ガール。そして三幻神たち。古代エジプトを起源とする『魔力』の気配が強い。

 そうなるとどうしても思い浮かぶのは白髪の盗賊の顔。あの男ならばこのくらいのモンスター達を実体化させ操ることも不可能ではない。

 

「十代達の下へ行く理由が増えたな。しかもより切実な理由が出来てしまった」

 

 三幻魔の封印場所へと急いでいた丈だが、実のところ自分で黒幕と戦うつもりはなかった。

 丈はもう三年生。デュエル・アカデミアの生徒でいる時間は二か月もない。恐らくこれからデュエル・アカデミアは多くの苦難に晒されることになるだろう。その苦難に立ち向かうためにも、黒幕との戦いは十代たちに任せ、自分は万が一の予備戦力となるつもりだった。

 だが相手がバクラとなれば話は別である。盗賊王バクラは丈が倒し損ねてしまった亡霊、丈が倒さねばならぬ相手だ。自分の敵を後輩に任せる訳にはいかない。

 三幻魔封印の場所からは既に神にも等しい魔力が溢れだしている。既に三幻魔の封印は解かれ、デュエルが始まっているのだろう。それくらいは見なくても分かる。

 

「しかし――――」

 

 死霊伯爵の振り下ろしてきた剣をひらりと回避した丈は、カウンターに裏拳を顔面に叩き込んだ。

 ぬちゃり、という生々しい感触が拳に伝わる。人間なら確実に顎が砕けるダメージを与えたが、死霊伯爵はまるで応えた様子もなく立ち上がった。

 

「こいつらを倒し、血路を開かないことには進むことは出来ないか」

 

 死霊伯爵はその名の通り死霊。物理ダメージは効果が薄いのだろう。あれを物理的に倒すには、原型を留めないほどに体を破壊する他ない。

 丈の力ならやって出来ないことはないが、それは幾らなんでも面倒だ。かといって精霊を実体化させるのには、それなりの『魔力』を消耗する。バクラとの戦いが控えているかもしれない現状、ここで消耗したくはない。

 となるとここは恥を忍んで助けを借りるべきだろう。

 丈がカードケースより取り出したのは、学園祭の際にブラック・マジシャン・ガールより渡された彼女のカード。

 魔物達の中で一際大きな体躯をもつ怪物。仮面魔獣デス・ガーディウスが、鋭利な爪をたてて丈に近付いて来る。

 しかし遅い。丈が魔術師を呼び出す方が一手早かった。

 

「遊戯さん、不甲斐ないですが力を貸して下さい。頼むぞ、ブラック・マジシャン・ガール!」

 

 三千年前のファラオに仕えし魔術師の少女――――その魂を引継ぎし精霊。ブラック・マジシャン・ガールが現れて、デス・ガーディウスの爪を受け止め……………受け止めなかった。

 

「は?」

 

 ブラック・マジシャン・ガールが現れるどころか、カードはまったくの無反応だ。

 しかしブラック・マジシャン・ガールは現れなかったとしても、デス・ガーディウスは攻撃を停止してはくれない。無情にも爪は叩き下ろされた。

 

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 両足を踏ん張って、デス・ガーディウスの爪を両腕で受け止める丈。日頃鍛えていた甲斐があったというものだが、流石に攻撃力3300を相手に長くは保たない。

 仕方なく丈は自身のモンスター、カオス・ソルジャーを実体化させようとして、

 

『――――はぁッ!』

 

 それよりも早く武藤遊戯から渡されたもう一枚のカードの精霊、ブラック・マジシャンがデス・ガーディウスの頭を吹き飛ばした。

 

『宍戸丈殿、助けが遅くなり申し訳ない』

 

 くるくるとステッキを回して雑魚を薙ぎ払いつつ、ブラック・マジシャンが丈の前に降り立つ。

 その姿は正にデュエルモンスターズ界の最上級魔術師そのものだった。

 

「助かった、ブラック・マジシャン。ところでブラック・マジシャン・ガールが呼んでも出てこなかったのはどうしてだ?」

 

『……………弟子の恥を晒すようで恐縮なのですが、如何せんマスターがかなり遠方にいたせいで、最近修行を怠けていたマナ……ブラック・マジシャン・ガールは魔力が足りず。こうして私一人が参上した次第』

 

「そ、そうか……」

 

 心なしかブラック・マジシャンの背中が煤けていた。こんな顔をされてしまっては文句も言えない。余りにもブラック・マジシャンが不憫だ。

 きっと彼は神官時代から苦労人ポジションだったのだろう。

 

「それよりブラック・マジシャン。ここを任せても大丈夫か?」

 

 任せた、とは言わない。丈を取り囲む魔物たちは殆どは下級モンスターだが、中には上級モンスターや最上級モンスターもいる。

 ブラック・マジシャンの攻撃力は2500。デュエルではなく『ディアハ』では攻撃力でバトルの勝敗が決まるわけではないが、一つの基準には違いない。歴戦の精霊たるブラック・マジシャンといえど、この物量は些かきついのではないだろうか。

 

『問題はありません。確かにパワーだけならば私に勝るモノもいますが、所詮連中はただの傀儡。パワーで勝っていても、技量は赤子同然。盗賊王の使役した精霊獣や我が同朋たちの精霊と比べれば雑魚に等しい。なにより――――』

 

 そこでブラック・マジシャンは言葉を切る。と、同時に天上から黒炎と黄金の羽が降り注いで魔物たちを蹂躙していった。

 

『手を貸してくれるデュエリストもいます』

 

「――――おやおや。帰還早々に見るのが魔物達に囲まれた親友とブラック・マジシャンだなんて、本当にアカデミアは退屈しないね」

 

「まったくだよ。まぁ二年前は元凶だった僕が言えたことじゃないかもしれないけど」

 

「吹雪! 藤原!?」

 

 アメリカに留学中だった天上院吹雪と藤原優介。魔王とカイザーに並ぶキングと天帝。二人の四天王がアカデミアに帰還した。

 真紅眼の黒竜とオネスト。相棒たる精霊を連れて。

 

「事情は良く分からないけど、急いでいるんだろう!」

 

「丈。ここは僕と吹雪がなんとかするから先に行ってくれ」

 

 そう言って吹雪と藤原は精霊を連れて魔物達の群れに突っ込んでいく。それをサポートするようにブラック・マジシャンも動いた。

 吹雪と藤原ほどの実力者にブラック・マジシャンもいるのならば、万が一にも魔物風情に遅れをとることはないだろう。

 

「分かった。頼んだ」

 

 故に丈がするべきことは、振り返らずに前へと進むことだ。

 

 

 

 

 そうして漸く三幻魔の封印場所に駆け付けることができた丈だったが、到着した頃には既にデュエルの決着はついていたらしい。らしい、というのは丈が目にした光景がまるで意味不明のものだったからだ。

 100を超えた白髪の老人と、それと抱き合う十代。更にそんな二人を温かく見守るギャラリー達。

 

「……なんだ、これは? 十代はまさかそちらの道に目覚めてしまったのか?」

 

 未来で出逢った十代も両性具有の精霊と行動を共にしていたが、案外彼は見た目に寄らずアブノーマルな性癖の持ち主なのかもしれない。

 丈が呆然と抱き合う十代と老人を眺めていると、ごきり、という骨折音が鳴った。どうも十代が抱きしめるのに力を入れ過ぎて、老人の骨が折れたらしい。

 

「丈、随分と遅い到着じゃないか」

 

「亮……。なにが、どうしたんだ、この状況は。まるで意味が分からんぞ」

 

「見ての通りだよ。三幻魔の魔力で若返ろうとした理事長を、今さっき十代が倒したところだ」

 

「十代と老人が抱き合う姿から、そこまで理解しろというのは難題過ぎるぞ」

 

「それより無事でなによりだ。お前のことだから心配はしていなかったが、魔物の群れに襲われたんだろう?」

 

「……気付いていたなら助けに来てくれてもいいじゃないか」

 

「言ってくれるな。お前が足止めを喰らっている中、俺まで十代たちの近くから離れるわけにはいかないだろう」

 

「成程」

 

 理事長の狙いは精霊を操る力をもつデュエリストから、その力を奪い取ること。

 最悪十代が理事長に敗北して力を奪われてしまった場合は、誰かが理事長を倒して奪われたものを奪還する必要がある。そのために亮は敢えて丈の助けには来ずに、ここに留まっていたのだ。

 

「ともあれこれにて一件落着。めでたしめでたし――――」

 

『――――とは、いかねぇよなぁ』

 

 瞬間、世界が闇に包まれた。宙を舞う黒いカードの紙吹雪。黒いカードはやがて一か所に集まって人の形を成していく。

 白い髪に刃物のように鋭い瞳。三千年前の因縁の亡霊。盗賊王バクラが出現した。

 




 昔、初代のアニメを見ていた時は俺ルールと統一感のないデッキにツッコミを入れていましたが、統一感あるデッキばかり見ていると逆に初代が懐かしく思えてくる今日この頃。

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