鍵の守護者達全員が、いきなり出現したバクラに警戒の視線を送る。彼等はバクラが三千年前の大邪神の魂の欠片で、ネオ・グールズ事件の黒幕だった男なんて知りはしないだろう。それでも一目で分かる危ない気配をバクラは放っていた。
だがここにいる面子の中で『バクラ』の正体を知っている丈と亮の二人は、警戒心なんて生温い次元では留まらない。いつでも動けるよう闘気を滲ませながら、バクラの一挙一動に注意を払う。
黒いコートを羽織ったバクラは顔に喜悦を貼りつかせたまま、十代と影丸理事長、鍵の守護者達を見渡す。そしてその双眸が『宍戸丈』に向けられるとピタリと止まった。
「な、なんだ年寄りでもない癖に髪の毛が白い訳の分からん男は! 貴様、どこから湧いて出た!」
「クククククッ。訳の分からねえとは酷ぇなぁ。あとこの髪の色は生憎と地だよ。三千年前からなぁ」
「三千年前!?」
「まさか遊戯さんとなにか関係があるのか!」
驚く万丈目や十代を制して、丈は皆を守るように前へ出る。するとバクラも邪悪な笑みを深めた。
「よう、宍戸丈。かれこれ四年ぶりかぁ?」
「……バクラ。今の力は」
「三邪神を支配下に置くだけあって慧眼じゃねえか。一目でオレ様の力のトリックを見抜きやがるとはなぁ」
黒いカードが集まって、人の形として顕現する。それは三年前のダークネスの尖兵、ミスターTの現れ方そのものだ。
現れ方が同一なだけならば偶然ということも考えられるが、信じがたいことにバクラから発せられる『魔力』には、ダークネスの気配が色濃く浮かんでいる。
「ダークネスの力を、自身に取り込んだのか……ッ!?」
「魂を引き裂かれ死に体だったオレ様と、テメエにやられて力を衰えさせたダークネス。お互い手を組むには都合が良かったんでね。そこの老い耄れを使って、ダークネス世界との門を開かせて貰った。
くくくくっひゃーははははははははははははははははははははは! 三千年前はファラオと神官共を一人で相手取った盗賊王が堕ちたもんだぜぇ。他人と手を組まねえと存在することすら儘ならねえとはよぉ。ま、お蔭で誰かに憑りつかねぇでも活動できる体は得たがな。
老い耄れ、テメエには感謝しといてやるぜ。あとそこの猫に入っている錬金術師サマにもなぁ!」
バクラの悪意を正面から浴びたファラオが、全身の毛を逆立てて威嚇するようにバクラを睨む。基本的に怠け者のファラオがああまで敵意を剥き出しにするのは初めてだった。恐らくバクラの悪意が錬金術師アムナエル、つまり大徳寺教諭に向けられたものだったからだろう。
「……お、おぉ。私はなんと愚かなことを……。若さ欲しさに、あんな邪悪なモノにダークネスの力を渡してしまうとは……」
「邪悪とは随分な言い草だな、理事長サマ。これでもオレ様はテメエの計画のためにしっかり協力してやったんだぜぇ~。今でもあっちの森じゃ魔術師野郎とオレ様の手下がやりあっている所だしなぁ。
ま、オレ様としちゃ動くのに必要な仮の肉体を手に入れ、理事長サマが猿みてえに踊る様を見物できて満足だ。完全に宍戸丈の支配下に収まっちまった三邪神や、そこの三幻魔には対して興味はねえ。盗賊としちゃ欲情の一つはするけどよぉ。
だからなぁ。そうも戦意を剥き出しにされたら、オレとしては困るんだよ。え? 宍戸丈」
武藤遊戯、海馬コーポレーション、墓守の一族。
三千年前の因縁に関わる多くの存在が、数年に渡って捜索しても闇に潜むバクラの足取りを掴むことができなかった。盗賊というだけあって、隠れたバクラを見つけ出すことは並大抵のことではない。
そのバクラが自分から丈の目の前に現れてくれたのだ。この千載一遇の機会を逃すことはできない。
「バクラ、四年前の決着をつけよう。――――デュエルだ」
「丈さん!?」
「十代。お前は影丸理事長相手に戦った後だ。ここは先輩に譲れ」
盗賊王バクラの野心は危険だ。ここで倒しておかなければならない。
「デュエルっつってもこのオレ様は単なる影。デッキなんざ持ってねえんだがなぁ。丸腰で戦う訳にもいかねえし、そうなると仕方ねえ、か」
そう言うとバクラは理事長に手を翳す。すると理事長のデュエルディスクにセットされていたデッキが、黒い波動を放つバクラの掌に吸い込まれていった。
バクラの腕から浮かび上がっていく旧型のデュエルディスク。バクラは自身のデュエルディスクに、そのデッキをセットし直す。三体の幻魔を投入し運用するために構築されていた影丸理事長のデッキを。
「折角だ。こいつらで相手してやるよ。神話以来の神同士の潰し合いといこうぜ」
「……いいだろう」
海馬瀬人が武藤遊戯の生涯の好敵手、城之内克也が武藤遊戯の生涯の親友ならば、さしずめ盗賊王バクラは武藤遊戯の生涯の宿敵だ。その実力は『伝説の三人』に劣るものではない。
それが例え悪しきモノだったとしても伝説であることに違いはないだろう。
遠慮は不要。丈は三邪神のカードをデッキに投入する。
「亮、ちと派手になる。後輩たちは任せたぞ」
「任せておけ」
サイバー・ドラゴンが光の結界を十代や万丈目たちの周囲に張る。十代のハネクリボーも癒しのオーラで皆を守った。
「おい、雑魚共。お前たちはなにか出来んのか?」
『無茶言わないでよ万丈目の兄貴~! オイラたちは効果のない通常モンスターなのよぉ』
『そんな便利な特殊能力なんて』
『あるはずない!』
「ええぃ。使えんクズカード共め!」
万丈目とおジャマ三兄弟も相変わらずのようでなによりだった。
三邪神と三幻魔が正面より戦えば、下手したら地形が変わりかねないほどの余波が飛び交うことになる。だがこの調子ならば心配は無用だろう。
これで丈もなんの躊躇いなどなく思いっきり戦えるというものだ。
『デュエル!』
宍戸丈 LP4000 手札5枚
場 無し
バクラ LP4000 手札5枚
場 無し
「先攻はオレ様だ、ドローカード。永続魔法、カードトレーダーを発動。こいつは自身のスタンバイフェイズ時に手札を一枚デッキへ戻し、代わりに一枚カードをドローするマジックカード。当然既にメインフェイズになっちまったこのターンの使用は出来ねえ。
オレはモンスターをセットし、リバースカードを二枚場に出す。ターンエンドだ。さぁテメエのターンだぜ。三幻魔を出されるのが恐けりゃ、今の内にオレを倒すことだな」
「アドバイス感謝する。俺のターン、ドロー!」
三幻魔が神に匹敵するのは能力ばかりではない。召喚の難易度もまた神と同様厳しいものがある。それこそまともなデュエリストであれば専用デッキを構築しない限り、召喚することすら難しいだろう。
バクラは良くも悪くも〝まとも〟なデュエリストではないが、彼も初手で三幻魔を召喚することは出来なかったらしい。ならばバクラの言う通り三幻魔を出される前に倒してしまうのが、もっとも手軽で安全な三幻魔の攻略法だ。
(まぁ生憎と……)
丈は自分の手札を見比べ、心の中で嘆息する。相手が完全な無防備状態ならいざしれず、この手札でワンターンキルを決めることは困難だ。
とすればここは無理して勝ちを急がず、三幻魔召喚のリスクを冒しても安全第一でゆくべきだろう。
「おろかな埋葬を発動。デッキよりレベル・スティーラーを墓地へ送る。そして神獣王バルバロスを攻撃表示で妥協召喚。妥協召喚したバルバロスの攻撃力は1900となるが……十分だ。
バトルフェイズ。神獣王バルバロスでリバースモンスターを攻撃! トルネード・シェイパー!」
バルバロスの槍に貫かれて、バクラの伏せていたモンスターが破壊される。
「クククククッ。ひゃーはははははっははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
「!」
「オレ様の出したモンスターを攻撃してくれてありがとよぉ! お蔭でこいつの特殊能力が発動するぜ! オレ様が伏せていたのはジャイアントウィルス。こいつが破壊された時、デッキから新たに二体のジャイアントウィルスを場に出現させる。そして相手に500ポイントのダメージを与えるんだよ!」
【ジャイアントウィルス】
闇属性 ☆2 悪魔族
攻撃力1000
守備力100
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
相手ライフに500ポイントダメージを与える。
さらに自分のデッキから「ジャイアントウィルス」を任意の数だけ
表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
バクラの場に巨大な細胞のようなものが二つ出現する。しかもライフにも500ポイントのダメージを受けた。
たった500と侮るなかれ。一体で500ということは三体で1500。初期ライフの八分の三にも値する。厄介なモンスターだ。
「……俺はカードを二枚伏せターンを終了する」
バクラのモンスターを倒すどころか、展開の手伝いをしてしまったのは痛いが、現状他にすることもない。
丈は追撃を諦めてターンを終了した。