万丈目はこれまでの三年間、卒業模範デュエルでの敗北を忘れた事は一度としてなかった。
年の離れた二人の兄達と建てた壮大なる計画。政界、財界、カードゲーム界で万丈目財閥が頂点に君臨することで、世界を我が物にする。
諸人は荒唐無稽な絵空事と笑うだろうが、万丈目も万丈目の兄達も真剣そのものだった。実際一番上の兄である長作と正司は、政界・財界において一角の人物として名を馳せている。
末弟である万丈目も兄達に倣うようにカードゲーム界の頂点を目指して、幼い頃から腕を磨いてきた。ジュニア大会で優勝したことも一度や二度ではない。
数々の優勝経験に、デュエルモンスターズ総本山のデュエル・アカデミア中等部をトップの成績で入学。年が離れているせいで兄達から少し出遅れる形になってしまったが、それでも万丈目の人生は順風満帆といって良かった。そう、あの日までは。
万丈目が最初に経験した人生最初の挫折。それがあの模範デュエルでの敗北だった。
周囲の取り巻き達は『相手はあの四天王なんだから仕方ない』などと言ってきたが、そんなものはまるで慰めになりはしない。
互いにライフを削り合う一進一退の攻防の末に敗れたのならば納得もできただろう。今度こそは、と思うこともできた。しかし万丈目は模範デュエルで宍戸丈のライフをたった1ポイントも削ることもできず、惨めに敗北したのだ。あれほど無様に負けておいては、幾ら万丈目でも『次やれば自分が勝つ』なんて盲信することは出来ない。
ならば諦めるのか? 宍戸丈や四天王を超えることは諦め、その後塵でお零れでも預かるのか。
――――そんなものはお断りだ。
宍戸丈は言った。三年後にまた会おう、と。
高等部で会おうではなく態々『三年後』を強調したのは、高等部の卒業模範デュエルで待っているという意思表示に他ならない。
それからの万丈目の努力は『約束』を果たす為のものだったといっても過言ではない。宍戸丈から渡された『光と闇の竜』に相応しいデュエリストとなり、約束の舞台で今度こそ彼を倒すために。光と闇の竜と共に戦ってきた。
これまでの三年間はとても一言で言い表せないほど様々なことがあった。
中等部を首席卒業し、高等部からは一人で戦っていくために『光と闇の竜』を封印したこともあった。遊城十代に敗れたことで、名声を失墜させた。全てを失って辿り着いたノース校で、独力で頂点にまで登り詰めた。対抗戦でまたしても十代に敗れたことも忘れられない屈辱であるし、三幻魔ではセブンスターズの刺客達とも戦った。
それらの積み重ねがあって万丈目準はこの舞台に立っているのである。
「待っていたぞ、万丈目」
デュエル場の中心。アカデミアの全校生徒達が見守る場所で、黒衣に身を包んだ宍戸丈は腕を組んで待ち構えていた。
NDLでのデュエルで場馴れしているからだろう。全校生徒の注目の的になっていても気後れしている様子は欠片もない。だがそれは幼い頃より万丈目財閥の末っ子として育った万丈目も同じだった。
世の中には人から注目されて緊張するタイプと、人から注目されることで気合いの入るタイプがいるが、万丈目は後者だった。
「万丈目ーっ! 頑張れよー! 俺とお前で卒業生に二勝してやろうぜ!」
「しっかりね、万丈目くん!」
「相手は〝魔王〟宍戸丈。だが彼とて同じデュエリスト、必ず勝機はあるはずだ」
自分を応援する声援を万丈目は当然のように受け入れる。特に明日香からの声援は、記憶の一番深い場所に永久保存しておいた。
「宍戸さん。俺はこの時のために自身を磨いてきた。今日こそアンタを倒して、俺は四天王の先へ進む! アンタ達の無敗伝説は、この万丈目サンダーが打ち砕く!」
「その言葉を楽しみにしていた。さて――――」
丈は腰のカードケースからカードを取り出した。デッキではない。丈のデッキはとっくにブラックデュエルディスクにセットされている。
それは三枚のカードだった。たった三枚の、されど破格の力を秘めたカード。
「三邪神……」
邪神アバター、邪神ドレッドルート、邪神イレイザー。決闘王が統べるとされる三幻神と対になる邪神。神をも殺す神としてデザインされた最凶カード。
丈はその三枚を万丈目に見せる。
「俺はNDLのデュエルでも基本的に三邪神をデッキに投入することはない。単純にカードパワーが並外れていることもあるが、それ以上に危険だからだ。その意味が今ならば分かるだろう」
「…………」
セブンスターズとの戦いで万丈目は闇のゲームを体験した。
嘗てバトルシティトーナメントで三幻神や千年アイテムを巡って度々行われたという噂の闇のゲーム。最初万丈目はそんなもの信じていなかったが、自分で体験してしまえばそうも言ってられない。
ソリッドビジョンのはずなのに、本当に自分の肉が抉られ骨が削られるような激痛。奪われていく自分の魂と命。三邪神は闇のゲームではない通常のデュエルにおいてすらも、あの苦痛をデュエリストに与えてしまう。
下手なデュエリストが邪神の攻撃を受ければ、最悪それだけでデュエリスト生命を絶たれかねない。
丈が三邪神を普通のデュエルでは投入しないことも当然のことだろう。
「だが今日のデュエル。俺はこの三邪神をデッキに投入する」
「!」
「この意味が分かるな?」
引きずり出してみろ、ということだろう。引きずり出して、神を倒してみせろと丈は挑発しているのだ。
「……面白い」
武藤遊戯は神のカードを保有するデュエリストたちを倒して決闘王になった。
もしも自分が武藤遊戯と同じ決闘王を目指すのならば、神殺しは避けては通れぬ道である。
『えー、それでは卒業模範デュエル、宍戸丈くんVS万丈目準くんの第一戦を行います。両者、向かい合って』
この日のためにデッキは念入りに調整してきた。光と闇の竜、アームド・ドラゴン、ついでにおジャマ三兄弟。
相手が邪神といえど負けはしない。
『オマケなんて酷いわ、万丈目の兄貴~! オイラたちだって三人揃えば凄いのよぉ』
『そうだそうだ!』
「喧しい屑共! いくぞ、宍戸さん!」
「ああ」
「「デュエル!」」
宍戸丈 LP4000 手札5枚
場 なし
万丈目 LP4000 手札5枚
場 無し
あの日と同じ立ち位置で、同じ対戦カード。されどデッキの内容と実力は遠い過去。
万丈目準は紫電のような戦意を漲らせて、宍戸丈とその背後に広がる世界を見据えた。
「先攻後攻の決定権は在校生側にある。好きに選べ」
「なら俺は先攻だ!」
デュエルモンスターズはサイバー流のような例外を除けば、先攻が絶対的に有利。万丈目のデッキもそれは同じだ。それ故に万丈目は迷わず先攻を選択する。
「モンスターを裏守備表示でセット、リバースカードを三枚伏せる。そして天使の施しを発動。三枚ドローし二枚捨てる。俺が手札から墓地へ捨てたのはおジャマジック。この効果で俺はデッキよりおジャマ・イエロー、おジャマ・ブラック、おジャマ・グリーンを手札に加える。さぁ来い、屑共!」
【おジャマジック】
通常魔法カード
このカードが手札またはフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「おジャマ・グリーン」「おジャマ・イエロー」
「おジャマ・ブラック」を1体ずつ手札に加える。
攻撃力0の通常モンスターに過ぎないが、三枚のモンスターが手札に加わり手札が五枚まで回復する。
「先攻1ターン目は攻撃できない。ターンエンドだ」
「俺のターンだな、ドロー」
宍戸丈を始めとした四天王のデュエルは、DVDなどで散々研究してきている。
四天王がデュエルで1Killを決める確率はざっと40%。故に後攻1ターン目とはいえ油断はできない。万丈目は万全の用意をもって四天王を迎え撃つ。
「このカードは手札を一枚捨てることで特殊召喚が可能。レベル・スティーラーを手札から捨てTHEトリッキーを特殊召喚する。さらにTHEトリッキーのレベルを一つ下げレベル・スティーラーを蘇生。
永続魔法発動、冥界の宝札。レベル・スティーラーとTHEトリッキーを生け贄に捧げ堕天使アスモディウスを召喚。冥界の宝札の効果で二枚ドローする」
【堕天使アスモディウス】
闇属性 ☆8 天使族
攻撃力3000
守備力2500
このカードはデッキまたは墓地からの特殊召喚はできない。
1ターンに1度、自分のデッキから天使族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。
自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
自分フィールド上に「アスモトークン」(天使族・闇・星5・攻1800/守1300)1体と、
「ディウストークン」(天使族・闇・星3・攻/守1200)1体を特殊召喚する。
「アスモトークン」はカードの効果では破壊されない。
「ディウストークン」は戦闘では破壊されない。
流れるようなプレイングで、いきなり最上級モンスターを出して手札増強までやってのける丈。
会場中が最上級モンスターの召喚に盛り上がるが、このくらいは予想通りだ。万丈目は動じることがない。
「堕天使アスモディウスでセットモンスターに攻撃」
「残念だったな。俺の伏せていたモンスターは仮面竜。こいつが戦闘で破壊されたことにより、デッキからアームド・ドラゴンLV3を特殊召喚する」
「それがノース校で手に入れた伝説のレアカードか。バトルを終了、メインフェイズ2へ移行。リバースカードを一枚伏せターンエンドだ」