宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第189話  最悪の契約

 ライフポイントがゼロとなり勝敗がつく。敗者たる牛尾は大地に斃れ、勝者のバクラは狂笑する。そして闇のゲームの掟に従い、敗者への罰を下す時間がやってきた。

 死の恐怖に加え、2600もの直接攻撃を受けた牛尾はショックで意識を失っている。案外それは幸せなことなのかもしれない。こうして意識を失っていれば、自分が魂ごと吸収されるその瞬間の絶望を感じずに済むのだから。

 

「さぁ。テメエの魂を頂戴するぜ」

 

 バクラが大の字に倒れている牛尾に手を翳す。掌から引力のようなものが発せられ、それが牛尾の精神をエネルギーとして根こそぎ吸収していった。

 しかしいざ魂を本格的に吸収しようとした瞬間、それを阻止するように一発の銃弾がバクラの眉間に突き刺さる。

 

「……誰だ?」

 

 バクラの眉間に命中したと思われていた鉛玉は、額から数㎜のところで不可視の障壁に阻まれ停止していた。

 自分の『食事』を邪魔されたバクラは、不愉快さを露わに銃弾の飛んできた方向を睨みつける。

 

「ふぅん。成程、確かに十年前のバクラそのものだ。ペガサスめ、バクラが蘇ったなどと俺に連絡を入れてきた時は、また奇妙なオカルトアイテムでも見つけて狂ったのかと思ったが、こうして直に目にしたならば信じるのも止む無しだな」

 

「ハッ、ハハッハハハッハハハハ、ヒャーハハハハハハハハハ! どこの誰かと思ったら社長じゃねえか。こうして対峙するのはかれこれ十年ぶりかぁ? また会えて嬉しいぜ」

 

 海馬瀬人。武藤遊戯の永遠の好敵手にして、彼に伍する実力をもつ唯一のデュエリスト。そして三千年前に『白き龍』を従え闇の大神官やファラオたちと戦った神官セトの生まれ変わり。

 クル・エルナ出身の盗賊王バクラの魂と人格をもつバクラにとっては、名も無きファラオと同様に因縁深い相手だった。

 

「俺は貴様のような過去の遺物、とうに忘れ去り葬っていたのだがな。未練がましく墓場から這い出てきたのならば、この俺が直々に冥府へ叩き返してやる!」

 

「クククククッ。折角の誘いだが、今日のところはやめておくぜ」

 

「ふぅん。この俺という地上で最強のデュエリストを前に臆したか?」

 

「〝盗賊〟には下準備ってやつがいるんだよ。金も財宝も使い放題の社長と違って、オレ様は遊戯やペガサスにも追われる身なんでね。今はオレ様のデッキを今の時代でも戦えるよう強化中ってことだ」

 

 海馬瀬人は海馬コーポレーション社長としての職務に専念するため、プロリーグには参加しておらず公の舞台でデュエルをすることも最近はめっきりなくなっている。だが職務に励む余りデュエリストの本分を忘れ、実力を腐らせるほど海馬瀬人という男は阿呆ではない。確実に当時の実力を、いや或は当時以上の実力をもっているはずだ。

 しかもバトルシティ時代にはなかったカードをデッキに投入することで、デッキパワーそのものも格段に上昇しているのはほぼ確実。

 牛尾程度の相手なら今のバクラのオカルトデッキでも料理できるが、流石に海馬クラスの相手と今のデッキで戦うほどバクラは己の実力を過信してはいない。

 

(癪だが客観的にみて今のオレ様が海馬と戦って勝つ見込みは10%ってところか)

 

 弘法筆を選ばずという諺が日本にはあるが、弘法同士が違う筆で文字の良し悪しを競えば、良い筆を使っているほうが勝つのが道理というものなのだ。

 筆探しを完了させて、10%の勝因を50%、60%と上げていくためにも此処は逃げるのが正しい選択といえる。

 

「そこで転がっている雑魚ばかりを狙い、百獣の王の如き強さをもつデュエリストを前にすれば尻尾を巻いて逃げる。まるで負け犬だな」

 

「さぁ。犬死にするよきゃマシなんじゃねえか?」

 

「黙れぇ! 貴様には馬の骨すらない! 磯野ぉ!!」

 

「ハッ! 全員、構えぇ!!」

 

 海馬が腹心の名を呼ぶと、黒服に黒サングラスで傍目にもかなり苦労していることが分かる男が指示を飛ばす。

 すると物陰のあちこちに隠れていた迷彩服の兵士達が一斉にアサルトライフルの銃口をバクラへと向けた。

 

「海馬コーポレーションの精鋭達よ! デュエルを穢す惨めな落ちぶれ盗賊を銃殺処刑しろぉ!」

 

 海馬が号令すると四方八方から弾丸の雨嵐がバクラへ降り注いだ。こんなものを浴びれば、どんな人間でも三十秒で人間としての原型を残さず破壊されることだろうが、言うまでもなくバクラはただの人間ではない。

 

「――――罠カード、死霊の盾!」

 

 バクラの周囲に飛び交う死霊達が身を挺して銃弾からバクラを守護した。

 復活しつつあるダークネスから力を受け、更には三幻魔の魔力をも吸収したバクラである。アサルトライフル程度の攻撃力では、バクラに掠り傷一つ負わせることは出来ない。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハ。オレ様をそんな玩具で倒そうなんざ社長も焼きが回ったな。銃なんかじゃ俺の命を削ることは出来ねえぜ」

 

「ふぅん。ならば趣向を変えようか。磯野ぉ!」

 

「はっ!!」

 

 銃弾が止み次に現れたのは青眼の白龍――――――を模した戦車だった。

 法治国家日本の都市で戦車を動かすという暴挙。しかし海馬コーポレーションの権力をもってすれば、政治的法律的問題などは強引にクリアできる。

 そして戦車が放つ砲弾の破壊力は、歩兵の装備しているアサルトライフルとは比べ物にならない。

 

「フフフフフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! よく噛み締め、味わうがいい! 我が海馬コーポレーションの技術力が世界一、否ァ! 宇宙一であることを!! やれぇ! バクラの肉体を粉砕せよ!」

 

「――――――防げ、我が魂の現身。精霊獣(ディアバウンド)!」

 

 バクラの邪悪な魔力(ヘカ)により、三千年の時を超えて盗賊王の魂が生み出した精霊獣が実体化する。

 下半身が蛇、上半身が人型というある種の神聖さすら感じる姿は、盗賊王とファラオが初めて戦った時のディアバウンドそのものだった。

 ディアバウンドは戦車から放たれた砲弾を右腕を盾にして防ぐと、バクラを包むように覆いかぶさる。

 

「あばよ社長。次に合う時はミレニアムバトルの再戦といこうぜ。今度はオレ様も本気で相手してやるよ。テメエの前世の親父には、オレ様もちっとばかし借りがあるからなぁ」

 

「っ! 戦車すら効果がないのであれば止むを得ん。我がブルーアイズで――――」

 

「おっと、そうはさせねえぜ! ディアバウンドの特殊能力発動! 盗賊王であるオレ様の生み出した精霊獣(ディアバウンド)はあらゆる壁を擦り抜ける!」

 

「なに!?」

 

 更にここでいう壁は地面すら該当してしまう。バクラはディアバウンドを操ると、砲弾の届かぬ地下を擦り抜けていった。

 漸く見つけ出したバクラをみすみす逃がしてしまった海馬は、忌々しげに壁を殴りつける。

 

「小癪なコソ泥め……。磯野ぉ!!」

 

「は、はっ!!」

 

「海馬コーポレーションの総力をあげ、草の根を引っ張り出してでもバクラを見つけ出せ!」

 

「今すぐ手配します!!」

 

 社長の無茶ぶりにこの十年間ですっかり慣れてしまった磯野は、一切余計なことを言わず、海馬の命令を遂行するためすっ飛んで行った。

 

 

 

 

 まんまとバクラに逃げられたことで怒りの焔を燃やす海馬だが、とうのバクラが同じように苛立ちを感じているとは夢にも思わないだろう。

 バクラは傷ついた自分の右腕を見て舌打ちをしながら呟く。

 

「……海馬め。やってくれたぜ」

 

 あのオカルト嫌いの海馬のことである。意図してのものではないだろう。だが海馬はあの瞬間、恐らくは無意識のうちに砲弾に己の魔力を込めていた。

 神官セトの魂を受け継いでいて、三幻神をも統べる器をもつ海馬瀬人は世界最高峰の魂と魔力の持ち主である。その海馬の魔力がこもった一撃を、無傷で防ぐのは今のバクラでは不可能だった。

 

(宍戸丈にダークネスがやられたのが三年前。未だ世界に渦巻く心の闇を吸収し、ダークネスは徐々にその力を取り戻してきている。あと一年もありゃ完全に復活するだろう。

 そして肉体がホムンクルス故に現世じゃ力を発揮しきれねえが、オレ様自身も三幻魔の力を吸ったことで力を取り戻した。魔力の濃度が三千年前と同程度以上にある精霊世界なら、嘗てのオレ様そのものの力を発揮できるはずだ)

 

――――だが足りない。それでは足りないのだ。

 

 嘗ての力を取り戻すのは不可欠なことだ。だが武藤遊戯や海馬瀬人、それに宍戸丈にしても嘗ての力を取り戻せば勝てるというものではない。

 そもそも武藤遊戯は万全な大邪神ゾークと戦い勝利しているわけであるし、宍戸丈にしても万全なダークネスと戦い勝利している。一度負けた相手に今度は勝てると確信するほどバクラは楽観主義ではなかった。

 故にバクラが欲するのは嘗て以上の力。以前の自分を上回る闇の力を得なければ、遊戯たちを倒すことはできない。

 

「まずは駒を揃えねえとな」

 

 幾らバクラでもI2社や海馬コーポレーションという巨大組織を相手に、単独で行動を続けるのは厳しいものがある。

 裏社会で名を馳せている腕利きを何人か、自分の手駒とすることができれば、今後はもっとやり易くなるだろう。幸い以前キースに憑りついていたことで、その手の連中がどこにいるのかなどは知ることが出来た。あとはバクラ自身でどうにかなるだろう。

 どうにかする、と言っても別にオカルトに頼るわけではない。ただ裏社会で名を馳せる連中というのは、現代も三千年前も性根は変わらないものだ。ならば存分に『盗賊王』としての経験が役に立つ。

 

『なにやら良からぬことを考えているようだな。大邪神ゾーク・ネクロファデスの魂の欠片よ』

 

「!」

 

 突如として虚空より響いてきた声。盗賊としての本能が最大級の警鐘を鳴らし、バクラは咄嗟に戦闘体勢をとった。

 

『いや、どうやら既に大邪神からは独立し、邪神の欠片を埋め込まれる前の〝盗賊王〟に回帰しつつあるようだな。しかも多くの神格の力を取り込んだことで、大邪神とは独立した神格になりつつあるとは』

 

「テメエ……何者だ?」

 

『我は――――――我はドン・サウザンド。混沌(カオス)が渦巻くバリアン世界の神。盗賊王よ、汝の野心。我が力を貸そうではないか』

 

 その時、この世界で最も危険な契約が取り交わされた。

 

 




 これも全部ドン・サウザンドってやつのせいなんだ……
 あと社長のお蔭で牛尾さんが命拾いしました。良かったね、牛尾さん。


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