I2カップへの出場が決まってからというものの、授業も頭に入らないままに丈は大会への準備を進めていた。授業は後でノートを借りるなりして幾らでも遅れは取り返せる。テストだってまだまだ先だ。しかしI2カップに出場できるのは今だけ。今回限りである。ならばどちらを優先するかなど考えるまでもない。I2カップで優秀な成績を出せば成績にもプラスされるというのだから猶更だ。
他多くの大会と同じでI2カップもシングル戦である。三回のデュエルを一回ごとにサイドデッキによる調整をしながら戦うマッチ戦とは違う、一度のデュエルが勝敗を決する戦い。ただI2カップが普通の大会と異なるのはデュエル中のデッキ調整が不可能でも、試合ごとにデッキを調整するのは自由ということである。
つまり丈でいうなら一回戦でHEROデッキ、二回戦は暗黒界、三回戦は剣闘獣、なんていう芸当も出来るのだ。更に付け足せば、相手のデッキを観察しその対策を整えるチャンスがあるということでもある。亮のようにデッキを一つしか持っていないデュエリストなどはアンチデッキを作られる危険性を含んでおり、デュエル以外にもかなり頭を使う必要性のあるルールだ。如何に相手に対策されないようにするか、それが勝敗を分ける分水嶺となるだろう。亮や吹雪もそれは理解しているらしく、対策デッキに対する対策をデッキに施しているようだった。
しかしこのルール、やはり丈にとっては相性が良い。試合ごとの調整に使うカードはサイドデッキのように十五枚制限がある訳でもないので、事実上自分が所有する全てのカードを"サイドデッキ"として使用できる。複数のデッキを使う事で相手に対策されることを防ぐことも可能だ。既に自分のデッキをよく知っている亮や吹雪は丈のデッキ全てを知っているだろうが、それはこちらとて同じ。ならば条件はイーブン、互角なので問題はない。
一つ亮や吹雪も知らないデッキを新たに構築するということも考えたがそれは直ぐに却下した。こんな大事な試合で使い慣れないデッキを使うことほど愚かなことはない。デッキは料理人における包丁、野球選手におけるバットと同じで使えば使うほど自分と馴染むものなのだ。余り慣れ親しんでいないデッキを使えばどうなるか。それは一年生の頃の田中先生の授業で身に染みて理解している。わざわざ自分からその愚行を犯すこともないだろう。
故に丈は大会までも間、ひたすら既存デッキの強化に努めていた。
先ずはE・HEROデッキ。
今まではE・HEROと沼地の魔神王などばかりを入れていたが、ここにそれ以外のカードを投入することにした。HEROをテキストにもつのはE・HEROだけではない。D―HEROに関しては未だ流通していない為に一枚も所持していないがその他、M・HEROやV・HEROに関しては別だ。普通に流通しているし普通に手に入れることが出来た。
融合デッキに関する枚数制限がないため、M・HEROやV・HEROを新たに投入しても圧迫するということはない。M・HEROに対応しているのは地・水・火属性のみというのがネックだが、HEROのエースであるアブソルートZeroは水属性。M・HEROと併用することでかなりの爆発力を期待できる。
メインデッキを圧迫したとしてもM・HEROは投入する価値のあるカードだ。V・HEROに至っては融合モンスターのみなので特に問題はない。
V・HEROの融合素材は「HERO」と名のつくモンスターなのでE・HEROやM・HEROも素材とできるのが強みだ。特に直接攻撃こそ出来ないものの攻撃力5000で三度の攻撃が出来る「V・HEROトリニティー」は強い。ただしV・HERO故にミラクル・フュージョンには対応していないが。
次に暗黒界。
これはHEROデッキと違い余り弄るところはない。ただ暗黒界は良くも悪くも墓地への依存が高く、除外には弱いのでその弱点を補うカードは用意しておいた。この時代だと未だに「天使の施し」が現役というのが大きなプラス要素である。天使の施しで墓地を肥やしつつ、時には暗黒界を捨てることにより大量展開の要とすることもできるのだ。
最後に冥界の宝札軸デッキ。
基本は変わらずメタル・リフレクト・スライムやトークン、レベル・スティーラーで生贄を確保し、最上級モンスターを高速召喚、冥界の宝札で生贄分のアド損を取り返すデッキ構成である。回ればかなり強力だが回転率を「冥界の宝札」に依存することがあるので「冥界の宝札」を素早く手札に持ってくるためのギミックを仕込んだ。永続魔法である「冥界の宝札」を守るためのカウンター罠は既にこれでもかというくらい大量投入しているので問題はない。
他にサイバー・エルタニンとのトレードで亮から強力なカードを何枚も貰ったのが良かった。このデッキの魅力はなんといっても最上級モンスターの連続召喚にある。二体以上の生贄を必要とするため本来は召喚が難しい最上級モンスター。仮に通常召喚のみで最上級モンスターを召喚しようとすれば、生贄の確保に二ターン、漸く召喚出来るのは三ターン後だ。シンクロやエクシーズがないので環境はそれほど高速化している訳ではないが、それでも三ターン賭けて最上級モンスター一体と言うのは如何にも効率が悪い。だが生贄の確保にトークンや罠モンスターを採用することにより、丈のデッキは先行ワンターン目から最上級モンスターを生贄召喚することも可能だ。そして最上級モンスターにはその召喚の難しさに比例するように強力な効果をもつカードが多い。三幻神などはその筆頭といえるだろう。
多種多様な最上級モンスターを投入すれば、戦術の幅も大きく広がるというものだ。
そして迎えたI2カップ当日。
大会会場であるドームには大勢の観客が詰め寄せていた。年齢層は様々で子供からお年寄りまでいる。デュエルがどれだけこの世界で普及しているのか、それを見るだけでも分かるというモノだ。
丈は和気藹藹と友人などとお喋りに興じながら、これから始まるであろうデュエルを楽しみに来ている観客を眺めながら、関係者用の裏口から選手控室に向かう。あの大勢の観客に囲まれてデュエルをするのだと思うと心臓に針が刺さる思いだった。
プレッシャーをどうにか頭の淵から叩き出しながら、丈は選手控室のドアを開けて中に入る。そこには既に亮や吹雪がいた。
「遅かったね丈。どうしたんだい?」
吹雪はデッキの最終確認をしている頭を上げて話しかけてくる。
「トイレだよ。縁起が良いからって食堂のおばちゃんにカツ丼特盛頼んだら腹痛くなって」
「相変わらずだね。だけど……大丈夫そうだ。良かったよ。ライバルが腹痛で棄権なんてのはやるせないしね」
「体調管理はデュエリストの基本だぞ。まったく……そういえばトーナメント表が発表された。流石はインダストリアル・イリュージョン社主催の大会、聞いた事のある名前がチラホラいたぞ。ほら」
亮からトーナメント表を受け取って、じっくりと上から下まで目を通る。
┌─ 宍戸丈
┌─┤
│ └─ 羽蛾
┌─┤
│ │ ┌─ 本田
│ └─┤
│ └─ マナ
┌─┤
│ │ ┌─ 三沢
│ │ ┌─┤
│ │ │ └─ 御伽
│ └─┤
│ │ ┌─ レベッカ
│ └─┤
│ └─ トム
─┤
│ ┌─ 牛尾
│ ┌─┤
│ │ └─ 不動
│ ┌─┤
│ │ │ ┌─ 天上院
│ │ └─┤
│ │ └─ 竜崎
└─┤
│ ┌─ 骨塚
│ ┌─┤
│ │ └─ 十六夜
└─┤
│ ┌─ 丸藤亮
└─┤
└─ 猪爪誠
「……………」
ゴミが入っているのかもしれないと思い目を擦る。それから見間違いなどせぬようジッとトーナメント表を見つめるが……そこに書いている文字列は何一つその内容を変えたりはしなかった。
宍戸丈。自分の隣にある名前を一文字ずつ観察する。羽蛾、下から読めば蛾羽。こんな特徴的過ぎるネーミングで同姓同名ということは恐らくないだろう。
ということはこの羽蛾というのはほぼ確実にあのインセクター羽蛾ということになる。
「インセクター羽蛾か。たしか元全日本チャンプ、昆虫族の使い手。初戦から随分な強敵と出会ったようだな丈」
亮は羨ましそうに言うがそのことが決定的だった。
インセクター羽蛾、とある速攻魔法の影響で遊戯王を知らない人間にも知られるようになったある意味伝説の御仁である。他にもエクゾディアに対する最も有効な戦術を生み出したことでも有名だ。
(おいおい、それにこのマナって。I2カップ、インダストリアル・イリュージョン社は伊達じゃないのか)
無理矢理だがそう自分を納得させる。
トーナメント表は既に決定されているのだ。もう覆すことは出来ない。相手がHA☆GAだろうと何だろうと戦うしかないのだ。自分は吹雪や亮とブロックが別。戦って勝ち抜かない限り二人と戦う事は出来ない。
「吹雪、亮」
「ん?」
「なんだい?」
「決勝で会おう。ま、どっちかとだけどな」
吹雪と亮は同じブロックだ。
例外を除いてこの大会で二人ともとは戦うことは出来ない。仮に丈が決勝戦に進んだとしてもそこにいるのは吹雪が亮の二者択一なのだ。
他の物が決勝の舞台にいるという選択肢はない。二人のうちどちらかは必ず決勝にくる。丈は友人として二人の実力を信じていた。
「勿論だ。俺はあらゆる敵を倒し、決勝でお前と戦う」
「おやおや亮。それは僕に対する挑戦かい? 亮には悪いけど僕も君に勝つ気でいるからね。決勝で丈と戦うのはこの僕さ」
三人は好敵手の間柄だが、この微妙なスリルは悪いものではない。寧ろ良い。
やがて会場内に放送が聞こえてきた。
『間もなく第一回戦第一試合が始まります。参加選手の方々はデュエル場へご入場下さい。繰り返しお伝えします――――――』
第一試合が始まるらしい。緊張が熱となって血管を沸騰させる。一回戦第一試合は自分とインセクター羽蛾の試合だ。大会の開幕を告げる初戦、そこに自分が出ると言うのは光栄でもあり恐れ多くもある。だが今更どうこうしても仕方がない。自分はやることをやるだけだ。
「吹雪、亮。――――――それじゃ、ちょっと行ってくる」
軽く腕をあげるのを挨拶に、対戦相手が待ち構えるであろうデュエル場へと歩を進めていく。最後に亮と吹雪の顔を一瞥する。
何も疑いのない、丈の勝利を信じた双眸。それを見て丈もまた口元を釣り上げる事で応じる。いいだろう。この勝負、絶対に勝つ。
自身の心にそう喝を入れてから、今度こそ丈は控室のドアを開いた。