会場に入るや否やどっという大歓声が丈を迎え入れた。
観客の視線を浴びるほど感じながらも、丈は会場の中心にあるデュエル場へと赴く。自分の立ち位置につくと既に対戦相手である小柄な男がいることに気付いた。
昆虫を思わせる金縁の眼鏡と昆虫がプリントされた上着、それは丈が雑誌やTVなどで見た事もあるインセクター羽蛾そのものだった。ここに至り漸く自分が大変な場所に立っているということが実感を伴って感じられるようになる。
観衆は思ったよりも気にならない。
デュエルアカデミアの入学説明会に模範デュエルのために駆り出された経験が役立っているようだ。世の中なにがどう役立つか分からないものである。
「ひょひょひょひょひょ、君みたいな中学生が僕の相手かい? 拍子抜けだな。これはワンターンキルとか出ちゃうかもしれないねぇ。可哀想に、こんな大勢の観客の前で恥をかくことになるなんて。安心して良いよ、僕は(元)日本チャンプ、手加減はしっかりするから」
「……………」
明らかに小馬鹿にしたような態度にムッとしそうになるが、どうにか丈は表情に出すのを抑える。こういうのを一々相手していては面倒だ。絡んできた相手はスルーする。絡んでくる相手はこちらがどういうリアクションをとるのかを期待し面白がっているのだ。わざわざ相手の期待にのってやることはない。これは小学校から大学まで有効ないじめ対策の一つだ。
こちらが何のリアクションも返さないのが癇に障ったのか、羽蛾は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「……会話のキャッチボールってやつが出来ないようだね君は。これだから中学生は」
「いえ出来ない訳じゃないですよ」
「ひょ?」
「ただ……挑発には乗らないだけです。HA☆GA……じゃなかった、羽蛾さん。頭に血が上ってデュエルしたら馬鹿みたいなプレイングミスをしてしまいますからね」
「減らず口は上々。その様子なら手加減は必要なさそうだね。知らないような教えてあげるけど、僕はあの遊戯や海馬を下して日本チャンプになったこともあるんだ。年季の差ってやつを教えてあげるよ」
もし丈の頭がボケてないなら、日本チャンプになったのは事実だとしても遊戯や海馬を下したことは一度もなかった筈だ。全日本チャンプを決める大会に遊戯や海馬は参加していなかった。
つまり羽蛾のハッタリ……或いは誇張だろう。
これから直ぐにデュエル、と丈は思っていたのだが開始の前にまだ何かあるようだ。MCらしきリーゼントの男が意気揚々と会場に特性マイクを通した声を轟かせる。
『いよいよ始まったぁぁ! デュエルモンスターズの総本山ッ! インダストリアル・イリュージョン社主催のデュエリストの祭典ッ! I2カップッッ! 第一試合を始まる前にデュエルモンスターズの生みの親! ペガサス・J・クロフォード氏の挨拶だぁぁ!』
MCに変わってマイクをとったのは赤いスーツを洒落に着こなした男性。空調による風に靡くロングの髪色は銀。その長い髪で片方の目をまるで封じるかのように覆い隠した人物。彼こそが全世界において爆発的大流行したデュエルモンスターズを世に生み出したモノ、ペガサス・J・クロフォード名誉会長である。カードデザイナーを志す者にとっては武藤遊戯以上に憧憬の念を抱かずをいれない超VIPだ。
自然と会場の皆が口を噤む。誰に言われなくてもそうすることが当たり前のように。その静寂の中、ペガサス・J・クロフォードがその良く通る声を会場中に響かせ始める。
『本日は我が社主催のデュエル大会、I2カップに御来場頂き感謝デース。今日はエキサイティングなデュエルを思う存分に楽しんで行って下サーイ。私もここで行われるデュエルをとても楽しみにしていマース』
そしてペガサスは天にまで伸ばす様に右手をあげる。
『つまらない話はここまでにしまショウ! それでは今日ここに集ったデュエリストたちよ。最高のデュエルを私も期待していマース! I2カップ開幕をここに宣言するのデースッ!』
話が終わった瞬間、おおッ!という歓声が爆発した。まるで雷鳴のようだ。会場の中心にたつ丈は思わず耳をふさぎたくなったが、皆の見ている前でそんな恥ずかしい真似は出来なかった。精一杯の見栄を振り絞りどうにか平常心を保つ。
『ペガサス会長からの開会宣言を受けて会場は大盛り上がりだぁぁ! それでは早速いくぞ、I2カップ第一回戦第一試合ッ! 嘗て日本チャンプに君臨した事もある昆虫族のエキスパート、インセクター羽蛾ぁぁぁッ!』
MCに名前を宣言された羽蛾が自慢気に観衆へ手を振った。どうやらこんな羽蛾でもファンはいるのか、HA☆GAと書かれたデカい旗を振っている者がいた。その旗から好意より悪意を感じるのは気のせいだろうか。
それにしても羽蛾には緊張の"き"の字もない。この図太さは見習うべきところもあるだろう。
『そして元日本チャンプ、インセクター羽蛾に挑むはデュエルエリート養成校デュエルアカデミアの中でも更にエリートッ! 若干15歳の天才デュエリストォォッ! 宍戸ォォォォ丈ォォォ!』
再び爆発する観客の黄色い声。こんな大勢の前を自分の名前どドカンと宣言されるのは生まれて始めての経験である。今日は生まれて初めてのことが沢山ある日だ。
ヤケクソで羽蛾みたく観客に手を振ると歓声がより高まる。少し気分が良いかもしれない。癖になりそうだ。
『ではI2カップ第一回戦第一試合、デュエル開始ィGOOOOOOOOOOO!!!!』
「「
ルールはアカデミアでやっているのと同じ新エキスパートルール。
融合デッキは無制限でデッキは四十以上、初期手札は五枚。
ルール通り羽蛾と丈が五枚のカードをドローする。ランプが点灯したのは羽蛾の方。あちらの先行だ。
「ひょひょひょ先行は貰うよ、俺のターン。カードドロー! ひょひょひょ、一気に攻めさせてもらうよ。僕は代打バッターを召喚!」
【代打バッター】
地属性 ☆4 昆虫族
攻撃力1000
守備力1200
自分フィールド上に存在するこのカードが墓地に送られた時、
自分の手札から昆虫族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
羽蛾のフィールドに現れるバッターならぬバッタ。
デュエルモンスターズのカードにはこういったダジャレめいたものも多く楽しい。
「そして魔法カード、殺虫剤! フィールドの昆虫族モンスターを破壊する。俺は俺のフィールドの代打バッターを破壊!」
『おおっと!? これはどうしたことだぁ! インセクター羽蛾、自分で自分のモンスターを破壊したぞぉぉッ! まさかプレイングミスなのかぁ!?』
「ひょひょひょひょひょ、MCはノリが良いねぇ。代打バッターがカード効果で破壊され墓地に送られた事により、代打バッターのモンスター効果が発動。手札から昆虫族モンスターを一体特殊召喚する」
代打バッターを自分から破壊したのはミスではなかった。代打バッターの効果は条件を満たせば問答無用で発動する強制効果ではなく任意効果。よってコストや生贄として墓地に送ったのではタイミングを逃してしまい代打バッターの効果を発動することは出来ない。だが自分のカードで破壊する分にはタイミングを逃すことはなく、代打バッターの効果を使う事が出来る。
「さぁ出番だ女王様! 俺はインセクト女王を攻撃表示で召喚だぁ!」
【インセクト女王】
地属性 ☆7 昆虫族
攻撃力2200
守備力2400
このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する
昆虫族モンスターの数×200ポイントアップする。
このカードは、自分フィールド上に存在するモンスター1体を
リリースしなければ攻撃宣言する事ができない。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊したターンのエンドフェイズ時、
自分フィールド上に「インセクトモンスタートークン」
(昆虫族・地・星1・攻/守100)1体を攻撃表示で特殊召喚する。
女王、といっても目目麗しい女王ではなく六本の足と鋭い牙を生やした女王蟻のモンスターである。シーシューと底冷えするような鳴き声ともつかないものを口から吐きながら、上半身だけが人間の形をした巨大な蟻がギョロリと無機質な目を向けてきた。
不気味、そういう言葉が脳裏を過ぎる。
頭だけが中途半端に人間のような造りをしているせいで、下手なアンデット族モンスターよりも余程ホラーだった。
『出た! インセクター羽蛾のマジックコンボだ! 先行ワンターン目からいきなり昆虫族の超レアカード、インセクト女王のお出ましだぁぁ! これは対戦者、宍戸丈も驚きで声もでないかぁ!?』
驚きではなくグロテスクさに声が出ないのだ。
丈は誰にも聞こえないようボソッと呟く。
「残念だけど最初の1ターン目は攻撃できないからねぇ。俺はカードを一枚伏せてターンエンド。ひょひょひょだけど次のターン、女王様の攻撃でお前は粗挽き肉団子だ。ターンエンド!」
実はこのHA☆GAさん。最初はエクシーズ抜きの甲虫装機を使う予定でした。