丸藤亮 LP2800 手札二枚
場 無し
伏せ 一枚
猪爪誠 LP1600 手札三枚
場 無し
罠 リビングデッドの呼び声(サイコ・ショッカーの効果で無効化されているため破壊されず)
「くっ。俺のターン、ドロー」
猪爪が苦虫をかみつぶしたような顔をしながらドローをする。
「スーパーリスペクトデュエル、あらゆるカードをリスペクトだと? ふん! 口から出任せを! お前は耳障りの良い言葉を語っているが、所詮お前にとっての一番はサイバー・ドラゴンだろうが!」
猪爪は怒りに心を焼いていた。
サイコ流とサイバー流は相容れぬ存在のはず。だというのにあっさりとサイコ流のエースをサイバー流の丸藤亮が使っているのが許せなかった。
「そのサイコ・ショッカーにしたってそうだ。友から貰っただのと綺麗なエピソードでそれらしく塗り固めてはいるが、サイバー・ドラゴンを活用させるための駒使いとして用いているに過ぎない!」
「否定はしない。サイコ・ショッカーは俺のデッキのエースではない。俺のデッキのエースはサイバー・ドラゴン。その事は変わりはしないさ。サイコ・ショッカーをサイバー・ドラゴンの力を発揮させるために用いているというのも概ね事実だ」
「ふん、それ見た事か!」
「だが、それの何が悪い。はっきりと言おう。俺はサイコ・ショッカーよりもサイバー・ドラゴンが好きだ。サイコ・ショッカーよりも遥かにな」
「んなっ!」
「お前もそうだろう。お前もサイバー・ドラゴンよりもサイコ・ショッカーの方が好きなんだろう? だからデッキに入れている。サイコ・ショッカーデッキでこの俺に挑んできている」
「貴様、何を……」
「猪爪。一つだけ言おう、エースだけでデュエルは出来ない」
「!」
「七色の変化球と剛速球をもつ最強右腕だろうと、キャッチャーがいなければ振り逃げの山を築くだけだ。万が一外野に球が飛べば、それだけでランニングホームランになる。デュエルとて同様。エースモンスターだけでは強者との戦いに勝つことなど出来はしない。エースを支える仲間たちがいてこそ、デッキはより高みへと上り詰めることができる。サイコ・ショッカーは俺のデッキのエースではない、が、俺のデッキを支える大切な同胞だッ!」
「同胞、サイコ・ショッカーを……」
「俺は進化する。丈や吹雪、多くのライバルに囲まれ俺は学んだ。言葉には出来ない多くのものを。サイバー流という既存の枠組みを破壊する事で生まれる可能性を!」
「既存の枠組みの破壊だと!?」
「お前にも見せてやる! これが俺のデュエルだ。お前のターンのスタンバイフェイズ時、罠カード発動! リビングデッドの呼び声! 墓地の人造人間サイコ・ショッカーを蘇生させる!」
「なっ!」
それは数ターン前に猪爪が行った戦術の再現だった。同じように発動された同じリビングデッドの呼び声は、同じようにカード効果を発動させ墓地から人造人間サイコ・ショッカーを復活してみせた。
「俺は……」
もう猪爪の頭の中にサイコ流とサイバー流の因縁なんてものは残っていなかった。しかしそうなってもまだ闘志はある。心を突き動かす抑えきれない衝動が疼いていた。
勝ちたい。丸藤亮、既存の枠組みを破壊するなどといってのけた男に全力で挑んで勝ちたい。自分の信じるデッキで丸藤亮の信頼するデッキと思う存分に勝負したい。
猪爪の中にあるのはそれだけだ。過去の因習や因縁、そういったものが砂上の楼閣のように崩れ落ちていくのが分かる。楼閣が消え残ったのはデュエリストなら誰しもが持つ原初の欲望、勝ちたいという純粋な気持ちだ。
「……丸藤亮、先ずは荒れ狂う俺の感情を真っ向から受け止めてくれたことに感謝する」
「……………」
「だがッ! だからこそ俺はお前に勝つっ! サイコ流免許皆伝猪爪としてじゃない! 一人のデュエリスト猪爪誠として、同じデュエリスト丸藤亮を倒す!」
「―――――――フッ。いいだろう来い、猪爪」
『熱い! 熱いぞぉぉぉぉぉッ! 第一回戦最終試合でこんなにも熱い人間ドラマが待っていると、このドームの誰が予想したことかぁぁぁぁッ! 猪爪誠、丸藤亮に堂々の宣言ッ!』
『亮! 亮! 亮! 亮! 亮!』
『猪爪! 猪爪! 猪爪! 猪爪!』
会場は応援の声に包まれていた。しかし興奮する観客よりも熱く滾っているのはドームの真ん中で対峙する二人の戦士に他ならない。
二人の男は自らの闘争本能に従い己が剣を振るい合う。
「いくぞ。俺は魔法カード、壺の中の魔術書を発動! 互いのプレイヤーはデッキから三枚ドローする!」
【壺の中の魔術書】
通常魔法カード
互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。
「これで俺の手札は六枚! 魔法カード、おろかな埋葬! デッキからモンスターを一体墓地に送る。俺はデッキの中の人造人間サイコ・リターナーを墓地へ埋葬」
「自分のモンスターを敢えて墓地へ? 待てよ。確かサイコ・リターナーのモンスター効果は!」
「そう。サイコ・リターナーは墓地へ埋葬された時、墓地に眠るサイコ・ショッカーをこのターンのみ蘇生させる効果がある! 甦れ人造人間サイコ・ショッカー!」
【人造人間―サイコ・リターナー】
闇属性 ☆3 機械族
攻撃力600
守備力1400
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
このカードが墓地へ送られた時、自分の墓地の
「人造人間-サイコ・ショッカー」1体を選択して特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚した「人造人間-サイコ・ショッカー」は、
自分のエンドフェイズ時に破壊される。
【人造人間サイコ・ショッカー】
闇属性 ☆6 機械族
攻撃力2400
守備力1400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
お互いに罠カードを発動する事はできず、
フィールド上の罠カードの効果は無効化される。
【おろかな埋葬】
通常魔法カード
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
再び蘇ったサイコ・ショッカーが亮のサイコ・ショッカーの前に立つ。偶然にも最初とは真逆のシチュエーションとなった。
とはいえ猪爪が蘇生したサイコ・ショッカーはこのターンのエンドフェイズには消え去る運命にある。一応そういった効果を消し去るカードとして「亜空間物質転送装置」の存在があるが、罠カード封じのサイコ・ショッカーに罠カードの「亜空間物質転送装置」を使うことは出来ない。
そんなことは猪爪が一番理解している。だからこそ猪爪にはサイコ・ショッカーをそのままで使うという選択肢は最初からなかった。
丸藤亮は恐らく今まで猪爪が出会ったデュエリストの中でも一番の強敵。ならば自身もまたデッキの中にいる最強のモンスターを出さねば勝つ事などできない。それが猪爪の考えだった。
「見せてやろう丸藤亮。サイコ流が誇るサイコ・ショッカーの進化系にして最終形態を。これが俺の本気だ!」
「サイコ・ショッカーの最終形態!? ……そうか、そうでなくてはな」
「俺はサイコ・ショッカーを墓地に送り、手札の人造人間サイコ・ロードを攻撃表示で特殊召喚ッ! 頼むぞサイコ・ロード! 俺に勝利を見せてくれ!」
【人造人間サイコ・ロード】
闇属性 ☆8 機械族
攻撃力2600
守備力1600
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に表側表示で存在する「人造人間-サイコ・ショッカー」
1体を墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
お互いに罠カードの効果は発動できず、
フィールド上の全ての罠カードの効果は無効される。
1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在する罠カードを全て破壊できる。
この効果で破壊したカード1枚につき300ポイントダメージを相手ライフに与える。
それは正しくサイコ・ショッカーの進化系というべき魔人だった。背中から無数に生えるコードは神仏の背負う曼荼羅を思わせる。サイコ・ショッカーよりやや肥大化した身体と無機質な眼光。しかし何故だろうか。亮にはサイコ・ロードが誇らしげに見えた。主と戦う事を何にも勝る栄誉とする騎士のように。
「サイコ・ロードのモンスター効果。一ターンに一度、フィールドで表側表示になっている罠カードを全て破壊しその数×300のダメージを与える。ハイパー・トラップ・ディストラクション!」
フィールドに出ていた二枚のリビングデッドの呼び声が破壊される。
それと同時に亮のLPから600が削られた。
丸藤亮 LP2800→2200
「そして俺はメカ・ハンターを攻撃表示で召喚」
【メカ・ハンター】
闇属性 ☆4 機械族
攻撃力1850
守備力800
「バトル! サイコ・ロードでサイコ・ショッカーを攻撃。
サイコ・ロードの掌から放たれる黒いパワーショット。サイコ・ショッカーも迎撃するが相手は上位種。サイコ・ショッカーの攻撃は押し切られ破壊されてしまう。
丸藤亮 LP2200→2000
「そしてメカ・ハンターの直接攻撃! 喰らえメカ・ランス!」
「ぐぅぅぅぅッ! やるな猪爪!」
丸藤亮 LP2000→150
『丸藤亮ぉぉぉおぉっ! 逆転! ここに来てライフポイントが遂に100ポイント台に突入したァァァッ! 猪爪誠! 遂に丸藤亮相手にチェック!』
「ターンエンド! さぁお前に俺の最強モンスターが倒せるか!」
「……俺のターン」
人造人間サイコ・ロード。サイコ・ショッカーの進化系という看板に偽りはなく、正しくサイコ・ショッカーをあらゆる面で超えるモンスターだ。猪爪にはそのサイコ・ロードと下級機械族通常モンスターでは最高の攻撃値をもつメカ・ハンターもいる。逆に亮のフィールドにはモンスターが皆無。しかし、
「忘れていないか猪爪。俺のサイバー・ドラゴンがどういう効果を持つモンスターなのかを?」
「……ッ! しまった、サイバー・ドラゴンは!」
「相手のフィールドにモンスターがいて、こちらにモンスターがいない場合、このモンスターは手札から特殊召喚できる。来い我がしもべ、サイバー・ドラゴンッ!」
【サイバー・ドラゴン】
光属性 ☆5 機械族
攻撃力2100
守備力1600
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
「遂に出たか、サイバー・ドラゴン。しかし俺のサイコ・ロードの攻撃力はサイバー・ドラゴンを上回っている!」
「ああ、だからこうするのさ。俺はフィールドのサイバー・ドラゴンを融合する!」
高らかにそう宣言する亮。だがしかし猪爪には腑に落ちないことがあった。融合するのは良い。サイバー・ドラゴンは強力な融合体モンスターを多数抱えるモンスターだ。それがサイバー流のウリでもある。けれど妙なのは亮の場に融合の魔法カードが存在しないことだ。
「なにをしている? 融合のカードがなければ、モンスターを融合させることは出来ないぞ」
「普通ならばそうだ。だが俺は言った筈だ、既存の枠組など破壊すると! 俺がこれから召喚する融合モンスターは融合召喚に『融合』カードを必要とせず、フィールドのカードを融合し特殊召喚する!」
「何を馬鹿な。フィールドのモンスターといってもお前のフィールドにはサイバー・ドラゴンのみしかいない! マスク・チェンジによる変身召喚でもあるまいし、モンスター一体での融合など……」
「いるじゃないか。俺のサイバー・ドラゴン以外にもモンスターは」
「なに?」
亮が見ているのは自身のフィールドではなく猪爪の場。
そして猪爪の場には二体のモンスターが存在している。
「ま、まさか! お前は!」
「ご名答。俺はお前のモンスターを融合素材として使用する!」
ブラックホールに吸い込まれるように、サイコ・ロードとメカ・ハンターがサイバー・ドラゴンに吸い寄せられていく。三体の機械族モンスターは互いにバラバラのパーツに分解されながら混じり合い、やがて一体のモンスターが誕生する。
「サイコ・ロードの力を受けて新生せよ! キメラテック・フォートレス・ドラゴン!」
【キメラテック・フォートレス・ドラゴン】
闇属性 ☆8 機械族
攻撃力0
守備力0
「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
このカードは融合素材モンスターとして使用する事はできない。
自分・相手フィールド上に存在する上記のカードを墓地へ送った場合のみ、
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードの元々の攻撃力は、
このカードの融合素材としたモンスターの数×1000ポイントになる。
「キメラテック・フォートレス・ドラゴンの攻撃力は融合素材としたモンスターの数×1000ポイントの数値となる。俺が融合素材としたモンスターは三体。よってその攻撃力は3000! キメラテック・フォートレス・ドラゴンで相手プレイヤーを直接攻撃、エボリューション・リザルト・アーティレリー」
キメラテック・フォートレス・ドラゴンの胴体にある砲台から、三つの砲撃が猪爪に飛ぶ。猪爪のフィールドにはリバースカードもモンスターもない。攻撃を防ぐ術はなかった。
猪爪は静かに目を閉じると、キメラテック・フォートレス・ドラゴンの攻撃を静かに受け止める。
猪爪誠 LP1600→0
ライフポイントが0を刻む。
それと同時に観客席の興奮が臨界を超え爆発した。
『決まったぁぁぁぁぁぁッ! 逆転の次の大逆転! 猪爪の強力なモンスター、サイコ・ロードの力をも吸収しての一撃により二回戦進出が決定ぃぃぃいぃい!! その威容威風はもはや帝王! カイザー亮の誕生だぁぁぁぁぁあ! 我々は伝説のデュエリストの誕生を、今ここで目にしているのかもしれないぃぃぃいい!』
MCの熱狂を余所に亮は猪爪に歩み寄り、手を差し伸べていた。
「これは?」
差し出した手を疑問に思いながら猪爪が問う。
「とても良いデュエルだった。互いの健闘をたたえるのに理由なんていらないだろう。猪爪という強いデュエリストと闘えた記念……そして再戦の証として、だ」
馬鹿正直な解答。思わず猪爪は破顔する。
丸藤亮はきっとこういうやつなのだろう。馬鹿みたいにデュエルのことばかり考えていて、こうも自然と帝王の様を見せつける。猪爪は苦笑しながら差し出された手を握った。
「こっちこそ良いデュエルだった。何時か……また俺と戦ってくれるか?」
「何時でも掛かってこい。次も俺が勝ってみせるがな」
「いいや負けないな次は。それとこのカードを受け取ってくれないか?」
「おい、このカードは!」
亮が驚愕する。猪爪が差し出したカードはサイコ流最強のモンスター、人造人間サイコ・ロードだったのである。
「サイコ・ショッカーを仲間として見てくれているお前ならこのカードを使いこなせるだろう。俺なりの再戦の証だ、貰ってくれ」
「そう言うことなら、有り難く貰おう。大切に使う」
「お前なら、サイバー流やサイコ流なんてつまらない枠組みを超えた新たな道を切り開けるかもな。それじゃあ丸藤亮、俺はこれから自分を鍛え直してくる。また会おう」
拍手喝采の中、猪爪は堂々と会場から去っていく。
その後ろ姿には惨めさなんてものは欠片もない。次のデュエルに燃えるデュエリストらしい退場だった。亮は猪爪との再戦の機会を楽しみにしながら、自身もまた退場した。
なんだかカイザーが主人公のような気がしてくるお話でした。