I2カップ初日は二回戦までで一旦中断となり、準決勝の日程は翌日だ。よって参加選手である丈達はアカデミアの寮――――ではなく、会場近くのホテルまで戻ってきていた。アカデミアには戻らない。会場とアカデミアとでは距離が離れすぎているというのがその理由だ。もしも一回戦や二回戦で敗退していればホテルとも今日限りでお別れとなっていたが、運良く二回戦を突破できたのでもう一日ここには世話になる。
「持ってきたよ、これがレベッカ・ホプキンス――――――君が次に対戦する相手のデュエル映像だよ」
吹雪は丈の頼んでいたもの、I2カップでのレベッカのデュエルを録り焼き直したDVDを持ってくると、そのまま丈に手渡す。部屋には他に亮が腕を組んで壁に寄り掛かっていた。
「……サンキュー。だけど、どうしたんだよコレ。何時の間にこんなの録っておいたんだ?」
「ふふふっ。僕は女性のデュエルは見逃さない性質なんだよ」
気障ったらしく語る吹雪に曖昧に笑って返す。丈としては何とも言えない気分だが、今日ばかりは友人のモテモテっぷりと豆な性格に感謝しよう。
ケースを開き受け取ったDVDを入れる。中々の高級ホテルのため部屋のTVには当然の如くDVDプレイヤーがあったのが幸いだった。
画面に映し出されるのは紛れもない今日のI2カップの試合。
『エメラルド・ドラゴンとサファイアドラゴンで直接攻撃ッ!』
『ぬぉぉおぉおおおおお!』
一回戦のデュエル、レベッカの使用したのは吹雪と同じドラゴン族デッキ。強力なドラゴン族モンスターを展開しつつ、墓地が肥えたのならば「竜の鏡」でFGDを呼び出すという非情に爆発力のあるデッキだ。
『竜魔人キングドラグーンとダイヤモンドドラゴンで直接攻撃ッ!』
『ぎょぇえええええええええ!』
二回戦の内容もほぼ同様だった。ただし違うのは竜魔人キングドラグーンが縦横無尽に活躍したところだ。竜魔人キングドラグーンはワンターンに一度ノーコストで手札のドラゴン族を特殊召喚できる効果をもつモンスターである。それだけなら墓地からも特殊召喚できるレダメに劣るが、キングドラグーンには他にも自分のドラゴン族をモンスター効果、魔法、罠の対象にさせなくする能力があるのだ。
「見たところ彼女のデッキは僕のデッキと非常にコンセプトが似通っている」
吹雪はレベッカのデッキをそう評した。それは同意できる。吹雪はレッドアイズ系列のドラゴンを多用するためか闇属性ドラゴンに比率が傾いているが、それでも基本はレベッカのデッキと同様。強力なパワーをもつ上級・最上級ドラゴン族を召喚してのビートダウン。ひたすらの力押し。丈としても慣れ親しんだデッキである。マナの使用してきたガチガチのロック、里ロックと比べれば遥かに組みやすい。
「しかし、油断は禁物だ」
沈黙を貫いていた亮が口をはさむ。
「レベッカ・ホプキンス。俺自身彼女のデュエルを生で見たのは今日が初めてだ。だがその話は以前から聞いている。最年少の全米チャンピオンに座に輝いた天才少女、いや今は少女と呼べる年齢でもないが。かなりの強敵だ。油断すれば……」
「ああ、そうだな。しないよ油断なんて」
丈自身、レベッカ・ホプキンスは前世のアニメにも登場していたので良く知っている。流石にアニメオリジナルな事もあり詳しくは覚えていないが、全米チャンピオンの座に輝いたのは紛れもない事実だ。
武藤遊戯や海馬瀬人などというデュエリストの影響力が強いせいで偶に忘れがちになるが、デュエルモンスターズが最初に流行したのは日本ではなくアメリカである。今も尚インダストリアル・イリュージョン社の本社はアメリカにあり、DM創始者のペガサスもアメリカ人だ。アメリカ自体人口では軽く日本を上回っているので競技人口も非常に多い。そんなアメリカで最年少でチャンピオンに輝くというのは並みの人間には不可能である。キース・ハワードやペガサスなどというアメリカ屈指のデュエリストがその大会に不参加だったということを考慮しても、これは驚くべきことだ。
だが倒さなければならない。決勝に進めるのは泣いても笑っても一人だけ。負けても次なんてものはない。負ければ即失格、終了なのだ。
勝って決勝戦への片道切符を手に入れるか、負けて観客に堕ちるか。それはデュエルの勝敗が決めること。
(俺がアカデミアから持ってきたデッキは全部で三つ。HEROと暗黒界、そして……)
対戦相手であるレベッカの側も今の自分と同じように、宍戸丈のデュエルを研究してきているだろう。既に晒してしまった暗黒界やHEROに関しては対策されていると考えた方が良い。
となると必然、丈が使うのは残り一つのデッキが最良ということになる。
「それでは丈、俺も明日のためにデッキの調整をするから自分の部屋に戻る。必ず勝てよ」
最後にエールを付け加えると亮が踵を返す。その声には普段とはやや異なる緊張の色が濃かった。
語らずとも丈には分かる。明日の試合、準決勝戦第二試合の組み合わせは丸藤亮VS天上院吹雪。どちらも友人同士であり見知った間柄であるが、決勝に勝ち進めるのは二人のうち一人。必ず一人が敗北し脱落することになるのだ。
「やれやれ亮は固いねぇ。でも……僕も帰るよ。相手が亮となると、僕もデッキ調整に細心の注意を払う必要がある」
お調子者らしからぬ眉間にしわを寄せた表情で吹雪が言う。
明日の試合、なにがどう転ぼうと必ず一人はリーグから去る。友人としてやれることは余りにも少ないが、せめて二人が良いデュエルをしてくれることを願わずにはいられなかった。
┏━ 宍戸丈
┏━┫
┃ └─ 羽蛾
┌━┫
│ │ ┌─ 本田
│ └━┫
│ ┗━ マナ
┌─┤
│ │ ┌─ 三沢
│ │ ┌━┫
│ │ │ ┗━ 御伽
│ └━┫
│ ┃ ┏━ レベッカ
│ ┗━┫
│ └─ トム
─┤
│ ┌─ 牛尾
│ ┌━┫
│ │ ┗━ 不動
│ ┌━┫
│ │ ┃ ┏━ 天上院
│ │ ┗━┫
│ │ └─ 竜崎
└─┤
│ ┌─ 骨塚
│ ┌━┫
│ │ ┗━ 十六夜
└━┫
┃ ┏━ 丸藤亮
┗━┫
└─ 猪爪誠
大会当日。
来たるべき決戦の日だというのに、丈の心は青い空と燦々と降り注ぐ日光に煽られる大海原のように静かだった。
間もなく準決勝戦が始まる。そう改めて思うと今更になって心臓がギャーギャーと騒ぎ出した。仕方のない心臓だ。とはいえここまで駄々を捏ねられても鬱陶しい。落ち着かせてやるため自販機で飲み物でも買おう。
思い至ったが吉日とばかり自販機のある場所まで行けば、そこには先客がいた。
「やぁ」
「吹雪……お前も自販機に?」
「ちょっと飲み物をね。昨日は随分と遅くまでデッキ構築に費やしたから眠気覚ましの珈琲が欲しかったんだ」
「珈琲ならホテルのルームサービスなりで摂れると思うけど?」
「僕はBOSSの缶コーヒーじゃないと胃袋が受け付けないんだよ」
「さいですか」
自分には分からない拘りがあるのだろう。人の好みに口出すのがどれだけ野暮なことか分かっていた丈は、それ以上何も言わず自販機に150円を入れてコーラを買う。
「元全米チャンピオン、レベッカ・ホプキンスか。一回戦の元日本チャンプといい、君は元チャンピオンだとかと戦う運命でもあるのかい?」
「そんな面倒臭い運命なんてあってたまるか」
「だけどレベッカ・ホプキンス、彼女が考古学の研究のためにデュエル界の第一線から身を引いて久しい筈なんだけど……一体どうして突然この大会に参加したんだろうねぇ」
「女性限定の情報でお前が知らないのに俺が知ってる訳ないだろうに。あ、でももしかしたら……」
「ん、あれって―――――」
「武藤遊戯に告ったらフラれて、その傷ついた心をデュエルで晴らすために参加した、とかだったりして」
場を和ませるよう馬鹿話をしたつもりだったのだが、吹雪はニコリともしなかった。それどころか若干顔が青ざめている。まるでお化けにでも会ったように。
「どうしたんだ、吹雪?」
「後ろ」
「あ? 後ろ?」
後ろに実体化したBMGでもいるのか、そうアホらしいことを考えながら背後を見ると、そこに悪鬼羅刹が君臨していた。
怒りの余り逆立つ髪は黄金色。全体的にスラリとしていながらも、出ているところは出ている理想的な体型。全米チャンプになったばかりと比べると、身長は格段に伸びており年月の経過を思わせる。ピンク色の眼鏡が知性と愛らしさの両方を醸し出していた。
丈はこの顔を昨日吹雪のDVDで見た。
「れ、レベッカ・ホプキンス?」
「Yes。初めましてねミスタ・宍戸」
「ど、どうも……」
口調こそ慇懃であるが、その端々から漂うのは怒気。恐らく吹雪との会話を聞いていたのだろう。主には武藤遊戯にフラれた、というところを。
「随分と愉快なお話をしていたようだけど……」
笑顔でこちらに近付いてくる。本音を言えば今すぐにでも逃げ出したいところだが、逃げれば余計酷いことになりそうだったので逃げれなかった。
「――――――――舐めてると、爆破させるわよ」
擦れ違いざま、丈の耳元でレベッカが言う。
ドスの聞いた低い声にあわやそのまま膝が地面に付きそうになってしまう。それでもなけなしのプライドで持ち堪える。女を怒らせると恐い。ここに来て再確認することになったようだ。
「やれやれ、どうも君には女難の相が出ているようだ」
「気づくの遅いって」
もっと早く教えてくれたならば対策もとれたものを。
相手のデッキへの対策は十分でも、自分の運勢に対する対策は不十分であった。つまりはそういうことか。天を仰ぎながら、丈は何度目になるか分からない溜息をついた。