「宍戸丈ですね。私はパンドラ、ブラック・マジシャン使いのパンドラ。暫しお相手させて頂きますよ」
血のように赤いシルクハットを被った血のように紅いタキシードを着こんだ男。その姿は一目で゛奇術師゛を連想させる。男の面貌を覆い隠すのは緑と薄緑色が縦並びに縞模様を描いている
仮面は男の素顔のみならず男の内面まで深く隠しているようでいて、全体的に掴みどころのない雰囲気を纏っている。
しかし奇術師から絶対的に隠しようもないほど溢れ出ているこれは゛絶望゛だろうか。抗えず抜け出せぬ絶望を滲ませ、真紅にその四肢を包んだ姿は
奇術師パンドラが剣とするのは丈と同じタイプの最初期型のデュエルディスクだった。
仮面の奥から垣間見える眼光は観察するように丈を伺っている。
「……パンドラ」
知らぬ筈がない。奇術師パンドラ。キング・オブ・デュエリスト武藤遊戯と同じブラック・マジシャン使いのデュエリストにして、嘗てのグールズでのナンバーツーレアハンターの地位にいた人物。
その実力は確かなもので奇術師らしい
だが強いだけではない。敗者には電動ノコギリに足を切断され死ぬペナルティが与えられるデスマッチを挑んでいたことからも相当の危険人物だ。
丈は気付かれないように足元を確認する。武藤遊戯がやられたように足が拘束されてのデスマッチなどは丈としても御免蒙りたい所だ。
(爆弾とかの仕掛けは、ないか。だけど油断できない。パンドラは奇術師の格好をしているだけの似非じゃない。デュエリストじゃなくて奇術師としても一級の実力者だったはず)
拙い知識を掘り起こしつつ警戒を強めた。
相手はあのリシドに次いでレアハンターナンバーツーとまで呼ばれたデュエリスト。警戒し過ぎるということはない。
「ふふふふふ。おやおや怯えているのですか? どうぞご安心を。奇術師としては失格でしょうが、今回は私もなんら特別な仕掛けは施してはいないですとも。私はただ貴方と正々堂々デュエルをするためにここに立っているのです」
「……デュエルを」
「Yes。ではご確認を。私のデュエルディスクが見えますか? 私のライフは初期値である4000。このデュエルディスクは屋上の電子ロックと同調していて、ライフが0になった時、ロックの一つは解除される」
「ロックの、一つ?」
まるでロックが一つだけではないと言うような口ぶりだ。
「左様です。今頃あなたの御友人のところにも私の同業者が向かっているでしょう。そして私のデュエルディスクに仕掛けられているのと同様のトリックが仕込まれている。
理解できましたか? 私は奇術師にして、司会進行役にして扉の番人その一人。このビルという監獄、外へ出すことを許さぬ檻の中からの脱出ショー。それを行うのは私ではなく貴方なのです。貴方と貴方達二人なのです。
しかしご注意を。仮に貴方が私を倒したとしても、ロックは開かない。貴方と御友人たちの全員が私達を倒さない限り貴方達は勝利とはならないのです」
「そうか」
色々言いたいことはあるが、ここは呑み込む。
事情は大まかに理解した。要するに屋上へ出て邪神のカードを取り返すにはパンドラ含めた三人のデュエリストを倒さなければならない。そしてパンドラ以外の二人は亮と吹雪のところへ其々向かっている。
ならば丈のやることはシンプルである。
ただ目の前にいるパンドラを倒すだけでいい。それだけでロックは解除されるだろう。他のロックはあの二人がなんとかしてくれるだろう。
自分は自分のデュエルをやればいいだけだ。
「――迷いがない顔だ。実に懐かしい。友人達の勝利を欠片も疑っていなければそんな顔を浮かべることはできない。嗚呼、貴方は素晴らしいデュエリストで良識的かつ優しい人格者なのでしょう。
だからこそ私はたまらなく貴方を負かしたい。この私のデュエルでその気高い心を踏み躙りたくて仕方がない」
行き場のない憎悪がパンドラの中で荒れ狂う。その狂おしいまでの憎悪はパンドラの正面にいる丈に降り注いだ。
「くっ……!」
遣る瀬無い怒りの嵐に鳥肌がたった。
丈にはパンドラのその狂いの源泉など分かる筈もない。どれだけ知識として知っていようと、それは所詮ただの知識だ。本当にその人間を知っているわけではない。
故にパンドラが何故それほどの憎悪を自分に向けてくるのかもまるで分からなかった。
丈は言葉をかけようとはしなかった。パンドラはデュエルディスクを構えている。ならば丈が語るべきは口ではなくカードをもってだ。
「「デュエル!」」
宍戸丈 LP4000 手札5枚
場
パンドラ LP4000 手札5枚
場 無し
パンドラがデッキをシャッフルしてデュエルディスクにセットする。原作でそうだったようにショットガンシャッフルをするのではなく、普通のシャッフルだった。
彼が普通にシャッフルしたのはカードを傷めないためか、ただ単に机の上でするのが面倒だったか、それとも特に理由はないのか。丈としては一番最初のものであって欲しいところだ。
「ふふふ。先行は
パンドラが表面上だけにこやかに笑いながら先を促した。
その誘いにのる。パンドラの態度は不気味であるが丈のデッキは先行の方が有利に動くことができる。相手が不気味だからといって億することはできなかった。
「それじゃ遠慮なく。俺のターン、ドロー」
初期手札はそれなりだ。
敵であるパンドラはブラック・マジシャン使いのデュエリスト。もし彼が自らのエースを変更していないのであれば、やはり今回もブラック・マジシャンを中心としたデッキを構築しているだろう。
デッキもブラック・マジシャンを召喚することに尖らせているはずだ。
(ブラック・マジシャンの攻撃力は2500。……デュエルだとここが一定のラインになるな)
先行というのは相手の場と墓地にカードが一枚もないので最も安心して展開することが出来る貴重なターンだ。警戒するのは手札誘発のカードだけでいい。
流石に先行ワンターンキルを狙うことは出来ない初手だが、これならそこそこ良い展開ができるだろう。
「俺はE-エマージェンシーコール -を発動。デッキよりエアーマンを手札に加える。そしてエアーマンを攻撃表示で召喚。エアーマンのモンスター効果、デッキよりE・HEROオーシャンを手札に加える」
【E・HEROエアーマン】
風属性 ☆4 戦士族
攻撃力1800
守備力300
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカード以外の
「HERO」と名のついたモンスターの数まで、
フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついた
モンスター1体を手札に加える。
【E-エマージェンシーコール -】
通常魔法カード
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
デッキ圧縮とモンスターの召喚。その両方をこなすことができた。そしてオーシャンが手札にいることにより、エアーマンを再利用する手だてもある。
後続用のモンスターまで手札に加えつつ、時に魔法・罠カードを破壊することもできる。この利便性がエアーマンの強みだった。
特にモンスターを手札に加えることが出来る効果は大きい。なにせこのカードと融合の魔法カードさえあれば、属性融合ならばどのモンスターになるも自由自在となるのだから。
ただ今は融合をする時ではない。攻撃できない先行で大量展開して次のターンでブラックホールでもやられたら目も当てられない。
相手が相手というのもある。ここは抑え目でいくべきだろう。
「俺はカードを一枚セットしてターンエンド」
「HEROですか。……
私のターン。ドローカード! モンスターをセット、リバースカードを二枚セット。ターンエンド。どうです? これだけの見えないリバースカード。貴方には攻撃する勇気がありますか?」
こちらの攻撃を誘うようにパンドラが挑発してくる。
本当に罠が仕掛けられているのか、ただのブラフなのか態度から察することはできない。表情を伺うことも仮面のせいで不可能だ。
なるほど。カードゲームの場合だと仮面をつけるというのは戦術的にもそれなりの効果があるらしい。
「攻撃するか、か。確かにリバースカードはちょっと怖い」
丈だって今までリバースカードに痛い目に合わされた事はある。確実に勝ったと思ったらリバースカードが『魔法の筒』で盤上では圧倒していたのに負けた、なんてことは数えきれないほどある。
「けど」
だがリバースカードが恐いなら取り除けばいいだけだ。
「そっちのターンのエンドフェイズ時、リバースカードオープン。サイクロン! 左のリバースカードを破壊する!」
セットした速攻魔法と罠カードはセットしたターンに発動することができない。よってサイクロンにチェーンすることもできずにリバースカードは破壊された。
「破壊したのはミラーフォースか。危ない危ない。迂闊に攻撃したら全滅していたよ」
最初期からある伝統的罠カードにしてトラップの代名詞ミラーフォース。このカードに何度、煮え湯を飲まされたか。
モンスターを大量展開する場合、警戒しなくてはならないトラップの一つだ。ここで破壊できたのは僥倖である。
ただ不気味なのはミラーフォースを破壊されたパンドラになんら焦りの色が見当たらない事だろうか。もしかしたら残ったもう一枚も厄介な罠なのかもしれない。
「俺のターン……ドロー」
とはいえこのまま何もせずではブラック・マジシャンを召喚され押し切られてしまう可能性もある。
完全に大攻勢をかけるのはリスクが高い。デュエリストならリスクを承知で踏み込まねばならない場面もあるが、それは常ではない。時にリスクを回避する慎重さも必要だ。
ここは少しだけ臆して攻める。
「魔法カード発動、融合! 手札のE・HEROザ・ヒートとフィールドのエアーマンを融合。現れろ炎のHERO。E・HEROノヴァマスター!」
【E・HEROノヴァマスター】
炎属性 ☆8 戦士族
攻撃力2600
守備力2100
「E・HERO」と名のついたモンスター+炎属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
全身から紅蓮の炎を発生させた戦士がフィールドに降り立った。ノヴァマスターの攻撃力は2600。ブラック・マジシャンの2500よりも上だ。
勿論攻撃力が100上なだけで安心することはできない。パンドラとてブラック・マジシャンの攻撃力を上げるカードや除去カードを投入しているだろう。
それでもブラック・マジシャンを召喚しても、それだけでは戦闘破壊できないというのは価値がある。
「ノヴァマスターでセットモンスターを攻撃、バーニング・ダスト!」
ノヴァマスターが炎を纏った腕でセットモンスターを殴りつけて破壊した。罠カードは攻撃誘発の物ではなかったようで発動していなかった。
しかしセットされていたのは墓守の偵察者。
【墓守の偵察者】
闇属性 ☆4 魔法使い族
攻撃力1200
守備力2000
リバース:自分のデッキから攻撃力1500以下の「墓守の」と名のついた
モンスター1体を特殊召喚する。
「墓守の偵察者のリバース効果。デッキより墓守の偵察者を守備表示で特殊召喚」
「だがノヴァマスターのモンスター効果も発動する。相手モンスターを戦闘破壊したことでカードを一枚ドローする。モンスターとカードをセットしてターンエンド」
「私のターン、ドロー。……いいカードを引きました。強欲な壺で二枚ドロー。そして墓守の偵察者を生贄に捧げ、邪帝ガイウスを攻撃表示で召喚」
【邪帝ガイウス】
闇属性 ☆6 悪魔族
攻撃力2400
守備力1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
全身を闇のような黒で染め上げた帝王がフィールドに出現する。
ブラック・マジシャンデッキだと思っていたが、まさか邪帝なんてものを投入しているとは。邪帝ガイウス、フィールドに存在するカードを破壊ではなく除外できる効果をもった強力なカードだ。
帝は等しく生贄召喚に成功した時に効果を発揮するモンスター群であるが、特に風帝ライザーと並び最強の帝とされるのが邪帝ガイウスだ。
除外効果は強制のため、フィールドのカードがガイウスだけの場合はガイウスを除外しなくてはならないのだが、それにしたって相手ライフに1000ダメージを与えることはできる。除外効果とバーン。ライフが4000であるとこれほど恐ろしいモンスターもそうはないだろう。
「ガイウスのモンスター効果、君の場にいるノヴァマスターを除外して貰いますよ……」
「させない。カウンター罠、天罰! 手札を一枚捨ててモンスター効果を無効にして破壊する」
【天罰】
カウンター罠カード
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。
効果を発動するガイウスに落雷がおちてきて破壊した。
闇の飲まれそうになっていたノヴァマスターも解放される。
「ガイウスが破壊されてしまいましたか。仕方ありません。では目障りなHEROには強引な手法で退場して頂きましょう。魔法カード、地砕き」
【地砕き】
通常魔法カード
相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。
闇の飲まれるのから免れたのも束の間。不可視の圧力がノヴァマスターの体を粉々に砕いて破壊してしまう。
「ターンエンドです」
とはいえこれで仕切り直し。デュエルはまだ始まったばかりだ。
宍戸丈「今日の最強カードはE・HEROノヴァマスター!」
パンドラ「ではなく邪帝ガイウスです」
宍戸丈「んなっ!」
パンドラ「生贄召喚に成功した時、フィールド上にあるカードを一枚除外する効果をもっています。そして除外したのが闇属性モンスターだった場合、更に相手ライフに1000ポイントのダメージを与えることも出来る。このカード自身も闇属性モンスターなので相手ライフが1000以下であれば、このカードの召喚に成功するだけで自分の勝利を決定的にできるでしょう」
カイザー「帝をメインに据えたデッキには黄泉帝や次元帝などがある。特に次元帝は事故率は高いが上手く嵌まれば現環境でも互角以上に戦うことができるだろう」
吹雪「帝をメインにしないデッキでも邪帝ガイウスは汎用性の高いカードだから隠し味に一枚混ぜるのもいいね」
宍戸丈「……主人公なのに、この扱いはなんなんだろう…………」