宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第62話  復讐者

 丈が屋上への扉に戻った時、そこには既に亮と吹雪が待っていた。

 二人から漂うのは戦いを終えた戦士の臭い。どうやら二人もデュエルでグールズの刺客を倒したようだ。

 

「遅かったね丈。やっぱり君の方もレアハンターに?」

 

 吹雪は特に消耗した様子もなく柔和に笑い掛けてくる。

 やっぱり、と切り出したところを見るにパンドラの言っていた事は本当だったのだろう。

 

「ああ。吹雪たちもか?」

 

「うん。驚き桃の木、伝説のカード。エクゾディアを使うデュエリストで手古摺ったよ。なにせエクゾディアデッキは他のデッキとは気色が違うからね」

 

 五枚揃えば勝利となる最も古くからあるレアカードの一組。

 デッキには攻撃力を駆使して敵のライフを0にするビートダウン、効果ダメージを駆使するバーン、デッキを0枚にするデッキ破壊などのタイプがあるが、エクゾディアはそのどれにも該当しない特殊勝利タイプのカードだ。

 しかし伝説のレアカードに名を連ねるだけありエクゾディアのパーツ一枚一枚が非常に希少かつ高価で、実際に揃えるのはカードマニアの富豪といえど難しい。

 特殊勝利カードは他に幾つか種類があるのだが、希少性と知名度ならエクゾディアが断トツだろう。だがその特殊性故にエクゾディアデッキと戦った経験があるデュエリストは少ない。

 吹雪からしたら慣れないデッキの回し方をする相手だ。苦労したことだろう。

 

「そういうお前はどういう相手と戦ったんだ?」

 

 亮が聞いてくる。相変わらずデュエルが関わると食いつきが違う。

 

「ブラック・マジシャン使いだよ。……かなり、強かった」

 

 今回は丈が勝ったがそれだって運が良かっただけだ。あそこで手札にカオス・ソルジャーがなければ負けていたのは丈だっただろう。

 

「ブラック・マジシャン使い。お前はI2カップでもブラック・マジシャン・ガールを使う相手と戦っていたし、なにか縁でもあるのかもな」

 

「……そうか? ちなみに亮の相手は?」

 

「インヴェルズという最新のカードを駆使する相手だったよ。中々のタクティクスを持つ相手でつい俺も熱くなってしまってな。楽しませて貰ったよ」

 

 嘗てデュエルモンスターズ界の裏側に君臨した組織というのは伊達ではないということか。インヴェルズ、そんな最新カテゴリーのカードをデッキが組めるまで収集しているとは。

 だからこそ危険である。

 グールズに奪われた邪神イレイザーのカード。だがグールズは既にもう二枚の邪神を手中に収めているという。

 三幻神と対を為す三邪神を全てグールズが手中に収める。そんなことになればデュエルモンスターズ界全体が……否、世界中に多大なる影響を与えることになるだろう。

 それだけは阻止しなくてはならない。

 

「いくぞ」

 

 亮が屋上へ続くドアへ手をかける。

 刺客だった三人のライフを0にしてロックが解除されたのだろう。扉はなんの抵抗もなく開いた。屋上への階段を一気に駆け上がると、この建物に入ってそう時間は経過していないはずだというのに随分と懐かしい外の空気が肌を撫でる。

 

「――――――なんだ? あの三人、やられっちまったのか」

 

 屋上には沈みゆく太陽を眺めながら、黒いローブですっぽりと体を包んだ男が佇んでいた。

 息をのむ。男の背中からは歴戦のデュエリストだけが纏うことを許される威厳のようなものが醸し出されていた。グールズでもかなりの実力者であろう三人に対して、そんな風な口を聞ける人物。恐らく彼こそネオ・グールズのボス。

 男の腕に装着されているのは通常のそれとは異なる真っ黒のデュエルディスク。 

 聞いた事がある。あれはブラック・デュエルディスク。カード・プロフェッサーの頂点たる証だ。

 

「念のため確認しよう。邪神のカードを奪ったのはお前か?」

 

 亮が一歩前に出て男に言った。男はくつくつと笑いながら、ゆっくりと勿体ぶった動作で振り返る。

 男の表情はローブのせいで見えない。だが口元が三日月に歪んでいたのだけは見てとることができた。

 

「ククククッ。I2カップのダークホース三人組は随分と威勢が良いじゃねえか。テメエの質問に対する答えは……こいつだっ!」

 

「!」

 

 男が懐から取り出したのは見間違うはずもない。今日ペガサス会長に見せられ、奪われてしまった邪神イレイザーのカードだ。

 コピーではないだろう。邪神イレイザーのカードから感じられる途方もないエネルギー。あれはコピーに出せるものではない。正真正銘本物の邪神、神のカードだ。

 

「改めて言う。そのカードを返すんだ。そのカードはお前のものじゃない」

 

帝王(カイザー)なんて呼ばれて調子乗ってんじゃねえか餓鬼。なんで俺様がテメエなんぞの指図にへーこらするんだ」

 

 ある意味、予想通りの返答だ。返せと言われて素直に返すほど殊勝な人間なら、そもそもグールズなんて組織のボスなどやりはしないだろう。

 丈はデュエルディスクに目を落とす。やはり最後はこれに頼るしかないのだろうか。

 

「……ん」

 

 丈がデュエルディスクを構えたのを見咎めた男がその笑みを深くする。

 

「なんだテメエ等。まさか俺にデュエルを挑むつもりか?」

 

「君がカードを返さないなら、そうするしかないね」

 

 吹雪はいつもの陽気さを捨て、吹雪という名に違わぬ冷たい視線を向ける。

 その立ち振る舞いはまるで油断なく、いつでもデュエルをすることができる体勢をとっていた。

 

「無知ってやつは悲しいなぁ。これから自分達が進む道が断崖絶壁とも知らずに進んじまうんだからな。ここに来ってことは口だけのエクゾディア野郎や人形、あとあの奇術師気取りを潰してきたんだろうが……あんな裏でコソコソ生きるしか能のねえ奴等と俺を一緒にするんじゃねえぞ」

 

 その時、風が吹きすさび男の被っていたフードが剥がれる。

 露わになるのは伸ばしたままにされたブロンドの髪と猛禽類の如くギラついた目。伸ばしたままの髪や獣染みた眼光と合わさり獅子のような雰囲気をもつ男だった。

 

「そ、そんな……まさかっ!」

 

 男の顔を見て一番早く反応したのは吹雪だった。

 

「昔の映像で……何度も見た事がある。君は……いや貴方はバンデット・キース!」

 

「バンデット・キースだって!?」

 

 あの亮ですら驚きから声をあげる。かくいう丈も目が見開いて戻らなかった。バンデット・キースなんて大物が出てくるなんて完全に埒外の極みだった。

 バンデット・キースは嘗てデュエルモンスターズ最初期に全米チャンピオンとしてその名を轟かせたカリスマ・デュエリストだ。

 単純な年季ということならば伝説のデュエリストたる武藤遊戯や海馬瀬人の上をいく。いやその偉業というところに目を向けてもそう劣るものではないだろう。

 元全米チャンピオンという略歴は丈がI2カップで戦ったレベッカとも共通するが、そのネーミングと偉業の数々は比べものにならない。

 大会での不敗伝説、決勝戦でのワンターンキルなどその戦績は今をもって尚、多くのデュエルファンの脳裏に焼き付いている。

 バンデット(盗賊)という異名は彼が多くの大会に出場しては賞金を荒稼ぎしてきたことからつけられたもので、彼が稼いだ賞金総額は一億とも十億とも言われている。

 デュエルモンスターズの創造主ペガサスと共に当時のアメリカのデュエリストレベルにまで影響を与えていたカリスマ、それがバンデット・キースなのだ。

 彼とペガサスが表舞台から姿を消した後、アメリカのデュエルレベルは一気に落ち込んだという。

 現代ではデュエルモンスターズも世代交代が進んでいき、若いデュエリストには彼について知らない人間も増えているが、デュエルアカデミアに通うくらいのデュエリストなら誰でも知っているような大物だ。

 

「貴方の話は俺の師……鮫島師範からも聞いていた。しかし、まさか」

 

「鮫島? あぁ。サイバー・ドラゴン使うあのハゲ野郎か。一度ニューヨークリーグで戦ったんだがな、2ターンで完封してやったよ。師匠の仇でもとるつもりか? カイザーさんよ」

 

「……仇、というわけではないが聞かせて欲しい。どうして貴方ほどのデュエリストがグールズになど」

 

「はっ! どうしてか、だって! 決まってるだろうが。あの野郎、ペガサスに復讐する為だよ!」

 

 復讐と言われ丈の脳裏にはある事件が思い浮かんだ。

 カリスマデュエリストとして頂点を極めたキースだが、そんな彼を転落させた契機となったデュエル。

 デュエルモンスターズの本場、ニューヨークのデュエルスタジアムで行われたペガサス・J・クロフォードとキース・ハワードの宿命の対決。

 全米チャンピオンVSデュエルモンスターズ創造主の対戦カードは正に世界中の人々が一度は思い浮かべた最高の組み合わせであり、全米……否、全世界が注目した一騎打ちだった。キースからしたら自分のデュエリストとしてのロードの集大成とすらいえた戦いであり、人生を懸けた一戦だった。

 しかし対戦相手であるペガサスは、自らは戦わず観戦にきていた初心者の少年トムにデュエルを行わせるという異例の行動に出る。

 無論キースはそのことに怒りを露わにしたが、ペガサスが頑として態度をかえないことから、ペガサスを引きずり出す前哨戦のつもりでデュエルを行い――――――そのデュエルにて敗北してしまった。

 キースに残ったのは初心者に負けた全米チャンピオンという不名誉な称号だけ。世間はペガサスが千年アイテムの一つ、千年眼の所有者でその力を使いあのデュエルを演出したことなど知る由もない。

 この敗北シーンをペガサス会長はデュエルモンスターズのコマーシャルとして放映し、キースが築き上げていた名声や地位を一気に崩壊した。

 勝利者であるペガサスにとってはただの栄光のメダルの一つでしかないデュエルは、キースにとっては自らの人生を滅茶苦茶にされた一戦だったといってもいいだろう。

 

「苦労したぜ。ペガサスの野郎が隠してやがった秘蔵の邪神のデザインを盗んで、それを買収したI2社の社員に製造させんのはよ。途中で気づかれてイレイザーは奪われっちまったが、これでもう三枚の邪神が手元に揃った。

 後は直接I2社に乗り込むだけだ。ペガサスの野郎が築き上げた地位・名声・権力! その全てをこの俺様のものにする。そしてあいつを俺の味わった地獄に叩き落とす。テメエ等なんざ眼中にねえんだよ」

 

「止めるんだ! 確かにペガサス会長がお前とのデュエルでリスペクトの精神にかける行いをしたのは事実だ。だがこんなことをしたところでどうにもならない! どれだけ屈辱的な敗北だろうと、敗北したのならそれを受け入れて――――」

 

「御高説たれてんじゃねえよサイバー流の餓鬼ィ! なにが敗北の事実を受け入れろ、だ。テメエ等はあの野郎のことを随分とお高いものと見てるようだからな。真実を教えてやる。

 俺があいつに負けた屈辱のデュエル! あいつはなぁ、イカサマをしてたんだよ!」

 

「い、イカサマ!?」

 

 亮があまりにも信じられないことを言われ狼狽する。

 イカサマとはカードゲームでも恥ずべきことの一つだ。サイバー流の教えるリスペクトデュエルの精神においてもイカサマは絶対的に禁止とされている。

 常に正々堂々。ルールを守ってデュエルをする。サイバー流でなくともデュエリストなら守るべきことの一つだ。

 そんなルールを創造主であるペガサス自らが破っていたことが、一人のデュエリストとして信じられなかったのだ。

 

「ペガサス会長がそんなことをするはずが、ない」

 

 どうにか吹雪が反論するが、

 

「そりゃそうだ。世間様は俺がどれだけそう言おうとペガサスを庇うような言葉しか出ねえだろうよ! だがなあいつはイカサマをした。テメエ等もアカデミア生なら千年アイテムの噂くれえ聞いた事あるだろ?

 デュエルモンスターズの起源古代エジプトから伝わるオカルトグッズ。昔ペガサスはそのうちの一つの所有者だった。その力を使って奴はあの屈辱のデュエルで俺を負かしたってわけだ。

 ククククッ。便利だよな。ただのイカサマならばれるかもしれねえが、オカルトアイテムの力を使ったイカサマならばれる心配なんざねえからな」

 

 キースのブラック・デュエルディスクが起動する。黒い鬼気が丈たち三人を貫く。

 

「奴は千年アイテムで俺の人生を踏み躙った。だから俺は三邪神であいつの人生を踏み躙る。因果応報ってやつだ。ミサイルうたれたんなら、こっちは核ミサイルでも打ち込まねえと割に合わねえ。

 それに邪神のカードは凄ぇぜ。こうして触れてるだけでも力が湧き上がるようだ。……丁度良い。テメエ等で三邪神の実験台にしてやる」

 

「分かった」

 

 今まで黙っていた丈は静かに口を開く。

 この中で唯一前世の記憶をもつ丈は、キースの言う事が全て嘘偽りのない事実であるということが分かっていた。だからこそその上で、

 

「デュエルだ! 俺達が勝ったら三邪神を返して貰う。そして一緒にペガサス会長のところにくるんだ」

 

 キースの恨みは正当なものだ。彼が暗黒時代に転落した切欠となった一戦においてペガサス会長は反則的な行為を行い彼のデュエリストとしてのプライドを傷つけた。彼にはペガサスを恨むだけの理由と権利がある。

 だからこそ二人を会わせて話をさせなくてはならない。ただ恨むことを否定することはできないが、キースをこのまま放置しておくこともできない。

 このことはペガサス会長とキースの二人が解決するべき問題だ。

 昔とは違う今のペガサス会長ならば真摯にキースとも向かい合ってくれるだろう。それをキースが許すか許さないかはキース次第だ。

 丈が出来る事は切欠をつくるだけ。

 

「ハッ。何を言い出すかと思えば。いいぜその条件を受けてやる。俺が負けるはずがねえからな。デュエルは三対一の変則マッチ。お前等はライフを4000づつでいい。ただそれだとフェアじゃねえからな。俺はライフを三倍の12000と先行を貰うぜ」

 

「決着をつけよう!」

 

「自称伝説を倒した男の次は伝説そのものか。順調にランクアップしていくね」

 

「……師範が勝てなかった相手、こんな時だというのに未知なる強敵に俺の心臓が疼いて仕方ない」

 

――――そして、最後のデュエルが始まった。


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