宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第四章 中等部卒業
第74話  模範デュエルの相手


 デュエル・アカデミア中等部の電光掲示板の前は嘗てない喧騒だった。学年も性別も問わず多くの生徒が掲示板が見える場所に集まっている。

 これほどの喧騒は受験の合格者発表の時と今日くらいだろう。しかしこれは三年生のイベントだというのに一年生や二年生も集まっているとは先輩思いの後輩たちである。

 大ホールにある電光掲示板は合否発表以外にも定期試験の結果発表などに使われることもあるが、今回はそれらではなく『とあること』の発表のため使われていた。

 

「……うーん。三年間の集大成、どうなるかな。有終の美を飾る意味でも僕はトップがいいんだけど」

 

「去年の首席は吹雪だったからな。順番でいうなら今度は丈が主席じゃないか? 一昨年は俺が首席だったからな」

 

「だといいけど。うーん、二年連続次席の俺としては今度こそナンバーワンになりたいところだよ」

 

 丈たち三人は電光掲示板が良く見える二階の踊り場の手すりに陣取っていた。

 三人がアカデミアに入学して三年。思い返せば様々なことがあった。入学試験から始まり賞を総なめにしたジュニア大会、黒歴史であるショタコンの急襲、I2カップやネオ・グールズとの戦いは記憶に新しい。

 しかし始まりがあれば終わりがあるもの。そんな三人にも遂に中等部を卒業する時期がやってきた。電光掲示板に表示されるのは先に丈が言った通り三年間の集大成。最終学年ランキング発表のためだ。

 高等部では成績によって寮がオシリス・レッド、ラー・イエロー、オベリスク・ブルーの三つに分けられ、寮ごとの待遇がまるで違うことからも分かるようにアカデミアというのは成績重視、もっといえば実力重視の社会だ。これは孤児院出身で、血統ではなく自らの才能で世界有数の大企業である海馬コーポレーションの社長にまで上り詰めた海馬社長の影響を多く受けたものである。

 この生徒ごとの順列を明確な数字に表すシステムも海馬社長の意図があってのものだろう。

 アカデミア生からすればこのランキングが高校進級後オベリスク・ブルーかラー・イエローになるかの分水嶺なので気が気ではない。

 中等部からの進級組は最下層であるオシリス・レッドになることはないにしても、やはりエリートであるブルーになりたいというのは全学生が共通に抱く思いでもある。

 丈たち三人が生徒たちがはらはらして見守る電光掲示板をある程度余裕をもって見ていられるのは――――――三人がオベリスク・ブルーがほぼ確定している成績優秀者だからだろう。

 特待生であり実技・筆記ともにトップ3から動いたこともない三人からすれば『今度は誰が一位になるのか?』にしか関心がない。

 

「けど首席って卒業模範デュエルしなくちゃいけないからな。次席は次席でありか」

 

 毎年アカデミアでは卒業生で成績トップの生徒と、その生徒が教員または在校生から選んだ一人とデュエルをする習わしとなっている。

 模範デュエルは毎年全校生徒及び全教員が注目するデュエルなのでやるとなると責任重大だ。ナンバーワンになることに興味はあるが、最後に面倒な大仕事をするくらいなら次席でもいいかな、という思いが丈にはあった。

 

「おっ! 発表されるみたいだよ」

 

 吹雪が少しだけ身を乗り出す。丈も意識を電光掲示板に向けた。

 このランキングで自分達の強さが変動する訳でないことくらいは承知しているが、学生としてこういう順番付けはどうしても気になってしまうものだ。

 ランキングは下位から順々に表示されていきTOP10のところになると一旦止まる。

 注目のランキングは勿体ぶる。我が母校ながら芸の細かい。実にバラエティ精神溢れた電光掲示板だ。

 丈たちの眼下ではランキングで自分の名前を見つけた生徒たちの喜怒哀楽入り混じった声が響いている。悲しんでいるのは成績下位者でラー・イエローになる者で、喜んでいるのは成績上位者のブルーになる者だろう。

 一通り掲示板を確認したが宍戸丈、天上院吹雪、丸藤亮の名前はどこにもない。

 これでTOP10入り&オベリスク・ブルー入りは100%確実となった。

 一層喧騒の色が濃くなる中、十位から四位までのランキングが発表される。

 

10位:吉光誠一郎

9位:高橋秀行

8位:海野幸子

7位:マー・ン・ゾーク

6位:風見風子

5位:西野浩三

4位:十和野鞭地

 

 そして四位までにも三人の名前はなかった。この瞬間、これまでの二年間と同じように丈たち三人のTOP3入りが確定する。

 自然と三人の視線も電光掲示板に向く。

 最後のランキングが表示された。

 

1位:宍戸丈

1位:天上院吹雪

1位:丸藤亮

 

 同時に表示された三人の名前。名前の横には同じように『1位』の二文字が輝いている。

 このことが示すことは唯一つ、同着一位。

 

「今年はドローか」

 

「みたいだね」

 

 名前の右に記されている成績は三人とも満点。なるほど、満点を超える点数はない。三人が満点である以上、三人がトップになるのは至極当然といえる。

 

「というと……卒業模範デュエル、どうなるの?」

 

 丈の問いかけに吹雪と亮は困った顔をするだけだった。

 

 

 

 

 結論を言えば、卒業模範デュエルは首席である三人全員がすることとなった。これまで首席が二人以上になることはなかったので異例の処置である。

 最終ランキングだけでなくこれまでの成績も加味するという意見も教職員の中ではあったのだが、三年間の成績は亮が一位、三位、一位。吹雪が三位、一位、一位。丈が二位、二位、一位。つまり平均が同じである。そのため最終ランキング外を加味しても順列をつけることができなかったのだ。

 I2カップでのランキングを適用すればどうか、という意見はどれだけ有名な公式戦でも学外大会での成績を学校の成績に加えることは出来ないという正論の前に敗れ去った。

 しかし問題となるのは模範デュエルの相手である。

 

「吹雪は明日香とデュエルすると言っていたな」

 

 I2カップでのことでもあり、今では本名よりもカイザーという異名で呼ばれることの多い亮は廊下を歩きながら友人の顔を思い浮かべた。

 吹雪繋がりで吹雪の妹の明日香とも亮は交友がある。女性であるが吹雪の妹に恥じぬ実力をもつデュエリストで在校生ではトップクラスの実力をもつ。

 二年生の首席を模範デュエルの相手とするのがセオリーではあるが、明日香ならば実力も申し分ないだろう。生徒も職員も納得するはずだ。

 

(まぁ、あいつの場合。少しばかりシスコン気味のような気もするが……)

 

 妹について話しだしたら吹雪の弁舌は川を流れる水のように留まることがない。兄妹の仲が良好なのはいいことなのだが、妹談義に付き合わされる亮としては少しうんざりしているものだ。

 天上院兄妹について考えているとつい実家に残していた弟のことを思いだす。

 幼少期の頃はサイバー流道場で生活し、中学生になってからはアカデミアの寮に入った亮が弟と一緒にいれた時間は非常に少ない。それでも亮が弟のことを大事に思っていないということではなかった。

 

(翔は元気にやっているだろうか……?)

 

 最近は忙しく直接会うどころか電話すらしていなかった。夕方にでも一度家に電話を入れておこう。

 

「……ん? 丸藤か」

 

 廊下の突き当りに差し掛かったところで偶然一人の教員と出くわした。

 丁寧にカットされた黒い髪と鋭利な刃物のような鋭い目つき。わざと着崩したアカデミア教員の制服は本人の容貌も相まって挑発的なオーラすら纏っている。 

 主観的にも客観的にも、このデュエル・アカデミアにおいて丸藤亮は最強クラスのデュエリストだ。教職員の中でも太刀打ちできるデュエリストなど例外を除いて存在せず、互角に戦えるのは吹雪と丈だけだ。

 そして唯一の例外である教師が彼、田中先生だった。

 田中先生の本名は田中ハル。亮がアカデミアに入学するより以前、連戦連勝を重ね暴帝と怖れられたデュエリストである。

 一説によれば次期キング・オブ・デュエリストになるのではないかと噂されていたほどの腕前だったが、Sリーグで不動の頂点に君臨しているDDに挑む直前になって唐突にプロリーグから姿を消したことでも有名だ。

 無敵を誇る強さに反し相手デュエリストのプレイイングやカードを否定することが多く、社会的モラルにかけた振る舞いや黒い噂が絶えなかったことから゛暴帝゛や゛史上最低のプロデュエリスト゛として現在でも名が知られている。

 

「先生」

 

 気付けば亮は声を発していた。

 

「なんだね? 私は忙しい。用件があるなら手短に済ませてくれ」

 

「ご存知ですか。卒業模範デュエルの対戦相手は在校生の中から選ぶのがセオリーですが、条件はアカデミアに所属しているデュエリストに限ると記載されているだけです」

 

「ほう。それがどうした?」

 

「対戦相手に教職員を指名することも出来るということです」

 

 田中先生の過去の所業については亮は特に気にしていない。過去がどうだろうと今の亮にとって田中先生は口調が刺々しいものの良い授業をする先生だ。

 だからこそ気になる。

 彼ほどの実力をもつデュエリストがどうして突然プロリーグから去ってしまったのか。後一戦、DDにさえ勝てば最大の栄誉が手に入ったにも拘らずだ。

 一人のデュエリストとして、嘗てこの人が立ったプロリーグを目指す者として知りたい。どうして彼がプロリーグを去ったかを。

 だがそれだけではない。なにせ田中先生はこれまで、

 

「私と?」

 

「はい。それに先生ご自身のデッキとデュエルをしたことはありませんでしたから」

 

 これまで授業などで田中先生とデュエルする機会は多くあった。だがそのデュエルで田中先生が使用したのは授業用のデッキで、プロデュエリスト時代に使っていたデッキと戦った事は一度もない。

 一人のデュエリストとして強いデュエリストと戦いたいと思うのは本能のようなものだ。

 

「面倒な事を言う。しかしお前が私を対戦相手に選ぶと言うのなら拒否することはできないだろうな。拒絶すれば私の立場が面倒くさいことになる。厄介事を押し付けるものだ」

 

「……すみません」

 

「まぁいいだろう。もう行っていいかな。私も暇じゃないのでね」

 

 田中先生は時計を確認しながら、亮の返事もまたずに去っていってしまう。

 デュエルを職業として、デュエル一つで生きぬくプロデュエリスト。その中でもトッププロに属していた男。そんな相手と戦うと思うとらしくもなく興奮してきた。

 カイザーだのなんだのと持て囃されようと結局自分はデュエリストでしかないのだろう。

 

「楽しみにしています先生」

 

 本人は聞いてはいないだろうが、その背中に一言だけ声をかけると亮もやや速足になって逆方向に向かう。

 卒業模範デュエルのためにデッキを構築し直さなければならない。


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