第81話 入学試験
デュエル・アカデミアはデュエリストならば誰もが憧れるデュエリストの聖地だ。
伝説のデュエリスト、海馬瀬人がオーナーとして誕生したデュエル・アカデミアは毎年多くのプロデュエリスト、カードデザイナー、デュエル講師などデュエルモンスターズ界の第一線で活躍する人材を輩出しており、その輝かしい実績に比例して倍率も高い。
前年度の倍率は全国の高等学校ナンバーワンだというのだから、デュエル・アカデミアが如何に狭き門なのか分かるだろう。偏差値表でもデュエル・アカデミアは最も高い位置に記述されている。ランクとしては最下層のオシリス・レッドの学生も一般の野良デュエリストからみればエリートには違いないのだ。
そしてオーナー海馬瀬人の苗字を冠した巨大レジャー施設、海馬ランドのドームではアカデミア高等部入学試験の実技テストが行われていた。
アカデミア高等部の試験は中等部と同じく、まず筆記試験で篩いにかけられ、それを突破した者から更に実技により絞り込まれる。
この試験方法はプロデュエリスト試験とほぼ同一のものだ。プロデュエリストの育成を第一の目標と掲げるアカデミアだからこそだろう。違うところは面接試験がないことくらいだ。
またこの入学試験で優秀な成績を出した者はラー・イエロー、優秀とはいえない成績で合格した者はオシリス・レッドに配属されるので、単に合格すればそれで良いというものでもない。
そんなアカデミア高等部入学試験本部では、一つのアクシデントが発生していた。
「な、なななななな! なんということナノーネ!!」
金髪のおかっぱ頭に特徴的な語尾をつける外国人が頭を抱えて蹲る。彼はクロノス・デ・メディチ。
変な語尾と外見に目がいきがちだが、イタリアの名門メディチ家の出身で、デュエル・アカデミア実技最高責任者でもある。
そして今回の実技試験においての最高責任者でもあった。
「栄光あるアカデミア、その第一歩たる入学試験において実技試験試験官が五人も欠席するトーハ、どういうことナノーネ!」
「はぁ。どうもアカデミアからのフェリーが難破してしまったようで……。幸い全員が無事救助されましたが、試験にはこれないでしょう」
クロノスの部下で試験官の一人がしどろもどろに言う。
普段ならクロノスもいきなり事故で同僚が五人も休んだからといってとやかく言うほど心が狭い人間ではない。むしろ「お大事にナノーネ」の一言くらいは言うだろう。
けれど入学試験は『普段』ではない。五人の試験官の欠席というのはかなりの大打撃となる。
入学試験とはこれからアカデミアに入り、無限の可能性を開花していく期待の新鋭を迎える大事な行事だ。ここで失敗などすれば、全責任は最高責任者であるクロノスの両肩に降りかかるだろう。
(不味いノーネ! 入学試験失敗なんてことになったら平教諭に降格……最悪、クビ! リストーラ! マンマミーア! ヘルプミーナノーネ!)
路頭に迷い、四畳半のアパートでフリーターをしながら細々と生活している自分を想像してクロノスの顔が青くなる。
「冗談じゃないノーネ! 今年のアカデミアはただでさえ筆記試験合格者が多いノーニ、さらに五人試験官が減るなんて駄目なノーネ! 許せないノーネ!」
「けど本当にどうしますかクロノス教諭。まさか試験日を一日ずらすなんて出来ませんし……」
「むむむ……。こうなったら試験時間を予定よりも大幅延長するしかないノーネ。校長になにか言われたら、難破した船の船長に全責任を擦り付けてやるノーネ」
地味に酷いことを言いながらも、クロノスは頭の中で実技試験参加者と試験官の数と、一人あたりが試験にかかるであろう時間などを計算していく。
五人の試験官が欠席した以上、予定通りに試験を進めるのは不可能だ。予定通りでは出来ないなら、もはや予定を変更するしかない。
けれどクロノスが新たなプランを算出し終えるよりも前に、
「く、クロノス教諭! お電話です!」
「私は忙しいノーネ! 誰か他の人がかわりに電話に出ルーノ!」
「そ、それが……電話の相手は影丸理事長です……」
「の、ノーネ!?」
影丸理事長といえば、校長の鮫島よりも更に上の権力者だ。
デュエル・アカデミアのオーナーは海馬社長で、現場で学園を取り仕切っているのは鮫島校長だが、海に浮かぶ孤島にアカデミアを建造させ細かな校則などを取り決めたのは理事長の影丸である。
クロノスのようなアカデミアの教諭からすれば王様の如き人物だ。ちなみにオーナーは神。
「か、変わるノーネ!」
忙しいからといって、理事長の電話にでんわ、ではいけない。クロノスは慌てて受話器をひったくる。
「もしもーし。お電話変わりましたノーネ」
『……船が難破し試験官が足りなくなったそうだな、クロノス教諭』
「な、何故それーを!?」
地獄耳どころの話ではない。実技試験の最高責任者であるクロノスですらついさっき知ったばかりだというのに、アカデミアとは距離をおく理事長がもう情報を掴んでいるとは。
理事長恐るべしというものだろう。壁に耳あり障子に目ありとはこのことだ。
『だが試験官が足りないのなら、補充すればいい。恐らく丸藤亮、天上院吹雪、宍戸丈の三人も実技試験を見に来ているだろう。彼等を試験官としたまえ』
「せ、セニョールたちは成績最優秀の首席デスーガ、生徒であることに変わりありませンーノ! 生徒に試験官をやらせるなんて前代未聞ナノーネ!」
『世の物事は常に前代未聞から始まる。前例などなければ作ればいいのだよ……。それに彼等は若くしてI2カップの表彰台を独占し、復活したネオ・グールズを倒すほどの実力者たちだ。能力に申し分はないだろう』
「し、しかーし……」
『クロノス教諭、君は一つ思い違いをしているようだが、私は君にお願いをしているのではない。命令を、しているのだ。まぁ君が私の命令を逆らうだけの権威をもっているというのなら、どうしようと勝手だが。その時は露頭に迷う覚悟をしておくのだな……』
「モッツァレラ!?」
再びクロノスの脳裏にフラッシュバックする四畳半のアパートでひもじい暮らしをする自分。
理事長に逆らえば、その光景は現実のものとなるだろう。クロノスの決断は早かった。
「りょ、了解でスーノ! け、けど三人が断った場合は無理に強要させることはできないーの!」
『フフフフッ。彼等ならこんな面白いイベントを断りはすまいさ。なにせ……私が見出した彼と一足早くデュエルをするチャンスなのだから……』
「彼?」
『君も知っているだろう。オーストラリア・チャンピオンシップを若干13歳で制し、その後三年間王者の座に君臨し続けた天才……藤原優介だよ』
「セニョール藤原はセニョール丈たちと同じ特待生待遇のはーず! なんで彼も入学試験を受けるノーネ!?」
藤原優介はその輝かしい実績に目をつけた影丸理事長が直々にアカデミアにスカウトしたほどの人物であり、そのため中等部からの編入でないにも拘らず特例としてオベリスク・ブルーへの入寮が確約されている。
アカデミア中等部を首席で卒業した三人と同じ学費免除の特待生待遇を受けていることからも、その実力が分かるというものだ。
『出る杭は打たれるというやつだな。如何に過去の実績が輝かしくとも、やはり特別扱いというものは嫉妬を買いやすい。それを避ける為にも彼は入学試験をもって自らの力を見せて貰う必要がある……。手始めの筆記試験では全教科満点を叩きだしてくれた。私の期待通りだよ』
「い、一理あるノーネ」
藤原以外にも過去に素晴らしい戦績を収めたデュエリストは受験者の中にもいる。関西大会優勝、北海道大会準優勝などなど。彼等をさしおいて藤原を特別として扱うには、彼が編入組で最優秀の人間であるという証を見せるのが一番手っ取り早いだろう。
『では頼むぞクロノス教諭。……そうだな、君が藤原優介とアカデミア中等部首席の三人の誰かと戦わせてくれたのならば、特別ボーナスも考えておこう』
最後に見え透いた飴を残すと、理事長の電話は切れた。
デュエル・アカデミア高等部に自分達の荷物を置きブルー寮に慣れるのに丈たちは二日間かかった。
本来ならブルー寮は西洋の城みたいなところなのだが、丈たちは特待生であり特待生用の寮が別に用意されていたのだ。そこは使う生徒が丈を含め『四人』しかいないこともあり、多くのブルー生が使用する一般ブルー寮よりはこじんまりもしたものだったが、四人で使うには余りにも豪華過ぎるものだった。
四人しか使わない寮だというのにその敷地面積や大きさがイエロー寮よりも上、といえば少しはその凄まじさが伝わるだろうか。
雑魚寝すれば100人は眠れるような部屋が一人用で、TVや個人用PCやバスルームなどは当然の如く完備。世話係として家政婦が常にいて、ルームサービスを頼めば24時間ポテトでも寿司でもハンバーガーでも食べれる。
デュエルディスクなどの整備をする専用のエンジニア、専用デュエルスペースまであるというおまけつきだ。
それでも意外と短い期間で城での暮らしに慣れたのは、アカデミア中等部の最高級ホテルのような学生寮で三年間生活してきたからだろう。
普通よりランクが100は上の場所で生活していたから、ランクが300上の場所にも耐性ができている。これで普通から一気にランク300なら驚きのあまり失神したかもしれない。
とはいえ新学期が始まるまで時間がある。
高等部の学生寮に慣れた丈たちは一先ず本土へと戻ってきた。その一番の目的はデュエル・アカデミア中等部の実技試験を観戦するためである。
編入組は最初からオベリスク・ブルーに入ることはないので、同じ寮生になることはないが、これから同じ学園で共に学ぶことになるデュエリストがどんな人間なのか見ておいて損はない。
「宍戸さん、この席空けておきました。どーぞ!」
「…………あ、ああ。どうも」
入学試験会場に入るなり、ブルー生の集団が立ち上がり一番良い席を譲る。
席を譲れたことは嬉しいのであるが、何故か素直に喜べない。
「大したカリスマじゃないか、丈」
亮がくくっと笑いながらからかってくる。悔し紛れに「うるさい、なら座るな」とだけ言うと、丈は譲って貰った席に腰を落とす。
理由がどうあれ折角の行為だ。無駄にするのは宜しくない。
「可愛い子はいるかな」
吹雪は我慢せずとばかりに、女子の受験者たちの方を眺めていた。
万年頭がピンク色な吹雪にとっては可愛い女子は強いデュエリスト以上に重要なことに違いない。
「吹雪、折角来たんだから容姿だけじゃなくデュエルの腕の方も見ておけよ」
一応友人として吹雪に忠告する。
「信用ないなぁ。真の恋愛デュエリストは外面だけに囚われないものさ! 恋とデュエルは同じ、真のデュエリストは恋愛においてもデュエリストなのさ!」
「……初耳だな」
面食らったように亮は目をぱちくりしていた。恋愛はデュエルと同じというのは面白い理論だが、恋愛に関しては鈍感の極みの亮を見ていると途端にチープな嘘に聞こえてくる。
顔も良いから吹雪ほどじゃないにせよ女生徒に途轍もない人気をもつのに彼女が出来ないのも、基本的にデュエルのことばかり考えているからだろう。
ちなみに丈が彼女が出来ない理由は告白してくる相手というのが重度のドMだったり悪魔信者だったりレディースの頭だったりというのばかりなのが原因なのだが、今は特に関係ないので置いておく。
「セニョールたち、ちょっといいデスーノ?」
「く、クロノス先生?」
いきなり背後からツンツンと肩をつつかれ、振り向くと――――そこにオベリスク・ブルーの寮長でもあるクロノス先生がいた。
丈たちはアカデミアに荷物を置きに行った時に面識がある。最初はその特徴的な外観や語尾、それに薄紫色の口紅などに仰天したものだ。
「実ーは、かくかくファルコーネで試験官が五人欠席してしまったノーネ。そこーで、セニョールたちに試験官を手伝って欲しいと理事長からのお達しがあったノーネ。協力してくれたら嬉しいノーネ」
「……どうする?」
なんとなく二人の答えは分かったが、それでも念のために吹雪と亮に話を振る。
「フッ。編入組の実力を生で知れる良いチャンスじゃないか。俺はやらせて貰いますよクロノス教諭」
「やっぱりデュエルは見るより自分でやってこそだよね」
亮と吹雪はやはり受けるようだ。だとしたら丈の心も決まっていた。
「俺も、やらせて貰います」
普段からデュエルディスクとデッキを持ち歩く癖をつけておいて正解だった。急にデュエルをしなければならなくなった時にも即座に対応することができる。
丈はブラック・デュエルディスクを、亮と吹雪はアカデミアから支給されたオベリスク・ブルー用のデュエル・ディスクを装着した。
「さーて、久しぶりに暗黒界でも使うか」
「フフフッ……今宵のサイバー・ドラゴンは血に飢えている」
「折角だしI2カップ限定パックに入っていたBFっていうカテゴリーでも……」
「なにを勘違いしてるノーネ。セニョールたちが使うデッキは試験用デッキで自分のデッキじゃないノーネ」
「「「え?」」」
衝撃発言に丈たちの動きがピタリと止まる。クロノスは何を当然のことをと言わんばかりの表情で腕を組んでいた。
「そもそもセニョールたちが本気のデッキでデュエルしたりなんてしたら不合格者続出で試験どころじゃないノーネ。それじゃ任せたノーネ」
暫く三人は固まっていたが、暫くして自分のデッキでデュエル出来ない事実を受け入れると、少しだけ残念そうに試験会場へと向かった。
おい、次に藤原が出るって言ったの誰だよ……。出たのクロノス先生と第一期のラスボスだけじゃないか。
それはさておき、次こそは本当に藤原でます。こうご期待。