ノルマの50デュエルを早めに終わらせた丈は自室で新しいデッキを構築していた。
作っているデッキは当然鮫島校長からの依頼である低ステータスモンスターを中心としたデッキである。
バルバロス、The SUN、堕天使アスモディウスなど最上級モンスターを多用したデッキを愛用している丈だが、だからといって低ステータスモンスターの重要性を知らぬわけではない。確かに最上級モンスターを並べて攻撃するのは好きだが、同時に最上級モンスターを並べるには低ステータスモンスターが欠かせないことも理解している。丈のデッキからレベル・スティーラーやトークンを出現するカードを抜けばデッキのバランスは著しく悪くなるだろう。
「デッキ構築は順調か?」
今さっきノルマを終わらせたばかりの亮がドアから顔を出してきた。
丈は首だけそちらに向けると頷く。
「メインとなるカードの一枚はわりと前から使ってたし、このカードも気に入っていたからな。構築は特に問題ないよ。他の脇を固める汎用性の高いカードで足りないのは藤原が持ってたのと交換したから大丈夫だ」
「なら良かった。期限は明日だからな。俺の相手は師範だが、お前の相手は当日に発表される。……一体誰なんだろうな、対戦相手は」
「三年の藤林先輩じゃないのか? あの人、中学時代からスキルドレインでバルバロスUrとかのデメリットを打ち消してグイグイ押すデッキ使ってたしピッタリじゃないか?」
三年ともなればオベリスク・ブルー寮も高等部からの編入組と中等部からの進級組が大体1:1のバランスになっていく。中等部で良い成績を出して入学時にブルー所属だったとしても最後までそうかは分からない。過去にはブルーからレッドにまで転落し最終的に退学に至った生徒もいるという。
実力が絶対のアカデミアでは血筋も身分も関係なくデュエルの実力で全てが決定する。待遇もその後の人生も。
そんな中で藤林先輩は中等部からの進級以来三年間ずっとオベリスク・ブルーから動いた事のない先輩だ。丈も何度か中等部で戦った事がある。
「先輩を悪く言うのは忍びないが……丈。お前は一度藤林先輩とデュエルして勝ってるじゃないか。デュエルの目的を考えれば別の先輩じゃないか?」
「けど藤林先輩は三年の首席だぞ。他に強い先輩といっても――――あぁ、そうか。必ずしも同じ生徒が相手とも限らないよな。亮の相手は校長なんだし」
「生徒でないとすれば教員か。さすがに師範が二度続けてデュエルはしないだろう。そういえば確か――――」
亮は顎に手をやり考える仕草をすると、言葉を途中で区切る。
「どうした?」
「……いや、なんとなく対戦相手に予想がついた。頑張れよ、明日のデュエルは楽しみにさせて貰う。お互い勝利で終わりたいものだな」
「ちょっとストップ! 心当たりがあるなら教えてから行ってくれ!」
「俺だって師範の秘密デッキなんて見当もつかないんだ。これでお互いフェアじゃないか」
「えぇー」
「ふふふっ。俺は明日のため少し早いが休ませて貰う。それじゃあな」
バタンとドアが閉じる。亮に「薄情者!」と言うことすら丈には出来なかった。
一つ浅い溜息をつくと、デッキ構築を再開する。恐らくは明日の一度だけしか使わないデッキになるだろうが、共に戦うことになるデッキには違いない。心を込めて、どうすれば勝率を少しでも上げられるか考えながら一枚ずつカードを加えたり抜いたりしていった。
翌日、アカデミアで一番大きいデュエル場には全校生徒と教員たちが観客席に集まっていた。
ここで開かれるのは表向きには『新入生代表二名によるお披露目デュエル』ということになっているが、本当は『デュエルは高ステータスモンスターだけが強いわけではない』ということを全校生徒に示すためのデュエルだ。
予定としては最初に丈のデュエルが、その次に鮫島校長と亮のデュエルが行われることになっている。
「皆さん静粛に!」
これから始まるデュエルに興奮して、お喋りに興じていた生徒たちがマイクから響いてきた校長の言葉で口をつぐむ。
「これから新入生代表によるお披露目デュエルを行います! 最初にデュエルをしてくれるのは昨年開催されたI2カップでは見事優勝を果たし、復活したネオ・グールズ打倒に大きく貢献してくれた魔王! 宍戸丈くんです!」
巨大な魔王コールが円形の観客性中から轟いてきた。
その中を丈は苦笑いしながら歩く。こうして魔王魔王と連呼されると自分がRPGのラスボスにでもなってしまったような気分だった。
(で、肝心の俺の対戦相手は誰なのか)
丈の心の声を知ってか知らずか鮫島校長が先を続けた。
「そして宍戸くんの対戦相手は――――我が校の実技最高責任者にして若かりし頃は祖国であるイタリア・チャンピオンシップで優勝を飾ったこともあるデュエリスト、クロノス先生です!!」
歓声の中をクロノス先生が調子よく手を振りながらやってきた。照れているのか少しだけ顔が赤くなっている。
「どうもどうもナノーネ! セニョール宍戸、こういう場所でセニョールと戦うことになるとは私にとっても理解の外だったノーネ。生徒とはいーえ、セニョールは元全日本チャンプや元全米チャンプを倒しI2を制したデュエリスト。相手にとって不足はないノーネ」
「俺もですよ……。けど、成程とも思ってます」
チラリと亮たちの座っている席を見ると、亮は頷いていた。
クロノス先生が使用するデッキは『
「しかーし、栄光あるアカデミア実技最高責任者として生徒相手に負けることは許されませンーノ! セニョールに世界の広さを教えてあげルーノです!」
首からかけるようになっているアカデミア教員用デュエルディスクがONになる。
エリートデュエリスト養成校デュエル・アカデミアで実技の最高責任者に任じられるほどだ。その実力は間違いなくプロ級だろう。丈としても楽しみだ。
「「デュエル!」」
「俺の先攻、ドロー!」
丈のデッキは鮫島校長と話した通り低ステータスモンスターを中心としたデッキ。故に高レベルモンスターを並べて押していくような戦術はとれない。
低ステータスモンスターを活かすには力を最大限発揮する場所と時を用意してやらなければならない。
そしてそれらが揃った時、低ステータスモンスターは高ステータスモンスターを超えるような爆発力を生み出すのだ。
先ずは導火線を用意する。
「俺はモンスターを裏側守備表示でセット。更にリバースカードを二枚セットする。ターンエンド」
「私のターン、ドロー。セニョール宍戸、このデュエルの目的と意義については私も鮫島校長より聞き及んでいるノーネ。ですが私もデュエリスト、だからといって手加減はしないノーネ!」
「望む所です……!」
「ベネ! まずは小手調べナノーネ! 私は手札より古代の機械騎士を攻撃表示で召喚すルーノ!」
【古代の機械騎士】
地属性 ☆4 機械族
攻撃力1800
守備力500
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
古めかしい外装に覆われた機械騎士がランスを丈へ向ける。古代の機械の下級モンスターとしては1800という中々の数値をもつモンスターだ。しかもこのカードはデュアルである。
「古代の機械騎士はデュアルモンスター。その効果はこのカードが攻撃する時、ダメージステップ終了時まで相手の魔法・罠カードを封じるノーネ。もっともまだ古代の機械騎士は再度召喚していないノーデ、関係ないことでスーガ」
デュアルモンスターは再度召喚しないと効果モンスターになれないことから、初心者デュエリストには忌避されやすい。しかしフィールドと墓地では再度召喚されない限り通常モンスターとして扱われることを活かして、通常モンスターのサポートカードを受けることが出来るため非常に戦術の幅が広いモンスターだ。
初心者には分かりにくいモンスター群ではあるので玄人向けのカードといえるだろう。
「さらーに、私は手札より魔法カード発動、古代の採掘機!」
【古代の採掘機】
通常魔法カード
自分フィールド上に「アンティーク・ギア」と
名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
手札を1枚捨てて発動する事ができる。
デッキから魔法カード1枚を選択し、
自分フィールド上にセットする。
このターンこの魔法カードを使用する事はできない。
「このカードは自分フィールド上に『アンティーク・ギア』と名のつくモンスターが表側表示で存在する時、手札を一枚捨てデッキより魔法カードをセットすることが出来ルーノです! 私はフィールド魔法ゾーンにカードを一枚セットすルーノ!」
「……!」
アンティーク・ギアでフィールド魔法といえば思いつくカードは一枚。アンティーク・ギアの生け贄を軽減し尚且つ破壊された時にモンスターを特殊召喚する効果をもったカードだろう。
となればあのカードを除去するのは余り得策ではないだろう。いきなり攻撃力3000のモンスターを呼び出され押し切られかねない。
「バトル! 古代の機械騎士でセットモンスターを攻撃するノーネ! リバースカードの発動はありまスーカ?」
「ないノーネ」
「マルガリータチーズ! ベネなノーネ! だけど口調を真似しちゃ駄目なノーネ」
古代の機械騎士がランスでセットモンスターを突き刺すと、中から飛び出してきたのは三つ目のモンスター、初期から活躍するサーチカードでもあるクリッターだ。
「クリッターが墓地へ送られた時、デッキより攻撃力1500以下のモンスターを手札に加えることが出来る。俺はクリボーを手札に加える」
「クリボー? 防御を固める気なノーネ? 魔王と呼ばれるわりには消極的でスーノ。永続魔法、強欲なカケラを発動。このカードは通常のドローをする度にカウンターをのせ、二つカウンターがのった時、このカードを消すことで二枚ドローできるノーネ。私はこれでターンエンド」
「俺のターン、ドロー!」
手札にクリボーをサーチすることが出来た。これで先ずは準備が一つ完了だ。
「俺はクリボーを攻撃表示で召喚!」
「クリボーを攻撃表示でスート? ま、まさか既にあのカードを手札にもっていたノーネ!?」
「そのまさかですよ。速攻魔法、増殖を発動。場に五体のクリボートークンを出現させる」
【増殖】
速効魔法カード
自分フィールド上に表側表示で存在する「クリボー」1体を生け贄にして発動する。
「クリボートークン」(悪魔族・闇・星1・攻300/守200)を
可能な限り自分フィールド上に守備表示で特殊召喚する。
このトークンは生け贄召喚のためには生け贄にできない。
丈を守るように増殖したクリボーたちが周囲を固めた。その攻撃力は貧弱であるものの、何度となくキング・オブ・デュエリストの命を身を挺して守ってきたデュエルモンスターズのマスコット的カードである。
「ぐぬぬ! わらわらと沢山クリボーがでてきたノーネ」
「カードを二枚伏せターンエンド」
「セニョールの狙いは読めてるノーネ。クリボーまたはクリボートークンを全て破壊することで、破壊した数だけカードを撃破するカード、機雷化を使おうとしていルーノ! そのカードを使われれば私のフィールドは焼けたアツアツのピッツァのようにまっ平ら! かなり危険なことになルーノ!」
「…………」
「私のターン、ドローにょ。この瞬間、通常のドローを行ったため強欲なカケラにカウンターが一つのるノーネ。
セニョール宍戸、危険性はここで摘ませて貰うーのです! 永続魔法発動、禁止令なノーネ! このカードはカード名を一つ選択し選択したカードをプレイすることを禁じるノーネ。私の宣言するカードは機雷化! これで機雷化は発動できないノーネ!」
「くっ!」
クリボートークンを爆発させる火元である機雷化を封じられてしまった。
これで丈は禁止令を破壊しない限り機雷化を使うことは出来ない。精々手札コストとして役立てることくらいだ。
「私は前のターンに伏せたフィールド魔法、歯車街を発動するノーネ!」
【歯車街】
フィールド魔法カード
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスターを召喚する場合に
必要な生け贄を1体少なくする事ができる。
このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の手札・デッキ・墓地から
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター1体を選んで特殊召喚できる。
周囲の風景がアンティークな歯車があちこちについている街へと変化する。
絶え間なく鳴る歯車が回転する音が全てアンティーク・ギアの部品となり力となるのだろう。
「歯車街の効果、アンティーク・ギアと名のつくモンスターを召喚する場合、必要とする生け贄を一つ減らせるノーネ。つまり最上級モンスターならば一体で、上級モンスターなら生け贄なしで通常召喚できルーノ! 私は手札より古代の機械獣を攻撃表示で召喚するノーネ!」
【古代の機械獣】
地属性 ☆6 機械族
攻撃力2000
守備力2000
このカードは特殊召喚できない。
このカードが戦闘によって破壊した相手効果モンスターの効果は無効化される。
このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
古代の機械騎士と同じ系列のデザインをされたモンスターが並ぶ。本来なら六ツ星の上級モンスターだが歯車街があるため下級モンスターと同じように扱うことができるのだ。
しかも古代の機械騎士が再度召喚しないと得られない効果をこのカードは既にもっている。
「バトルフェイズ! 古代の機械獣で――――」
「ストップ。そちらがバトルフェイズになる寸前に俺はこのカードを発動する。罠カード、威嚇する咆哮。このターン、相手は攻撃宣言をすることが出来ない」
「むむむっ。私はカードを一枚伏せターンエンドするノーネ」
「俺のターンだ、ドロー。俺はフィールドのクリボートークンを全て攻撃表示に変更」
「なななな、なんなノーネ!? 弱小トークンを全部攻撃表示にするナード、血迷ったのでスーカ!?」
「弱小? それはどうかな。俺は伏せていたリバースカード、暴走闘君を発動。それにチェーンして二枚目の暴走闘君も発動する」
「モッツァレラ!?」
【暴走闘君】
永続罠カード
このカードがフィールド上に存在する限り、
攻撃表示で存在するトークンの攻撃力は1000ポイントアップし、
戦闘では破壊されない。
クリボートークンたちが身を震わせると、その体が二倍に膨れ上がった。大きくなったクリボーは威嚇するように鋭い目を古代の機械たちに送る。
『クリクリクリクリクリクリクリクリ~~~~!』
塵も積もれば山となる。けれどもし一つ一つの塵が石にまで膨れ上がれば、それが積もった時なにが起きるのか。
クリボーたちは鳴き声をあげながらその答えをこのデュエルを見守る全員に示していた。
「暴走闘君、このカードがフィールド上に存在する限り攻撃表示で存在するトークンは攻撃力を1000ポイント上昇させバトルでは破壊されなくなる」
「発動した暴走闘君は二枚。それにクリボーが五体……ということは、攻撃力2300のモンスターが五体でスート!? 信じられないノーネ!」
「バトルフェイズ、いけクリボートークンたち!」
クリボートークンの突進が古代の機械獣と古代の機械騎士を撃破する。しかし、
「三体目のクリボートークンの攻撃に対しトラップ発動、ドレイン・シールド! 相手モンスターの攻撃を無効にしその攻撃力だけライフを回復するノーネ」
「だがまだ二体のクリボートークンが残ってる。やれ!」
「ふんぬがぁ!」
クリボーの突進がクロノス先生の股間と顔面を強打する。……如何にソリッドビジョンとはいえ、あれは痛い。女性には決して分からぬ男の痛みだ。
ともあれクロノス先生のライフはクリボーたちの総攻撃で900。流石に削りきることは出来なかったが十分の戦果だ。
「なるほーど。セニョール宍戸、あなたの新たに構築したデッキとは」
「はい。クリボーデッキ、それが俺の作ったデッキの正体ですよ」
キング・オブ・デュエリストが愛用した弱小モンスター、クリボー。
ステータスが全てでないことを示すには正に最高のモンスターだ。