カードショップの一件以来、レイの両親に頼まれて偶にレイの面倒を見るようになった。
レイの両親によると、レイはいつもこっそり黙ってカードショップに行っては、顔も知らない誰かと頻繁にデュエルをしているらしい。この世界ではデュエル=コミュニケーションというような方程式はあるにはあるが、まだ五歳の女の子が見知らぬ相手とデュエルというのは親からすれば心配なのだろう。
そこでレイの両親達はレイと面識もあり、信用も出来る丈と亮にカードショップへ連れて行くのと頼んだという訳である。
今日もレイと一緒にカードショップでデュエルをしたのだが、
丸藤亮 LP4000 手札三枚
場 無し
伏せカード0枚
早乙女レイ LP300 手札0枚
場 サイバー・ツイン・ドラゴン、恋する乙女
伏せカード0枚
魔法 キューピット・キス
レイのフィールドには一定条件が揃えば相手モンスターのコントロールを奪う事が出来る恋する乙女。そして恋する乙女の効果によりコントロールを奪ったサイバー・ツイン・ドラゴンがいる。
対する亮のフィールドはゼロ。
一見すると亮の不利だが、両者の表情を見比べればどちらが追いつめられているのかなど一目瞭然だった。亮のサイバー流デッキのもつ爆発的火力ならばこの状況を打開するなど一枚のカードがあれば事足りる。
「俺は手札からオーバー・ロード・フュージョン発動!」
【オーバー・ロード・フュージョン】
通常魔法カード
自分フィールド上・墓地から、
融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを
ゲームから除外し、闇属性・機械族のその融合モンスター1体を
融合召喚扱いとして融合デッキから特殊召喚する。
「カードテキストに記載された融合素材モンスターをゲームから除外、そのモンスターを素材とする闇属性機械族融合モンスターを特殊召喚する。俺は墓地のサイバー・ドラゴン、プロト・サイバー・ドラゴン、サイバー・ドラゴン・ツヴァイ、サイバー・フェニックス、サイバー・ヴァリー、サイバー・ラーヴァを除外! キメラテック・オーバー・ドラゴンを召喚っ!」
【キメラテック・オーバー・ドラゴン】
闇属性 ☆9 機械族
攻撃力?
守備力?
「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功した時、
このカード以外の自分フィールド上に存在するカードを全て墓地へ送る。
このカードの元々の攻撃力・守備力は、
このカードの融合素材としたモンスターの数×800ポイントになる。
このカードは融合素材としたモンスターの数だけ
相手モンスターを攻撃する事ができる。
「キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力・守備力は融合素材モンスターの数×800の数値となる。俺が素材としたモンスターは六体! よってキメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は4800ポイントッ!」
六つの首をもつ機械のドラゴンが嘶きながらレイを威嚇する。
光属性であるサイバー・エンドとは真逆の闇属性の融合モンスター、キメラテック・オーバー・ドラゴン。丸藤亮の奥の手。
「キメラテック・オーバー・ドラゴンで恋する乙女を攻撃、エヴォリューション・レザルト・バースト、ルォクレンダァ!」
「きゃぁあ!」
早乙女レイ LP300→0
攻撃力4800の六連続攻撃を受け元々300だったレイのライフが一気にゼロとなる。明らかにオーバーキルだった。恋する乙女は戦闘で破壊されない効果をもつ上に、攻撃表示なのでキメラテック・オーバー・ドラゴンにとっては絶好のカモである。レイのライフが8000でもこの攻撃でワンキルされていただろう。
「俺の勝ちだ、レイ」
腕を組みながら亮がそう宣言する。
一つの役目として丈は思いっきりその頭をひっぱ叩いた。頭をどつかれた亮が驚いたように振り向く。
「なにをする?」
「アホか! 相手はまだ小学生に入る前の子供だぞ! 本気で叩き潰す馬鹿がいるか!」
「し、しかし! リスペクトデュエルの精神とはデュエルの勝ち負けよりも、お互いに全力を出す事を目的とした思想。手加減を是とする思想ではない。俺はその教えの通り全力を出したまでだ」
「それでもやり過ぎだろ! キメラテック・オーバー・ドラゴンはないだろう、キメラテックは。アレは未来の闘技場でガチムチのアンチ機械族のスライム野郎にでもやってりゃいいんだよ!」
「やけに具体的な例えだな」
その時、街の中のどこかにある地下闘技場で一人のガチムチがクシャミをしたがどうでもいいことである。今後そのガチムチがどうなるかは亮がヘルカイザーになるかならないかで決まるのだろう。
「兎も角だよ。全力を出すのも良いけど……なんていうか偶には手加減も必要だと思うんだよ俺は。そりゃ普通のデュエルで全力を出すのは当たり前田の缶コーヒーとしても、入門したての入門生を全力で叩き潰す黒帯の師範とかいないだろ! …………たぶん。道場だとか良く分かんないけど。あぁつまり! 俺が言いたいのは唯一つ! 少しは手加減を覚えろ!」
「俺も出来る限りはやろうとしているんだが、デュエルディスクを構えて相手と相対すると気付けば本気を……」
「お前、絶対に教師にならない方がいいよ」
こんなのがもし仮にデュエルアカデミアの講師になりでもしたら、生徒の自信というものを根本からポッキリ折る事間違いなしだ。
鋼のメンタルをもつ生徒でなければ耐えられないだろう。
「わ、私なら大丈夫ですよ! 寧ろ亮様に本気で相手してもらえるなんて光栄です!」
レイが慌てて亮を庇う。
こういう風な気遣いをするレイを見るたび、五歳なのに随分と大人びているなと思う。五歳と言えば……春日部に住む某幼稚園児たちと同い年だ。うん、なんだか大人びていても納得である。あの五歳児を基準に考えると、多少大人びていることなど普通のことだ。
「それにボクからしたら、丈様のデュエルも亮様に負けず劣らずのような……」
「へ?」
「ボクが恋する乙女を召喚しても『禁じられた聖杯』で効果を無効にして戦闘破壊しちゃうし」
「うっ!」
「もう一体の恋する乙女を召喚しても今度は『スキルドレイン』で永続無効しちゃうし」
「ぐぐっ…」
「スキルドレインを無効にしようって神の宣告を使ったら魔宮の賄賂で無効化されちゃって、結局ボクのライフが半分になっただけで終わっちゃうし」
「ぬぬぅ!」
「どうにかモンスターに乙女カウンターを載せて、キューピット・キスを装備した恋する乙女でコントロールを奪おうとしたら、サイクロンでキューピット・キスを破壊しちゃうし」
「むむむ!」
「……寧ろ亮様よりもえげつないような」
「言い返したいけど言い返せない!」
人間、ソレが全く根拠のない出鱈目なら幾らでも自分の潔白を訴えることができる。例え口下手でも自分はそうじゃない、という気持ちさえあれば反論する気力が勝手に湧いてくるものなのだ。
だが全部が正真正銘の事実だと反論のしようがない。
レイの言っている事は事実であり、思い返せば自分のデュエルの方が年下相手にやるものではなかったかもしれなかった。
ガクッと丈は肩を落とす。認めるしかない。自分は大人気なかった。
「元気を出せ、こういう事もある」
慰めるように亮が肩に手を置いてくるが、今はその親切が辛かった。
二人には見られないように丈は一人、心の中で涙を流す。
「しかし来年には三人で此処に来ることも難しくなるな」
ふと亮がそう漏らした。
その意味が分からずキョトンとしたレイに亮が説明する。
「小学校を卒業し中学に上がれば俺はデュエルアカデミア中等部へ進学する。高等部と違い孤島に校舎がある訳ではないが、中等部も全寮制。俺は寮に入ることになる」
「亮だけに?」
「寒いぞ」
「うん、自分でもこれはないって思わったわぁ」
あっさりと亮に断言されて、再びガクッと気落ちする。
流石につまらないダジャレを挟むような空気ではなかった。KYの烙印を押されるのも嫌なので丈は口にチャックをする。
「アカデミアの寮はこの街から離れた場所にある。少なくとも電車で何十分、といえる距離ではない」
「それじゃあもう丈様や亮様と会えないんですか?」
「いや……夏休みのような長期休暇には実家に帰れる。逆を言えば俺が家に帰ってくるのはその時くらいだ。他の日はアカデミアで過ごすことになるだろうな」
「…そう、なんですか……。それじゃあ私も一緒にアカデミアを受験します!」
「無茶を言うな。アカデミアには形式上、飛び級制もあるにはあるが流石に五歳児は入学させられないだろう」
「うぅ……」
レイは瞳に涙を溜めながら俯き、ギュっと服の裾を掴む。涙を溜めこそすれ流すまいと強く思っているのだろう。本当に大人びた少女だ。未来で年齢を偽ってまでアカデミアに単身乗り込んでくるだけある。そのガッツはある意味尊敬にすら値する。
しかしこのままだと本気でレイが泣き出しそうなのでフォローに入る事にした。カードショップのど真ん中で子供を泣かしたと思われたら白い眼で見られ気まずくなること必至である。それは避けたい。
「ほらほら泣くなって。これ上げるからさ」
丈はカードの束から適当なものを選んで取り出す。
「これは?」
「俺、四枚持ってるからな。これを亮の変わりだと思ってくれ。草葉の陰からあいつも見守ってくれるさ」
「俺は死んでないぞ」
亮のツッコミはスルーだ。
レイに渡したのは堕天使ディザイア。丈のデッキに入っている堕天使アスモディウスと同じ闇属性天使族モンスターである。
【堕天使ディザイア】
闇属性 ☆10 天使族
攻撃力3000
守備力2800
このカードは特殊召喚できない。
このカードは天使族モンスター1体を
リリースしてアドバンス召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に
このカードの攻撃力を1000ポイントダウンし、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。
「気が向いたら使ってくれ。特殊召喚出来ないのは痛いけど、その代わり生贄にするのが天使族なら一体分の生贄で召喚出来るモンスターだ。効果は破壊じゃなくて墓地へ送るだから、破壊されない耐性を持つモンスターだって恐くないし破壊が起動条件になるモンスター効果だって無意味にできる」
「いいの、こんな強いカード?」
「いいよいいよ。俺のデッキには入らないし」
冥界の宝札は二体以上の生贄を必要とする生贄召喚に成功した時のみ起動する永続魔法。堕天使ディザイアの生贄を軽減する能力は丈のデッキにとっては相性が悪い。わざわざそんなモンスターを使うなら、生贄二体で召喚できる強力な最上級モンスターは他にもいる。
「うん、ありがとう! 大切にするね!」
喜んでくれたようで何よりだ。
カードを貰った喜びでレイの涙も引っ込んだようなので万々歳である。丈も子供を泣かすのは辛い。
時間も時間だったので、その日はそれで解散ということになった。
丈は亮と一緒にレイを家まで送ってから帰り道を二人で歩く。日も沈みかけ空は真っ赤に染まっている。夏はこの時間でもまだまだお日様は元気に営業中だったのだが、冬になればお日様もさぼりがちになり、早く沈んでしまう。
「そういえば丈、お前はどうするんだ?」
亮がおもむろにそう切り出してきた。いや、最初からこれが本題だったのだろう。もしもレイがいなければ、もっと早くこの話をしてきた筈だ。亮が何について言っているのか、大体の想像はつくが念のために聞き返す。
「どうって?」
「アカデミアだ。お前は行かないのか、アカデミアに」
「……………」
デュエルアカデミア。
武藤遊戯に次ぐほど有名な伝説のデュエリスト、海馬瀬人がオーナーを務めるデュエリスト養成校である。今までに多くのプロデュエリストやカードデザイナーなどを排出しており、その知名度は非常に高い。
その特徴はなんといってもデュエルだろう。これに尽きると言い換えてもいい。他の学校にはないデュエルという科目。国語、数学、英語などの科目も勿論あるが、それ以上に重要視させるのがデュエルモンスターズだ。
最新鋭の設備、知識、教養。優先して搬入されるパックの数々。春夏秋冬、年がら年中デュエル漬けの日々。……ここに入学した生徒は在学中、デュエルモンスターズについてのあらゆる知識を叩き込まれ、優秀な者はプロリーグへ、そうでないものにしても一流企業や大学へ其々旅立っていく。
デュエリストを目指す全ての子供が一度は夢見る場所、そこがデュエルアカデミアなのだ。
そんな学校なので倍率は非常に高い。中等部は高等部に比べればまだマシだが、それでも軽く十倍以上はある。十人に一人しか合格できない狭き門、その門を潜り抜けられた者だけがアカデミアの制服を着ることを許される。
そんな場所だが既に大人顔負けの実力をもつ亮なら確実に受かるだろう。例え原作知識がなくとも、亮ならば合格すると信じただろう。亮にはそう思わせるだけの力がある。
「倍率がどれくれいなのか知ってるのか? 落ちるかもしれないじゃないか」
「お前なら受かるさ。断言してもいい」
亮ほどのデュエリストにそう手放しに賞賛されるとこそばゆいものがある。丈は鼻の頭をポリポリと掻いて目線を逸らす。
「アカデミアかぁ」
デュエルアカデミアはアニメGXの舞台となる地だ。
丈は知っている。デュエルアカデミア高等部のある孤島で巻き起こる激戦を。セブン・スターズ、三幻魔、光の結社、異世界、ダークネス。数々の危険なこと。
それから逃げたいと、拘わりたくないと願うならデュエルアカデミアなんて行かないのが一番だ。しかしデュエルアカデミアに行かなければ、待っているのは延々と続く勉強の日々。
危険はないが勉強漬けの日々を選ぶか。危険はあるが面白い日々を選ぶか。難しい選択だ。
「どうして俺を誘ったんだ、別にお前なら一人でもやってけるだろ」
なので亮に自分なんかを誘ったその理由を聞いてみる事にした。
亮の実力は良く知っている。アニメだと最終的にヘルカイザーになったりはしたが、それでも順調にプロへの階段を昇って行った筈。亮に限って一人で行く勇気がない、なんてアホらしい理由でもないだろう。なにか特別な事情があるのかもしれない。
「そう大した理由はないさ、ただ……」
「ただ?」
「ライバルは多ければ多い方が良い。丈、俺はお前と一緒にデュエルアカデミアという新天地で実力を高め合っていきたい。どうだ、お前も一緒にアカデミアに来ないか」
「…………なぁ、今度アカデミアの過去問、コピーさせてくれよ」
「それじゃあ!」
「どうせ何があるか分からない人生だ。同じような人生のリプレイより、デュエル漬けの毎日を送った方が百倍くらいマシか!」
そう思う事にした。
勿論単純にデュエルがしたいから、というのもある。ソリッド・ビジョンを使った超リアルなデュエル。親の目なんて一切気にせず、思う存分それを楽しめるなんて最高の環境だ。しかしそれ以上に、自分もこの世界に住む一人の人間としてもっと強くなりたいと思う。人間としてもデュエリストとしても。そして強くなりたいなら亮の言う通りライバルは多い方が良い。
未来のカイザー亮、ライバルとしては破格すぎる相手だ。
丈はニヤリと笑う。亮も笑い返し不穏な言葉を告げた。
「そうと決まれば善は急げだ。本格的に試験勉強を始めるぞ。入試は二月だ」
「うわっ。それまで地獄かも」
デュエルアカデミア中等部。
アニメでは殆ど描写されなかった為、中等部がどういうものなのかは全く分からない。だがそれでもいい。何もかもが最初から既知なんていうのはつまらない。分からない事があるからこそ人生なんてものは楽しいものだ。少なくとも丈はそう考えている。
「うっし。勉強すっか」
入試まであと約三か月。
みっちりと必要な知識を叩き込んで、華麗に合格しなければなるまい。ここまで格好つけておいて不合格では格好悪すぎる。
丈は亮と一緒にアカデミアの過去問を取りに向かった。