宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第92話  アイドルカード論争

 低ステータスモンスターを中心としたデッキでデュエルをする……という企画から数日。

 ピケクラの悲劇により、尊敬していた師範のイメージを完膚なきまでにクラッシュされ一時期ヘルカイザーと化していた亮もどうにか元の調子を取り戻していた。

 今でも校長について尋ねると黄昏たように天を仰ぐが問題はないレベルだ。少なくともいきなり硬直して『俺の……敬愛したサイバー流は……』などとぶつぶつつぶやくことはもうない。

 

「でもさぁ。鮫島校長がまさかピケクラを使うなんていうのは全く予想外だったよね」

 

 吹雪がそう言いながらメイドさんの作ってくれたクッキーを撮む。

 今日のノルマを全てこなした後の23時。亮を除いた三人はロビーに集まっていた。ちなみに亮は心労のため早めに寝ている。

 

「好きなカードを使って戦う……悪いことじゃないけど、尊敬してた師匠があれじゃねえ。亮にはご愁傷様としか言いようがないな」

 

 丈はポリポリとクッキーを摘まむ。最初は貴族のような生活を許される特待生寮に面を喰らった丈だが慣れると便利なものだ。

 少しお願いするだけでこんな美味しいお夜食を作ってくれるのだから。ちなみにこのクッキー、カロリー控えめなので夜に食べても安心だ。

 

「けど強かったね校長。言動はアレだったし、亮本人がショックでペースが崩れて序盤は自分のデュエルが出来ていなかったことを鑑みても……ピケルとクランの効果を最大限活用した大量展開とロック戦術は流石だった」

 

 藤原がこの前のデュエルをそう評した。これは丈も吹雪も、今は休んでいる亮も同感だろう。

 単に強いカードを入れれば強いデッキを作るのは簡単だ。だが本当のデュエリストならば自分の好きなカードでデッキを組んで、好きなカードと一緒に強くなっていく。デュエリストならば当たり前のことだが、鮫島校長のデュエルはそれを体現したデュエルだった。

 あの亮をあそこまで追い詰めるなど並みのデュエリストに出来ることではない。

 

「〝マスター鮫島〟といったら最近復帰したバンデット・キースとも戦った事があるデュエルモンスターズ黎明期からのデュエリストだからね。サイバー流師範は伊達じゃないってことか」

 

 デュエルモンスターズの歴史は大きく三つに分けられる。

 最初にペガサス会長がデュエルモンスターズを世に送り出し爆発的ヒットした黎明期。

 黎明期はデュエルモンスターズの生みの親であるペガサス会長が不動の頂点として君臨していた時代であり、バンデッド・キースやマスター鮫島はこの頃に数多くの大会で勝利を飾り名を馳せていた。

 そして次に成長期。この年代には彼のデュエルキング武藤遊戯、海馬瀬人、城之内克也など今もなお全世界のデュエリストから畏敬の念を禁じ得ぬデュエリストとして人望を集める伝説のデュエリストが活躍した時代だ。

 デュエリスト・キングダムにおける不動の絶対者ペガサスの敗北やバトルシティトーナメントにおける三幻神の戦いなど多くの名勝負がここで行われたが、この年代が成長期とされるのにはもう一つ大きな理由がある。それが海馬コーポレーションの開発したデュエルディスクだ。

 当時ソリッドビジョンシステムは一部の店舗などに設置されているのみで、フリーでのデュエルの殆どは卓上で行われていた。それがデュエルディスクの登場により一人のデュエリストが一つのデュエルディスクをもつようになったのだ。ソリッドビジョンシステムで行われるリアリティーあるデュエルはたちまち世界中の人々を魅了し、今までデュエルに興味をもっていなかった人々や国の間でもデュエルがヒットしたのだ。

 もしも海馬コーポレーションが……いや海馬瀬人がデュエルディスクを開発していなければ、確実にデュエルは今ほど世界中で流通してはいなかっただろう。これがこの時代が〝成長期〟とされる所以だ。曖昧だったデュエルモンスターズのルールもこの辺りで整備された。

 最後に丈たちが生きる今の時代がプロリーグ黎明期。これまでデュエリストがデュエリストのまま生きるにはI2社やKC社に入るか、カード・プロフェッサーギルドに所属するか賞金稼ぎになるしかなかった。だがプロリーグの登場で新たにプロデュエリストという職業が誕生し、より高次元のデュエルがそこで行われるようになったのだ。

 プロデュエリストはたちまち世界中のデュエリストの憧れの職業となり、数多くのデュエルファンがプロリーグで行われるデュエルに熱狂していった。

 現在日本において不動の頂点に君臨し続けているデステニー・オブ・デュエリスト、カイル・ジェイブルスなどが頭角を現してきた年代でもある。

 

「ところでさ」

 

 おもむろに吹雪が切り出す。

 

「亮があんなんだから、亮がいない今に話すけどさ。丈とか藤原にはアイドルカードみたいなのはあるのかい?」

 

「……ん? どうだろ。マスコットならクリボーとレベル・スティーラーがいるけど、俺のデッキにアイドル……女性型のモンスターなんて特に入って。あ、いやサイドデッキにヘル・エンプレス・デーモンが入ってたか。

 それに前に便利だからマドルチェ・マジョレーヌを入れてたこともあったっけ」

 

 丈はデッキケースから女性型の悪魔族モンスターカードと絵本に出てくる魔女のようなモンスターカードを取り出す。

 イラストに映るヘル・エンプレス・デーモンは妖艶さを醸し出しているスタイルをしているが――――アイドルかどうかと問われれば首を傾げてしまう。ヘル・エンプレス・デーモンはアイドルというより女優の方があってるし、そもそも別に毎回デッキに投入しているわけではない。マドルチェ・マジョレーヌはアイドルカードに相応しいデザインをしているが投入率はヘル・エンプレス・デーモンよりも低い。

 毎回デッキに投入しているカードといえばカオス・ソルジャーやバルバロスはいるが完全にアイドルではない。カオス・ソルジャーなどをアイドルにしようものなら腐女子に餌を与えるだけだ。

 

「僕は――――」

 

「藤原、お前にはオネストがいるじゃないか」

 

「ち、違うよ! 流石にオネストはないから!」

 

『そんなマスター……私は常にマスターの側にいると誓ったのに……』

 

 オネストはあろうことか藤原の言葉にダメージを受けていた。

 黄金色の翼が心なしかぐったりとしおれているような気がする。

 

「いやね、オネストは男じゃないか。僕はそういう趣味はないし、そもそもオネストはアイドルじゃなくて家族みたいなものだよ」

 

『ま、マスター!』

 

 落ち込んでいたかと思えば、今度は感動で目から涙を溢れはじめた。これまで丈はオネストのことを固い人間(精霊)だと思っていたのだが意外と愉快な奴なのかもしれない。

 気を取り直して丈は吹雪に話しかける。

 

「言いだしっぺのお前はどうなんだよ。アイドルカード」

 

「僕のデッキは純ドラゴン族だからね。アイドルカードいたらBLよりアブノーマルになっちゃうよ。あれだねケモナー」

 

「…………そうか」

 

 このお調子者で騒動の火種でもある友人に新たにケモナー要素など加わってはたまったものではない。

 丈は深く追求する事を止める。

 

「失礼、ご自分にあったアイドルカードをお探しということで」

 

 三人で話していると執事の……名前を忘れた。兎に角執事さんが話しに入ってきた。

 

「それならば良い機器があります。これを」

 

 執事さんが小さなコンピューターのようなものをテーブルに置く。

 

「これは?」

 

「そのデュエリストに相応しいアイドルカードを占う機械です。使い方は単純、ご自身の名前を入力するだけです」

 

「へぇ。そんな機械があるんですか」

 

「この特待生寮にはデュエルモンスターズに関わるものであれば大抵は揃っています。用がおありでしたらいつでも仰って下さい。では」

 

 執事さんは堂にいったお辞儀をするとスマートに退室していった。丈たちの視線は自然と執事さんのおいていったコンピューターに注がれる。

 このままだんまりしていても仕方ない。丈はコホンと咳払いをすると口を開く。

 

「試してみるか。えーと、じゃあ俺からやってみるよ」

 

 キーボードを操作して名前覧に『丈』と入力した。

 するとカタカタとコンピューターが動き出して結果の書かれた紙をプリントアウトする。

 

 

『丈さんが求める真のアイドルカードは、白魔導士ピケル、または魔轟神クルスです!』

 

 

 思わずその結果を見つめて黙り込んでしまう。

 

「……ピケル、あったね」

 

「うん」

 

 今や亮にとってトラウマとなってしまっている白魔導士ピケルのカード名が結果にはのっていた。

 

「でも魔轟神クルスの方は俺のデッキに合ってるかも」

 

 クルスは手札から墓地に捨てられた時、レベル4以下の魔轟神を蘇生するモンスターだ。

 イラストこそはアイドルカードらしいものであるが、丈の暗黒界デッキとは中々と相性が良い。光属性のため闇属性の暗黒界モンスターと除外することで開闢を呼ぶコストにすることも出来る。

 

「成程ね。もしかしてこの占い結構当たるのかも。僕もやってみようかな」

 

 今度は吹雪が自分の名前を入力する。すると丈の時と同じようにコンピューターがカタカタと動き出した。

 

 

『吹雪さんが求める真のアイドルカードは、リチュア・ノエリア、または月の女戦士です!』

 

 

「吹雪のアイドルカードは二つとも気が強そうなカードだな」

 

 そういう意味では可愛い系の多かった丈とは正反対である。吹雪は喜びながら、

 

「アスリンも気が強いからね。気が強い女性は寧ろ大歓迎さ」

 

「アスリン?」

 

「ああ。藤原には言ってなかったね。僕の妹、天上院明日香だからアスリン。君さえその気なら兄としてアスリン争奪バトルに立候補することを認めようじゃないか!」

 

「……やめておくよ」

 

 苦笑いしながら藤原が拒否する。藤原は明日香との面識などないが、どれだけ明日香が魅力的な少女だろうとこの兄貴が一緒についてくるとなれば遠慮したくなるだろう。

 

「最後は藤原だな。ほら俺と吹雪もやったんだ。早くしろ」

 

「わ、分かったよ。えーと優介っと」

 

 カタカタとコンピューターが動き出した。出で来る髪に三人のみならず精霊のオネストまでが注目する。

 

 

『優介さんが求める真のアイドルカードは、リチュア・エミリア、または光神テテュスです! 』

 

 

「す、凄い! 僕がデッキに入れているカードの名前が出てきた!」

 

 藤原が驚いて声をあげる。

 リチュア・エミリアは兎も角、光神テテュスの方は藤原のデッキに入っている上級天使族モンスターの一枚だ。

 

「もう一枚の方はリチュアのカテゴリーデッキじゃないと意味がないな。もしかして藤原、リチュアデッキとも相性良いんじゃないか?」

 

「ど、どうだろ」

 

「けど丈といい僕といい藤原といい……この占いマシンの的中率は馬鹿に出来ないね。藤原なんてピンポイントで使っているカードだし。そうだ」

 

「お、おい吹雪?」

 

 吹雪が入力した名前は『亮』だ。このマシンの取扱説明書には本人が名前を入力しなければならないというルールはない。

 名前を入力されるとカタカタと紙を吐き出し始めた。

 

 

『亮さんが求める真のアイドルカードは、紅蓮の女守護兵、または黒魔導師クランです! 』

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 三人の目は一つのカード名、黒魔導師クランに釘づけとなっている。

 師範である鮫島校長が会長と務めるピケクラ愛好会の看板アイドルカードの一角。それがあろうことか亮の求める真のアイドルカードだという結果となった。

 

「この診断結果は亮には黙っておこう」

 

 吹雪の提案に全力で同意した。

 亮が求めていたアイドルカードは……紅蓮の女守護兵だけだったということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――おまけ――――

 

 

「なぁ吹雪、サイレント・マジシャンってカードあるよな」

 

「なんだい丈。サイレント・マジシャンがどうしたって?」

 

「ソリッドビジョンだとさ。攻撃力が上がるたびに成長していくじゃないか。けど……普通は途中でLV8にレベルアップさせるからそれ以上に上ってみた事ない」

 

「うんそうだね」

 

「もしだよ。LV8に進化させないでずっと成長させていったら……どうなるんだ?」

 

「それは、えーとどんどん単純に考えてどんどん成長するわけだから――――」

 

「「……………………………」」

 

「じょ、丈。この話は忘れよう!」

 

「そ、そうだな。誰もサイレント・マジシャンLV40(熟女的な意味で)とかLV64(高齢者的な意味で)とか見たくないものな!」

 

「最終的にはLV200(白骨化的な意味で)になったりして」

 

「いやLV3000(現世に残った魂的な意味で)になるかも」

 

「というかそもそもサイレント・マジシャンって五つまでしかカウンターがのらなかったような」

 

「……………………………あ」


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