ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

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師走大井の青い空に銀翼が舞う

第11レース

 確定     

XX1X

8

XX5X

1 1/2

XX4X

ハナ

XX6X

1/2

XX10X

 タイム

1:39.0

バ場稍重

 

 

 

結論から言おう。

ライトニングベルは、惨敗した。

 

 


 

――4コーナーから直線!1番のラムダが1馬身2馬身と差を広げていく!

 

――2番手5番ライトニングベルに4番テイエムストライク追いすがるが、

 

――突き抜けた!悠々と!1番ラムダ圧勝でゴールイン!

 

――右手を大きく掲げました!1番のラムダ、圧勝でジュニア級ダートの頂点へ!

 


 

 

ウィナーズサークルでは、カクテルライトに照らされたラムダが、すでに勝者の顔をしていた。

いや、最初から今日の主役は彼女と決まっていたのだろう。私たちは単なる脇役、B級映画の群衆シーンみたいなものだ。

 

 


 

 

――勝利したラムダ号のインタビューです!おめでとうございます。

「ありがとうございます。」

 

――圧勝でしたね!

「そうですね。ただここは通過点だと、先生(ヤハギ)も言っていたので…」

 

――やはり、この後のレースは国内ではなく世界でということで?

「はい、次走はサウジ、UAE、最終的には…」

 

「ケンタッキーダービーを、狙います。」

 

――では最後に、応援するファンの皆様へ何か一言。

「はい、今日いいレースができたと思います。これからは国内で走りませんが、引き続き応援よろしくお願いします。」

――以上、勝利したラムダ号のインタビューでした!

 


 

ラムダの言葉は落ち着いていて、熱狂する観客さえ置き去りにしているようだった。

彼女は国内を卒業し、次は世界を相手にする。まるで当然のように。

 

一方で、ライトニングベルは、直線を走り終えたその場で膝をつき、拳で砂を叩いていた。

一度だけ。

それは怒りというより、自分の無力さを刻みつける儀式のように見えた。

 

サンリンドーは言っていた。

「『負けたことがある』というのが、いつか大きな財産になる」

 

だが、その言葉を今のベルに投げても届くだろうか。

顔を上げた彼女の瞳は真っ赤に腫れて、涙で濡れた砂のようにきらめいていた。

 

負けは財産、なんて言葉は、勝者の安全な立場から放たれた慰めにすぎない。

少なくとも、この瞬間のライトニングベルからは、そんな未来予想図は一片も感じ取れなかった。

 


 

 

12月の終業式も終わり、学園は浮かれたクリスマス色に染まっていた。

だが、サンリンドーのチームにとって、そんな浮ついた時間は存在しなかった。

世間が恋人とイルミネーションだの、ケーキだのに気を取られている間、我々は砂を踏み締めていた。

ローレル賞以来、勝ち星から遠ざかっている――その現実が、チーム全員の背中に重しのように乗っていたからだ。

 

「負けたからって、走らなくなるわけじゃない」

そんな言葉でライトニングベルを励まし続けた。慰めというより呪文に近い。

繰り返せば繰り返すほど効能が薄れていくのが難点だが、誰かが言わなければベルは立ち上がれなかった。

 

 

今日は小向ではなく、大井へとやってきた。スクーリングという名の遠征練習だ。

全日本ジュニア優駿が終われば、ローカルシリーズの主戦場も川崎から大井へと移行する。

休日の大井は、レースの喧噪はなく、代わりに砂を蹴り上げる練習の音ばかりが広がっていた。

数日後には東京大賞典が控えているせいか、普段よりも熱気が濃い。

もっとも一流どころは千葉の合宿所にこもっているらしく、ここには姿を見せない。

――偵察のつもりが空振り、というのも大井あるあるである。

 

余談だが、このレース場では中央競バのパブリックビューイングも行われている。

ちょうど今日は中山大障害の日だった。

「ダートが二軍なら障害は三軍」などと揶揄されがちだが、熱心なファンは存在する。

そういう人々は、大井のスタンドにまで遠征して来て、大スクリーンの障害レースに息を呑んでいた。

とはいえ、明日の有馬記念のパブリックビューイングと比べたら、観客の規模は雲泥の差だ。

障害派と有馬派の温度差は、クリスマスケーキと白菜の漬物くらい違う。

 

 

「大井の1600は右回りだ。川崎は左回りだから勝手が違う」

サンリンドーが砂を踏み締めながら講義を始める。

「このカーブを見ろ。半径200メートル。川崎の狭苦しいカーブとは比べ物にならん」

「直線は川崎よりやや短い。砂は9センチの厚さで、時計がかかる。パワー勝負だ」

 

言われるがままに足を踏み込むと、確かに感触が違う。

柔らかい布団に足を取られるような、微妙に重たい沈み込み。

 

「どうだ?」

「うん、確かに川崎より重いかも」

「よし、じゃあ併せウマだ。最初は馬なりでいこう。俺はスタンドからタイムを計る」

 

 

まずはリリィと走った。

リリィが先行、私が追走。

コーナーを抜け、ゴール板で並ぶ――それだけの練習。

けれど、大井のカーブの広さ、砂の質の違いははっきりと身体に伝わってくる。

 

それでも、不思議と恐怖はなかった。

むしろ「この程度なら自分のポテンシャルで補える」と根拠のない自信が湧いた。

ゴール直前でリリィを馬なりで交わし、フィニッシュ。

 

「上がり三ハロン36秒9、ラストは11秒7か。……よし、もう一回!今度はゴール前で仕掛けろ!」

サンリンドーのメガホンが冬の空に響く。

 

二走目はライトニングベルと。

今度は私が先行、ベルが追走。

 

背中にベルの気配を感じながら走る。

先頭を走るのは、思った以上に心細い――。

先頭に立つとふわふわして走りがおぼつかないというウマ娘は多く、そのため逃げより差しや前にウマ娘を置く先行の戦術が多く取られている。

だが私は、背後から迫る鼓動を感知しながら、自分の戦法を選び取れる。

むしろ、逃げる形でも、誰かの気配を利用できる。

 

残り300メートル。仕掛ける。

横に並んだベルと視線が交わる。

瞬間、私たちの脚は一つのリズムになり、そのままゴール板を駆け抜けた。

 

「36秒5、ラストは11秒4。……うん、悪くない」

サンリンドーの声は冷静だったが、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 

 

 

コース追いを終え、汗の蒸気がまだ白く立ちのぼる頃、オジョウがゼーハー言いながら駆け寄ってきた。

どうやら今日は、彼女のヤノのチームもこちらで練習していたらしい。

 

「なぁなぁ、あーしのとこも終わったらクレープ食わね?」

「いいね」

私が即答すると、オジョウの顔が子どものように輝いた。

 

大井レース場といえばクレープ。甘さと油の誘惑は、砂の匂いを一瞬で忘れさせる。

川崎には川崎でコロッケやメンチカツといった名物がある。だが川崎トレセンでは規律維持のために生徒の買い食いはご法度だ。

――もっとも、同じものが食堂に出るので禁止されても困らないのだけれど。

 

「なぁ、ベルも行こうぜ?」

私はわざとらしく肘で突く。

「えっ……あぁ……」

ベルは曖昧に返事をした。あの大敗以降、ベルの声には覇気が宿っていない。クレープの生クリームくらいは気力を回復させるだろうか。

 

「私、にんじん一本クレープね」

リリィが当たり前のように注文する。

「おい、あのウマスタでバズってたやつ?」オジョウがすかさず乗る。

 

「負けた奴奢りでどう?」私は提案した。

「えー、ローズが勝つに決まってるじゃん! 別のルールにしようよ〜」

「うーん、じゃあ……」

 

リリィが唐突にビジョンを指差した。中山大障害のファンファーレが場内に流れている。

「アレで」

「アレって?」

「だから、1着のウマ娘…」

その言葉は私とオジョウの言葉にかき消された。

「……いや、それは……あの、アレだよ、うん」

「やめとけやめとけ」

「そうですよ」ベルまで口を揃える。

 

ションボリしたリリィの肩を眺めながら、サンリンドーが口を挟む。

「おい、食いすぎんなよ。レースに響くからな」

「大丈夫だって〜」私はいつもの調子で笑ってみせた。

 

「おーい、ハナミチ〜!」

オジョウのトレーナー、ヤノの声が場内に響く。

「はーい! 今行きまーす!」

返事の声色が一瞬で切り替わった。トレーナー用の丁寧モードである。だが、その末尾は低空を飛ぶ飛行機の轟音にかき消された。

 

羽田空港が近い大井では、練習の合間にしょっちゅうこうした光景が訪れる。

空を裂いていく銀色の機影を仰ぎながら、ふと考えてしまう。

――あの機体のどこかに、中央を飛び越え、世界へと旅立つラムダが乗っているのではないか、と。

思いついてしまっただけで、胸の奥が少しだけ冷たくなる。

 

 




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