ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います 作:トマスアレポ
5月。ゴールデンウィークの浮かれ騒ぎが過ぎ去ると、待っているのはジュニア級の能力試験だった。
多摩川を渡ってくる風は、もう桜の花びらを運ぶことはなく、代わりに青葉と埃を巻き込んで薫風へと姿を変えていた。季節の移ろいはあまりに正直者だ。
「はーあ、なんでゴールデンウィーク明けに試験とかやんのよ。あーし、テストって言葉にアレルギー出るんだわ」
前を歩くハナミチオジョウが、空に文句を投げるみたいにぼやいた。
「超だる……」と、シャドウリリィが無駄に短く付け足す。
「でも走るだけでしょ?」と私は返す。
普通の勉強試験に比べたら、体を動かすだけマシだと思うのだが、オジョウはぷいと顔を背ける。
「あーしはテストって奴が嫌いなの!」
「草」
リリィはスマホを触っているような声色で、ただ一言。
能力試験は川崎レース場で行われた。本開催のレースが始まる前の時間帯。観客席はまだ空っぽで、風と砂の匂いだけが漂っていた。*1
同じ授業クラスの三人――私、ハナミチオジョウ、シャドウリリィ――は同じ組に入れられた。
枠順は、私が大外6番。オジョウは二つ隣の3番。そしてリリィは最内の1番。
「今度は負けねえからな!」とオジョウ。
「ぐー✊」とリリィ。
いや、返事それでいいのか。
ゲートが開いた瞬間、砂と風が一斉に顔にぶつかってくる。
風よけになりそうな子はいない。仕方なく私は先頭に立ち、風を裂いた。
ドリームビジョンの根元をかすめると、もう3コーナーだ。
背後でざわつく足音、尻尾が空気を切る音――誰かの仕掛けを感じる。
ローカルシリーズのウマ娘たちは、どういうわけか走りが雑に見える。ドタバタと足音ばかり響いて、砂埃にまみれる。私はあれがどうにも好きになれなかった。
だから――姿勢を低く、さらに低く。鋭角に風を裂き、足の回転を一気に上げる。
4コーナーを抜け、最後の直線。
視界が流れる。砂が舞う。誰も追いつけない。
サンリンドーは双眼鏡を下ろし、手元のストップウォッチを見た。
タイム、49秒。模擬レースとは比べものにならない数字だった。
「いい目してるな、葦毛」
能力試験が終わり、肩で息をしていると、レインパーカー姿の男が声をかけてきた。
「全然」私は反射的に答える。
私の髪の色はやや灰色に見えなくもない葦毛で、光の加減によっては黒鹿毛と変わりない。
一発で見抜けたのは、相馬眼があるかもしれない。
「いや、なんかやりたいことがあるって目だ」
「まあ、そりゃ……」
「何がやりたいんだ」
しばし黙って、胸の奥にあるものを引っ張り出す。
この男なら何を言っても大丈夫な気が生まれていた。
「……中央のウマ娘に勝ちたい」
男は口の端を持ち上げた。
「いいね」
「中央に勝って、実は私のほうが速いって証明したい」
「中央に中指立てるってことか。川崎らしくていい夢だ。気に入ったよ」
彼はポケットから紙切れを取り出し、くしゃっと握り直して私に渡す。
「お前、明日から俺のチームに来い。小向のB303プレハブが部室だ」
「……それ、スカウトってこと?」
「もちろん」
私は受け取った紙を見つめ、名前を尋ねた。
「名前は?」
「サンリンドーだ。君は確か……」
「ブラッシングローズだ」
その時の私はまだ知らなかった。この出会いが、後に自分の運命を大きくねじ曲げることになるなんて。だがまあ、人生というのは、だいたいそんなものである。