ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

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負けっぱなしでは終われない

「甘やかされて勝ち取った、ナンバーワンだった~」

土手の上を走ると、風がくすぐるように抜けていった。

イヤホンから流れてくる音楽は、もう何度も聴いたはずの曲だ。なのに今日は妙に胸に刺さる。

歌詞の一節が、まるで皮膚の裏に入り込んで、ゆっくりと疼く。

 

ベルの顔が浮かぶ。

あの後、彼女はずっと元気がない。沈んだまま、まるで春先の曇天みたいに影を落としている。

サンリンドーも珍しく言葉が少なく、あの太い腕を組んだまま何かを考え込んでいる。方針を決めかねているのだ。

沈黙が増えると、余計に走りたくなる。走るしかない気がしてくる。

 

足音が土手の芝に沈み、リズムよく跳ね返る。

そのテンポに合わせて、私は頭の中で浦和桜花賞のコースを思い描く。

狭いコース。息が詰まるようなコーナーの連続。観客の歓声が反響して渦を巻く、あの独特の空間。

そして――大晦日にタックルを仕掛けてきた、あのフラメンカリーナ。

負けっぱなしでは終われない。

 

サンリンドーの言葉が脳裏で再生される。

「浦和の1500はマイルでもスプリントでもない。その中間だ。コーナーは4つじゃない、最初の100メートルに隠れた“0.5コーナー”がある。そこで位置取りをミスったら終わりだ」

その時の彼の声は、やけに現実的で、少し怖かった。

「浦和には“1500専”って奴がいる。フラメンカリーナもそうだ。データを見ただろ?」

確かに、浦和での彼女の成績は異常なほど安定していた。まるでホームグラウンドで別の生き物になるような強さ。

 

「浦和はうちよりコースがかなり狭い。コースが狭いって事は勝てる位置取りも限られてくるって事だ。そうするとどうなるか? 位置取りを巡る争いが熾烈になる」

「強引に行けばいいじゃん」と私は軽口を叩いた。

「そうもいかない。浦和の連中もそれを読んで、他場の人間に勝てるポジションは簡単には渡さない。実力に見合わないウマ娘が強引にそこに居座ることもあるし、馬場掃除の露払いと風除けで普段はやらない逃げを打つ奴もいる…」

「何だよそれ」

するとサンリンドーは苦笑して、「だから“劇団浦和”って言われるんだよ」と返した。

「要は競輪道みたいな事を平然とやってくるから気をつけた方がいいってことよ」

「よくわかんないけど、そういうの無気力競バでダメなんじゃないの? 失格でしょ?」と呆れる私に、彼は短く言った。

「浦和はそれが通るって事だ。気をつけろよ? 大井や船橋の連中相手にやるんだから当然こっちにもやってくる筈だ」

 

思い返すと、あの時のサンリンドーは半ば呆れて、半ば楽しんでいた。

浦和の癖、地方のしきたり、泥臭い駆け引き。彼の言う“劇団”という言葉には、ほんの少しだけ敬意が混じっていた気がする。

 

走りながら、私は息を吐いた。

――結局のところ、私たちにできることは一つしかない。

 

勝つこと。

ベルを立ち上がらせるには、それしかない。

彼女の走りが霞んでしまったなら、今度は私が光らなければならない。

 

少し疲れて、芝の上に腰を下ろす。

空は春の手前の薄青。川面を渡る風はまだ冷たいけれど、その奥にかすかな暖かさを孕んでいる。

胸の鼓動が、さっきまでの音楽のリズムと重なる。

 

考えることは山ほどある。けれど、ウマ娘が語るべきことは、走りで示すしかない。

それが私たちの言葉であり、祈りであり、償いだ。

 

「汝の敵を愛せ 宜しく 特攻 覚悟を見せて~」

 

イヤホンからまた音楽が流れ、芝の匂いが鼻をくすぐる。

少し笑って、私はまた立ち上がった。

 

 


 

 

浦和の空は、春にしてはやけに重かった。

雲が低く垂れ込め、観客のざわめきがその灰色の空に吸い込まれていく。

弥生賞から数週間。あの眩しい敗北の余韻をまだどこかに残したまま、私はここ、浦和レース場に立っていた。

 

南関ティアラ路線第一戦――桜花賞。

私の春は、ここから始まる。

相手は、見知った顔ぶれだ。

アマルテイア、フラメンカリーナ、カスミノヒメ。

船橋、浦和、大井――三都の姫たちが、再び砂の上で相まみえる。

 

ゲートの中、私は静かに息を吐いた。

鼻をつく砂の匂いが、かえって落ち着く。

ベルはこのレースを見ているだろうか。

観客席のどこかで、拳を握っているだろうか。

だとしても関係ない。

勝つ。

それだけだ。

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