ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います 作:トマスアレポ
ゲートが開くと、世界が一斉に動き出す。
――スタートしました。各ウマ娘揃ったスタートでまず何が出ていくか、4番ドミツァーナハナを奪います。
――7番カスミノヒメ2番手、その後ろ5番フラメンカリーナ、内に1番のブラッシングローズ、その後ろ2番セレナグラナータと9番アマルテイア、2バ身離れて3番アスタルテリーネ、更にその後ろ離れて6番金沢のハクサンアスターテ、8番マリタイムシッパー、こういった体形でスタンド前通過していきます。
スタートしてすぐにフラメンカリーナが横から体を寄せてきた。
肘がぶつかるような圧。
押され、弾かれ、砂煙の中で一瞬バランスを崩す。
浦和は狭い。余白などない。
内に潜れば窒息し、外に出れば押し戻される。
それでも、私は自分の位置を守るために歯を食いしばった。
――3コーナー入ります。各ウマ娘手が動いて、依然先頭は4番ドミツァーナに5番フラメンカリーナが並びかけていきます。
外ではカスミノヒメが早くも仕掛けていた。
あの女は抜け目がない。いつも最も効率の良い位置を取る。
私が取りたい場所を、何食わぬ顔で塞ぐ。
浦和のコースを知り尽くした動きだ。
――更には捲って上がっていく2番セレナグラナータと3番アスタルテリーネ、その後ろ7番カスミノヒメ、5番ブラッシングローズ馬場の最内!
実況が私の名を呼ぶ。
その瞬間、頭の中が一瞬だけ澄んだ。
そうだ、私の武器はここだ。
狭いコースこそ、私の呼吸が合う。
“待て”。
“焦るな”。
“溜めて、溜めて、溜めて”。
前が開くまで、息を潜めて砂を噛む。
川崎で覚えた、あのやり方。
浦和の砂でも、通用するはずだ。
――4コーナーカーブから直線へ!先頭は5番フラメンカリーナ!フラメンカリーナが先頭か!2番手3番アスタルテリーネに7番カスミノヒメが抜け出して、更には内から1番のブラッシングローズ!
目の前で馬群が波のように割れる。
その一瞬、風が通り抜ける。
ためらう暇はない。
私はその風に身を捩じ込み、空いた隙間に足を突っ込んだ。
砂が跳ねる。
腕が伸びる。
内ラチすれすれの境目を走り抜ける。
――内に切れ込んで7番カスミノヒメ!1番のブラッシングローズが先頭5番フラメンカリーナに一歩ずつ!迫って!捉えて交わすか!
風の音も、観客の声も、全部混ざって遠のいていく。
聞こえるのは自分の心臓の音だけだ。
ドク、ドク、ドク。
まるで誰かが内側から扉を叩いているみたいだ。
――1番ブラッシングローズ並んだ!更には7番カスミノヒメ!ブラッシングローズ!フラメンカリーナ! 並んでゴール!
――最後交わしたか!5番フラメンカリーナに最内1番ブラッシングローズと7番カスミノヒメこの3頭!
――浦和競バ第11Rは写真判定!確定までお待ちください!
砂煙が視界を覆う。
フラメンカリーナも、カスミノヒメも、すぐ隣にいる。
互いに何も言わない。
ただ、息だけが荒く、白い。
勝ったのか。負けたのか。
その答えは、掲示板のランプが点くまでわからない。
けれど、確かに今、私はあの狭いコースで、誰よりも強く自分を叩きつけた。
砂の匂いが、胸の奥でまだ熱く燻っていた。
1コーナーを惰性のまま駆け抜け、砂煙がゆっくりと落ち着いていく。
息がまだ整わない。喉が焼けるように乾いている。耳の奥では、鼓動がドラムのように鳴り続けていた。
隣には、同じように肩で息をしているウマ娘たち。熱を持った砂の上で、誰もがそれぞれの現実を噛みしめている。
私は近くにいたカスミノヒメの肩に声を飛ばした。
「おい!どうだった?」
彼女は、少しうつむいたまま答えた。
「悪くない、レースでした。ですが……」
「どうした?」
「ヒメは……少し遅かったと思います」
その声音には、敗北の苦味がほんの一滴、砂に溶けるように混ざっていた。
あの短い直線で私と並んだウマ娘がそう言うなら、答えはすでに出ているのだろう。
遠くで、スタンドがうねる。
最初は小さなざわめき、それが次第に地鳴りのように広がっていく。
歓声だ。写真判定の結果が出たのだ。
「まさか、浦和でこの私を交わすとは……」
フラメンカリーナが私の隣に立っていた。
唇には笑みがあるが、瞳にはまだ炎が残っている。
「アンタも強かったよ。お疲れ」
「次は負けない」
短い会話のあと、彼女は砂を蹴って歩き去った。
私たちは三人、スタンド前の直線に戻る。
さっきまで駆け抜けたその道が、もう別の世界のように感じられる。
空気がまだ震えている。砂の匂いの奥に、汗と勝利と敗北の匂いが混ざっていた。
着順掲示板のランプが点く。
その一瞬、時間が伸びた。
| 第11レース | ||||
| 確定 | ||||
| Ⅰ | XX1X | |||
| > | ハナ | |||
| Ⅱ | XX5X | |||
| > | ハナ | |||
| Ⅲ | XX7X | |||
| > | 1 1/2 | |||
| Ⅳ | XX9X | |||
| > | 1/2 | |||
| Ⅴ | XX3X | |||
| タイム | ||||
| 1:33.2 | ||||
| バ場 | 良 | |||
フラメンカリーナとカスミノヒメは掲示板を見て、無言で検量室へと歩いていった。
私はその場に残り、スタンドを見上げた。
歓声が波のように押し寄せ、足元の砂が微かに揺れる。
私は拳を高く突き上げた。
ただそれだけで、空が眩しかった。
勝者だけが許される時間――ウイニングラン。
その刹那の風が頬を撫でる。
「見てるか、ベル」
呟いた声は歓声にかき消されたが、構わない。
「勝つって、こういうことなんだ」