ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

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君の活躍、見させてもらったよ

 

走れ今を まだ終われない

辿り着きたい場所があるから

その先へと進め

 

 

――と、場内に響く歌声は、どう考えても「今日はまだ幕引きしないぞ」と言っているようだった。

ダービー後のウイニングライブは毎度この曲らしい。winning the soul。

頂点を決めるレースの余韻の上に、さらに魂を煽るようなタイトルである。

これが中央の“伝統”なのだと言われれば、なんだか妙に納得してしまう。

 

そしてステージ中央、照明を全部持っていくセンターは、まさかの伏兵――ナイトストレイド。

たった数十分前まで“穴候補の一頭”でしかなかった彼女が、今は拍手と光に溺れそうなほど囲まれている。

 

バルコニー席でペンライトを振りながら、私は今日一日の出来事が胸の奥をぐるぐると走り抜けていくのを感じた。

中央の規模の巨大さ。

ファンの熱量が物理現象として押し寄せるあの圧力。

そして予定調和という言葉を五体から否定するような、あのダービーの裏切り。

どれもいずれは呑み込まないといけない“現実”なのだろうが、正直、飲み込みきるには胃薬が足りない。

 

「ありがとう〜!」

ナイトストレイドがマイク越しに叫ぶと、歓声がわっと膨らむ。

その笑顔は、勝負服よりもよっぽど眩しくて、一瞬だけこちら側の世界の距離感すら狂わせる。

 

今日初めて彼女の名前を知った人だって多いはずだ。

この瞬間を境に、彼女は“ファンに押されて走るウマ娘”になるのだろう。

そんな未来が、ライブ照明の中にうっすらと見えた。

 

「凄かったですね」

ベルが、可愛い、と素直に言えない代わりにそう呟いた。

 

「うん」

私も、うん、としか言えなかった。胸の奥の複雑なものが、言葉にまとまりきらない。

 

「でもまさか、僕が出走した弥生賞のメンバーで決まるなんて思ってませんでしたよ」

 

「一生自慢できるよ。ダービー馬と同じレース走ったことあるって」

 

「できれば、芝で勝ってから自慢したいですね」

 

そう言ってベルは笑った。

私もつられて笑った。今日いちばん穏やかな笑顔だった気がする。

 

そのとき、背後からサンリンドーがぼそりと呼びかけた。

 

「そろそろ引き上げるぞ。話もあるしな」

 

「だからさ、その“話”って何なの?」

わたしが詰め寄ると、サンリンドーは肩を竦めてニヤつく。

 

「まぁ、ついてくればわかる」

 

すぐには教えてくれないのがこのトレーナーの悪い癖であり、良いところでもある。

 

バルコニーから外に目を向ければ、夕陽が長く地平線にしがみつきながら沈みかけていた。

ダービーデイの喧騒をまとめて包み込むような橙色。

日本競馬のいちばん長い日は、ようやく終わろうとしている。

 

 


 

 

サンリンドーは、ダービーの余熱がまだ地面から立ち上っているフジビューウォークの下へ、迷いなく歩いていった。

なんとなくそこだけ影が濃くて、夜になる準備を一足先に始めているように見える。

 

「それでどこ行くの?」

わたしが尋ねると、サンリンドーは鼻で笑いながら言った。

 

「すぐに着くさ。焦るな」

 

――すぐ、という言葉ほど信用ならないものもない。

しかし今日のサンリンドーは珍しく“本当に何かを隠している人の背中”をしていたので、渋々ついていく。

 

その先に広がるのが、通称オケラ街道。

フジビューウォークの真下、焼き鳥と煮込みの匂いが入り混じる、昭和を凝縮したような食堂の群れ。

ダービーで散った魂を慰めるべく、反省会と称した賑やかな嘆きが飛び交っている。

人間もウマ娘も、幸運も不運も、中央も地方も、ここでは雑に混ざり合って湯気のように立ち上る。

 

 

そのごった返す雑踏の中――

サンリンドーが探していた“目当て”は、普通に露天のテーブルに座って焼き鳥をつついていた。

 

「やぁ、遅いから先に始めてたよ」

 

声が落ち着いていて、妙に品がある。

この混沌としたオケラ街道の空気の中で異様に浮いているその人物を、わたしは一瞬、二度見した。

 

「この人が…」とサンリンドーが言いかけるのを遮るように、本人が立ち上がった。

 

「生徒会長のキズナだ」

 

キズナ――およそその名前を知らない競走ウマ娘はいないだろう。

先代のダービーウマ娘。中央トレセン学園生徒会長。

トゥインクルシリーズからローカルシリーズまで、あらゆる現役ウマ娘の象徴であり、頂点であり、伝説そのものだ。

 

なのに――そんな存在が、オケラ街道で、周囲の観客に紛れながら、普通に焼き鳥をつまんでいる。

光景としては、神様が縁日の屋台でタコ焼きを買っているレベルの衝撃だった。

 

「えっ、嘘…」

ベルは驚きすぎて口元を手で押さえている。

その反応は、この街道を歩く誰よりも常識的だと思う。

 

しかし。

キズナの視線はベルではなく、なぜかまっすぐ私の胸に突き刺さった。

 

「君の活躍、見させてもらったよ」

 

その言葉だけで心臓が一回、余計に跳ねる。

ダービーの余韻で浮かれていた鼓動とは違う、もっと鋭い音だった。

 

そして、キズナは焼き鳥の串を置き、まるで本題だけを切り抜いて差し出すように言った。

 

「単刀直入に言う。中央で走らないか?」

 

周囲の喧騒が、急に遠ざかった。

オケラ街道の雑音がフェードアウトするなんて、人生にそう何度もあるものじゃない。

 

中央――

その二文字が、今日見た全ての光景を連れてわたしの中で暴れ出す。

13万人の歓声、芝の匂い、ダービーの裏切り、ナイトストレイドの輝き。

それらが一斉に「どうする?」と問いかけてくる。

 

たった一言の勧誘で、世界がぐらりと傾いた気がした。

 

 

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