ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

4 / 56
川崎トレセン学園の朝は、とんでもなく早い

――スタートしました。バラバラっとしたスタートの中何がいくか。2番ハナミチオジョウ先手を主張します。

 

――内外広がって2番ハナミチオジョウ抜け出した、3番アストレアノーチェもようやく追い込んでくるが、2番ハナミチオジョウ振り切ってゴールイン!これが初勝利です。

 


 

 

川崎トレセン学園の朝は、とんでもなく早い。

練習馬場が開くのは午前5時。まだ夜と朝の境目が曖昧な時間帯だ。しかも夏場になると、日が長いのをいいことに4時から始まる。誰がそんな狂気じみた時間に砂を蹴りたいと思うのか。――答えは、我々だ。

 

だからウマ娘たちは4時頃には目をこすりながら起きだし、各々モーニングルーチンを済ませて土手へ向かう。

「ウマ娘横断注意」と書かれた看板を横目に、多摩沿線道路を横切る姿は、まるで大移動する野生動物の群れそのものだ。たまに通勤途中のトラック運転手が目を丸くして見ている。

 

7時までみっちり練習をこなすと、寮の食堂で朝飯を掻き込み、すぐに校舎へ。午前中は座学の時間だ。

正直、この時間は「教員の声が子守唄」になる魔法の時間でもある。朝練の疲労と相まって、誰もが舟を漕ぐ。

前の席のハナミチオジョウなんかは特に顕著で、机に突っ伏しかけながら微妙に揺れている。夏季制服のワイシャツの下のブラジャーがうっすら透けて見える。――後で指摘してやろうか、いや、黙っておいた方が面白いかもしれない。

 

午前の授業が終わるのは12時15分。学食へ直行し、昼飯をかきこむ。大盛りを頼む者も多いが、食べ過ぎると午後の練習が地獄と化すため、ここは節制が肝要だ。勇敢さと無謀さの境目は胃袋にある。

 

午後は座学が一コマ入ることもあるが、基本は練習かレース。

レースがある場合、一番早い開催は14時。だから最低でも一時間前にはレース場にいなければならない。

幸い、学園からレース場までは「バ運車(バス+運搬車の妙な造語らしい)」が用意されており、移動の心配はない。名前のダサさを除けば便利である。

 

練習の日は18時頃まで汗を流す。その後は疲れ切った身体を引きずり、食堂で夕飯を平らげ、風呂に入り、就寝前のルーチンをこなす。

消灯は23時と決まっているが、実際はレース帰りの子に合わせるため、21時半を過ぎてもまだざわついている。つまり「消灯時間」はあるようでないもの、校則の幽霊みたいな存在だ。

 

ちなみに、寮は全室個室。これだけは中央よりも明確に勝っている点である。

さらに各部屋には洗面台まで付いている。朝の争奪戦とは無縁。つまりここは、川崎における小さな天国だ。

 

 


 

――さあ直線入って逃げる5番マリンシーガルを1番ブラッシングローズが早くも交わしてもう差は2馬身3馬身と広げてゆく!

 

――1番ブラッシングローズ堂々先頭ゴールイン。これでデビュー2連勝です。

 


 

6月。川崎の夏は、遠慮という言葉を知らない。

制服はブレザーから白のポロシャツに切り替わるが、それで耐えられる暑さじゃない。

多摩川は山から押し寄せる熱気を律儀に運び込み、街じゅうをサウナに変えていく。まだ朝の6時だというのに、気温計は早くも30度の大台にタッチしていた。

 

「あっついわぁー!」

ハナミチオジョウが、寮のジャグに詰め込まれた氷水を一気に飲み干す。氷が崩れる音が、唯一の清涼剤だ。

 

「うちらの学年しかいないんだな」私は言う。

「まあねー。上の先輩方は、今ごろ栃木の山奥で合宿中らしいし。残ってるのは夏レースに出る先輩か、あとは転入生くらい?」

 

「転入生?」

「中央で勝てなかった連中が、夏頃になると結構流れてくるんだとさ。ここ南関はローカルの中じゃレベル高いから、まあ、それなりにやれる奴も来るって噂」

 

「強いの?」

「大体二パターンだな。C3から三連勝して、はいサヨナラって中央に戻る奴。それからズルズル居座る奴、ついでにレースを諦めて勉強に逃げる奴……」

「三パターンじゃん」

「うるせぇな! 要は勝つやつは勝つし、弱いやつは勝てないって話だよ」

「ふーん」

 

そのとき、隣でシャドウリリィが、黒い蝉の抜け殻みたいな声でつぶやいた。

「死、死……」

「おい、大丈夫かよリリィ!」オジョウが慌てて背中をさする。

 

一瞬の沈黙のあと、オジョウはぱっと顔を上げた。

「なぁ、後でアイス買いに行かね? 負けた奴の奢りで」

「うちのトレーナーに言ってみるよ。模擬レースくらいなら組んでくれるはず」

「ヤノはどうだろな……ま、やってみっか」

 

炎天下の川崎の空気は、砂糖菓子みたいにべたついていた。だが、次に食うアイスの味を思えば、ほんの少しだけ救われる気がした。

 

 

 


 

――向正面で4番シャドウリリィが位置を押し上げて3コーナーに入っていきます。

 

――直線入って1番ハートシーザーに4番シャドウリリィが一歩ずつ迫ってくる!

 

――前は交わした!4番シャドウリリィゴールイン!これがデビュー勝ちです。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。