ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

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負けることに慣れてきてる気がします

ベルは窓にもたれ、外を流れる夜の蒲田の光をぼんやり追っていた。

車窓を滑るネオンは、まるで彼女の敗北感を慰めるでもなく、ただ通り過ぎていくだけだった。

 

サンリンドーのボロいワゴン車は、小向への帰路をトロトロと進んでいる。

当然ながら、車内の空気は天井まで沈んでいた。

湿度まで負け試合の空気を吸っている気がする。

 

前の座席でオジョウが、シート越しにこちらを振り返る。

 

「あのさー、明日のお疲れ会どうする?」

 

その能天気な声が、逆に胸に刺さる。

ベルは返事をするどころか、魂抜かれた仏像みたいな表情をしていた。

 

私が代わりに言う。

 

「今は無理っしょ」

 

「まあ、そうだけどさ…」とオジョウが口を尖らせる。

 

リリィがスマホをいじる指を止め、ちらりとこちらへ耳を向ける。

耳は揺れるくせに、表情は淡々としている。

 

「イグニッション強かったし、しゃーないよ。ウマッターでもその話題ばっか。

“イグニッションならラムダにも勝てる” ってさ」

 

リリィの耳が、まるで感情の代弁者みたいにピクピクと揺れ続けていた。

その耳だけでも会話に参加してる感があるから面白い。

 

「ラムダ、ねぇ…」と私はつぶやく。

勝つことに慣れすぎた怪物みたいなウマ娘。あれと比べられるベルは大変だ。

 

サンリンドーが、ハンドルを握りながら言った。

 

「あんまり敗北を引きずらない方がいい。今日はさっさと寝て忘れろ」

 

その言い方は淡白だが、気遣いの温度は確かに含まれていた。

 

オジョウが勢いよく頷く。

 

「ま、ジーワンで入着とか普通にすごいっしょ。あーしらでそこまで行けるのベルかローズくらいだし」

 

「そうそう」とリリィも軽くフォローを入れる。

耳も同意していた。

 

だけどベルは、ハーッと深く息を吐いた。

ため息というより、心の奥の空気が抜け落ちていったような音だった。

 

私は少し身を乗り出して訊いた。

 

「大丈夫?」

 

ベルは、流れる街灯をもう一度目で追って、それから呟いた。

 

「なんか……負けることに慣れてきてる気がします……」

 

その言葉は、軽く言ったようでいて、ずしりと胸の真ん中を叩いた。

外の光はあんなに流れているのに、ベルの心はどこにも流れていかず、

まるで車内の空気だけが、ずっと取り残されているように感じた。

 

 


 

ダービーが終われば、今度は関東オークスだ。

中央はオークスの次にダービーなのに、こっちは逆走しているみたいで、いつ見ても変な並び順だと思う。

 

そんなある日、サンリンドーは私とベルを京急川崎から成田空港行きの電車に押し込み、なぜかそのまま東京湾を突っ切る勢いで千葉県の奥へ奥へと連れていった。

車窓の景色は延々と変わっていくくせに、目的地の匂いが一向にしてこない。

 

「ねぇ、まだ?」

「もうちょっとだよ」

 

サンリンドーは、こういう時だけ妙にガイド気取りだ。

 

やがて、尻が正しい使い方を忘れかけてきた頃、終点「印西牧の原」という、字面のインパクトだけは妙に強い駅にたどり着いた。

 

ここで降りるらしい。

 

「まだ歩くの?」

「もう少しだ」

ベルが訊く。「どこ行くんですか?」

 

サンリンドーは少し得意げに振り返った。

 

「お前たちを連れてきたこと、まだなかっただろ。秘密基地さ」

 

「秘密基地ィ?」

口にしてみると、思いのほか語感が子どもっぽい。

 

ニュータウンの途中で止まったみたいな街を抜け、森に吸い込まれるように歩いていくと、急に視界が開けた。

そこには――

 

トレセンがあった。

 

私の喉から思わず変な声が出る。

小向のトレーニングコースなんて霧散しそうな、本格的なトラック。

外周にはあからさまに「坂路」と呼ばれて存在を主張する斜面が伸び、設備の規模も質も、川崎の小向とは比べ物にならない。

 

「すっげぇ…」

ベルが呟く。「大井の千葉トレセンですね…噂には聞いてましたけど」

 

サンリンドーが腕を組む。

 

「関東オークスまではここで調整だ」

 

「マジ?」

「マジさ。それに――いい練習パートナーもいるしな」

 

その“意味深アピール”の数秒後、馬場の向こうから見知った顔が手を振ってきた。

 

「うぇーいローズにベルー!ここ来てたんだ〜!」

 

オジョウだ。

元気なのは相変わらずである。

 

「オジョウが練習パートナーなのか?」

サンリンドーが即答する。「いや違う」

 

「違うって何だよぉ〜?」とオジョウが頬を膨らませる。その拍子に、後ろの方へ視線が吸い寄せられた。

オジョウが恋する美少女みたいな瞳をしているので、つい釣られて見てしまう。

 

そこには、紅顔のイケメントレーナー、オジョウの担当――ヤノ。

そしてその隣、サンリンドーと同じくらいの年代の中年トレーナーが立っていた。

しかし目を奪ったのは、その後ろに控える二人のウマ娘だった。

 

ヤノが会釈する。「どうもサンリンドーさん。川崎ではオジョウの面倒、すいませんね」

「構いませんよ。今日はミカモト師のチームとも合同でやれますから」

 

中年トレーナーが朗々と腕を組む。「ま、今日はビシバシやっていきましょう」

 

サンリンドーが紹介した。

 

「大井のミカモトトレーナーだ」

 

「ミカモトです。よろしく。二人の噂は常々…」

 

ベルは若干うろたえた。「あ、どうも…」

 

私はもう、視線を外せずにいた。

 

「ねえ…その二人は」

 

ミカモトがまっすぐ答えた。

 

「ああ、彼女らの担当なんですよ。イグニッションも、カスミノヒメも」

 

心臓が小さく跳ねた。

思わずサンリンドーを見ると、彼は観念したように肩をすくめる。

 

「そうだ。今日の練習パートナーはイグニッションとカスミノヒメだ」

 

イグニッションが肩を回しながら歩み寄ってくる。

その立ち姿だけで、ここを戦場に変えてしまいそうだ。

 

「まあ、せいぜい気張ることだな」

 

私は天を仰ぐ。

 

「……マジかぁ」

 

森の湿った匂いの中で、坂路の斜面がやたら鋭利に見えた。

 

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