ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

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着差は文句なし

――前の2頭! ブラッシングローズにアキナケス!

4コーナーから直線!

5番ブラッシングローズ前に出る! 内3番アキナケス食い下がる!

 


 

4コーナー。身体を内に倒し、地面を掴む。ダートが跳ねる感触が、脚から背中に駆け上がる。

内から、アキナケスが食い下がってくる気配。しぶとい。だが、嫌じゃない。こういう相手がいると、走りが研ぎ澄まされる。

 


 

――200を通過!

3番手後方からマーシレスクイーン追い込んでくるが!

拍手に送られて!突き放した!

 


 

拍手が、波みたいに押し寄せる。音が、私を前へ前へと押す。

私は突き放した。意識してじゃない。自然に、脚が伸びた。

 


 

――2番手争いは3頭広がった!

ブラッシングローズ先頭ゴールイン!

これで重賞4連勝!勢い止まりません!川崎の女帝ブラッシングローズ!戸塚記念も制しました!

 


 

歓声。拍手。名前。称号。

それらが一斉に降り注ぐ。

 

これで、トロフィーは何個目だろう。

指折り数えようとして、やめた。意味がない。

 

着差は文句なし。

最早、誰にも負ける気がしなかった。

 


 

関東オークスを勝ってからというもの、世界が少しだけ騒がしくなった。

正確に言えば、私の周囲半径3メートルくらいが常にざわついている。視線が増え、声が増え、勝手に応援され、勝手に期待される。ファンとか取り巻きとか、そういう言葉で一括りにできる人たちが現れたのだ。

 

ありがたい話ではある。

あるのだが――私は基本的に、人混みが苦手だ。

 

適当に手を振り、適当に愛想笑いを投げ、適当に逃げる。

そして、いつものプレハブへ向かう。帰巣本能というやつだろう。派手な場所より、多少みすぼらしいほうが落ち着く性分なのである。

 

「ふー、ただいま〜」

 

扉を開けると、見慣れた声が返ってくる。

 

「おつかれ〜」

 

リリィだ。いつもの調子で、いつもの場所にいる。

 

「あれ、オジョウは?」

 

「補習だよ、補習」

 

「マジかよ」

 

勝者の余韻も、補習の一言で急に現実味を帯びる。

この世界は平等だ。勝っても、勉強は免除されない。

 

それにしても――

プレハブが、妙に狭く感じられた。

 

一年前は、もっとがらんとしていたはずだ。床も壁も、夢も野心もまだ空中に浮いていた気がする。

それが今ではどうだ。

 

ベルがチームに入り、勝ちを重ね、気づけばあちこちに物が増えている。

真新しいトロフィー。優勝レイ。優勝ウマ服。口取りの写真が、いくつも壁に並んでいる。

少し前にベルが勝った不来方賞のトロフィーと、私が取った戸塚記念のトロフィーが、並んで鎮座している。その横には、6月に取った関東オークスの優勝レイが、額縁に入れて飾られていた。

 

さらに、その上。

三冠達成記念のティアラ。

 

本当は、これを付けて走ろうとした。

だがサンリンドーに「絶対ダメだ」と即座に止められ、結局ここに置かれている。飾り物としては、かなり物騒な存在感だ。

 

このまま勝ち続けたら、いずれこのプレハブには収まりきらなくなるだろう。

その時はどうするんだろう。増築? 引っ越し? それとも天井から吊るす?

 

「それにしても、このプレハブに入るのも久しぶりな気がするなぁ」

 

私がしみじみ言うと、リリィは即座に首を傾げた。

 

「なんで? 昨日も来てたじゃん」

 

「いや、20話ぶりだから……」

 

「メタなこと言っちゃダメ」

ぴしゃり、と切られる。

 

サンリンドーは新聞を広げ、文字の海を航海している。ベルはテレビの前に陣取り、まばたきの回数を極端に減らして画面を凝視していた。

流れているのは、ラムダの前走――ケンタッキーダービーの映像だ。

 

同じ場面が、もう何度目か分からないくらい繰り返されている。

巻き戻し。再生。巻き戻し。再生。

さっきから何度もリピートして見ている。

 

「そんなに見て、何かわかる?」

 

私が聞くと、ベルは視線を画面に縫い付けたまま答えた。

 

「今のところ、彼女が負けた数少ないレースなので。何かあるかもしれないです」

 

「ふーん」

 

正直、私には同じ映像にしか見えない。

だが、ベルにとっては違うのだろう。走りの中に、微細なほころびや、再現可能な奇跡が隠れているに違いない。

 

そしてまた、問題の直線が流れる。

 


 

――Lambda still with work to do.

(ラムダ動いた)

Lambda is starting to pick it up as they come toward the top of the stretch.

(ラムダが直線の頂点に差し掛かって勢いを増す!)

 


 

実況の英語が、やけに乾いた響きで耳に入る。

ラムダが動いた。

画面の中で、彼女の身体が一段ギアを上げる。

 


 

――It is Constitution who's moving up on the outside of Demon.

(デーモンの外をコンスティテューションが追い上げている!)

――And there on the far outside, here comes a run from Strongbuy and Redundancy.

(大外からストロングバイとリダンダンシーが一気に来る!)

――And Constitution has now moved up to take the lead as Redundancy has given way coming by the 16th pole.

(残り200m!コンスティテューション先頭!リダンダンシーは伸びない!)

 


 

残り200。

抜いた、抜かれた、また差し返した。

画面の中は、土煙と筋肉と意地の塊だ。

 


 

――And Eswatini is now come through on the inside.

(内の方からエスワティニ!)

――It is Eswatini down toward the inside with the lead in the final 16.

(エスワティニが内から抜けて残り200で先頭!)

――Lambda is coming.

(ラムダも追い込んでくる!)

These three coming down to the wire.

(3頭並んだ!)

――Who's it going to be? Oh,

(どっちだ!?)

it's a photo of the Derby. Oh, it's a photo.

(ダービーは写真!写真判定!)

 


 

私は、ふっと息を吐いた。

ラムダはケンタッキーダービー2着。このレースは、今でも疑惑の判定だと語られている。

1着と3着がバ体を併せ、3頭が叩き合う地獄みたいな直線。勝負服の裾を掴んだとか、いや掴んでないとか、そんな議論がウマッターを席巻していたのを覚えている。

 

結局、決勝写真では一着――コンスティテューションの首が、ほんのわずかに前に出ていた。

紙一枚分の差。あるいは、呼吸一つ分。

 

それにしても、だ。

土煙を巻き上げながら爆走する、アメリカのガタイのいいウマ娘たち。その中で、あれだけの激しい叩き合いを演じ、ほとんど差のない2着に滑り込むラムダ。

 

――何者なんだ、あれは。

 

私の脳裏に浮かぶのは、あのダービーの日。

小腹を空かせた仔犬みたいな目をして、そわそわしていたウマ娘の姿だ。

 

どうにも結びつかない。

同じ存在だとは、思えなかった。

 

ベルは、まだ画面を見つめている。

きっと、答えを探しているのだ。

 

 

 

 

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