ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

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勝たなくても、いいんですか

――さぁ第4コーナーから直線!

後続を突き放してオーロラが逃げている!オーロラが逃げている!

最内にコースを取ったオーロラが逃げている!

 


 

ターフビジョンに映るその背中は、迷いがない。

内。最短距離。計算済み。

中央の勝ち方、というやつだ。

 


 

――後続はどうかホウオウエンプレスがじわりじわりと差を詰めてくる!

2番手3番手争い接戦だが、

しかし11番オーロラが逃げ切ってゴールイン!

 


 

私は思わず身を乗り出す。

あの嫌味で尊大な、お嬢様然としたウマ娘が、必死に前を追う姿。

しかし距離は、縮まらない。

 

決着は、あまりにも明快だった。

 

「JBCレディスクラシック、勝ったのは11番オーロラ! 鮮やかな勝利を収めました!」

 

スタンドがどよめく。

拍手と歓声の波が、遅れて押し寄せる。

 

勝ったのは中央。

しかも、またしてもヤハギチーム。

 

ターフビジョンの中で、オーロラはサブトレーナーらしき女性と抱き合っている。

その姿は、用意された成功の完成形みたいで、妙に隙がない。

 

その横で、ホウオウエンプレスが引き上げていくのが見えた。

背筋は伸びているが、歩幅がほんの少しだけ荒い。

悔しさを隠す気はないらしい。

 

「……やっぱ強ぇな」

 

誰に向けたでもない呟きが、喉から零れた。

 

ベルが走るJBCクラシックは、この次の次。

この勝利は、ただの前座じゃない。

 


 

――4コーナーから直線向いた!

先頭は4番のシルクカムシン!外からダイナモ!

 


 

砂煙の向こう、外を回ってくる一頭がやけに大きく見える。

 


 

――内を通って11番のベストインテソーロ!ダイナモとベストインテソーロ!この2頭の争い!

 

――先頭はベストインテソーロか!ダイナモか!2頭並んでゴールイン!

激しい鍔迫り合いになりました!さあ軍配はどちらに上がるか!

 

 


 

スタンドがどっと沸いた。

 

写真判定。

それだけで、観ている側の寿命が数秒縮む。

 

――結果は、ダイナモ。

 

またしても、ヤハギチームだった。

 

短距離という条件もあって、地方ウマ娘が大挙して出走していたが、正直、歯が立っていない。

勝負の舞台が違う、そう言われている気分になる。

 

私は小さく息を吐き、スタンドを離れた。

胸の奥に残るのは、悔しさというより、冷えた現実だ。

 

それでも、立ち止まっている暇はない。

 

パドックへ向かう。

まもなく、ライトニングベルが周回展示を始める時間だ。

 

次は、前座じゃない。

 

 


 

JBCクラシックのパドック。

ここだけ空気の密度が違う。重いというより、濃い。

 

まず目に入るのは一番人気、コグニト。

栗色の髪が夕日を反射して、やけに静かに燃えている。闘志という言葉を、表情で説明できるタイプだ。

 

彼女はサブトレーナーと英語で話し込んでいた。

さっきレディスクラシックで見かけた女性とは別の、面長の男性トレーナーだ。

留学生だろうか、発音がやたらと綺麗で、パドックのざわめきから少し浮いている。

 

「……これだけのウマ娘が」

 

ベルの声が、自然と小さくなる。

 

「シニア級と当たるのは初めてだ」

 

サンリンドーは落ち着いた調子で言った。

 

「今回は気楽に走ってくればいい」

 

「勝たなくても、いいんですか?」

 

その問いに、サンリンドーは即答した。

 

「初戦がどうなろうと、誰も笑わない。シニア級との初戦は、だいたい躓くもんだ。気に病むな」

 

「うーん……」

 

ベルの肩が、ほんの少しだけ内側に入る。

私はその両肩を掴んだ。

 

「まあまあ。肩肘張らずに、リラックスリラックス!」

 

ベルは苦笑した。

 

「しかし……かなり年上のウマ娘までいますよね」

 

「まあ、ダート界隈ってそんなもんだし」

 

見回すと、確かにそうだ。

同年代の中学生くらいのウマ娘より、高校生、いや大学生くらいに見えるウマ娘の方が多い。

ダートは、時間が味方をする世界だ。

 

「でも……そこまで走る理由って、何なんでしょうね」

 

ベルがぽつりと言う。

 

「さあ? 今から聞いてくれば?」

 

「いやぁ……それはさすがに」

 

「走りから相手を推し量るってのも、アリだな」

 

サンリンドーが言う。

 

「そうそう」

 

「そうですね……走って、それで少しでも分かればいいんですが」

 

その瞬間、声が響いた。

 

「とまーれー!」

 

誘導ウマ娘の合図だ。

空気が、きゅっと締まる。

 

「時間だな」

 

サンリンドーが言う。

 

「今回は無事完走でいい。チャレンジだ、チャレンジ」

 

「リラックスだよ!」

 

ベルは一瞬だけ目を閉じて、深く息を吸った。

 

「……はい。頑張ってみます」

 


 

人波をかき分けてスタンドに戻る頃には、もう手遅れだった。

本馬場入場の曲が鳴り始め、胸の奥を無遠慮に叩いてくる。あれは音楽というより、覚悟の呼び鈴だ。

 

すでに何人かのウマ娘が返しウマを始め、スタンド前を通過していた。

その中で、聞き慣れた名前が、やけに大きく響いた。

 

「――もう銀メダルはいらない。この仁川の舞台で金メダルを勝ち取りたい。川崎から参戦、14番、ライトニングベル……」

 

一瞬、空気が膨らんだ。

そして、割れるような歓声。

 

スタンド前から上がるその声は、中央のものとも地方のものともつかない。

ただ、確かにベルに向けられていた。

 

ターフビジョンには、返しウマ中のベルの姿が大写しになる。

背筋は伸び、耳は前を向き、視線はまっすぐ。

昨日までの不安が、どこかに置いてきたみたいな顔だ。

 

――自分が走る時より、緊張する。

そんなこと、あってたまるかと思うのに、実際そうだった。

 

「肩肘張らずに、リラックスリラックス!」

 

横から声が飛んでくる。

サンリンドーだ。

よりによって、さっき私がベルに言った言葉を、そのまま使っている。

 

「……なんだよ」

 

「不安かい? 自分が走るわけじゃないんだぜ」

 

「そりゃ心配だよ。つーか、勝てると思う?」

 

一拍、間があった。

 

「さあてね」

 

サンリンドーは、スタンド越しに本馬場を見つめたまま言う。

 

「だが、いい刺激にはなると思う」

 

「刺激?」

 

「走れば分かるさ。いずれな」

 

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