ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います   作:トマスアレポ

55 / 56
何かって何?

――さあ4コーナーから直線向きました!

 

先頭4番ブラッシングローズ!

 

ブラッシングローズが単独の先頭に代わってぐんぐんぐんぐんリードを開いていく!4馬身5馬身と差を広げる!2番手3番手争いは混戦ですが!

 

これは強い!

 

ブラッシングローズ堂々とゴールイン!

 

破竹の勢い止まりません!これで重賞5連勝!

 


 

 

止まる気もなかった。

竹どころか、森ごと薙ぎ倒す勢いだったと思う。

 

 

阪神のJBCから数日後。

私は川崎レース場でロジータ記念を快勝していた。

 

年間グランドスラムまで、あと一勝。

数字にするとそれだけなのに、不思議と現実味が薄い。

 

三歳限定戦とはいえ、南関ではもはや敵がいない――そんな言葉が、冗談ではなく事実として成立し始めている空気を、私ははっきり感じていた。

 

スタンドから飛んでくる歓声も、

こちらを見つめる眼差しも、

春の頃とはまるで違う。

 

あの頃は「面白い馬」だった。

今は「勝つ馬」だ。

 

検量室に引き上げると、見知った顔が、揃って賞賛という名の弾幕を張ってきた。

 

「お疲れさん。脚に何か違和感はないか?」

 

サンリンドーは仕事人の顔で聞いてくる。

 

「大丈夫」

 

即答だ。

今の私は、壊れる気がしなかった。

 

「今日も楽勝でしたね」

 

ベルは少し悔しそうで、でも誇らしそうな顔。

いい顔だと思う。

 

「まあね。来年は中央走ってるからさ……この程度は通過点」

 

言ってから、少しだけ調子に乗りすぎたかな、と思った。

 

「ウェーイ! おめでとう!」

 

「草」

 

オジョウが背中に抱き着き、リリィがそれをスマホで撮る。

祝福の仕方が雑なのも、いつも通りだ。

 

この“いつメン”は、私が何勝しようが、何冠取ろうが、たぶん変わらない。

それが妙にありがたい。

 

――来年。

中央と戦う時、私はどうなっているのだろう。

 

今と同じ顔で、同じ冗談を言えているだろうか。

それとも、もっと別の何かになっているだろうか。

 

答えは、まだ先だ。

でも、少なくとも今は。

 

勝つのが、楽しい。

 


 

 

長距離ランの折り返し地点。

等々力の堤防に置かれた古いベンチに腰を下ろし、私はベルと並んで息を整えていた。

 

並木は見事なまでに深紅で、風が吹くたびに葉がはらはらと落ちていく。晩秋という言葉が、これ以上なく似合う景色だった。あと少しで、季節は冬に引き渡される。そう思うと、なぜだか時間が急に早足になったような気がする。

 

「今年も終わるの早いなぁ」

 

そう口に出すと、ベルは少し考えてから首を傾けた。

 

「でも、結構とんでもない一年ですよ。トリプルティアラに、中央のウマ娘まで倒すなんて」

 

褒め言葉として受け取るべきなのだろうが、どうにも照れ臭い。

 

「ベルほどじゃないよ。正直、雑魚狩りみたいなもんだし」

 

「雑魚扱いは酷くないですか」

 

口調は柔らかいが、ちゃんと抗議してくる。そういうところは相変わらずだ。

 

話題を変えるように、次に思い浮かんだことを投げた。

 

「で、ベルは次どこ走るの?」

 

少し間を置いて、静かな声が返ってくる。

 

「東京大賞典に行きます」

 

ああ、と納得しかけて、すぐに別の名前が頭に浮かんだ。

 

「ラムダが出るらしいじゃん。それでも?」

 

ベルは否定も肯定もしないまま、視線を川面に落とした。

 

「ちょっと、確かめたいことがあって……」

 

JBCを境に、ベルの雰囲気は確かに変わった。走りも、表情も、どこか研ぎ澄まされている。

 

「JBC行ってから、顔も走りも鋭くなった気がする」

 

思ったままを言うと、ベルは少し驚いたように目を見開いた。

 

「そうですか?」

 

「多分ね。サンリンドーの言ってた『刺激』ってやつなんだろうなぁ」

 

ベンチから立ち上がり、伸びをする。休憩はそろそろ終わりだ。

 

その背中に、ベルの声が続いた。

 

「なんだか、走っているうちに自分の輪郭が見えた気がするんです」

 

輪郭。

その言葉が引っかかり、振り返って首を傾げる。

 

「輪郭?」

 

「上手く説明できないんですけど……」

 

ベルも立ち上がり、堤防の道を指さした。

 

目の前には、ただの道がある。

遠距離ランのウマ娘、ロードバイクの人、犬を連れた散歩客。日常が流れているだけの、何の変哲もない一本道だ。

 

「ウマ娘って、どうして走るんだと思います?」

 

唐突な問いに、思考が一瞬止まる。

 

「えっ何急に。走りたいから走ってるんじゃないの?」

 

「もちろん、それもあります。でも……例えば、この道です」

 

「道?」

 

「JBCの時、強いウマ娘は、光ってる道を走ってるように見えたんです」

 

正直に言えば、意味はよく分からない。

 

「うーん……?」

 

「多分、説明できないんですけど。ウマ娘が走ることと、その光る道と、その根源なのか、走る先なのか……何かが繋がってる気がして」

 

理由、か。

その言葉で、胸の奥が少しだけ疼いた。

 

勝つことに慣れて、速くなることに夢中になって、いつの間にか「なぜ走るのか」を考えなくなっていた気がする。

 

「それで、ラムダと走るのと関係あるの?」

 

問いかけると、ベルは小さく頷いた。

 

「多分。ラムダが、どんな道を走っているのか見られたら……何か分かる気がするんです」

 

「何かって何?」

 

「何か、です。多分……」

 

曖昧で、確信がなくて、それでも真剣な目だった。

 

私は視線を堤防の先へ向ける。

赤く染まった並木道は、遠くまで続いている。

 

「ま、考えながら走ればいいんじゃない?」

 

そう言って、軽く足踏みをする。

 


 

 

プレハブの中は、ストーブの前だけが局所的に春だった。

サンリンドーが屈み込み、唸るような音を立てるストーブの機嫌を伺っている。火というものは、人類が発明してから今日まで一貫して気まぐれだ。

 

何気なくテーブルに目をやると、新聞が広げっぱなしになっていた。有馬記念特集。

この時期になると、地方だろうが何だろうが、ウマ娘界隈は一斉に有馬の話しかしなくなる。冬の風物詩というより、もはや集団催眠に近い。

 

紙面には威勢のいい見出しが踊っている。

 

――クラシック三強揃い踏み、皐月賞ウマ娘ダノンアンコール「負けない」

――菊花賞ウマ娘ダイナコンサート、クリストフ師「ジシンアリマス」

――ダービーウマ娘ナイトストレイド猛時計!

 

読んでいるだけで胃がもたれそうだ。

 

「こんなもんに浮気しやがってよお」

 

文句を言いながらも、視線は紙面から離れない。

サンリンドーは振り返りもせず、どうでもよさそうに返す。

 

「いいじゃねえか」

 

その横から、シャドウリリィが覗き込んできた。

 

「ローズは誰応援すんの、有馬?」

 

「うーん……難しいなぁ」

 

「いや、やっぱり見るんじゃん。草」

 

「そりゃ有馬だし」

 

自分で言っておいて何だが、言い訳としてはかなり弱い。

 

この時期、街は有馬に侵食される。

駅前の巨大ポスター、商店街のフラッグ、スマホを開けば三回に一回は有馬記念の広告。逃げ場はない。逃げても無駄だ。観念するしかない。

 

ベルにも聞いてみる。

 

「ベルは誰応援するの?」

 

少し考えてから、真面目な顔で答えが返ってきた。

 

「そうですね……やっぱりダノンアンコールです」

 

「やっぱり?私はナイトストレイドかなぁ」

 

「いいですね。リリィは?」

 

「うーん、ダイナコンサートかな」

 

三人三様。

意見が割れるあたり、いかにも有馬記念らしい。順当に決まらないのもまた、有馬記念だ。

 

ページをめくると、今度はローカルシリーズの記事が目に飛び込んでくる。

……が、内容はほぼラムダ一色だった。

 

思わず声が漏れる。

 

「うわ」

 

「まあ……知っての通り、ラムダばっかりですね」

 

ベルの言葉は淡々としているが、どこか悔しさが滲んでいる。

 

「舐められてるなぁ」

 

「まあ、そんなもんさ」

 

サンリンドーは現実主義者だ。

 

ふと思いついたことを口に出す。

 

「いっそさ、東京大賞典じゃなくて有馬記念に出てみるってのはどう?なんかそっちのほうが勝てそうじゃん」

 

ベルが露骨に困った顔をする。

 

「えぇ……」

 

「いいじゃん、面白そう」

 

リリィは無責任だ。

 

「ハハハ、それもありだな」

 

「トレーナーまで……」

 

サンリンドーは笑いながらも、少しだけ真面目な顔になる。

 

「歴史的には地方出身ウマ娘でも有馬記念を勝った例はある。大井ならイナリワンとかだな」

 

イナリワン。

テレビやウマチューブでよく見る、あの人。

 

「……あの人、ただのテレビタレントじゃなかったんだ」

 

「勝ったのは中央移籍後だけどな。地方所属のまま有馬を勝ったウマ娘はいない」

 

「ですよね……」

 

「とはいえ、先のことは分からんぞ。来年はお前たちが出てるかもしれん」

 

そう言って、サンリンドーは新聞を畳んだ。

 

「とにかく今は目の前だ。東京大賞典と東京シンデレラマイル。そこに集中しよう。来年のことも含めてな」

 

「わかってるよ。そのくらい」

 

口ではそう答えながら、私はもう一度、有馬記念の文字を頭の中で反芻していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。