ウマ娘 走れカワサキ一等星〜地方ウマ娘が砂舞台でティアラの女王狙います 作:トマスアレポ
褒めても末吉しか出ないぞ
元日の朝、私は十五歳になった。
正確を期すなら、私だけではない。日本中のウマ娘が、元日の午前零時をもって一斉に歳を取る。誕生日というものは本来、一人ずつ順番に祝われるからありがたいのであって、全員同時に加齢されてしまうと、めでたさが頭数で割られて一人あたりの取り分がずいぶん薄くなる。
それでも寮の廊下は朝から「おめでとう」の応酬で騒がしかった。めでたさの取り分が薄いなら、回数で稼ぐしかないという理屈である。ウマ娘というのはそういう勘定にかけては抜け目がない。
窓の外は冬晴れだった。多摩川の方角の空が、洗いたてのシャツみたいに白い。
去年の元日、私はこの空の下でその辺のウマ娘と殴り合いをしていた。東扇島の倉庫街で、初日の出よりも先に拳が昇った。思い返すだに品のない年明けである。あの喧嘩がSNSに流れて練習禁止を食らい、行き先が浦和桜花賞に決まって、結果としてティアラの一冠目に繋がったのだから、人生の伏線というのはどこに埋まっているか分かったものではない。
とはいえ、だ。
今年は殴り合いから始まらない正月だった。人間もウマ娘も、一年でずいぶん成長するものである。成長の証明が「殴っていない」ことだというのは、証明としていささか低空飛行な気もするが、まあいい。川崎市民としては上出来だろう。
「ローズさん、初詣、行きましょう」
部屋の戸口でベルが言った。マフラーをぐるぐる巻きにして、吐く息まで丁寧語みたいに白い。
「おう。大師な」
去年と同じ返事をした。同じ返事ができるということが、たぶん、いちばんめでたい。
京急大師線というのは不思議な路線で、たった四駅ちょっとの区間を、初詣のためだけに存在しているような顔で走っている。港町、鈴木町、川崎大師。車内は寿司詰めで、私とベルは吊り革ひとつを分け合って揺られた。
「去年もこの電車、こうでしたね」
「こうだった。で、ベルは久寿餅を三皿食った」
「三皿は食べていません。二皿と、お土産の一箱です」
「世間ではそれを三皿と数えるんだよ」
参道は今年も人間の川だった。久寿餅屋の湯気、飴を切るトントンという包丁の音、達磨の屋台。達磨というやつは、どの屋台のどの棚から見ても必ずこちらを睨んでいる。片目しか入っていないくせに大した眼力である。願いが叶うまで残りの目を入れてもらえないのだから、機嫌が悪いのも無理はない。
「ローズさん、達磨、買わないんですか」
「私は自分の目が二つあるからいい」
「森見登美彦の登場人物みたいなこと言いますね」
「誰だそれは」
人の川に押し流されるようにして、私たちは山門をくぐった。
護摩の炎は、去年より大きく見えた。
たぶん炎の大きさは変わっていない。変わったのは、炎に向かって言うことの高さだ。
去年、私はこの炎の前で「トリプルティアラ」と言った。ベルは「クラシック三冠」と言った。片方は叶い、片方は叶わなかった。それでも二人ともここに戻ってきて、また同じ炎の前に並んでいる。願いというのは叶っても叶わなくても、翌年の願いの土台になるらしい。賽銭の複利である。
「中央GI」
私は言った。炎がぱちりと爆ぜて、返事の代わりをした。
「僕も、中央GIです」
ベルが言った。それから、少しだけ間を置いて、付け足した。
「今年は自分のために走ります」
その一言が、去年からの差分のすべてだった。姉のためでも、親に見てもらうためでもなく。秋の終わりに彼が自分で掘り当てた答えを、年の初めの炎の前で、彼は自分の声で言い直したのだ。
「おう」と私は言った。「先に中央GIを取った方が勝ちな」
「もちろんです。——できれば、ワンツーで」
「欲張りさんめ」
線香花火の夜の約束が、真冬の護摩の炎の上で、もう一度結び直された。夏の火と冬の火は、こうしてちゃんと繋がっている。
一年前、「トリプルティアラ」と口に出したときは、正直、声の端が少し震えた。大きすぎる言葉を口が持ちきれなかったのだ。今年の「中央GI」は震えなかった。達成した側の人間の、妙な照れくささと、次の高さを見上げる武者震いだけがあった。震えの種類が変わった。それを成長と呼んでいいなら、呼んでおく。
問題は、おみくじだった。
「末吉」
私は自分の紙を開いて、ふ、と笑った。末吉。重賞五連勝・年間グランドスラムのウマ娘に対して末吉。大師のおみくじは世間の評判に流されない。硬派である。
「待人:来る。遅い」——誰のことだか知らないが、遅いなら仕方ない。「勝負事:焦らねば利あり」——焦らなければいい。つまり私の得意分野だ。針の穴だって焦らずに通った。
「ベルは?」
返事がなかった。
見ると、ベルは自分の紙を両手で持ったまま、固まっていた。マフラーの上の顔から、湯気のような白い息だけが規則正しく出ている。体は正月で、顔だけ通夜だった。
覗き込むと、紙の右肩に、太い字が一文字。
凶。
「……出ましたね」とベルが言った。「凶」
「おう。出たな」
「勝負事:進むべからず、とあります」
「読み方が悪い。いいかベル、末吉だの小吉だのってのは、上がっても大吉止まりだ。天井が近い。だが凶を見ろ。ここから先、全部が上りだ。大吉より伸びしろがある」
我ながら無茶な理屈だったが、無茶な理屈というのは声を大きくして言えば三割ほど正しく聞こえる。ベルは白い息を一つ吐いて、ようやく口元だけ笑った。
「……ローズさんのそういうところ、僕は結構、好きですよ」
「褒めても末吉しか出ないぞ」
「縁起でもないので、結んでいきます」
ベルは境内の結び所へ歩いていって、細く畳んだ紙を、針金に丁寧に括りつけた。結び所には同じような白い紙が何百枚も括られていて、風が吹くと、いっせいに小さく震えた。誰かの凶と、誰かの厄と、誰かの「進むべからず」が、みんなここに置いていかれる。置いていけば、身軽になって帰れる。そういう仕組みになっている。
白い紙は、風の中で震えていた。
それだけの話である。
帰り道の甘酒で体を暖め直して、私たちは小向のB303に顔を出した。プレハブの部室は正月も通常運転で、ストーブの上でやかんが湯気を立て、トロフィー棚は去年一年でまた一段窮屈になっていた。
サンリンドーは炬燵——いつの間に持ち込んだのか、部室に炬燵があった——に足を突っ込んで、みかんを剥いていた。
「おう、明けましておめでとうさん。で、大師で何を願ってきた」
「中央GI」
「僕もです」
「そうかい」トレーナーはみかんの白い筋を几帳面に取りながら、こともなげに言った。「なら話が早いわ。フェブラリーステークス。二月、府中、GI。二人まとめて出るぞ」
やかんの湯気が、一瞬、部室の時間を止めた気がした。
言われると分かっていた。秋からずっと、その名前は私たちの頭上に吊るされていた。それでも、トレーナーの口から日付と場所つきで言われると、言葉に重さが宿る。プレッシャーは心の斤量、とはよく言ったものだ。斤量は、背負ってから初めて重い。
「東京のマイルは芝スタートですよね」とベルが言った。「百五十メートルくらいでしたっけ」
「そのくらいだな」
「阪神の芝スタートより短いですし、大丈夫ですよ。一度経験してますから」
「だな。ま、対策は追い追いやるさ」
サンリンドーはみかんの房を口に放り込み、話題はそれきり、オジョウの新しい応援幕の構想がどうだの、正月番組でオグリキャップやイナリワンが何を喋っただの今年もタマモクロスのパチンコと車庫入れ対決だのという方向へ流れていった。芝の話は、みかんの筋と一緒に、炬燵の上の屑籠に落ちて消えた。
誰も深追いしなかった。深追いする理由が、その時は一つもなかったのだ。
「ともかく」とサンリンドーが湯呑みを掲げた。「今年の目標、中央GI。以上」
「以上って、他にないのかよ」
「あるか。でかい目標ってのは一個で十分なんだわ。二個持つと両手が塞がって、転んだ時に受け身が取れん」
「はいはい」
私は湯呑みを合わせた。ベルも合わせた。安物の陶器のぶつかる音が、こん、と鳴った。
窓の外、川崎の霞んだ街の向こうで、正月の空はまだ白かった。