そらお前、れな子が悪いわ   作:ごはんや見習い

3 / 8
この話には、『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』
6巻及び7巻のネタバレが含まれています。
閲覧の際にはご注意のほど、よろしくお願いいたします。





甘織れな子と遥奈と手紙

 

 

 

 

 

そこは、日の光も届かないような、深い海底のような場所だった。

甘織家の二階へと上がった先、手前から数えて2番目にあるドアを開けると、昼前にもかかわらずカーテンが閉め切られていて暗がった室内が見える。ドアを開けたことで、廊下に充満していた光源が室内へと差し込まれるが、甘織れな子はそれが、自分の唯一の世界を侵略せしめんとする憎き敵に思えた。

 

カーテンを閉め切っており暗くなった部屋に光が差し込む。

本来だったら日常生活の中のささやかな幻想味として感じられたのだろうが、今では暗い部屋が自分の現状を表しているようで、そしてそんな場所を無遠慮に照らしてくる光が、いたく傲慢に感じられて。

 

まるで、いつもの学校生活をたやすく破壊されたあの日のような、そんな感情を認識してしまう。

 

「っ!!」

 

にわかに胸中へと湧き上がる感情があふれて、投げるようにドアを強く閉める。破裂音にも似たドアの閉音とともに、れな子の世界には暗闇が戻った。

 

あれだけ大きな音を出しても、誰も反応を示さない。当然だ。両親は仕事に出ていて、妹もとっくに小学校へ登校しているのだから。

れな子の家族はお天道様の下を歩き、社会の中で生きている。それに比べて…わたしは、と針を飲まされたような痛みを覚える。

 

しん、と静まり返った小さくて暗い世界で、れな子は閉めたドアにもたれかかるように背中を付ける。そして、力が抜けたようにドアに背中を引きづるようにして、段々と身長を縮めていき、ついには床に腰を打ち付けてしまう。

 

体育すわりの格好をするれな子は、その瞬間世界に隔絶されているような恐怖と、どうしてわたしがこんな目に遭っているのかという憎しみと、そして、家族と離れ離れになっているという不安が押し寄せてくる。

湧き上がる、先ほどとは違う胸中の感情を押し戻そうと、れな子は顔を膝につけて耐える。

 

しかし、感情の発露はやがて心の堤防を壊していった。涙が膝に落ち、足首へと流れていく。そして、誰にも聞こえないと知りながら、声を殺して嗚咽を漏らす。

 

「わかんない……。どうすればいいのか、わかんない……っ」

 

嗚咽を混じらせながら慟哭の様に呟いた言葉は、果たして涙を止める方法なのか、それとも正しい学校の生き方なのか。れな子は訳も分からず泣き続けた。

 

 

光も射さず、誰にも見られない不快な海の底で、甘織れな子は悶えながらも必死に身を守っている。

きっとこの感情さえ収められたら、またゲームをする欲求が芽生えてメンタルを回復することができると、過去の経験から知っていたからである。

 

しかしいつか、ゲームの楽しさすらもこの暗い感情に飲み込まれて、楽しめなくなるときがきたら。

そうなったらわたしは……わたしは。

 

どうなってしまうんだろう。その先の未来を考える前に、本能的な警告を覚えて、れな子は思考を払い去るように頭を強く振った。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

コンコン、と乱雑にノックをされた後、廊下になにかがパサリと落ちた音と踵を返して部屋へと戻る足音を聞いた。きっと遥奈だろう、とわたしはゲームのコントローラーを持ちながらテレビを凝視しつつ無意識に思う。

 

二階には私の部屋の他に、妹である甘織遥奈の部屋もある。そのため、わたしに何か用があるときは、彼女がこのようにノックをするのである。もっとも、用の大半は学校から送られてくる封筒をわたしに渡すためであり、そういう場合はわたしがドアを開ける前に廊下に落として帰っていくのが通例となっていた。

 

そこで、わたしの脳内に違和感がよぎる。その違和感の答えは、すぐ先に落ちていた。

私はコントローラーのボタンを忙しなく動かしながら思いなおす。

わたしが通例にさせたのだ。別に彼女が意地悪でやっているわけでは全くない。

 

廊下を上がり手前の位置にある妹の部屋は、わたしが自室に戻る際に通り過ぎるため、いつもドアの隙間からこもれてくる光を見て心臓が跳ねる。

電気をつけず、暗闇の中を歩く私と、光溢れる自室で友達と通話する彼女との間に、あまりにも遠い距離を感じるのである。それも、彼女が足早に歩いて行ったのではなく、わたしが立ち止まった結果起こったことであるという純然たる事実が、彼女に対して情けなさと悔しさを覚える原因になっているのである。

 

その結果、わたしは彼女の呼びかけに対して無視をするようになった。もはや、どんな顔をして彼女と話をすればいいのかわからないのと同時に、彼女のその人生においての容量の良さに嫉妬のような感情を覚えてしまうというたったそれだけの理由で、わたしは妹の呼びかけを無視してしまっているのである。

 

当然、妹からは徐々に話しかけられることが少なくなっていき、ついにはご飯時にも話しかけられなくなった。そして、なによりも始末に負えないのは、その事実に対して安心してしまっている自分がいるということである。

 

「あっ、やられた……」

 

いつのまにか、テレビには自身の操るキャラクターが土の上に横たわっている姿とともに、赤文字で"YOU ARE DEAD"の文字がでかでかと映し出されていた。

 

わたしはその画面をたっぷり見てから、はあっとわざとらしくため息をつき、床に敷いているクッションから腰を上げる。行き先はもちろん廊下であり、目的は封筒を取りに行くことである。

 

しかし、廊下に足を向けようとすると、急に足取りが重くなった。学校に関係する行動を起こそうとするとすぐこれだ、とわたしは何度目かもわからない自己嫌悪を覚える。

 

カーペットを踏む足の感覚に気持ち悪さを覚えながら、さっさと要件を済ませてしまおうと足早にドアへと向かい、雑な手さばきでドアを開ける。そして自室のシーリングライトから伸びる光に照らされた茶封筒をスニークをするように廊下からひったくった。わたしは、今だけはゲームの中の主人公と自身を重ねて、冷気のこもれる廊下から部屋の暖気と漏れ出す光をを守るようにドアをさっさと閉める。

わたしは一仕事終えたような達成感を感じた。苦手な野菜を食事の最初に食べてしまったような感覚である。

 

なにはともあれ、わたしは茶封筒を持ちながらベッドに腰を落ち着ける。この動悸は学校の書類を持っているという焦りか、それとも急に体を動かしたことによるものか。

ゲーム後のにわかに高揚した精神状態でやけくそ気味に封を破り捨て、中身を見る。

 

「ふむふむ、定期テストの範囲に課題の予定、それと保健室からの書類にぃ……」

 

封筒の中に手を突っ込み、つかんだ書類から眼前に取り出して読んでいく。しかし、いざに学校の予定を見ていくと、空気の抜けた風船のようにテンションが萎んでいく。

 

はぁ、と一つため息をついて、読んだ書類をベッドの上に乱雑に重ね置きながら、次の書類へと手を伸ばす。それを繰り返すと、ついに手ごたえがなくなった。

わたしは封筒の中に入っているA4サイズの書類をすべて取り出したと思い、もう中身はないだろうと思いながら念のために逆さまにしてみる。

 

「……ん?」

 

すると、裸で折りたたまれた便箋がぽとりとベッドに落ちてきた。中身が見えないように折りたたまれているからか、便箋の裏側をあらわにしているそれは、まるでベッドに敷いたシーツに同化するように、汚れ一つない白を一面に宿していた。

 

ドクっと、心臓が跳ねる。息が荒くなるのを感じる。視界が狭まっていく。

 

わたしは落ち着け、落ち着けと呪われたように呟く。便箋に何を書かれているのかはまだわからないのだ。中身を見ていないのなら、誹謗も中傷も受けていないのと同義だ。

 

「まだ、まだわからないから……。シュレディンガー……そう、シュレディンガーの手紙だ……!」

自分の気分をあげるように、セルフボケを独り言つが、しかしその言葉は弱弱しく、震えている。

 

ベッドに落ちた手紙にお伺いを立てるように、四つん這いになりながら震える。怖いのだ。この紙切れが、まるで死刑執行のボタンのように感じられる。

 

しかし、私にこの手紙を折りたたんだままごみ箱に捨てるという選択肢はなかった。もし見なければ、現在の精神衛生上、手紙の存在を忘れるまで、その内容がわたしへの罵詈雑言の文字で溢れかえっていると信じ切ってしまうと知っているからだ。

 

今一度ベッドに全身を乗せて座り直し、背を正す。そして震えた右手で、爆発物でも持つように丁寧に便箋を摘まみ、そしてゆっくりと眼前で開いた。

 

心臓が警鐘を鳴らすように早く脈打つ中、便箋の表側があらわになる。

無地の背景と、黒の横罫線でラインを区切られた、いかにもシンプルな造りのそれには、細芯のボールペンで達筆に書かれた、体調を気遣う文字から始まった文章が綴られていた。

 

「『伊佐敷遥です。体調は大丈夫ですか?1か月ほど会えていなくて心配なので手紙を出します』……」

 

半ば無意識に音読する。疲れた体に温泉の温かさが染み渡るように、彼の文章ににじみ出る優しさが、自身の声に乗って心に溶けだしていく。

 

「『封筒に手紙を入れて渡してしまおうと考えましたが、甘織れな子さんとは別のクラスなので友人に掛け合って封筒配達の仕事を譲り受けました』……ってさらっと凄いこと言ってるなぁ!?」

 

話しているときの彼とは打って変わって丁寧な文体であるが、やっていることは相変わらずに豪快である。

わたしは、風呂後に牛乳を一気飲みした後のように、はぁっと胸のすくようなため息をついた。足を伸ばして最後の文をよむ。

 

「『また学校に来れたら話がしたいので図書館で待っていてください』……かぁ」

 

そう書かれた文の下には、空白の外欄に絵が描いてある。そこには、白と緑の背景に、赤い竜が描かれたデザインであった。

わたしはその絵を見た瞬間に、彼のバッグに結ばれていたキーホルダーを思い出す。それは、この手紙が本人のものであることの何よりの証左に思われた。

 

わたしは手紙から天井へと目線を外し、また一つふぅとため息をついた。なにか、黒くてドロドロとした液体を胸の容器に入れられたような気持ちだ。

 

数秒目をつむったのち、便箋を元の状態に戻すように表側をくっつけるように折ってゆっくりとテーブルへ置く。そしてベッドへとダイブした。

柔らかい枕に顔を押し込み、真っ暗になった視界で思う。

 

……学校に行かなくなって1か月経ったんだ。もう遥さんとの友達関係なんてプツンと切れてるに決まっている。

 

かかる事実が、私の精神を汚染していくようで。落ちていくテンションが、枕の先の暗闇に混ざって溶けていくとともに、わたしの意識も一緒に吸い込まれて混ぜられていった。

 

……しかしあんな精神状態で寝ても、まともな睡眠時間が取れるはずもなく。

例に漏れず起きた瞬間にその輪郭を失った夢は、しかし確かに悪夢だったことだけは覚えていた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

結局あの後、午前1時ごろに起きてしまった私は、自身に降りかかったストレスを振り払うようにゲームに没頭した。

夜中だからか、エンカウントする敵は海外ユーザーばかりで、戦場に陽気なサンバの風(ポルトガル語のボイスチャット)を感じつつあれば、とっくに6時間が経過していた。

 

ちゅんちゅんと、カーテンの外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。まるでお前の時代は終わったとあざけているようであった。

 

わたしは睡眠不足とゲームの疲れによってふらふらとなった足を振って、せめて顔を洗いに行こうとドアを開けた。

すると、隣の部屋からも人影がでてくる。

 

「あ、お姉ちゃん……」

 

目を一瞬丸くした彼女は、もちろんわたしの妹である。いつもは後ろ髪を束ねてポニーテールにしている彼女だが、寝起きの今は後ろ髪をベールの様に両肩へと掛けていた。

 

彼女が声をあげると、わたしは視線を下げてしまう。すると、両者とも言葉を発しない気まずい時間が流れた。朝の清らかな空気が自身の心情に比例するようにどんよりしていく。

 

すると、彼女のほうからため息とともにギシっと踵を返す音がした。床に体重をかける音は、いつもの通りわたしが会話を放棄していることに諦めをつけたからだろう。情けないことに、わたしはそのことに胸をなでおろしていた。

 

しかし、彼女が階段を一歩降りたところで、にわかに声が飛んできた。それはまさしく青天の霹靂であった。

 

「お姉ちゃんに学校の書類持ってきてくれる男友達なんていたんだ。昨日玄関でお姉ちゃんに会いたい会いたいってうるさかったんだけど」

 

その言葉を聞いてハッと目線をあげると、妹はすでに背を向けて一階へと赴いていた。わたしは茫然として廊下の上で立ち尽くしてしまう。

彼女のまるで悪態を吐きつけるように言った言葉は、しかし時々話しかけてくるどんなあいさつや会話に比べても、確かに人肌のぬくもりを感じさせる声音であった。

 

そしてなにより。

 

「ともだち、あいたい……」

 

妹が言ったその言葉の節々を、まるで壊れたカセットテープの様に呟く。

脳内で再生される声は、自動的に封筒の中に入っていた手紙の主に寄せられていく。

 

遥さんが、もしまだ友達でいてくれているのなら、あるいは。

 

わからない。もしかしたら妹が私を学校に行かせようと考えた末にでたウソかもしれない。あるいは、考えたくないが、梨地さんとグルになっている可能性も確かに否定できない。

しかし、実際に彼はわたしに手紙を出している。もしかしたら妹は本当のことを言っていたのかもしれない。それに、図書館で彼と出会ったのはクラスでハブられる前の話だ。

 

頭の中で、まるで裁判の様に本当派とウソ派が審議をしている。しかし一向に結論は出せず、堂々巡りの様相を呈していた。

 

けどもし本当だったら。

 

わたしはそう願わずにはいられない。もしそうであったなら、それはつまり。

 

わたしにも、学校での居場所があるということに他ならないのだから。

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

次の週の月曜日、わたしは自室に転がっているよれよれの制服にそでを通して、久方ぶりの登校路の空気を肺に満たしていた。いつのまにか肌寒くなった気温はその鋭利さを空気に宿しており、深呼吸をするたびに棘が肺に突き刺さるようである。

 

川沿いの堤防のアスファルトを踏むのも久しぶりだが、しかしこんなにも足どりが重かったことはない。胸中の不安が膝から下の感覚を失わせているようで、まるでアスファルトがドロドロに溶けてしまっているような歩きにくさを覚える。

 

妹との会話からずっと悩んでいた。学校に行って、もしまだハブられていたらと思うと心臓が痛い。いや、それすらもまだましで、梨地さんの振る指先一つでいじめにまで発展したらと思うと一気に学校へ行く意思が霧散してしまう。

 

しかし、と震える膝を叩いてわたしは歩く。学校まではあと数分という位置まで来たのだ。今更引き返すことなどできない。

 

それにもしかしたら、とわたしは思う。その考えは、あるいは暗闇に生きる深海魚が、チョウチンアンコウの光に惑わされてひれを動かしてしまうようなものなのかもしれないが。

しかしわたしは、彼の書いた言葉を疑いたくなかった。もしかしたら本当かもしれないと、そう思わせてくれるほどには、彼との会話は楽しかったから。

 

学校まであと数百メートルである。冷えた朝風は川の冷たさとともに、わずかながらも太陽の温かさを含んでいるように思えた。









〈あとがき〉
れな子視点で書こうとしたら、筆が乗ってだいぶ長くなってしまったので2話に分けて書かせていただきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。