女装令息シャルロットの暗躍 作:女装男子が見たいだけ
シャルロット・マリエールは、スモーキーピンクのウェーブヘアに春の麗らかな朝日を受けながら、テラスで食後のお茶を飲んでいた。
「シャル様、今朝の新聞をお持ちしました」
「ありがとう、ミカ」
ひまわり色の真っ直ぐな髪をうなじの辺りで細く一つにまとめた少女――侍女のミカから新聞を受け取り、一面から順に読み始める。
父が市長を務める辺境都市マリエールに住むシャルが、国内の事情を効率良く知るには新聞が欠かせない。
「シャル様、お茶のおかわりはいかがなさいますか」
「いただくわ」
シャルは気の利く侍女に柔らかく微笑む。
国内でも指折りの美姫と呼ばれた母にそっくりな容姿は、幼い頃から周囲を魅了してきた。
そして十五歳になった現在は、可愛らしさから美しさへと更なる成長を遂げつつある。
腰まで届く髪は隙なく輝き、上品な白のフリルブラウスと紺色のロングスカートというシンプルな装いが、その魅力をいっそう引き立てていた。
薄い磁器のカップに注がれる琥珀色の液体を眺めているだけで、テラスの様子を遠巻きに見ていた他の使用人たちがほうっと息を吐いて見蕩れるほどだ。
「ミカ、あなたも座って」
シャルは向かいの席を指した。
「では、お言葉に甘えて」
ミカはにこっと愛嬌のある笑顔を返し、ティーワゴンから予備のカップを取り出すと、自分の分を淹れて腰掛けた。ミカもまた、シャルとは方向の違う人懐こい仔猫のような可愛らしさがある。
年が近く仲の良い二人の様子を見ることは、屋敷で暮らす使用人たちの癒しになっていた。
「王子の許嫁が決まったそうよ。幼年学校から親しくしている公爵家のお嬢様ですって」
「あら、それはおめでたいですね」
新聞の見出しと概要を読み上げた後、お相手の公爵令嬢の姿が写真付きで報じられているのを見て、
「大変だなあ。こんなに大々的に顔を知られたら、買い食いもできないよね」
シャルは声量をミカに聞こえるぎりぎりまで下げ、低い声でぼそりと呟いた。
「そうだなー。シャルが嫁ぐことにならなくてよかった」
ミカも口調を崩して、シャルにしか聞こえない音量で相づちを打った。アルトボイスのシャルよりも更に低く、明らかに男性の声だった。
「僕にも打診は来てたらしいよ。母上が断ったみたい」
「マジで」
「父上はなんで断ったんだってヒステリックになってたけど」
「そらそうでしょ。――だって、ホントは男なんだから」
うふふあははと二人で笑い合う姿は、遠目には年頃の少女二人が和やかに談笑しているようにしか見えなかった。
長い戦争が終結して間もなく、王が直接国を治める時代は終わりを告げた。王族や王宮は今も存続しているが、彼らには政治的な権限はほとんどなく、国民の規範として、象徴としての生活を送っている。
王のあり方が変わると共に、貴族という身分も形だけのものになり、特権のほとんどは失われた。
法律は全ての国民に平等に適用されるようになり、貴族が代々務めていた官職は公務員と名を変えて、有能な人材を市井から取り立てることも多くなった。
最初の頃こそ反発も多かったそうだが、それから百年が経ち、生まれた時からその生活と価値観の中で過ごす者が大半になると、慣れる。人間は順応性の高い生き物だ。
一方で、貴族というものは保守的な生き物だ。
変わらねばならない対外的な部分の意識は少しずつ変わりつつあっても、変える必要性のなかった部分、いわゆる内部事情は変わっていないことも多い。
――例えば、爵位持ちの家の家督は世襲制で、年長の男子が継ぐこととか。
シャルの父であるヘンリー・マリエールは、国境を守る辺境伯としての武術の腕もさることながら、若い頃から数々の浮名を流す色男だった。
正妻となった公爵家の三女ロザリーは政略結婚を承知して輿入れしたため、夫の愛人関係には無関心だった。
が、よりによってロザリーが第一子を身ごもった直後、愛人の一人が男児を産み、認知しろと押しかけてきたのだ。
心当たりしかないヘンリーは、いろいろと揉めた末にその男児と愛人の存在を認め、第二夫人として家に入れるしかなかった。
武人のくせに危機管理もできないのかと呆れ果てたロザリーは、いよいよ愛想を尽かした。
実家の公爵家に事の顛末を余すところなく伝え、離婚届にサインをして夫婦の寝室に置いた後、信用のおける少ない使用人だけを連れて別邸に身を寄せた。
慌てて迎えに来たヘンリーには『重大な裏切り行為であることをわかっているのか』『今後も公爵家の支援が受けられると思うな』『次に同じことが起きたら世の中のために愛人共々差し違えてでも殺してやる』『恥を知れ』と身重の身体で大立ち回りをした。
最終的に『公爵家と今後も懇意にしておきたければ他の愛人との関係を全て絶ち、これ以上外に
その後、年を跨がないうちにロザリーにも男児が産まれたわけだが、
「男の子が産まれたことが、本邸ででかい顔をしている愛人に知れたら何をしてくるかわからないわね。こんなしょうもない家の跡目争いに巻き込まれる必要なんてありません。面倒なことは第二夫人様に任せて、無責任に楽しく暮らしましょう。ねえ、シャルロット」
と、息子に女の子の名前を付け、女子として育てることにしたのだった。
それから十五年、母の美貌を受け継いだシャルロットは、一度も性別を疑われることなく別邸ですくすくと育った。淑女の嗜みだけでなく、公爵家としての振る舞いやマナー、マリエール家伝来の武術、そして魔術を学んだ。
ロザリーはシャルロットに、世間的に女子として振る舞うこと以外には、特に何も強制しなかった。
「僕も春からは首都の学校に行けるんだよね。楽しみだなあ」
心まで乙女になれとか、素の一人称まで淑女たれとか、そんな教育を受けなかったこともあり、シャルは一応、男子としての自覚を持っていた。
淑女の仕草をするのは演技をするようなもので、バレずに暮らすことも、ゲームのようで面白いとすら思っている。
複雑な事情はあれど、母の愛情を一心に受け、女装令息シャルロットはのびのびと育った。
しかし一つだけ、母に内緒で心に決めていることがある。
「入学したらしっかり勉強して、十八歳の成人までに独り立ちするんだ」
今後、何かの拍子に男だとバレるかもしれない。
そうでなくても、貴族の女子は遅かれ早かれどこかに嫁ぐことになるため、一生女子のふりを続けることはできない。
もちろん今更家は継ぎたくないので、トンズラをかますための準備をしておくべきだと常々思っていた。
マリエール領を離れることは、そんな独り立ちへの絶好のチャンスだ。
「俺も、全力で応援するからね」
シャルの世話をするためだけに自らも女のふりをしているミカも、主の決意に自分の決意を重ね、フンスと気合いを入れた。
それからふと気付く。
「――でもさ、戸籍上は女なんだから、学校にも女子として通わなくちゃいけないんじゃない?」
「あっ」