女装令息シャルロットの暗躍 作:女装男子が見たいだけ
隣国との国境にあるマリエールから首都のテリエまでは、最新の寝台魔導列車でも一日かかる。
「首都って、昔は歩きとか馬車で一ヶ月くらいかけて移動してたんだよね。便利な時代に生まれて良かった」
シャルは駅のホームに立ち、細長い箱がいくつも連結した蛇のような列車を物珍しげに眺めた。不意に風が吹き、シャルが着ている爽やかな水色のワンピースが膝丈ではためく。
「着いたらすぐに連絡するのよ」
ロザリーは艶やかな巻き毛をなびかせながら、自分と同じ色をしたシャルの髪を心配そうに撫でた。
「長期休暇には戻るから、あまり心配しないで」
「いっそのこと、わたくしも首都に戻ろうかしら」
首都にはロザリーの実家、ヴァイス公爵家の邸宅がある。彼女にとってはマリエール領よりも馴染みのある土地だ。
「奥様まで首都に行ったら、執事に泣き縋られますよ」
ミカが犬歯を見せてけたけたと笑った。
当初は第二夫人に辺境伯夫人としての仕事を丸投げするつもりだったのだが、あまりにも要領が悪い上に金遣いが荒いので任せられないと、やつれた執事が別邸のロザリーの元に相談に来たのだ。
以来、第二夫人には適当に小遣いを与え、一切の決裁権を持たせていない。
「せっかく楽ができると思ったのに、あの女まで養う羽目になるなんて」
再びはあ、とため息をつくロザリー。
歳を重ねても変わらず美しいロザリーが物憂げに首を傾けるだけで、観衆がぼうっと熱にあてられたような顔になった。
彼女がこうして周囲を魅了するのを見る度に、シャルはよくもまあ、この美しい母を迎えておきながら浮気なぞできたものだと、実父のやらかしたことに呆れる。
「まあ、私をダシにして、時々首都に息抜きに来るくらいなら大丈夫じゃない?」
「そうね。早速計画を立てましょう。それまで元気にしていてね、私の可愛いシャル」
「お母様も」
頬を合わせる親愛のキスをしてから抱きしめ、ようやく離れたロザリーをホームに残し、シャルは列車のステップに軽やかに乗った。
「それじゃ、行ってきます」
先に乗っていたミカが手を引き、更にもう一段上へ。
途端に警笛が鳴り、ドアが大きめの音を立てて閉まった。
ゆっくりと景色が流れ始め、潤んだ目のロザリーの姿は、窓枠に阻まれてすぐに見えなくなった。
「シャルロット・マリエール様と、ミカ様ですね。お部屋へご案内します。揺れますので、足元にお気を付けください」
「ありがとう」
シャルは、大きなトランクをふらつきもせず運ぶ二等客車専用のベルボーイの後を追いながら、少し申し訳なさを滲ませつつ微笑んだ。
「ごめんなさい。本当は動き出す前に部屋に入らなくてはいけなかったのでしょう?」
ロザリーが別れを惜しみすぎて出発時間が押していたのだ。
さりとて辺境伯夫人を無碍に扱うわけにもいかず、譲歩できるギリギリまで待ってから出発してくれた。始発でなければ置いていかれていたかもしれない。
「いえ、そのように言っていただけるだけでもじゅうぶんでございます」
背筋を伸ばしてにこやかに微笑むベルボーイは、二〇三というプレートが付いた扉の前で立ち止まった。
「お二人のお部屋はこちらになります」
スッと開けられたドアから、まずシャルが中に入り、続けてミカも入る。
「素敵な部屋ですね」
そこは、手前にベッドが二つ並び、大きな窓際に机が固定された、ちょっとしたホテルのような空間だった。
「トランクはどちらに置きましょう」
「ああ、そちらで構いません。ありがとう」
シャルが入り口の脇に置くよう指示すると、ベルボーイは奥まで運ばなくていいのかと、少し意外そうな顔をしながらも、言われたとおりにトランクを下ろした。
「とんでもございません。何かございましたら、このベルでお呼びください。それでは、良い旅を」
余計な会話は一切行わず、ベルボーイは速やかに立ち去った。ミカは閉まったドアに耳を付け、足音が遠くに行くのを確認してから、シャルに向かってぐっと親指を立てた。
「よし、これでしばらく自由だー」
シャルは編みブーツを器用に素早く脱ぎ捨て、地声でへにゃへにゃと言いながらベッドに背中から倒れ込んだ。慣れているとは言え、ずっと演技をし続けるのは少し疲れる。
「シャル、スカートにしわがつくよ」
トランクを開けて中からシャルと自分の服を取り出し、ハンガーに掛けるミカの声も既に低い。
「そうだった」
がばっと起き上がる。ここはいくらでも着替えがある自分の部屋ではないのだ。乱れた髪を、ミカが素早く整えた。
「寝て過ごすのもいいけど、せっかく寝台列車に乗ったんだから、少しは楽しまないとね」
よいしょとベッドから下りるシャルの足元に、ミカはサッとヒールの低いサンダルを持ってくる。夕食には少しだけドレスコードがあるが、昼間の車内を歩き回るには、これでじゅうぶんだ。
「ミカも楽にしなよ。僕以上に休む暇がないんだから」
シャルはミカのことを友達だと思っているが、身分としては侍女である。
シャルの世話を一手に引き受け、ほかの使用人たちに混ざって仕事をすることがある彼は、シャル以上に女装がバレないように細心の注意を払って生活していた。
「俺はシャルのお世話をするのが楽しいからいいんだよ!」
にこーっと向けられる満面の笑みは、普段以上に輝いている。シャルにしか見せない百パーセントの笑顔だった。
「そういうもの?」
「うん!」
本心から言っている顔だったので、シャルはそれ以上気にしないことにした。