女装令息シャルロットの暗躍 作:女装男子が見たいだけ
ミカに髪を三つ編みにまとめてもらったシャルは、列車探検に繰り出した。
といっても一等客車は車両まるごとが一組のために存在している。
そして三等客車には様々な人間が乗っているので、明らかに良いとこのお嬢さんといった風体のシャルたちがうろつくのは危険だ。
必然的に、二人が移動できるのは今いる二等客車と、一等客車との間に挟まっている食堂車くらいだった。
食堂車と二等客車の間には展望デッキが備わっており、さっそく扉を開けたシャルのスカートが、暴風にはためく。
「あはは、髪をまとめておいて正解だった!」
もわっとした夏の終わりの湿った空気を感じながら、走行音と風の音に負けない大声でミカに言った。
「でも、気持ちいいな!」
ミカも細い尻尾のような自分の髪を胸元で握り、声を上げて笑う。
列車はマリエール市街地を抜け、長閑な農耕地帯に差し掛かっていた。二人とも、時々ロザリーに連れられて視察に行っていたので、特段珍しい景色というわけではない。
「しばらくこの景色ともお別れだ」
青く風の形を映す野菜畑の列は一瞬で後ろに流れていき、どこまでも平らな大地の向こうに、きらきらと輝く水平線が見えた。
「発つ前に、海に行っておけばよかったかな?」
首都にも港はあるが、海水浴ができる砂浜はない。白いビーチはマリエールの観光資源の一つだ。
「日焼けして入学式に出ることになってたんじゃない?」
「それも良かったかも」
貴族たちは未だに肉体労働に忌避感を持っているため、騎士を除いて日焼けすることを好まない。
女子として入学するシャルが日焼けしていたら、尚のこと白い目で見られることは間違いなかった。
「もう少し眺めてたいけど、本格的に汗をかく前に食堂車に行こうか」
「わかった」
いくら風が涼しくても、残暑の外にしばらくいると、腕や首がしっとりとしてくる。二人はデッキを離れ、隣の車両へ移った。
扉を開けて中に入った途端、冷房の効いたひんやりとした空気が、ぬるくなった肌を急速に冷やした。
食堂車には先客がいた。
バーカウンターに腰掛けている老夫婦は、若い貴族の娘――にしか見えない二人を見て、にこっと愛想良く微笑んだ。シャルとミカも、長年培った愛らしい微笑みを返す。
「こんにちは。お隣、よろしいですか?」
「もちろんだとも、可愛いレディたち」
「ありがとうございます」
礼を言って、男性の隣にシャル、その隣にミカが腰かける。
「何にしましょうか」
カウンターの内側にいる姿勢の良いバーテンダーが、優雅に微笑んだ。
「じゃあ、レモネードを」
「冷たくて甘い、おすすめをください」
口々に注文する内容の愛らしさに、夫婦は思わず目を細める。
「もしかして、一等客車の方ですか?」
「そうよ。やっとチケットが取れたの」
寝台魔導列車の一等客車は、一生に一度乗る機会があったら幸運だと言われるくらい、チケットが取れないことで有名だ。
車両一つを貸し切るため価格は二等、三等車の比ではないが、その分待遇と乗り心地、そして提供される食事と窓から見える景色の良さは、富裕層の間で度々話の種になる。
「いつか私たちも乗ってみたいね」
「うん」
ほどなくして、シャルの前には小さな泡がしゅわしゅわと昇るレモネード、ミカの前にはしっかり冷えた果汁百パーセントのリンゴジュースが置かれた。
「美味しいです」
「よく冷えてて、甘いです!」
それぞれに一口飲み、感想を述べる。
「レディたち、二人だけかい? 親御さんは?」
二等客車は、基本的に一室につき二人までだ。老夫婦は、仲の良い二人を姉妹だと思ったようだ。
「秋から首都の学校に通うんです。両親は仕事で家を離れられないので、二人だけで」
それを聞いて、老夫婦は目を丸くした。いくら平和な時代とはいえ、少女二人だけで旅立たせるなど、親も思いきったものだと感心していた。
「お二人は旅行ですか?」
今度はミカが訊ねる。
「ええ、夏の間をマリエールで過ごして、首都に戻るところ。お嬢さんたちは、首都に着いたらどこで暮らすの? 学生寮かしら」
「母の知り合いの家に、下宿させていただくことになってます」
学校には寮があるが、さすがに女子寮に住むのはいろいろとまずいだろうということで、ロザリーが根回しを図った。
「そう、それなら安心ね」
知り合いの側なら心細さも軽減するだろうと、夫人は自分のことのように安心した。
そこでふと、男性のほうが何かを思い立った。手帳を取り出して万年筆でさらさらと何か書き込み、一枚破って差し出す。
「今日会ったのも何かの縁だ。何か困ったことがあったら、尋ねておいで」
そう言って渡されたメモには、流暢な筆跡で首都の住所と名前が書いてあった。
「クーベルタン様ですか」
『ポール・クーベルタン』という名前に、どこかで聞いた名字、と考えるシャル。隣からメモを覗き込んだミカも首を傾げた。しかし、
「気軽にポールおじさんとでも呼んでくれ。彼女はキャロルだ」
にこやかな笑顔でそう言われると、まあいいか、と流されてしまう。
「ポールおじ様、キャロルおば様ですね。私はシャルロットと申します」
「ミカです。シャルロットお嬢様の侍女をしています」
「シャルロット……? その髪の色でもしやとは思っていたけど、マリエール辺境伯家の?」
「私のことをご存知なんですか?」
一連の愛人騒ぎはちょっとした話題になったらしいが、それも十五年前のことだ。その後に生まれた第一夫人の娘の名前まで浸透しているものだろうかと、シャルは不思議に思った。
「ああ。マリエール家には、ロザリー夫人によく似た美しい御令嬢がいるってね」
なるほど有名なのは母だったかと、シャルは納得する。ポールの見た目から推定できる年齢を考えると、子どもとロザリーが同年代なのかもしれない。
「そうとわかれば、尚更レディ二人の旅は心配だ。気をつけるんだよ」
「ありがとうございます。落ち着いたらぜひ、ご挨拶に伺いますね」
シャルは見た者全てをとろけさせる満面の笑顔で礼を言い、夫婦は微笑ましげに頷いた。