君を呪う 作:最近おみくじで凶でた
俺はしがない社会人だ。自分のことを言い表すものは特に無く、強いて言うならば家庭菜園を少しやっているぐらい。家庭菜園と言ってもアパートのベランダで育てられるぐらいの小さなものだが。苦手なものは理解できないもの。幽霊とか外国語とか、あと話が噛み合わない人も苦手だ。
いつも通り会社で勤務し、帰宅した後はベランダでトマトを弄って飯と風呂を済ませて明日に備えて寝る。
こんな毎日であるが俺にとっては充実したもので、簡単には手放し難いものであった。しかしそれは唐突に失われることになる。
「くぁ…ねむ……」
やるべきことが全て終わった。あとは寝るだけ。時計を見ると針は1時を指していた。
「今日は疲れたな…あぁもう日付変わってたか」
いつもより2時間も長く起きていたからか体が怠い。仕事を家に持ち帰るのはもうやめたほうがいいな。
寝室へ向かい電気を消す。6時に起きるためアラームをかけておくのを忘れない。
そしてそのままベッドへ横になり、目を瞑って眠りについた。
――閃光
突如瞼を貫通するほどの強い光を感じた。
気になって目を開こうとするが急激に体から力が抜ける。そして段々頭の中が真っ白になって……
……強い光で目が覚める。カーテン閉め忘れてたか?
目を開くとやはりカーテンが開けっ放しになっていた。しかし、しかしそれ以外におかしなことに気づいてしまった。
「ここ……俺の部屋じゃ……ない……」
どういうことだ……俺は確かに自分の部屋で寝たはずだ。こんな粉臭い散らかった部屋に居たわけがない。だが確かに俺はこの部屋に居る。おかしい、理解できない、一体何が起こっているんだ。
思考がまとまらずパニックになる。そこへ新たな不可解が舞い込んだ。
「あら洋助、起きてたの?」
部屋に入ってきたのは俺より若い20代ぐらいの女性。黒を基調としたレース服で、髪と目も黒色と黒一色な見た目だ。
突然のことすぎて戸惑ってしまった。というか洋助って……
「俺……?」
「ええそうよ。朝ご飯できてるから、食べに来てね。あと今日は入学式なんだから早く用意しなさい?」
そう言って部屋から出ていった女性の方を呆然と見ていると、階段を降りていく音がした。どうやらこの部屋は一階ではないようだ。
理解できない状況に取り残されたままで、めまいがする。だがこの中でもわかったことはある。
俺が別人になっているということ。さっきは洋助と呼ばれたが俺は洋助という名前ではなかった。
そしてもう一つ、俺が学生であるということだ。まだ何学生かわからないが……。
とりあえず今やらなきゃいけないことは理解できないものを理解することだ。そして俺は正しい俺のところへ戻らなければならない。
そして学生だというのなら鏡を見れば確証が得られるはずだ。まずは鏡から探すとしよう。
部屋の外へ出る。
家の様子は一般的だ。しかし長年住まれているようには感じない……新築なのかもしれないな。
そういえばさっきの女性は俺である洋助のことを知っていた。俺が学生だとすると母親だろうか。それにしては見た目が若いような気がするが。
ところで俺の意識がここにあるということは、俺が洋助という人物に憑依か何かしてしまったのだろうか。
他人に憑依する……理解はできないが実際に起っていて俺自身が体験しているのだから認めなくてはいけないな。憑依とすると、俺がもとの体に憑依し直せば解決できるかもしれない。
でもどうやって?……これも考えなきゃいけないか。
一階に降りるとリビングに出た。リビングにはさっきの女性とご飯が乗ったテーブルあった。だがまずは鏡を見たい。洗面所はどこだろうか。
「洗面所は右よ。引っ越したばっかりで慣れてないかもしれないけど早く覚えてね」
「……ありがとう」
考えていたことを言い当てられてびっくりした……。だが今は引っ越したばかりらしい……これはかなり楽になる。地理や家の間取りがわからなくても明らかにおかしいということはない。それとあの女性は洋助の母親であるのだろう。姉と引っ越すという状況はあまり考えられない。
洗面所についたが予想通り鏡はあった。
「え、これ俺だよな……」
鏡に映る顔は俺の学生時代にそっくりであった。この顔は高校生ぐらいの頃、つまりあの女性の年齢は、母親であれば普通に考えて30、40代ということになる。あの見た目で……まあありえなくはないか。父親がわかれば悩む話ではないのだが。
ここまで顔が似ていると、似ているからこそ憑依が起こったのではないかとも考えられる。だがそれよりも重要になるのはここが俺の知っている世界と同じであるのかだ。スマホとかがあれば調べるか……その前にご飯食べないとな。
「それじゃあ食べましょうか」
「ああ……いただきます」
リビングに戻ってご飯を食べる。口におかずを入れると奇妙な感覚をした。懐かしい感覚と新しい感覚。これはやはり憑依している説が強くなった。魂での記憶と体での記憶、これらの記憶での感覚が同時に働いて混ざったからだろう。
「ごちそうさまでした」
無言のまま食べ終わったが……ずっとこっちを見られていている気がして気味が悪かったな。親でもそんなに食事中の姿は見つめないだろ。
それはそうとさっきの話だと入学式があるのか……ここがどこかわからない上にどこの学校に行くのかすらもわからない。とりあえず部屋で探すか。
自室に戻って何かないか探してみると机の上にスマホが置いてあった。幸いパスワードがかけられてなくてすぐに開くことができた。
入っているアプリは……RAILと地図アプリと最初から入っているもの……スマホの機種も前の俺が使っていた方とおそらく同じか。それとここはさいたま……地名も同じってことは違う世界ではないのか?聞いたことのある学校の名前、泥の水女子大や遅稲田大学もあるし。
「私は仕事があるから先に出てるわね。あなたが入学するのはさいたま東北高等学校で、さいたま西南の方じゃないから気をつけてね。あと、戸締まりは忘れないように。鍵は玄関においておくから」
「うわぁ!びっくりした……いってらっしゃい……」
心臓が止まるかと思った……音も立てずに近づかないで欲しい。そういえば名前ってなんだろう。知らないとまずいよな……RAILつながってるか?
RAILを開くと連絡先が一つだけある。黒和静伽、たぶん母親と思しき女性の名前だ。他の連絡先がない……もしかして父親とか居ないのか?離婚か死別、それを理由に引っ越しをする。おかしくはない。もう少し考えたいがもう学校にいかないといけないな。入学式に遅れるのは避けたい。それに憑依していてもとの人格の存在を感じていないのなら洋助の人格は俺の方に入っていると予想できる。戻ったときに不利益を被させるのは社会人として情けない話だ。
部屋を探して入学案内を見つけ、その通りに準備する。
「これで準備よし、行くか」
玄関まで行くとドア横の郵便受けのそばに鍵が置かれている。ドアを開け外へ出た俺を直射日光が出迎える。しっかりと戸締まりをしてから俺は地図アプリを見ながら学校へと向かった。
「ここ……だよな?」
校門の前で銘板を見ると『さいたま東北高等学校』と書かれている。ここでいいみたいだ。クラスを確認して教室へ向かう。いわゆる普通の学校といった感じでおかしなところはない。さすがに憑依とは関係ないか……。登校時間なのに人があまり入って来ないし入学式は在校生の登校はないみたいだ。しかし高校生活か……俺の記憶だと部活に入っていなかったんだよな。青春らしい青春もあまり送っていなかったと思う。彼女もましてや奥さんだなんて夢のまた夢だったしなあ……。
教室に入って周りを見渡す。黒板には入学式の時間とその時の行動予定が書かれていた。とりあえず同級生に挨拶でもしておくか。自分の席のそばへ近づくと、ちょうど隣の席の男子と目があった。
「おはよう」
「お、おはよう?」
反応がちょっと変だ。
「えっと……何か変かな?」
「いや……見ない顔だなって思っただけだ。気にしたらごめん」
見ない顔?……なるほど、この高校は中学校と一貫していて生徒があまり変わらないタイプか。
「あー……そうだな、オレは鈴見良二。よろしくな」
「俺は黒和洋助。よろしく」
「ん?黒和って……ちょっと待てよ、このクラスに居ないぞ?」
「え」
「ほら、これ見ろよ。黒谷洋助なら居るけど」
黒谷……連絡先だと俺の母親は黒和だったはず、いやじゃあ母親じゃないのか?……いやまてそうか、離婚か。それなら名字が違うのにも納得できる。だがなぜ名字を合わせないのかは理解できない。未練から名字を変えないでいる?それとも俺と距離を置きたくて違うようにしているのかもしれない。
「あはは……まだ慣れてなくて間違ったかも」
「そ、そうか。理由は聞かないでおくぜ」
そうやって話していると入学式の時間になった。体育館に集まると式が始まる。校長の話を聞いているとどうやらこの高校は部活動のどれかに必ず参加しなくてはいけないみたいだ。部活か……運動はあまり得意じゃないし文化部だな。
部活動強制参加ということで明日は一日中部活動の見学体験を行うらしい。それでその準備もあって今日はこれで終わりだ。明日一日中か……長いな。まあでもそれだけ力を入れてるんだな。少し楽しみになってきた。
入学式が終われば他に用事がなくすぐに解散になった。友達作りをしたほうが良いかもしれないが、今は家でゆっくり考え事をしたい。
友達作りは明日の部活見学体験でやればいいだろうと思い、今日はもう帰ることにした。
家についたのでドアを開ける。
「おかえり洋助。今日はどうだった?」
うぉっ!?……今日は驚いてばかりだ。というか仕事はどうしたんだ?
「た、ただいま……特に何もなかったよ」
「ふふ、早く帰ってきたのならそうね。私も今日は仕事が早く終わったからちょうどよかったわ。お昼は食べる?」
「うん。食べる」
「じゃあ少し待ってて?すぐ作るからね」
うーん、距離が近いような……こんなに近いことって家族であるのか?でも死別であるのなら距離が近くなるのは分かるし、でも名字が違うのが納得できない。離婚か死別、どっちなんだろう。
昼飯を食べて自室に入る。掃除されたのか散らかっていた部屋はきれいになっていた。今日一日過ごしてみて謎は深まったばかりである。それにもとの俺の方であるが仕事は一体どうなっているだろうか。高校生にアドリブでできるとも思えないし、そもそも仕事があることに気づいていないかもしれない。時間がかかると憑依から戻ったときに大変そうだ。一刻も早くこの状態から脱却できる方法を見つけなければならない……。