イージス護衛艦「はぐろ」、がんばります。   作:gotsu

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戦闘シーンです。


プロローグ

 ごうごうと海水が流れ込む音と黒板を引っかいたような鉄がきしむ音が聞こえる。艦内は負傷者のうめき声や生き残った人間の怒声であふれかえっていた。

「はぐろ」は自分がもう長くは浮いていられないないことを悟った。

 しだい沈んでいく船体と遠のいていく意識の中で、今までの乗組員達との思い出が走馬灯のように蘇った。

「ごめんなさい」

 そう言って彼女は東シナ海の海に静かに沈んで行った。

 

 

 

 あたご型イージス艦6番艦「はぐろ」は日本が誇る最新鋭のイージス艦である。最新鋭といっても、他のあたご型と同じ能力と5番艦までの反省を生かし、少しの設計変更を行っただけであるが。

 「はぐろ」が就航してから3年後、日本は隣国との紛争に巻き込まれることとなった。

 

 日本の近隣国であるC国は国内で多くの問題を抱えていた。都市部では連日のように政府に対する抗議行動が行われ、それを政府が力で押さえ込む、C国内では連日こういった緊迫した状態が続いていた。

 C国の内陸部では砂漠化が進み、食料自給率も右肩下がり、拡大させすぎた軍隊の維持費が縮小気味な国家経済を圧迫し、国主導による食料の輸入政策もままならない状況となった。

 もはや国内だけで問題の収拾は不可能と判断し、C国は一つの決断を下す。国内の不満の解消と資源、食料確保のため、領土問題の解決の名の下に南下拡大政策の実行を決定した。それは同時に東アジアの平和の終わりを意味するものだった。

 南下拡大政策が決定されるとC国は数ヶ月の準備期間を経て、国境線へ部隊を集結、演習という名目で作戦行動を開始した。

 日本近海においてもこれは例外ではなく、東シナ海ではC国漁船や沿岸警備隊との衝突が連日続き、日に日に緊張の度合いを増していった。そして、ついに日本にも、C国の空母機動艦隊が近日中に出航、東シナ海および南シナ海で作戦行動に移る、という情報が同盟国からもたらされたのであった。

 海上自衛隊は直ちに警戒レベルを強化、艦艇の集結を急いだ。「はぐろ」も例外ではなく、いかずち、いなずま、まきなみ、あしがら、ひゅうが、あきづきと共に艦隊を編成し佐世保で弾薬の補給を受け、東シナ海に展開していった。

 時間が経つごとに増える海上保安庁の巡視艇とC国船舶とのトラブル、そして日本の巡視船がC国軍艦に撃沈されるという事態にまで発展した。

 これをうけ、日本政府はついに防衛出動を下令、C国との本格的な戦闘状態に突入した。

 日本は同盟国との連携や優れた作戦指導で終止戦闘を優位に進めていった。しかし無傷とはいかなかったのである。

 

 

 

 東シナ海に展開した「はぐろ」の艦隊は、DDHひゅうがを中心に駆逐艦陣形(輪形陣)を形成し、「はぐろ」は当直艦として対空警戒に当たっていた。

 

 

 

「警報、ミサイル、数10、210°40マイル」

 その時は唐突にやってきた、はぐろCICについさっき発艦したばかりの対潜ヘリからミサイル探知の通報が鳴り響く、 

 CICは騒然となった。次の瞬間、ディスプレイにデータリンクされたシンボルが映し出される。

「対空戦闘用意、トラックナンバー8524から8534、SM-2攻撃初め、サルボー」

 哨戒長が迎撃の指示を出す、イージス艦は他の護衛艦とは比較にならないほど探知能力も対処能力も高い、しかし電波の届かない水平線の向こうまで見える、という訳ではない。

 はぐろ前部と後部のVLSからSM-2が白煙を引きながら次々と発射される。

「ES探知、320°ミサイルはSS-N-22サンバーン」

 電波情報によってミサイルを識別する。最悪の相手だった。海面ギリギリをマッハ2を超えるスピードで飛来するこのミサイルを迎撃する時間は余りにも少ない。

 20本のSM-2は慣性誘導を終え、鷹が獲物を狙うように目標に突き進む。

「5秒前、スタンバイ・・・・・・マークインターセプト、トラックナンバー8524、から8527、8529、8534、ターゲットキル、残りは・・・真っ直ぐ突っ込んで来ます!到達まであと20秒!」

 コンソール員の悲痛な声がCICに響く。

 

 もし、この時対空レーダーを使っているのがあしがらだったら、いくつかは電波を出しているあしがらに向かっていき難を逃れられたかもしれない。

 もし、もう一機対潜ヘリを飛ばしていたらもっと早く探知できたかもしれない。

 もし、別の占位位置を指定されていたら他艦から支援を得られたかもしれない。

 だがそれを考えるのは遅すぎた、状況はあまりにも不利だった。打ちもらした残りの4発のミサイルは全てはぐろ目掛けて殺到した。

 

「ES(電子妨害)攻撃初め、チャフ発射、主砲打ち方初め、CIWS AAWオート」

 矢継ぎ早に指示が飛び、はぐろは持てる対抗手段の全てを使って回避しようともがく。

 一発はジャミングにより目標を外し、一発はチャフ雲目掛けて突っ込み、もう一発は主砲弾の爆煙に呑まれていった。しかし最後の一発は彼女の命を狙わんと、蛇のように海面を猛スピードで這い突っ込んでくる。

 

 CIC内ではもはや誰も喋らなかった。ただ全員が祈るようにディスプレイのシンボルを見つめる。

 二門のCIWSが唸り、細い光線を描く、轟音を響かせながら接近する巨大なミサイルに対してそれは余りにも心細い光だった。

 

 乗員の祈りもむなしくその光がミサイルを捕らえる事はついになかった。

 ミサイルはCIC直上に命中、300Kgの炸薬を容赦なく爆発させ、はぐろを紅蓮の炎で包み込んだ。

 

 ミサイルは艦橋下部をほとんど吹き飛ばした。

 直下のCICは天井を叩き割られ、内の乗員は痛みを感じる間もなく蒸発した。。

 それだけに留まらず300Kgの炸薬の暴力的なエネルギーは艦底部にまで達し、キールを叩き折り、艦内に爆風と破片の嵐を撒き起こす。

 ある者は爆風で身を焼かれ、またある者は大きな鉄の塊に押しつぶされた。

 浸水を防ぐはずの防水区画も大きく歪み、防水扉も爆風で吹き飛ばされ用をなさなくなった。着弾点から1ブロック離れた応急指揮所にも爆炎は到達、はぐろは軍艦としての機能を完全に失った。

 

 

 キールを折られ浸水を止める手段も無い、きっともう長くは浮いていられないだろう。「はぐろ」は電源が消失し、燃え盛る炎だけが照らす自分を見る、CICにいた人は艦長、副長を含め、全員が跡形も無くCIC区画ごと消え去っていた。

 ふいに、艦長が出航の前に飛行甲板で乗員に言った言葉を思い出す。

 「今回の出航は恐らく実戦になる。当然最善を尽くすが命の保障は出来ない、皆様々な理由でこの海上自衛隊という組織に入隊したと思う。」

 「それが自分にとってはつまらない理由と考える者もいるだろう。自衛隊の存在する理由は国防のためだ、だが、それは我々を動かす人間が考えればいい、君たちは船にいる家族、船という家、隣の船に住む隣人を守るために戦って欲しい。」

「私も家族と家を守るために覚悟を決める。」

 

 一度言葉を区切り、壇上で乗組員全員を見渡し、口を開く。

「最後に、実戦に出るにあたってどうしても艦を降りたい、という者は下船を許可する。これについてはいっさいとがめない」

 そう言って艦長は壇上を降りた。

 艦を降りる者はいなかった、他の乗員の顔色を伺うことなく、全員が自分の意思でこの艦に残る事を決めた。

 艦長が進水式のその日から、3年間積み上げてきた成果だった。

 はぐろにとっては、乗組員が軍艦である自分を、命をかけて守るべき価値のある家族、と初めて認めてもらったように思った。

 

 

 艦橋で羅針儀の下で倒れている航海長、最近結婚したばかりで数ヶ月前、艦長に呼ばれ地上勤務へ異動を勧められていた。

「自分が操艦してあげないと、この船がへそを曲げるから」と言い断った。訓練中、航海長が所要で少しの間、操艦を変わった時に隣の補給艦にぶつかりそうになったのをまだ根に持っていたのだろうか。若く優秀な1尉だった。

 

 応急指揮所で血まみれになっている応急長、「実戦なんて孫にいい土産話になる。」と笑い飛ばしていた。

 定年間際の2尉で、若い者に孫の写真を見せては結婚を勧め、お見合いを設定するおせっかいだが気の良いおじさんだった。

 海戦は無情だ、彼女は自分の意思とは関係なく今まさに多くの命と共に船体を海に没しようとしていた。

 海に沈むのは重巡洋艦「羽黒」だった頃にもあった。だから怖くはなかった。ただ、また多くの命を載せたまま海に沈むのが怖かった。

 

 生き残った乗組員が上甲板に集合し次々に飛び込んで行く。救命いかだの半数はミサイルの爆発でやられてしまったようだ。

 

「ごめんなさい」

 総員退去の様子を見てふいにそんな言葉が漏れる。

 

「ごめんなさい、あなたたちを守ることができなくて。。。」

 

 戦争という大きな力に左右されながらも軍艦である自分を「家だ、家族だ」と言って守ろうとしてくれた男たちに漏らした言葉だった。

 自分は只の鉄の塊り、その言葉は乗員には届かないとわかっていた、でもそんな言葉が溢れる。軍艦がこんな事を思ってるなんて、艦長が知ったらどう思うんだろう。

 薄れ行く意識の中ではぐろは思う。

「もし、もう一度、軍艦として生まれ変わることが出来たら、次こそみんなを守りたい」

 その願いは彼女の船体と共に東シナ海の波間に消えて行った。

 

 


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