対潜訓練当日の朝、出航前に司令からもらった訓練の内容が入った封筒を開けて、そこに示された訓練海域に第11駆逐隊の5人は向かっていた。
5人が受け取った訓練の内容は、おおまかに以下の通りである。
{対馬海峡付近で商船から潜水艦の潜望鏡を見たという通報が入った、第11駆逐隊は、直ちに当海域に急行し、対潜捜索、対潜掃討を行え。}
そして、訓練内容が書いてある紙と合わせて、潜水艦の発見位置と訓練海域の範囲が示された地図が添付されていたのだった。
「深雪から発光信号、3分後に変針です。」
見張り妖精さんが言います、今から潜水艦がいる所に行くのですから、その間も、訓練をやらなければいけません。今は数分おきに進路を変えて、潜水艦の攻撃を受けにくくする、といった事をやっています。いつも同じ船が変針の指揮をやっていると疲れてしまうので、1時間おきに交代でやっています。
今日は対潜戦闘ですが、正直に言うと、あまり好きではありません。海上自衛隊だった頃は、いつも最初に潜水艦に狙われるのは私か同じ艦隊のあしがらか、大きい護衛艦のひゅうがでした。いつも1番か2番に攻撃されて、撃沈判定を受けるばっかりです。
乗組員の方々が言っていましたが、船で潜水艦を相手にするのは最後だそうです。訓練はやりますが、潜水艦は潜水艦か飛行機に任せるのが一番だそうです。
訓練海域は対馬沖、潮流が早くて水深が浅い、やりにくい海域です、きっと相手は私たちを待ち構えていることでしょう。
「目的地まで時間があります、1時間の2交代制で休憩を取って下さい。」
妖精さんに休むように言います。何時間も張り詰めたままでは疲れてしまいます。ずっと艦隊で行動しなからソーナーに耳を澄まして、海面の見張りもやるんです。それだけでも大変です。訓練をやる場所は、まだ何十マイルも先です。休める時に休んでおかないといけません、お昼ご飯を食べる時間も必要です。
今日みたいな配置につきながらの食事は、おにぎりと牛の缶詰、たくあんです。缶詰は濃い味ですが、緊張した私には、とても美味しく感じられます。
移動を始めたのは朝で、到着はお昼過ぎです。訓練する場所が決められているとはいっても、潜水艦がいるかもしれない場所、潜在圏は時間が経てば経つほど範囲が大きくなりますから、急がないといけません。
「感あり、方位070度」
お昼が過ぎて、訓練海域が近くなってきた頃に、パッシブソーナーに潜水艦らしき音を捉えました。このソーナーは音を聞くだけなので、距離は分かりません。
「ソーナー発信、初めて下さい!」
ここではぐろは大きなミスをする、相手の潜水艦の騒音の大きさを全く考えていなかったのだ。護衛艦だった頃には、海中の音を聞く方のソーナーは、訓練相手の潜水艦があまりに静かで近づかないと分からなかったのだが、その感覚でこの時代の潜水艦を相手にしてしまったのだ。ここは時間はかかるが、音のする方向に聞き耳を立てながら大きく変針して、相手の位置を割り出す方法がベストだったのだが、一度ソーナーの音波の発信をしてしまうと、当然相手にも察知されてしまう。
何度かのソーナー発信の後に、ついに探知の報告が入った。
「目標探知、070度12マイル!」
「12マイルですか!?」
ずいぶん遠くで探知しました、こんな距離で探知したのは初めてです。
ですが、まだ潜水艦と決まった訳ではありません、もっと情報を集めないといけない、潜水艦と決まった訳でもないのに闇雲に攻撃する訳にはいきません。それにアスロックの攻撃は後片付けが大変です。
その後、何度か潜水艦らしい目標からのソーナー反響音を探知していたはぐろであったが、ふいに水測妖精の驚きの声がCIC内に響く。
「目標…失探!」
「そんな!」
妖精さんの予想の報告に、つい声を出してしまいます。ですが、今ので確信が持てました、さっき掴んだ目標は潜水艦です。ソーナーの音を聞いて隠れたのでしょう。
「妖精さん、今日の海水温度を出して下さい!」
水測妖精さんの一人が、ついさっき計った水深ごとに海水温が書かれた紙を持って来ます。
「やっぱり、こうなっていましたか。」
その紙を見て、ため息をもらす。日が昇って、海面の温度だけがだんだんと上がってきて、浅い水深で海水温が大きく変わっています。これでは遠い距離では、この層より深く潜られると、相手にソーナーの音が届かないばかりか、相手の音も聞こえなくなります。
相手は、私が遠い距離でソーナーを発信し始めた時に、すぐに危険を感じて、音の届かない所まで潜ったのでしょう、近づけばまた見つけられるとは思いますが、昔の潜水艦と言ってあなどってはいけません。相手にとっては未知の経験のはずですが、それでも異変を察した勘のよさ、すぐに逃げに徹した判断力、これは今一度気を引き締める必要があります。
この相手は...強い!
「皆さん、070度、12マイルの地点、目標を探知して、見失いました、潜水艦の可能性が高いです。」
「皆さん、070度、12マイルの地点、目標を探知して、見失いました、潜水艦の可能性が高いです。」
昨日の対空戦の事もあって、艦隊の指揮を取っていた白雪は、はぐろからの遠距離での探知の通報を聞いても、もう驚かなかった。優秀な目を持っているのだから、優秀な耳をもっていてもおかしくないと思っていたからだ。
「針路070度、第3戦速です、その場所に向かいます、変針の間隔は2分間、左右30度で左から開始します。」
12マイルの距離を詰めるには3戦速でも30分近くかかる。
「見失った場所を中心に半径5マイルの範囲を捜索します、北側は吹雪ちゃんと私、南側は深雪ちゃんと初雪ちゃんの二人一組で、真ん中は、はぐろさん、お願いします!」
30分で逃げられる範囲のだいたいの当たりをつけて、見つからなかった時のために今のうちに捜索パターンの指示を出しておく。。
5隻は一気に加速して、横一列のまま、潜水艦の攻撃から避けられるように、右に左に進路を変えながら、目標を見失った場所に殺到していった。
予定海域には1隻の潜水艦が充電満タンで第11駆逐隊を待ち受けていた。
「潜望鏡、上げるのね。」
潜水艦の発令所で指示を出すと、潜望鏡が上がってきて、それを、紺色のスクール水着を着た少女が覗き始めた。水着の胸の部分の名札には、[イ19]と書かれている。
「1,2,3・・・・・8,9,10」
一人の妖精が時計を持って潜望鏡を上げている時間を読み上げる。
少女は素早く潜望鏡を一周させ、周りの様子を確認した。
「潜望鏡、下げるのね」
覗くのを止めて、少女が言うと、潜望鏡は下がっていき、再びもとの位置に戻った。
もうすぐ相手が来る時間、今日の相手は5隻、相手にとって不足はない。
少女、イー19は、さっきから潜望鏡を出してはしまう動作を繰り返していた。今日のような海面に波がほとんどない天候では、潜望鏡を長く出す行為は、見つかる可能性を増やすのと同じ、その事をちゃんと分かっているのだ。そして、最近では電探といったものが登場し、潜水艦のこのような行動は、以前にも増して慎重に行うようになった。
しばらくして、もう一度、艦隊を探そうと、潜望鏡を上げようとしたその時、今まで聞いたことの無い鋭い音が潜望鏡深度のイー19の船体を叩いた。
「急速潜航!全速で移動するのね!」
イー19は、すぐに潜望鏡深度から急速潜航を決めた。さっき潜望鏡で見た時は何もいなかったから大丈夫だという理論的な頭と、この音は何となく嫌な予感、危険なにおいがする、という実戦で培ってきたドン亀の本能が戦い、本能が勝ったのだ。
一気に潜航を始めたイー19の船体を断続的に叩いてくる音を聞いて確信する。
「さっきの音は、間違いなくイクを探すために出している音なのね。」
「ここは少し相手の出方を見るの。相手の力がわからないから、余計な行動は無用なの、このまま海底に着低するのね!」
そう言って、イー19は出来うる限りの騒音対策をして海底に座り込んだ。
しばらくして、五隻の船が近づいてきて、潜望鏡を出そうとしていた場所を中心にイクを探し始めた。時折上を小うるさい駆逐艦が通るけど、攻撃してくる様子はない。問題は......真ん中にいるアイツだ。さっきから今まで聞いたことのないソーナーの音でイクを探している。あれは最初にイクの船体を叩いた音、忘れられる訳がない。
「勘は正しかったのね、少し遅かったらやられてたのね」
どうやら、とっくの昔に探知されていたようだ、ぎりぎり助かった。
「こんな所で浮き上がったら自殺行為なの、しばらくチャンスを待つのね。」
待っていればきっとチャンスは来る、時間は相手の焦りを生み、ミスを誘発する、それにイー19は待つのは得意だった。
目標を見失った地点に到着してから、第11駆逐隊はみんなで潜水艦の手がかりを探していたが、一向に手がかりが掴めなかった。探し始めてからもう1時間が経っていた。このままではいけない、何か手を打たないと、まだ対潜戦の経験がほとんない艦隊に、焦りの空気が広がっていた。
その空気を感じたのか、吹雪が言葉を発する。
「みんな、いったん作戦会議しましょう!」
その吹雪が発した一言に、艦隊は何とか冷静に戻ることができた。
海底でしばらく様子を聞いていたイー19は、上の船に動きが出てきたのに気づいた。さっきまで2隻一組でうろうろしていた4隻の駆逐艦たちが、一つの場所に集まり始めていたのだ。
「とうとう痺れを切らせて動き出したのね。」
痺れを切らした指揮艦が、かたっぱしから爆雷攻撃することに決めたみたいだ。
その様子を聞いてほくそ笑む。攻撃を始めたその時がチャンス、狙うのはあの音を出しているヤツだ、幸いアイツはイクを何とか探知しようと探信音を出し続けている。
「爆雷の炸裂に合わせて潜望鏡深度まで浮上するの!」
爆雷の炸裂は海中を大きく掻き乱す、探知も逃れられるハズだ、その間がチャンス。
「駆逐艦……爆雷投下初めました。」
一箇所に集まった駆逐艦が横一列に並んで、爆雷を落とし始めた。予想位置の計算も悪くない、優秀な艦がいるみたいだ、でも、そう簡単に負ける訳にはいかない。
少し離れた所で爆雷の炸裂音を認めたイー19は次の指示を出す。
「メインタンク排水なの、潜望鏡深度!浮き上がれなの!」
実戦なら、こんな相手はずっと海底に居座ってやり過ごすのが1番いい方法、でも、今は訓練なの、沈没する心配はないの。当然、負けるつもりもないの。
爆雷の音に紛れて一気に浮上、魚雷の発射準備を終えたイー19は、魚雷発射の最後の行程に入った。
「潜望鏡、上げ!」
潜望鏡をのぞいたイー19は会心の笑みを浮かべる。
「いひひっ、もらったのね」
潜望鏡にはあの音を出しているアイツが予想通りの場所に写っていた、雑音の割に図体は大きい。アイツには爆雷の影響でまだ探知された様子は無い。アイツさえやつけてしまえば後はこっちのものだ。
「左90度推進音聴知、感4!」
勝利を確信したイー19の耳に水測妖精の慌てた声が響く。
急いでその方向に潜望鏡を回す、そこには突進してくる特型駆逐艦、深雪の姿があった。
しまった、誘い出されたのね!
突進してくる深雪の姿を潜望鏡いっぱいに見たイー19は、自分がまんまと相手の罠にはまってしまった事を悟った。
「潜望鏡下げ、1番2番発射!急速潜航、急ぐのね!」
深雪の突進をかわすべく、指示を出す、少しでも足止めになればと思い、アイツに向かって魚雷を2本発射する。
圧搾空気が海中に放出される鈍い音と共に発射管から魚雷が押し出される、闇雲に撃ったに等しい魚雷だ、命中は期待出来ない。
深度計がゆっくりと下がり始める、駆逐艦に体当たりされたら、撃沈判定は免れない。
「早く…早く潜るの。」
駆逐艦の規則的なスクリュー音が近づいてくる、一秒がずいぶん長く感じられる。
深雪の船首はイー19のマストの僅かに後ろを通過した。
「ふぅ…」
深雪の突進をギリギリ、潜航することで、かわすことができ、一瞬安堵のため息を漏らしたイー19であったが、今度は別の攻撃に備えなければいけない。
「対爆雷防御なの!」
上を通った駆逐艦が潜水艦に落とすものは決まっている、イー19は来るであろう衝撃に備えた。
はぐろがイー19を失探してから海域到着までの30分の間に潜水艦が逃げられる範囲を潮流、相手のだいたいの性能を考え、おおまかな位置をもう一度割り出した。
駆逐艦が、その海域に対してかたっぱしから爆雷制圧をかける。
しかし、何回かに分けて爆雷攻撃をしなければいけない程広い。深雪ただ一隻は駆逐艦4隻で爆雷攻撃を始めたすぐ後に、皆と離れて、制圧仕切れない海域に移動、潜水艦を見張っていたのだ。
凪いだ海面に一本の潜望鏡を見つけた深雪は、全力でその潜望鏡に向って走り出していた。潜水艦への攻撃方法は体当たり、そして...。
「これでも喰らえーっ!」
深雪の後甲板から爆雷がこれでもか、と言う程落とされる。
そうして落とされた爆雷は、海中で爆発し海面に盛大な水柱を立てた。
数秒の差で爆雷の制圧圏を逃れたイー19だったが、只では済まなかった。
「くぅっ! 生意気なのね!」
ついさっき上を通った生意気な駆逐艦の爆雷攻撃を受けて毒気ずく。
爆雷の影響で中はぐちゃぐちゃ、服も破れてしまったけど、妖精さんの判定は中破、まだ戦える。
「こんなんでイクを追い込んだつもりなの…?逆に燃えるのね!」
今まで深海棲艦の駆逐艦クラスに追い回された事は数え切れない程ある、こんなのはピンチのうちに入らない。
「急いで潜るのね、もう一回チャンスを待つのね!」
相手はさっきの大胆な攻撃で、残りの爆雷が心もとないはずだ、ここを切り抜けられればイクのチャンスは大きく広がる。
爆雷が海中を乱しているうちに移動して、もう一度チャンスを待とうとするが......そうはいかなかった。
「深雪から通報、真下に潜水艦アリ!急速潜航中!」
「魚雷音探知、右90度!」
深雪ちゃんの通報とほぼ同時に、はぐろの水測妖精が魚雷の探知を報告した。
やはり撃ってきましたね、誰を狙うかは半分賭けでしたが、今回は勝てたようです。爆雷の影響で潜水艦が分からなくても攻撃された方向さえ分かれば反撃できます。
「反撃魚雷を用意して下さい、発射方向、右45度、コース右45度、捜索深度30m!」
「短魚雷用意よし!」
妖精さんが魚雷の調定を完了します。
「撃て!!」
右舷の魚雷発射管が圧縮空気が膨張する乾いた音を発して、短魚雷を海面に打ち出す。
接近する魚雷と反対方向に短魚雷を撃ち込みました、上手くいけばこれで仕留められます。あとは撃たれた魚雷を避けるだけです。
「最大戦速、魚雷をかわします!」
4機のガスタービンが唸りを上げて1万トンの船体が一気に加速し始める。
深雪の爆雷攻撃をかわしたイー19は、必死に潜っていた、このピンチさえ抜けられればまたチャンスが来る、そう思いながら。
潜航中に水測妖精から妙な報告が入る。
「高速スクリュー音接近、左10度!魚雷の模様。」
方向から、恐らくアイツが撃ってきたもの、魚雷で潜水艦なんて攻撃できるわけない。
イー19はそう思って次の作戦を考えようとしたが、すぐに異変に気づいた。
「なんなの?」
さっきからまた別の聞きなれない音が、一定間隔で船体を叩いている、それはしだいに近づいているようだ。
嫌な予感がイー19の頭をよぎる、冷たい汗が背中をつたう。
「魚雷音接近!この音は......魚雷から発信されてます!」
「止まるのね、機関後進!深度そのまま!」
魚雷から放たれる音がソーナーの音であることを看破したイー19は反射的に、ソーナーの探知から逃れられる方法を取った。しかし、潜水艦の性能、一瞬の判断の遅れから、十分な効果を発揮できなかった。
「魚雷、左20度、方位変わららず......感4、......感5......直撃、来ます!」
「対爆雷防御なの、衝撃にそなえるの!!」
水測妖精じゃなくても魚雷が近づいてくるのが分かる、もうダメだ!
甲高い魚雷のスクリュー音と、だんだん大きくなってくるソーナーの音を聞きながら、潜望鏡に掴まる。目を必死に瞑って来るであろう衝撃に備える。
でも、いつまでたっても衝撃は来ない、ついさっき音も消えたみたいだ。助かったのか、と思ってイー19と妖精は、目を開ける。しばらくして船体に何か小さい物が当たる音がした。
魚雷は直前でスクリューを止めて、ゆっくりとイー19の船体に当たり、軽い音を立てて浮き上がっていった。
助かったみたいなの、でも、今回は完全にイクの負けだ。
さっきの攻撃で負けをさとったイー19は、浮上を決めた。
「浮き上がれ、浮き上がれ、なの!」
浮上したイー19は、発令所からマストに登り、あの音を出すアイツを改めて見る。船の雑音の割にはずうたいが大きいヤツだ、深海棲艦でも艦娘でも、こんな形の船は見たことがない、さっきの武器といい、音波探信儀の音といい、どうなっているんだ、と思った。
「全く、新兵器があるなら先に言ってほしいの!」
イー19は、そう文句を言ったが、その顔はどこか楽しそうだった。最後にアイツが撃ってきた魚雷が怖くて、少しちびってしまったのは誰にも内緒だ。
しばらくすると、その大きなヤツがイクに近づいてきて、艦橋の上の女の子がイクに向かって何かを言っている。
「・・・・・ませんか~。」
相手の艦橋が高いので、何を言ってるのかよくわからない。
「何いってるの?遠くて聞こえないの。」
そうイクが言うと、女の子はハッと何かに気がついたようにして艦橋に入っていった。いったい何だろうと思ってしばらく待っていると、通信が入った。
「すいません...私の魚雷、知りませんか?」
ずいぶん困った様子で聞いてきた。
視点の変化が多いです、読みにくくて申し訳ありません。徹夜のテンションで書いてるので、後で変更する可能性があります。