あれからどれだけの時間が経ったのか、はぐろは東シナ海、水深約300mの海底に横たわっていた。
時折、海面を艦船が「ここで起こったことなど何も知らない」といったふうに軽快なスクリュー音を海底まで響かせながら通っていく。
はぐろはそれを聞いては目をさまし、物思いにふけってはまた深い眠りに付くという日々を送っていた。
今のは商船?じゃあ戦争はもう終わったのかな。艦隊の皆は無事に帰れただろうか。
起こされるたびに自分が最後に戦った戦争のことと仲間の事を思う、こんな海底では知る由もないけど、それでも考えずにはいられない。
でも、はぐろは時々上を通る騒がしい船に起こされるのも、一つの楽しみになっていた。眠る時に夢を見られるからだ。
ほとんどは3年間平和な海を自由に走り回っていた頃の夢
海の底から突然、海上自衛隊の艦艇として生まれ変わった進水式のあの日のこと、艤装が終わって、本棚が運ばれた時に、海軍の仲間たちの多くが海に姿を消したことを知ったあの日のこと。
あの時は、また軍艦として生まれ変わった事を恨みもしました。もしかするとまた悲しい思いをするかもしれないとも思いました。
でも、戦争のない海を新しい仲間と始めて思い切り走ったあの日に、そんな考えは吹き飛びました。
敵だった英国海軍の軍艦と一緒に訓練をした日のこと。
インド洋への派遣、マラッカ海峡付近で自分で自分の慰霊祭をやった日のこと、あの時はちょっと不思議な気持ちだったな。。。
日本のとある港で羽黒だった頃の乗組員がたずねてきたあの日の事、あの人は、「本当に綺麗ないい船になったね。」そう言って褒めてくれました。すごいお爺さんになっていたけど、あの人は最後の砲術士だったかな。
海上自衛隊って名前になってから昔のように実戦は最後の最後までなかったけれど、本当に充実していました。
もちろん怖い夢だって見たけど、やっぱりまたみんなと海を走りたい。
「はぐろに生まれ変わるまで70年以上も待ったんだから、きっと今度も生まれ変わって平和な海を走れる日がまた来るよね。」
そう自分に言い聞かせながら、はぐろは、深く長い眠りに付く。
そんな風に気を強く持たないと真っ暗な海の底で一人、孤独と不安で壊れてしまいそうだった。
「・」
「・・・」
「・・・・・」
最後に眠ってからどれくらい経ったのだろう、何か音が聞こえる。また船だろうか?まどろみの中で少し耳を澄ましてみると、誰かが誰かをを呼んでいる声のようだ、海面で何かやってるんだろうか?
薄い意識の中でそんなことを考えていると、ふいに体の周りが少し明るくなって、体に妙な浮遊感を感じた。
私は少しずつ海面に近づいているようだ。
海面から差し込む日の光がだんだんと強くなってきて、長く海中に座り込んでぼろぼろになっていたはぐろの体と照らす。
私はまた夢をみているんだろうか。
そんな事を思っているうちに海面はどんどん近づいてくる。
ついに船首が海面を切り、海上に現れてる。次いで艦橋、艦尾が洋上に姿を現す。
「えっと、名前はなんていうのかな?これから一緒に頑張りましょう。」
何年ぶりかに海面に出たはぐろは、はっきりとしない意識の中で、明るく元気な声を聞いた。 始めて聞くはずのその声はどこか懐かしく、彼女の心を暖かいもので満たしていった。
久しぶりに海面に出たのが堪えたのか、はぐろはまた深い眠りについた。でも今度の眠りは、ついさっきまでの冷たい海の底でひとりぼっちでいた不安感と違って、昔のように仲間に守られているような安心感に包まれていた。