司令官の作戦説明が終了して数時間後、はぐろの艤装には、いつものように艦娘たちが集まっていた。いつもと少し違うのが、集合場所が士官室ではなく、司令や幕僚などが乗艦した際に使用される司令部作戦室であることだ。
部屋には上級士官が使うにふさわしいよう、立派な作りになっており、中に入る者を否応なしに緊張させる。そして、奥で深刻そうな顔をしている、はぐろ、多摩、龍鳳の三人を見て、入ってくる艦娘たちの緊張の度合いは更に高まった。
「第11護衛艦隊、第30駆逐隊、全員そろったにゃ?」
「はい、全員揃いました。」
「揃いましたよー!」
多摩さんの声に吹雪ちゃんと睦月ちゃんが答えます。
「では、今から作戦会議を始めるにゃ、今回の任務は……。」
多摩さんの声で部屋の空気が一気に引き締まります。
「船団護衛任務にゃ!」
「え~、また~?めんどくせぇ~。」
「このところマンネリですね。」
「望月、如月、甘いにゃ!」
多摩さんが二人を一喝します。
「今回の任務はいつもと比べ物にならないにゃ!」
「えーっと、多摩さん、何があったんですか?」
睦月ちゃんが多摩さんの様子を見て驚いたように言います。
「はぐろさん、今回の護衛する船の数をみんなに教えてあげるにゃ!」
「……今の段階で、50隻…です……。」
「えぇ!?」
「マジで?」
「二人共、どうやら深刻さが分ったようにゃ、今の段階で50隻、出発日にはもっと増えてる可能性があるにゃ。」
「でも...どうして、急に...そんな数に?」
「他にもまだまだ問題は山積みにゃ、詳しくは手元の資料を見るにゃあ!」
多摩さんの言葉に従って、部屋の中の全員が手元にある[ヒー74船団輸送任務]と表紙に書いてある書類に目を落とします。
書類の内容をおおまかにまとめると、
・旗艦はぐろ以下第11護衛艦隊及び旗艦多摩以下、第30駆逐隊の二個艦隊をもって、5日後に出港するヒー74船団の護衛任務に当たれ。
・ヒー74船団の目的地は東南AS諸国である。護衛任務は船団が、SP国近海に到達するまでとする。
・船団の一割の損失は許容する。
・ヒー74船団の編成、潜水艦の出現脅威海域、航行禁止海域については別紙の通り。
一通り書類に目を通した全員はため息をついた。。
「もっ、問題だらけですね!」
睦月ちゃんがお手上げ、といったふうに言います。
「3列にしても、すごい長さになります……。」
「船団は......出せても7ノット...3週間はかかる......」
「で、この遅いのを3000マイルも護衛する…と。」
別紙の船団の編成表を見て白雪ちゃん、初雪ちゃん、望月ちゃんがつぶやきます。
「船団を分けたり出発を遅らせたりは出来ないんですか?」
「無理にゃ、吹雪ちゃん、この任務は複雑な事情が絡まって来てるにゃ、司令の権限ではどうにもならないにゃ。」
多摩さんの言葉にみんなが黙り込みます。
「怒ってもしょうがないにゃ、弥生ちゃん。」
「え…?弥生、怒ってなんかないですよ?……すみません、表情硬くて。」
「そ、そうかにゃ、ごめんにゃあ、と、とにかく!」
「腐っててもしょうがないにゃあ!」
多摩さんが立ち上がって部屋のホワイトボードを叩きます。
「さあ、このノロマな船団をどう送り届けるか、皆で考えるにゃあ!」
そうして、この困難な護衛戦の話し合いが始まりました。
「やっぱり、まだ頑張ってたんですね。」
部屋の中で沢山の資料と格闘している女の子を見る、私が航空母艦に改装されて初めての艦隊の旗艦、重巡洋艦のはぐろさんです。
「あの、頑張ってるなんて…そんな…」
「吹雪ちゃんに言われたんです、きっと夜遅くまで頑張ってるから見に行ってあげてって。」
「吹雪ちゃんが……あの、みんなの宿題の様子はどうでしたか?」
「はい、みんな頑張ってました、ほんの少し前に終わったみたいです。」
私の言葉を聞いた彼女は、手を止めて、ホッとため息をつく。
「難しすぎたらどうしようかって心配してたんですが、大丈夫だったみたいですね。」
つい先日改修された駆逐艦の子達には、明石さんが改良した水中聴音機が装備された。試験結果がとても良かったので、実戦での運用試験をお願いされたそうだ。あまりいい装備を持っていなかったみんなは大喜びで、効果的な使い方をはぐろさんに聞きに行ったら、難しい宿題をいっぱいもらったそうだ。
さっきの会議で決まったのは、船団の直掩には第11護衛艦隊が、第30駆逐隊は先発して航路の露払いをやることになった。本当は全員で直掩に付きたいところだったけど、艦娘の運用は六隻以上でやると、必ず問題が起きるから一時的な集合などの他は厳に慎むように言われている。
「龍鳳さん、この船団が深海棲艦に見つかる可能性はどれくらいだと思いますか?」
「えっと…言いにくいですが…九割以上だと思います…。」
「戦闘は…避けられないですか……。」
「はい、司令に渡された書類の情報が本当なら、見逃してはくれないと思います。」
私は潜水母艦だった経験から導き出された考えを正直に答える、こんなに数が多くて足が遅い船団が見つからずに、あの海域を抜けられる可能性はかなり低い。さらに、司令から渡された書類には、潜水艦型深海棲艦が何隻かでまとまって今までに無い作戦行動を取っている可能性まで言及されていた。
「いざ、戦う事になると、難しいものですね、どれが正解かって考えばっかりです。」
「どれが正解なんて、やってみないとわかりませんよ。それに、みんなで話し合って決めたんです、きっと上手く行きます。」
「でも、もし何か大きな見落としがあったら、と思ったら……。」
彼女は資料を片手に不安そうに俯いている。
「……しょうがないですね。」
私は、はぐろさんの前の椅子に座ります。
「手伝います、一人より二人です!」
「そんな、悪いです!」
彼女が遠慮して両手を突き出すけど、私は構わずテーブルの上の資料の山を崩す。
「いいですか、もう私は同じ艦隊で、よそ者じゃないんですよ、それに、出発前に旗艦の調子が悪くなったら困ります。」
私は口を尖らせて少し彼女に抗議する、でも、これは私が旗艦だった頃の経験も踏まえての事です。
「すみません……。」
「あぁ、そんなつもりじゃないんですが、もっと頼ってもらえれば嬉しいって事ですよ、ところで、今は何をやってるんですか?」
「えっと、今はですね、輸送船の陣形を考えていたんですが、龍鳳さんが来てくれたので、飛行機の使い方をもう少し詰めていきましょう。」
「はい!」
結局、手伝いに来た私も、はぐろさんと一緒になって夜遅くまで話し合いました。彼女は船団の護衛経験が全く無い、と言っていますが、知っている知識はどれも先進的で、とても勉強になります。
作戦会議の次の日、再び全員がはぐろの司令部作戦室に集まっていた。大きなテーブルの上には巨大な地図と、船や潜水艦を模した駒が置いてある。
「みんな集まったにゃ、今から図上演習を始めるにゃ。」
「今回は深海棲艦が集団で攻撃してくる事を想定して、敵役を龍鳳さんにお願いするにゃあ。」
「はい、よろしくお願いします。」
龍鳳さんがにこやかに挨拶します、そんな龍鳳さんの様子を見て、誰もこれからあんな事になるなんて考えもしませんでした。
「「「「………」」」」
「皆さん、どうしたんですか、手が止まってますよ?」
図演が始まってしばらくして、龍鳳さんは最初に挨拶をしたのと変わらない様子で言います。
「悪魔にゃ、悪魔がいるにゃ……。」
多摩さんが顔を青くして呟く。
「まあ、悪魔なんて失礼ですね。」
多摩さんが呟いた言葉に龍鳳さんが頬を膨らませます。
「龍鳳さん、強すぎます……」
吹雪ちゃんが呟く、机の上には見事に護衛の艦隊を剥がされて攻撃を受ける船団の駒があった。
「一回目は終わりですね、敗因は情報に踊らされたことです、どれが正しい情報か見極めないと、船は何隻あっても足りませんよ。」
「うぅ、言うとおりにゃあ、はぐろさん、作戦会議にゃ!」
「はい!」
私達はさっきの図演の反省をします、一通り反省が終わったところで、もう一度龍鳳さんに挑みます。
二回目
「機雷の敷設も潜水艦のお仕事の一つなんですよ。」
「罠にゃ、孔明の罠にゃ!」
二回目は裏をかいて狭い航路を通ろうとした所に機雷を仕掛けられていて、作戦は失敗しました。
三回目
「無線封鎖は大切ですが、時期を誤ると危険ですよ。」
「みんなどこ行ったにゃあ~!」
三回目は電波管制を逆手に取られていつの間にか分断されてしまいました。
四回目
「飛行機での哨戒は大切ですが、母艦をそんなに離してしまうと狙われますよ。」
「くぅ、どうすればいいにゃあ!」
四回目は敵の目を潰そうと飛行機と哨戒機で索敵を試みますが、母艦が孤立した一瞬の隙を突かれてしまいました。
私達は龍鳳さんの指揮する潜水艦隊に翻弄されながら、沢山の図演を繰り返して作戦の問題点を洗い出す事が出来ました。龍鳳さんは涼しい顔をしていましたが、終わった時にはみんなヘトヘトで、多摩さんが「あんなにニコニコしながら情け容赦ない手を打って来るなんて、潜水母艦は恐ろしいにゃ……。」と遠い目をしながら言っていました。確かに恐ろしい相手でしたが、次の作戦では味方です、これほど心強いものはありません。
私がそう多摩さんに言うと、多摩さんは相変わらず遠い目をしてぶつぶつ呟きます。
「そうにゃ、龍鳳さんは敵に回しちゃいけないにゃ、絶対にゃ……。」
沢山の感想ありがとうございます、これからもよろしくお願いします。