今回の輸送作戦がどうしてこれほどまでに大規模な作戦になったのか、それには理由があった。
昨今、東南ASの資源地帯に行く船が、頻繁に襲撃を受けるようになり、軍上層部は船を出発前に一度集合させ、護衛を付けて集団で航行する方法を大々的に取ることにした。はぐろ達の船団はその第一号となったのだ。
今までも、艦娘による船団の護衛任務は行われていたが、航路に脅威が少なかったため、あくまで副次的な任務であった。
しかし、昨今の事情から、軍上層部が艦娘に船団の護衛を主任務として与える事となった。そして、艦娘の護衛を受けられる、という事を明示して、船団の出発時間、集合場所を各船会社に発表した。
その結果、各船会社からは、予想以上の数の護衛依頼が来てしまったのだ。船会社としては、護衛が受けられれば安心、という思いがあり、今まで長距離の航路では危険で使用してこなかった性能の悪い輸送船も含めて、依頼を出した。
ある意味、艦娘が信頼されている、という証拠でもあるのだが、この大量の船舶の扱いに上層部は大いに苦慮することになる。これだけの量の船を護衛するとなると、それなりの数を付けなければならないが、国内の艦娘は戦闘が続く南方方面に出払っており、国内には練成中であったり、旧式のもの、修理、改装中の艦娘ばかりだった。
船団に割く戦力をどうするか、頭を悩ませていると、佐世保で、つい最近実戦部隊に繰り上がった艦隊が目に留まった。訓練の、特に対空、対潜の成績が優れていることから、前線部隊から、その艦隊を回すようにとリクエストがあったが、その艦隊が所属する鎮守府の司令官がこの要望を蹴った。
だが、要望を蹴った事で、佐世保鎮守府では、結果として10隻程度の艦娘を後方任務の戦力として持つことになった。その10隻をこの船団の護衛に付ける、という話になったのだ。
佐世保の司令官は先の要望を蹴った事から、この任務は拒否する事は出来ず、その代わり、最近改装されたばかりの改装空母、龍鳳を護衛艦隊に加える事を要求した。
龍鳳は低速の軽空母であり、機動部隊としての運用には不安が残る、という意見と、この任務は初の試みであり、失敗が許されない、という観点から、その要求は受け入れられた。
そうして、第11護衛艦隊と第30駆逐隊は、初の大船団の護衛に臨むこととなったのだった。
「み・な・さ・ん、みなさ~ん!お夕飯が出来ましたよ!」
私達がそわそわしながら、龍鳳さんの食堂で待っていると、待ちに待った明るい声が聞こえてきました。
妖精さんが私達にお料理の乗ったお皿を配ってくれます。
「すっごい、美味しそう!」
「龍鳳さん、今日はハンバーグですか?」
「白雪ちゃん、それは食べてからのお楽しみです。」
龍鳳さんが優しく微笑みます、きっとただのハンバーグではないのでしょう。
「では頂きましょうか。」
龍鳳さんが席に着いて手を合わせます。私達も手を合わせます。
「「「「「「いただきます!」」」」」」
みんなの頂きますを合図にみんな夕食を食べ始めます。
「わぁ、中に卵が入ってます!」
さっそくお皿に乗っているお肉に手を付けた吹雪ちゃんが驚きの声を上げます。
「フーカデンビーフです、どうぞ召し上がってください。」
夕食のメインはゆで卵をひき肉で包んで焼いた遊び心あふれるお料理です。
龍鳳さんが私達の艦隊になってから、私達はほとんど毎日夕食のお世話になっています。
「すいません、毎日お世話になってしまって。」
私がそう言うと、龍鳳さんは微笑みます。
「いいんですよ、お料理は美味しそうに食べてもらえる人がいるから作り甲斐があるんです、それに、明日から出港です、しっかり食べて力を付けてください。」
「明日から龍鳳さんのお料理が食べられないのはちょっと寂しいです……。」
白雪ちゃんが寂しそうに言います、作戦の打ち合わせや図上演習で忙しく動き回っていつの間にか明日は出港の日です、出港してしまえば、しばらくは龍鳳さんの作ったお料理は食べられません、まだ龍鳳さんが来てからあまり日は経っていませんが、私達はみんな龍鳳さんのお料理の虜になってしまいました。
「ふふ、大丈夫ですよ、任務が終わったら食べられます、次はいっぱいご馳走を作りますから、またお買い物を手伝って下さいね。」
「はい!」
「さあ、お料理が冷めないうちに、どんどん召し上がって下さい、お代わりもありますよ。」
「「「「はぁい!」」」」
吹雪ちゃんたちが元気に返事をします。
「大丈夫です、これだけしっかり作戦を作ったんです、きっと成功します。」
経験豊富な龍鳳さんにそう言われると、とても安心できます。図上演習では、みんなに恐れられた龍鳳さんですが、そのおかげで満足のいく作戦が出来ました、もうやっておくべき事は全部やりました、後は明日の出発を待つだけです。
「そうですね、皆さん、明日から、また頑張りましょう!」
「「「はい!」」」「ふぁぃ!」
作戦前の最後の夕食は過ぎていきました。今まで、あまり意識した事はありませんでしたが、皆で食べるご飯はやっぱり美味しいです。
翌朝、私達は自分たちの艤装で慌しく出港の準備を進めます。
「後部舷梯、収めてください。」
「ちょっと待って!」
出港の準備も最終段階になって、私が陸と繋がる最後の舷梯を上げようとしたところで、私を呼び止める声が聞こえます。声のする方を見てみると、明石さんが息を切らせながら走って来ます。
「明石さん!?」
「はぁ、はぁ…、間に合った。」
「明石さん、どうしたんですか?」
岸壁で息を切らしている明石さんの所に急いで行きます。
「まだあなたにあげられるような装備は作れないから......」
そう言うと、明石さんはおもむろにポケットから何かを取り出します。
「はい、私からのプレゼントよ。」
明石から銀色の何かを手渡されます。
手渡されたそれは、銀色の円の中央に私の武器の対空ミサイル、輪っかの端には赤いリボンが一本あしらわれています。
「髪飾りよ、女の子なんだから、少しは着飾らないとね。」
「え……?これを…私に!? 明石さん…本当に…ひっく…ありがとうございますぅ……ぐすっ、うぅ~……」
「な、なんで泣いてるのよ!」
「うぅ、ぐすっ、ずみまぜん………嬉しくってぇ~……」
「もう、しっかりしなさいよ、旗艦なんだから、作戦前にこんなのでどうするの!」
明石さんにそう言われて、渡されたハンカチでぐしぐしと顔を拭きます。
私が落ち着いたところで明石さんに手渡された髪飾りをさっそく付けてみます。
「ど、どうですか、似合ってますか?」
「オッケーよ、似合ってるわ、さぁ、行って来なさい、今度はぶつからないようにね!」
明石さんが親指をぐっと突き出します。
「はい!行ってきます!」
「よっし!行って来なさい!」
「ひゃあ!」
振り返って艤装への舷梯を登ろうとしたところで、明石さんにお尻をばしんと叩かれます。
「頑張ってね!」
「はい!頑張ります!」
悪戯そうに笑う明石さんを後に、私は舷梯を登って、出港の準備を再開します、明石さん、今度はぶつかりません!
「出港用意!」
岸壁を離れて出港していく私達を明石さんが手を振って見送ってくれます。やっぱり、見送ってくれる人がいるのは嬉しいです。そうやって、私達の始めての任務が始まりました。
「行っちゃったかぁ~。」
岸壁で出港していった艦隊を見送っていた明石が呟く。
彼女たちの作戦会議が始まってからしばらくして、明石は一つの装備を作るように軽巡洋艦の多摩に頼まれた。その装備は昨日完成して、何とか多摩に装備する事が出来た。
「あんまり触れなかったなぁ……。」
はぐろから借りた武器は、そんなこんなであんまり調べられなかったのが現状だ、その事を思ったのか、少し残念そうに明石は呟いた。
「ま、新しい装備も作れたし、良しとしましょうか。」
明石は振り返って自分の部屋のある建物に向かって歩き始めた。
「ふわぁ~……、疲れた~、そろそろ寝ますか…」
眠そうに伸びをして言った。武器の解析や新しい装備の開発で、ここ最近は徹夜だった彼女が、艦隊が出港して、ようやくまとまった時間の休みを得られたのだった。
佐世保湾を出るには必ず狭い水道を通らなければならない、そのため、出港するにあたって、港外の様子はほとんど見えない、出港した第11護衛艦隊は駆逐艦吹雪を先頭に、湾外に出る水道にさしかかっていた。湾外にはもうすでに護衛するべき輸送船団が待機しているはずである。
「水道、最狭部通過しました、航海保安、用具収めます。」
水道を無事に抜けたのを確認した吹雪の航海科妖精が吹雪にそう言うが、吹雪は湾外の光景に目を見張り、妖精さんの声は全く耳に入って来なかった。
「なんて数なの……」
水道を出て視界が広がって来た所で艦隊の先頭を務める吹雪は見えてきた船団を見て息を呑んだ、最終的には62隻までに膨らんだヒー74輸送船団は、湾外の水平線を埋め尽くしていた。書類や机の上での62隻とは実際に見る62隻では訳が違っている。
「あの、航海保安、用具収めます!」
「…え!?あぁ、ごめんなさい、お願いします。」
もう一度妖精さんに呼ばれてようやく我に返った吹雪だった。
そうして、再び水平線を埋め尽くす船団に視線を戻した。
「これを…護衛するんですか……。」
船団のうちの一割の損失は許容されているとは言っても全部の船を無事に送り届けたい、そんな思いが吹雪の胸をよぎる。
船団を眺めていると、一隻の輸送船が発光信号を送信して来た。その船は、よく見ると、つい先日洋上補給の訓練でお世話になった船だ。
「船団指揮艦から信号です、{センダンノジンケイニヘンコウナシデヨロシキヤ}です。」
「わかりました、返信をお願いします、{変更無し、予定通り行動せよ}」
船団に計画通りに動くように伝えます。
第30駆逐隊はすでに航路哨戒のために先行している、先行する艦隊と離れすぎないように速やかに出発しなければいけない。
吹雪の信号を受けた船団は作戦計画に記された通りの船団を組み始めた。
「作戦に変更は無しか……。」
作戦に変更無し、という信号を受け取った船団の指揮艦を務める補給艦の上で一人の士官が呟いた。
船団の指揮艦を務める佐々木司令官は作戦計画を受け取った時に、まず船団の陣形を見て目を疑った。今までの常識を覆す形だったからだ。作戦の直前にもしかすると変更があるかもしれない、と思っていたが、変更は無いようだ。
「全艦に打電、本船団は予定通り各目的地に向け出航する!」
佐々木は速やかに船団に出航命令を出した、先の戦争で多くの船員を失っている今、乗組員はほとんどが促成栽培された船員で構成されており、何をやるにも時間がかかる、早めの行動に越したことはない。多くなりすぎた船団は、もはや発光信号や旗流信号での統制は不可能で、無線を使わざるをえなかった。
命令を受けた船団は、出航と同時に西に進みながら長い横列を作り始めた。よたとたと覚束ない足取りながらも、船団は数時間後には横12隻、縦5隻の陣形を形成した。船と船の間隔は1マイル、横、約20キロメートル、縦約9キロメートルにもわたる巨大な船団だ。
「こんな形に組ませるとは、よほど自信があるのか……」
佐々木がこう呟いたのは、護衛艦隊が輸送船が個々に実施する回避運動を全く充てにしていない、と感じ取ったからだ。確かに横長にする事で、横っ腹をさらす機会は激減する。必然的に潜水艦からの雷撃のチャンスを減らす事は出来るだろう。だが、これでは列の中にいる船は身動きが出来ない。つまり攻撃を受けた時には回避運動が出来ずに、やられるしかないのだ。
佐々木はつい先日艦娘にぶつけられた船体の傷と、護衛に来る見覚えのある艦たちを見て不安を覚えるのだった。
「皆さん、予定通りに位置について下さい。」
「「「「「了解!」」」」」
西に動き出した船団を見て、全員に指示を出します。私も含めて、みんな船団の規模を見て心なしか緊張しているようです。
護衛する陣形は、おおまかに、横に長い船団の先頭を航行して、進行方向全体を警戒するのが私、船団の左側で警戒をするのが吹雪ちゃんと白雪ちゃん、右側で警戒をするのが深雪ちゃんと初雪ちゃん、船団の一番後ろで航空機を使って哨戒をするのが龍鳳さんです。
前の訓練でイクさんを12マイル先で探知出来たので、私が前に出る事で、船団に潜り込もうとする潜水艦は高い確率で捕らえられます。
そして、今回から、もう一つ強力な味方がいます。
「レーダー探知、IFF確認、味方の航空機です!」
「来ましたね。」
レーダー画面に一機の飛行機が映ります。私に搭載する艦載機、SH-60Kです。
「はぐろ、THIS IS ワイバーン01、RADIO CHECK(感度どうか?)。」
「THIS ISはぐろ、YOUR VOICE ROUD AND CLEAR、HOW DO YOU READ?(よく聞こえます、そっちはどうか?)」
レーダーを見ている妖精さんと交話が始まりました。
「THIS IS ワイバーン01、ROUD AND CLEAR、ESTIMATE YOUR POSITION AT 1045 REQUEST LANDING。」
「ワイバーン01、から、着陸の要請です!」
「わかりました、許可します、取り舵、進路を220度に、船を風に立てます。」
「ワイバーン01、MY CAUSE 220° 15ノット WIND 220° AT 6ノット!」
「ワイバーン01 ラジャー、REQUEST RADAR VECTOR.」
レーダーを積んでいるヘリコプターでも、船が多すぎて着陸場所を探すのに手こずっているようです。
「着艦の準備をして下さい。」
「了解、レーダー誘導開始します!」
「ワイバーン01 TURN LEFT 180° VECTOR TO FINAL APROACH CAUSE(左180度に旋回せよ、レーダー誘導を開始します。)!」
「ワイバーン01ラジャー、LEFT 180°。」
「ワイバーン01,フリーデッキランディング、PERFOME LANDINGT CHECK.(着陸点検をして下さい)」
今日は天候がいいので、着陸に特別な装置はいりません。
「妖精さん、後をお願いします、飛行甲板に行ってきます。」
「はい、任せてください!」
妖精さんから自信のある返事が聞こえます、任せても大丈夫そうです。
通路を通って飛行甲板に出ます。今日は海も凪いでいて、船の動揺も少ない、絶好の着艦日和です。
着艦のためにスピードを上げているから、他の船よりくっきりとした航跡が見えるはずです。
「来ました、4時の方向です!」
見張り妖精さんが叫びます、その方向を眺めていると、豆粒くらいの大きさのヘリコプターを見つけました。
それはしだいに大きくなって、ヘリコプター独特の大きな音も聞こえて来ます。
HSも私を見つけたのか、高度を下げて、アプローチを始めました。
「ワイバーン01、アプローチ開始!」
HSは甲板の左後ろ数十メートルの所まで、一気に近づいて、ホバリングを始めます。ローターで巻き上げられた潮が、ふわっと肌に触れます。
ゆっくりと甲板の真ん中に機体を移動させたHSは、慎重に高度を下げて甲板に着艦しました。
「タイダウンチェーン、エンジンカット!」
妖精さんが素早くヘリコプターに鎖を繋ぎます、甲板に拘束されたHSはエンジンを止めて、格納できるようにローターと尾翼を折りたたみます。
これで、作戦で重要になるものが全部揃いました。
「お帰りなさい、お疲れ様でした。」
わらわらと扉を開けて降りてきた妖精さんを労います。でも、すぐに様子がおかしい事に気が付きます。みんな俯いて、浮かない顔をしています。
「あの……、どうしたんですか?」
「「「うぅ……えーん、うえーん!」」」
急に泣き始めてしまいました。
「あ、あのっ、どうしたんですか!?」
妖精さん達が、泣きながらギュッとしがみついて来ます。
急に泣き始めた妖精さんに慌ててしまいます。いったいどうしたんでしょうか?
「あの、泣いていてもわかりませんよ。」
しがみついてくる妖精さんの頭を一人一人撫でて落ち着かせようとします。
それから、少しずつ泣き止んで来た妖精さんは、ポツリポツリと泣いた理由を話してくれました。
訓練をしている時、他の妖精さんに、ヘリコプターの見た目が変だとか、速度が遅くて、長い距離を飛べないとを言われて、苛められたそうです。
「そうですか……辛かったですね……。」
お話を聞いた私は、妖精さんの頭をポンポンと叩きます。
「少し昔の、いいえ、未来の話をしましょうか。」
きっと妖精さんにはバカにされたり苛められた経験が無いんでしょう。
「ある国は、、昔大きな戦争にさんざんに負けてしまいました。その国は、もう二度と戦争はしないぞって、軍隊を全部捨ててしまいました、でも………。」
私は、艦長や、乗って来た司令官、そして古株の乗組員がしていた昔話を始めます。
もう一度生まれた時は、町の人の自衛隊への印象はとても良かったのですが、そんな時代ばかりではなかったそうです。
町を歩くと、陰口を言われたり、あからさまに嫌な態度を取る人もいたそうです。
でも、そんな嫌な思いをしても、毎日頑張って、色々な物を積み上げて、そうやってみんなに認められるようになりました。
そんな昔話を一通りした後に、妖精さんに聞いてみます。
「悪口を言われてヘリコプターが嫌いになりましたか?」
「そんなことないです!自分にはもったいないくらい素晴らしい航空機です!」
妖精さんは、皆一様に首をブンブン振って答えます。
「もう嫌だって思いましたか?」
また首を振ります。
「そうですか……皆さんちゃんと自分に誇りを持ってるんですね。」
「「「はい!」」」
「認められてなくても、一生懸命やっていれば、本当に必要な時に活躍出来ます、きっと認められます。みんなそれだけの力を持っているんですから。」
妖精さんは泣き止んで私のお話を真剣に聞いてくれています。
「今日はゆっくり休んで、悪いことは忘れて、また明日から頑張りましょう。」
「「「はい!」」」
来た時とはうって変わって元気に返事をして、艦内に入って行く妖精を、はぐろは優しく見送った。