「ワイバーン01より、ターゲット情報を送る。」
シーホークからの通信と同時にCICの大きな画面に4つのシンボルが映し出される。それにはそれぞれ4桁の番号が振り分けられている。
「確認しました、トラックナンバー8251から8254番、射程内に入り次第対艦ミサイルでの攻撃を行います!」
「了解、ワイバーン01、観測を続ける。」
シーホークはそう言って通信を切る、吹雪から燃料をもらった彼らは、再び任務についた。これから敵の対空砲の射程外で常に目標の情報を送るのだ。
「対水上戦闘用意、目標はトラックナンバー8251から8254番の巡洋艦群、先頭の重巡洋艦2隻には2発のミサイルを、軽巡洋艦には1発づつ、計6発を使用します!」
「了解!」
いよいよ水上の目標への攻撃、となって艦内の緊張感はいやがおうにも高まります。さっきのヘリからの攻撃ではほとんどびくともしなかった重巡洋艦を少なくとも戦闘不能にするにはミサイルは2発は必要です。
「目標データ入力完了!」
「わかりました、シーホークは引き続き目標の観測を、射程に入ったら面舵変針、左舷、2、4、6、8番を発射してください!」
「了解!」
「あとは…………。」
攻撃の準備は整いました。でも、もうすぐ神通さんの艦隊が深海棲艦の射程圏内に入ります。神通さん達は短くない時間、敵の砲撃に無防備にさらされる事になります。そうなるともう私に出来る事は無事を祈ることだけです。
「煙幕、展開!」
命令をすると船体から黒い煙が出はじめる。さっきから谷風は逆探知装置が鳴りっぱなしだと言っている。
「敵射程にまもなく入ります、敵艦、主砲をこちらに指向しています!」
「来るわよ、気をつけて、海に落ちないようにね!」
さっきの話を信じて行動すれば、私たちは少なくとも10分以上は敵の射程に放り出されることになる。もし第11駆逐隊が言ったとおりに救援が来なかったら……。
後ろを見ると、こんな状況でもいつもと変わらない様子で殿を務める神通さんの姿が見える。
それを見て嫌な気持を振り払う、一番危険な場所にいるあの人にあんな風にされると、私達は従うしかない。
でも、神通さんの姿も私が出した煙幕でだんだん見えなくなる。煙幕が上手く広がっているようだ、風だけは味方についてくれたみたい。
「…いい風ね、助かったわ。」
この状況でほんの少しだけいい要素を見つけた。天気は気まぐれで沢山の風がある。私達、駆逐艦の名前に沢山の風が使われているみたいに。
風が味方になる時もあれば深海棲艦よりも怖い敵になる時だってある。でも、今日は風が味方についてくれた。レーダーを装備した深海棲艦にどれくらい効果があるかわからないけど、どうかみんなに当たりませんように。
手すりをつかむ手に汗がにじむ、雷撃のために切り込む時の高揚感とは全く違う、今までにない感覚に足が震えてしまう。
「谷風、雪風、煙幕を展開、左に出ます!」
「同じく初風、煙幕を展開、右に出ます!」
ほとんど全ての船が同時に動き出して煙幕を展開する、敵の射程距離に間もなく入る事を察知したんだろう。
「先頭艦より発砲炎視認!」
「来た!」
これだけ遠ければ相手の射撃する音は聞こえない、しばらくすると砲弾が空気を切り裂く独特の音が聞こえる。
射程距離が短い武器しかない私達がこんな時に出来るのは当たらないように祈るだけだ。
一瞬だけ真っ黒な塊が見えた、そしてそれは神通さんを狙っているのか、はるか後ろのほうに落ちて大きな水柱を立てる。
「初弾、近弾、神通が狙われているようです!」
水柱が収まった頃にまた再び水柱が上がる。
「神通さん……。」
4隻の駆逐艦からの煙幕に隠れてしまって神通さんの姿はほとんど見えなくなってしまった、本来ならあの場所にいるのは自分なのだ。
「敵弾、来ます!」
シュルシュルという砲弾が空気を切り裂く音がだんだん大きくなって、近くの海面にいくつかの大きな水柱を立てる。
「初弾、近弾!」
「了解しました、先行する皆さんの様子は?」
「全艦、煙幕を展開、各個に回避行動を取り始めたようです!」
妖精さんの報告に静かに頷く、大丈夫、20分ぐらいなら煙幕と私の回避運動で逃げられる。
神通には自信があった、広く煙幕を出して相手の修正射撃を妨害する、そして最後尾の自分の回避行動で相手の偏差射撃をかわすのだ。もっとも、距離が近くなってしまえばその効果はほとんど無くなってしまうのだが。
「次弾、来ます!」
再びシュルシュルという空気を切り裂く音が聞こえて、音の正体の真っ黒な砲弾が今度は頭の上を掠めるように飛んでいく。
「第4戦速、急いで!」
「次弾、遠弾、次は……」
近弾、遠弾と来れば、次は侠叉弾が来る!
速力を一気に上げて、さっき前方に出来たばかりの水柱の方へ突っ込んでいく。
「発砲炎!修正射、来ます!」
沢山の黒い塊が飛んでくる、それはついさっき私がいた場所に大きな水柱を作った。
「敵もなかなか…優秀ですね。」
発射間隔と弾着の範囲から、敵が優秀なのがわかる。煙幕をものともしない砲撃だ。
「取り舵10度、前進強速!」
次は一気に速力を落とす、前に出すぎてしまうと私が殿になった意味がない。
「本艦も煙幕を張りましょう!」
「却下です!」
もし、第11駆逐隊の言う攻撃武器が来なかったら、昼間での砲雷撃戦になる。私のような大きな軽巡洋艦を残すよりも小回りが利いて足の速い駆逐艦の方が状況を打開できる可能性がある。今、駆逐艦を狙わせる訳にはいかない。
「次弾、来ます!」
「衝撃に備えて!」
再びあの音が聞こえる、私はあと何度これに耐えればいいのか、気が遠くなる。
「くそう、何もしてやれん。」
遠くで艦隊の様子を見ているシーホークの妖精が悔しそうに言った。
4隻の駆逐艦が煙幕を張って最後尾の軽巡洋艦が2隻の重巡洋艦からの砲撃を巧みにかわしている。
いくつかの至近弾はあっても乱れる事なく落ち着いて攻撃をかわすその姿はひらひらと舞う羽毛のようであの軽巡洋艦がとんでもない技量なのがわかる。
だが、それが通用するのは遠距離の時だけ、シーホークの乗組員もそれはよくわかっていた。
「くっそう、SSM攻撃はまだか!」
「味方艦隊と敵艦隊、距離詰まります!」
「わかっとるわ!」
目の前で戦闘している第2水雷戦隊と深海棲艦との距離はどんどん詰まっている、今は大丈夫かもしれないが、そのうち命中弾を受けることになるのは明白だ。
「ワイバーン01、1分後にSSM攻撃を行う、射線方向から離れよ、ターゲットオンタイムは10分後!」
「来た!ラジャー、射線方向から離脱、観測を続ける。」
「第2水雷戦隊、神通へ、1分後にSSM攻撃を行う、ターゲットオンタイム10分後!」
「……」
返事がない、きっと回避に精一杯なんだろう、そう妖精は結論付けた。
「SSM-1B、2番、4番、6番、8番、諸元入力完了しました、モードはハイダイブ!」
「SSM、射程圏内!敵艦隊、速力090°27ノット、シーホーク離脱完了、射線方向クリアーです!」
「面舵いっぱい、射界に入り次第攻撃して下さい!」
「了解!」
「射界まで……30度前、20度前……10度前……間もなく!」
「トラックナンバー8251、8252、コメンスファイヤー!」
「SSM-1B発射初め、サルボー!」
ミサイルを撃つ号令をかける。
すると、CICの中にいてもわかるくらいの轟音と振動がおきる。以前にも対艦ミサイルを撃ったことはありますが、積んである本物の対艦ミサイルを75パーセントも使う、今回のような攻撃は自衛隊の時にもやりませんでした。
明石さんは「武器を見る!」と言って上甲板に上っていきました。
明石さんが言ったとおり私の対艦ミサイルは高い命中率を持っています。何もしない、電波妨害もチャフも持っていない船に対しては外しようがない、と言ってもいいかもしれません。
「SSM-1B、2、4、6、8番、発射よし!」
「了解しました、取り舵いっぱい、次はトラックナンバー8253、8254へミサイル攻撃をします!」
「了解!SSM-1B、1番、3番、諸元入力完了、モードハイダイブ!」
「射界まで……50度前…40度、引き続き射線方向クリアー!30度…20度前……間もなく!」
「トラックナンバー8253、8254、コメンスファイヤー!」
「SSM-1B発射初め、シングル!」
今度は右舷からの発射、CICからはその様子は音と振動でしかわからないけど、盛大な白煙を引いて空へ飛んでいっているはずです。
「SSM-1B、1、3番、発射よし!全弾、正常に飛行を開始しました、ターゲットオンタイム9分後です!」
「第二水雷戦隊へ通信を、攻撃を開始しました、命中は9分後です。5分後から反航戦差支えありません。」
「痛いっ……でも、まだ!」
「左舷、至近弾!」
マストのいちばん上をゆうに超える大きな水柱がほんの目と鼻の先に立つ。
今のでいったい何発目の至近弾なのか、撃たれ始めてから、気が遠くなるほど時間が経った気がする。駆逐艦たちの煙幕の効果もあって敵の修正射撃は正確さを欠いている。だから今まで何とかかわすことが出来たけど、もうそろそろ限界だ。
煙突を突き破って海に落ちていった砲弾もあった、今私が最初と変わらず動けているのは本当に運がよかったから、としか言えない。
「第11駆逐隊から示された時間、間もなくです!」
「了解しました、全艦、反転用意、煙幕を止めて速やかに単縦陣に移行して下さい!」
「「「了解!!」」」
「待ってました!」
いいかげんに逃げるのも飽きてきた駆逐艦たちが元気に返事をする。
あと四分で命中すると言っていたけど、砲弾が飛んでくる様子も飛行機が来る様子もない、攻撃は本当に来るんだろうか。
神通は攻撃を受け始めてからほとんど変わらない状況にほんの少し焦りを感じる。
「時間です!」
「取り舵いっぱい最大戦速!皆さん、突っ込みます!」
神通の合図に全ての艦が左に回頭する、そしてぐんぐん速力を上げていく。
「煙幕、出ます!」
妖精がそう言った次の瞬間、船体を薄くつつんでいた黒い煙幕がさっと晴れる。目の前には真っ黒な深海棲艦が2隻、まっすぐこっちを向いて走っているのがわかる。
しばらくして、速力の落ちていない3隻の駆逐艦も、煙幕の中から現れる、4隻は素早く単縦陣を作ると遠くで砲撃を加えている深海棲艦に向かって波を切って突進する。
「神通さん、みんな、待って!」
速力が出せない天津風は遅れて煙幕の中から現れる。速力が出ない天津風は一生懸命走るが、先行する4隻には全く追いつけない。
「天津風、私達が打ち漏らした分、お願いよ!」
最後尾の初風が言った、今から先行する4人には容赦なく敵の砲弾が降り注ぐことになる、速力が出せない天津風は一人、比較的安全な場所にいる事に悔しそうに唇を噛んだ。
「敵艦隊、面舵変針!」
「まずいわね……」
珍しく神通がほんの少し焦った声を出す、突撃を見越したように敵艦隊が変針する。
これで敵は全ての砲撃力をこっちに向ける事ができる、それがわかっていてもなお、死地に飛び込むのだ。
変針を終えた深海棲艦がチカチカと光る。
「皆さん、覚悟はいいですか?」
神通の言葉に誰も答える事なく、その瞬間を迎える、真っ黒な砲弾が空を覆いつくさんばかりに飛んで来る、艦隊は既に敵の後続の軽巡洋艦の射程にも入っていた。
次の瞬間、雷鳴のような音と共に大きな水柱が視界を埋め尽くさんばかりに立ち上がる。
「被害を!」
「後にしなさい、走れれば問題ありません、次に備えて下さい!」
後ろの爆発音を気にするそぶりもなく、神通は視線を再び前に戻す。
「次弾、来ます!」
深海棲艦の発光を確認した妖精が叫ぶ、そして全員、来たるべき衝撃に備える。
でも、いつまで経ってもその衝撃は来なかった。前を見ると彼女たちの前に信じられない光景が広がっていた。
「神通さん、敵艦が……爆発してます!」
「ええ…雪風、私は夢を見ているのかしら…。」
今まで飛行機の姿も船の姿も見えなかった、誰かが攻撃した様子もなかったのに敵の巡洋艦4隻が次々に爆発を起こしている。
「神通さん、まだ撃ってきます、とどめを刺しましょう!」
状況を飲み込めないままの艦隊に初風が言う、確かに敵は攻撃を続けてくるが、それはついさっきみたいな統制がとれたものではなくて、最後の断末魔のようだった。
その後、何が起こったのか全く分からないまま、5人は大破した深海棲艦を雷撃処分した。