愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose―   作:ノエルイド

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アインナッシュ

血の汚臭が漂う、寂れた地下空洞の広間。そこで私たちはいつも通りに討伐対象の親元をコミュニティごと始末し、後処理の作業をしていた。

 

「はぁ……大分馴染んできたとはいえ、力を意図的にセーブした状態での戦いってのは楽じゃないわね」

「そういう割には当初と比べて目覚ましいほど処理が迅速になってきていますよ。しっかりと目に見えて成長できているようで何よりです」

 

あれから更に9ヶ月経ったわけだけど…………やっぱり全力の半分しか出さないように努めながらの任務生活はキッツいわね。この女からもごく希に心配かけられちゃったし屈辱だわ。

 

「ふん、調子よく評価してんじゃないわよ。貴女の隣で戦う身からすれば、まだまだ鍛錬不足にも程があるっての。そういうお褒めの言葉はさ。せめて私が今のやり方でも上級死徒を仕留められるようになってから口にしてくれる?」

「……セーブした状態でその上級死徒より一つ下のⅥ階梯を一度に十数人もまとめて殲滅するに至った時点で、評価するには十分すぎると言っておきますよ。

同じ状況に立たされた場合、この身体が忌むべき不死身でなければ私でもかなり難しいでしょう」

「露骨な謙虚はやめて。貴女なら不死身でなくても、あの程度の連中なら余裕をもって片づけられるわよね?普通の代行者じゃ手に負えない怪物っつっても、下級死徒なんざ所詮は平民出のトップ層ってだけなんだし。

シエルさんよりもずっと弱っちい私でソイツらを一掃する事ができちゃったんだから、貴女みたいな天才なら尚更片手間に殲滅できるでしょ」

 

第一、Ⅵ階梯程度の怪物に無双できても上級死徒や後継者、況して祖の次元に比べればまるで大したことない。

今の私を例えるならそれこそ『ちょっと力を付けたに過ぎない半端な狩人が、野良猫の群れをようやく白兵戦で殺せたぐらいでイキってる』ようなものだ。

無論、9ヶ月前よりは当然ながらマシになってきてはいるけれど……生き急いででも強くならなきゃいけない現状からすると成長の具合が渋いし歯痒いものを感じてしまう。

まあ本来なら私はそもそも復讐の才能すら中途半端な虫ケラだって事を考えると、これでもあり得ないぐらいの成長なんだろうけど。

 

「そちらこそ買い被りすぎですよ、ノエル。わたしは犯した罪を生きている限り精算し続ける為に、この身に宿る不死の呪いを利用しているだけ。これが無ければとっくにどこかで死んでいますし、天才などと讃えられるほどの事ではありません。

どれほど強い力と強い身体に恵まれていようとも、死ぬ時はあっけなく死ぬのですから」

 

シエルはあっけからんとした顔できっぱりとそう言う。言わんとしている事は分かるけど、それをこの世で最も死に嫌われている女が口にしても説得力はない。

というより、そもそもそれをこうして聞いている私だって代行者になって10年以上になる異常者だ。異端狩りの経験値だけならコイツよりも上の先輩だし、生き死にのあっけなさなんざとうに理解して割り切っている。

 

「はは、貴女が言うと色んな意味で説得力しかないわねえ。ま、同時に最も説得力がないけどさ。

貴女ほど死から嫌われているイキモノなんて、それこそあの白い真祖ぐらいのモンじゃないかしら?」

「………………」

「……何よ、その目は。ただの下らない戯言じゃない。恨みつらみの呪詛をクドクドと吐かれるよりはマシでしょ?それとも、この際だから私の家族がどういう死に様を辿ったか懇切丁寧に聞かせてあげてもいいわよ?」

「…………いえ、結構です。わたしが言うのも憚られる事ですが、それだと貴女が一番傷口を抉られるでしょう?」

「ふ――――は、ははは!ええ、そうね!違いないわね! じゃあ今のやり取りはお互いに忘れましょう。私も次からはもう少し言葉選びの配慮を努力するわ!」

 

などと他愛のない会話をしている内に掃除が終わり、私とシエルは現場の最終確認をした後に担当区域の教会支部に連絡を入れた。

 

「あー、もしもし。ノエルです。調査区域の親元及びそのグループを代行者シエルと共に始末しました。後は残党狩りの駆除作業が終わり次第、本国に帰還致しますのでその時は追って報告を入れます」

 

『了解した――――と言いたいところだが、丁度いいタイミングだ。今し方、本国の方より()()()()()が発生したとの伝達が来た。至急、まずは目の前にいるだろう代行者シエルと変わってくれ』

 

「はい?……はあ、分かりました。とりあえずシエルに変わりますね」

 

言われるままにシエルを呼びつけて端末を渡す。本国からの緊急の事案ってなに?それもシエルに変われって事は埋葬機関の代行者が対処しなきゃいけないほどの異常事態なのかしら……?

端末を受け取ったシエルは会話を続けているけど……何だか様子がおかしい。普段の淡々とした顔ではなく、少なからず動揺している感じに見受けられる。

 

「………どういう事です?確かに相性を考慮すると彼女の力は適任ではありますが、連れていけと?

同意しかねますね。彼女は他の代行者を突き放すほどに着実に力を付けてはいますが、それでも同行させるには危険すぎます。

教会としても今の代行者ノエルは替えの利かない貴重な戦力の一人でしょう?そんな彼女を失いかねないリスクを背負ってまで同行させようとするのは得策とは言えません。

幾らでも死ねるわたしとは違って、彼女は一度でも死んでしまったらそこまでです。故にその事案の対処にはわたし一人で―――――は?局長が?

…………………話は理解しました。とりあえず、あの局長(人格破綻者)には『事が終われば夜道や寝込みにせいぜい気を付けるように』とだけ伝えておいてくださいね。では失礼」

 

そう告げるなり、シエルはやや強引に通話を切り上げてから私に端末を返した。黙って横から聞いてはいたが、どう見ても不機嫌なご様子だ。

任務に関する話でコイツがこうも感情を出しているのは珍しい。つまりはそれだけ深刻な事になったと察せられる。

 

「で、何があったの?貴女の顔と声色から察するに少なくともとても穏やかな内容ではない事は分かるけれど、局長がどうかしたの?」

「……本当は貴女をこんな危険極まる任務に就かせたくはなかったのですが、どうやらあの人格破綻者が既に派遣するメンバーのリストに加えていたようで、貴女の意思に関係なく強制的に同行が決まったみたいです。

同行するメンバーは貴女とわたしを含めて総数10人。他の代行者たちも実力ある腕利きの者たちで構成されるようで、緊急故に各々が現地集合という形で既に動いているようです」

「……貴女や私も呼ばれたって事はとどのつまり死徒の討伐案件でしょうけど、随分と少数精鋭での任務なのね。ふふ、それって都市制圧戦?或いはまさかの二十七祖事案だったり?」

 

「―――――はい、後者です。今からわたしたちは、祖の一角を相手にしなくてはなりません」

 

「…………へ?」

 

あまりにもあっさりとした返答に言葉が出ない。ただの戯言のつもりで口にしただけなのに、この女はどこか躊躇いつつもそれを肯定した。

嘘を口にしている様子は一切ない。そもそもコイツはこんなところで下らない嘘を吐くようなヤツじゃない。つまり、これまでの話をまとめると、わたしは――――強制的に、二十七祖の討伐任務に参加させられたのか。

 

「今から数日前、特定の地域で観測されていた小規模の森林地帯から異常な魔力反応の発生を感知したらしく、先の話によるとその()()()()()()が大規模な活動を始めたようです。

既に付近にあったらしい小さな村はその森林の侵攻により壊滅し、今はその近くにあるもう一つの村へと進んでいるようです。急がなくては被害の規模は加速度的に大きくなります」

「は……?ちょっと、待って。森林そのものが、村を壊滅させた?って事は何、それ自体が討伐対象の祖って言いたいの?

じゃあ、これから私たちが対処しなくちゃいけない二十七祖って、つまり――――」

 

 

「ええ―――――死徒アインナッシュ。『腑海林』と呼称され、祖の第七位に座する吸血植物の群体です」

 

 

……『記憶(運命)』の通りに進むならその内こういう事にもなるんじゃないかとは覚悟していたけど、どうやらさっそくその通りになったようだ。

 

 

 

 

◆――――――――――――――――――――――――――――――◆

 

 

 

 

数十年周期で訪れた、死徒アインナッシュの活動。その一報を受けて私とシエルは休む間もなく次の現場へと移動し、そして特定の地点で他のメンバーと集合した。

既に全員が到着していて、結果として私たちが最後に来た訳だが予定時間には間に合ったので注意や叱咤は飛んでこなかった。

 

「これより我々は森の中心にある大樹を目指し、陣形を一つに固めながら森林内部へと突入します。侵入した時点で昼夜を問わずにあらゆる角度から攻撃が飛んでくる事が予想されるので、くれぐれも油断しないように。

この作戦を成功させる鍵となるのは代行者ノエルです。彼女の繰り出す焔は通常の聖なる炎とは比にならないほど強力であり、アインナッシュの防火性を突破して焼き払えるだろうとわたしや教会は見立てています。

よってノエルは部隊が突き進む為の道を切り開く役割に徹してください。無論、道中ではアインナッシュの『仔』が襲撃してくる可能性も考えられますので、それも前提に含めた上で任務を遂行します。

四方から絶え間なく襲い来るという森の性質上、長期戦になるほど此方が不利に立たされるので、可能な限り迅速な討伐を目指します。

――――では、突入を開始します」

 

事前に各々で情報を共有し、その上でシエルが作戦内容を簡潔に説明した後にそのまま突入の号令をかけて森に侵入する。

二十七祖、アインナッシュ。『記憶』の中には情報が殆ど入っていなかったけど、これまで代行者として情報を積極的に集めていた事と道すがらシエルに聞いておいたから凡その事は把握してる。

祖の第七位を冠する死徒であり、その実態は個ではなく無数の植物で構築されている群体の吸血鬼。

一応、本体と言える部分においては現在進行形で目指している大樹にあるらしいけど、そこに辿り着くまでに無尽蔵に襲い来る木の根や植物も事実上のアインナッシュと言える。

 

「な、地面が―――――がぁぁああァァ―――――………

 

「っ!?引き離――――――――――――ぁ、ァ―――――」

 

「足元にも気を付けて!立っている場所ごと瞬時に引き離されます!!」

「ちィっ……!」

 

さっそく後ろから響いてくる二つの断末魔に舌を打ちつつも、前方から迫る木々の根を炎で薙ぎ払う。

ここはアインナッシュの胎内も同然だから、草木だけでなく地面すらも自在に動かせるのか。背後を見る余裕はないが、恐らく地面が割れて動揺した瞬間を突かれたのだろう。

突入する直前まで他のメンバーを一通り観察したけど、全員から手練れの雰囲気が滲み出ていた。たった今当たり前のようにやられた二人も下級死徒相手なら斃せたぐらいの実力はあった筈だ。

 

そして気づいたのはそれだけじゃない。実際にこうして領域内に入って実感させられたが――――秘蹟(まじゅつ)が使えない。

 

「ねえシエル!そっちはどう!?秘蹟使える!?」

「いえ、残念ながら同じです!恐らくは大気中のマナすらもこの森が掌握しています!常に毒霧に晒されていると言っていい!」

 

シエルは第七聖典を出血死(ブレイド)に変形させて矢継ぎ早に伐採しているが、この女すら魔術を行使できないらしい。

私がこうして炎を問題なく扱えるのは、魔術由来ではなく十四の石による肉体的な変化――――『火の王』としての体質に由来するモノだからだろう。

そしてこの炎は、相応の火力を発揮さえすればどんな不浄だろうと芯まで焼却する。どうやら今の私が繰り出せる効力は、アインナッシュの根に対しても十分に通用しうるみたいだ。

そう、そこはいい。いいんだけど、それ以上に問題がある。

 

「―――勢いもそうだけど数が多すぎない!?これじゃまるで雪崩か津波よ!!」

 

『アインナッシュの全域は直径50㎢。故に想像を絶する物量で襲ってくる事も覚悟しておくように』と事前にシエルから聞いていたとはいえ、何なのこの規模は。

周りに生えてる木々だけじゃなく、地面も割れるしその隙間からも大量の根が降りかかってくる。

時には足場そのものを壊されて、空中で襲い来る根を燃やしながら代わりの足場として伝っているけど、その僅かな間にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からシャレになってない。

 

はが、ああ、ァ――――aa―――」

 

「クソ、こんな――――

 

一人、また一人と養分にされる不快な音が背後で響き、そして消えていく。断末魔すら上げられずに死んでいく様子を想像し、気持ち悪さと目の前のクソッタレ植物への怒りで顔を顰める。

彼らの事は今回で初めて顔を合わせたし、同業者というだけで赤の他人も同然だ。ただそれはそれとして抵抗虚しく虐殺されるのを後ろで聞かされていては断じて良い気分になどなれない。

 

(シエルは―――――)

 

「――――、――――、――――!」

 

……相も変わらず冷徹なポーカーフェイスで対応している。多少ながら鬼気迫る様子が見受けられるが、それは目の前の脅威を払う事に対してであって、後ろの連中の仇討ちの感情というワケじゃない。

ま、これに関しては私もどうこう言えない。コイツと同じく目の前の脅威を焼き払う事に精一杯だし、一々背後に構ってる余裕なんて一秒だって無い。

 

「突入から30分足らずで4人が殉職した!今どの辺りだと思う、シエル!?」

「まだ1km前後―――圏内に入ってから殆ど進行できていないと思われます!」

「あっはは!!何それ――――マジで言ってんの!?この状況で後24キロも進めと!?」

 

直径50㎢って事は少なくとも中心の大樹までは25kmほどある。せめて2km以上は進んでいてほしかったけど、どうやらまだ認識が甘かったらしい。

魔術が使えないから位置を誤魔化す事もできないし、常に大なり小なりの勢いで襲ってくるからこうして突貫するしかない訳だけど……生きた心地がまるでしない。

死に勝る恐怖や苦しみは何度も味わってきたし、勝てる気がしないバケモノ相手に絶望を覚えた時だって数え切れないほどあった。無論、さっきまで生きていた仲間がゴミのようにあっさり殺された事も。

 

でもこれは知らない。この絶望は、この恐怖はまだ知らない。あの惨劇には及ばないけど、希望を潰される不穏な感情が未だかつてないほど上がってくる。

二十七祖を相手取るのは即ち一国と戦争する事と同義だと知った時、正直なところ非現実的で実感は沸かなかった。

『記憶』にてヴローヴという祖の脅威をイヤってほど見てはいたけど、結局はシエルと遠野志貴の二人だけで何とか斃せていたし、そもそもこの女だけで祖を複数体殺していたんだから『絶対的脅威ではあるけれど、超人がチート使って頑張ればギリギリどうにかなるんだな』って程度の認識だった。

 

 

ぅあ、アアァァ、あァっ―――――ァが、ぎぃいぃぃ――――」

 

 

(実際にこうして戦ってて分からされた。こんなの人間なんかが敵うモノじゃない。バケモノでしか対処ができない、正真正銘の生きた災害だ)

 

 

同行している代行者たちも超人の類ではあるんだろう。けど彼らは人間と比べての超人だった。

怪物の中の怪物にとっては彼らも有象無象の血袋に過ぎない。これに抗えるのは、殺せるのは、初めから同等の怪物しかいない。

 

(しかも今相手にしているのはあくまで全体のほんの一部でしかない。本体どころか『仔』と遭遇してすらいない。

なのにこっちは既に半数が食われ、多分この先も次々に成す術なく捕食されていく)

 

もはや地面に降りる余裕はない。こちらに伸ばしてくる根を道にして宙を移動し進んでいく。

根や枝の悉くを焼き尽くし、無尽蔵の森林に局所的な火災を発生させながら何とか応戦していく。

 

ふと、こんな時だというのにどうでもいい思考が浮かぶ。怪物の中の怪物でしか対処できないというのなら、こうして何だかんだで応戦できている私もヒトのカタチをしているバケモノじゃないの?

それならどうして自分の事を棚に上げてシエルをバケモノ呼ばわりしているのか?己の罪と向き合って贖罪に生きているあの子より、あの子への復讐に狂いながら全てを焼き尽くそうとしている私こそが本当のバケモノで、

 

「だまれ―――――黙れぇッッ!!!!」

 

反射的に声を上げて焼き尽くす。直後に思考を正す。今のは良くない。私という存在がグラつきかねない。本当に何を考えているんだ私は。

 

「ノエル……!?どうかしましたか!?」

「っ……大丈夫よ!私より目の前に集中して!」

 

今まさに思考が散漫になってた自分がそれを言うのか、なんて自嘲に思いながらも黒い炎を纏わせた槍斧で切り飛ばす。

シエルの動きにも注視し、この子の挙動に合わせて攻撃のタイミングを重ねる。出血死(ブレイド)による伐採と炎による焼却を前に、行く手を阻む森の魔手は次々と払われていく。

 

「やっぱり可能な限り合わせて対処した方が楽に進めるわね!このまま大樹のところまで進みましょう!」

「ええ、元より長期戦は前提に入れていません。一秒でも迅速に処理し、この森の根源を絶ちます!」

 

改めてお互いの思考が合致し、効率よく対応して処理していく。後ろを付いて来ている気配はまだある。作戦が終わるまで生き延びれるかは完全に天任せではあるけど、出来ればこれ以上は死んでほしくない。

こういう事は考えたくはないが、派遣されたのが私たちを含めて10人しかいなくて良かった。もしこれ以上人数がいたら、それだけ多くの悲鳴や不快な音が響いていただろうから。

今は五人で、私とシエルを除けば三人。死なないのが一番最善ではあるけど、最悪でもあと三回耐えるだけだ。

 

(マトモな思考は捨てろ。私も今のシエルと同じになれ。ただ目の前の任務を遂行する事に意識を割け。出ないと私も後ろの連中のように死ぬぞ)

 

冷徹に、冷酷に、事務的に、効率的に、合理的に、機械的に動く。目的を目指す為だけの自動人形として行動し、他に気は一切割かない。

全方位から絶え間なく襲い来る森の地獄を正面から打ち破りながら、私たちは互いに援護と攻撃を繰り返して悪魔の大樹へ進行していった。

 

 

 

 

 

 

◆――――――――――――――――――――――――――――――◆

 

 

 

 

 

 

「………結局、わたしと貴女だけになってしまいましたね」

「全くよ。彼らからすれば私たちは死神も同然でしょうね」

 

あれから更に2時間が経過した。現在地は突入開始地点から推定5km。部隊は私とシエルを残して全滅し、その私たちも未だに植物共の相手をさせられている。

ここら辺は少しだけ勢いが緩く、普通に地面を走って移動するだけの余地程度ならある。攻撃される事には変わりないし、休憩地点と呼ぶにはあまりにも不適切だけど。

 

「けど任務である以上、ここで今更引き返せる道理はない。現状を把握すれば、教会は増援を派遣して無駄に優秀な人材を散らすより私たちだけに遂行を任せる判断をするだろうし。

ホント、代行者ってどこまで行っても消耗品よね。こんな地獄に当たり前のように取り残されるんだから、さ!」

「余計な無駄口は叩かないように。多少攻撃の勢いが沈んだとはいえ、次の瞬間からはまた激化するかもしれません。本体の大樹を潰しさえすればこの地獄は自壊するでしょう。なら、さっさと終わらせるだけです」

「違いないわね。ちゃっちゃと片付けて私たちだけでも生還するわよ!」

 

とはいえ、既に森の侵略による被害も相当なものになっていると考えられる。私たちが最初に教会から一報を受けた時点で村一つを壊滅させ、次の村にもその手を伸ばしつつある状況だった。

そこから私たちが現場に到着するまでの時間、こうして突入してから2時間以上経過している事も含めると………恐らく、その村も……とうに滅ぼされているでしょう。

 

途端に、あの惨劇を想起する。その村たちも私の故郷のように蹂躙され、捕食され、穢し尽くされ、虐殺された果てに滅ぼされたんだと思うと、心底―――――心底、不快でならない。

 

その怒りと憎悪のままに拳を掲げ、槍斧を薙ぎ払い、前方の視界に写る雑草どもを焼き焦がして破壊する。

心なしか今までより火力が上がっている気がする。十四の石が私の感情に呼応してくれているのか、それまでに増して雑に処理しやすい。

それだけじゃなく、繰り出した炎は鎮火するどころか侵食するように火の手を広げていっている。迎撃している刹那に背後を確認すれば、私たちの通った跡は植物共の悍ましい悲鳴が鳴り響いていて、その悲鳴すらも掻き消すように黒い炎の火柱が幾つも立ち込めていた。

 

炎の範囲を拡大させる事は前々から出来ていたが、二十七祖相手だと膨大な呪いを前に掻き消されてしまうかもという懸念があった。

しかしどうやら今は違うらしい。こうして通用するという事は、その命にも届く――――殺せる、という事だ。

 

二十七祖を、生きた災害を、この手で殺せる余地がある。

コイツは私の故郷を滅ぼした怪物共の中にはいなかった。けれど祖であるなら、存在規模としてはあの怪物共と同格だろう。

つまりコイツをこの手で殺しきりさえすれば、それだけで私の復讐は大きく進歩する。勝ち筋を想像できずにどうしようもないと思っていた故郷の仇(バケモノども)に、一矢報いれるだけの次元(ステージ)に立てれる。

 

「―――――これも、試練か」

 

現状をそう認識する。乗り越えれば私の力は死徒の頂点にも通用する事が証明され、死ねばそこまでの存在だったという事実が遺るだけ。

うん、そう考えると別にこれまでとそう変わらない。今はまだ中心の大樹まで遠いし、距離を詰めるほど攻撃の勢いがより激しくなっていくのが予測できる。

だけどその程度も捌けないなら復讐なんて夢の夢だ。こんなところで終わってたまるか。

 

そのまま私はシエルと共に道を文字通り切り開いて進んでいく。攻撃の波が激しくなってきた時は迎撃に意識を割き、比較的緩んだ時は目標への移動に専念する。

そうして対応していく内に、私たちは大樹と思われる中心点が目視で確認できるところまで進んでいた。

 

「シエル、貴女もアレ見えるわよね!?あそこからの距離的にあと15キロ前後かしら!?」

「恐らく!しかしアインナッシュ自身が地形そのものを動かして大樹の位置を物理的に離してくる可能性も十分にあり得ます!このまま私たちも勢いを落とさずに駆け抜けていきますよ!」

 

しれっと恐ろしい可能性を警告してきたけど、仮にそうしてきても臨機応変に対処すればいいか。

というか私たちがまだ気づけていないだけで既にそうしている事すらあり得る。これも前提に入れた上で目指すとしましょう。

何より、私たちがこうして標的にしている以上はアレがどれだけ足掻いても絶対に逃がさないから。どうせ一寸でも油断すれば死ってんならこれぐらい気張ってた方が――――

 

「――――ノエルっ!!」

「!」

 

唐突なシエルからの鬼気迫る声。同時に下から殺気を感じ取り、瞬時に跳躍する。直後にこちらへと射出された巨大な根を焼き払う。

直接触れずとも理解した。今のはこれまでの有象無象よりも魔力の規模が濃密で、桁違いの強大な呪いを纏っている。それが今、ひび割れて陥没した地面から這い出てきた。

 

「は―――?」

 

……なんて、言えばいいのか。現れたソレは、無数の歪曲した根が絡まりあっていて、その中心には獲物を咀嚼する為の鋭利な牙がびっしりと乱雑に生えている。

およそ木の根のバケモノとしか形容しようのないソレは、これから食い散らすとでも言わんばかりに私たちの方へとその牙を剥き出しにしてきた。

 

「……はは。ねえシエルさん。コレがアインナッシュの『仔』ってヤツかしら?」

「はい、間違いなく。この際ですので、本体を潰す前の“慣らし作業”のつもりで処理するとしましょう」

「オーケー。お互いに攻撃を合わせながらこのデカい雑草もささっとブチのめしましょうか!」

 

私たちの抵抗の意思を感知したのか。『仔』は植物とは思えない猛獣のような咆哮を上げ、根の触手を一斉に伸ばす。

それらを紙一重で避けながら触手を伝い、中心の口内へ炎を飛ばす。直前で触手に防がれるも、今の私の炎はアインナッシュにも通用するほど強力になっているのでそれは逆効果だ。そら見ろ、防いだ側から炎が伝染するように焼け爛れていってる。

当然そうなれば向こうは抵抗し、より苛烈に、無差別に触手をブン回してくる。私はシエルと目配せで合図を取り合い、八方から迫る触手共を出血死(ブレイド)と炎のひと薙ぎで一掃する。

 

その際、私はシエルの出血死に黒い炎を付与する。伝染するように火の手を拡げて対象を焼き尽くすのであれば、黒鍵における式典と同じ要領で他者の武装に付与させる事もできるのではと前々から考えていたけど……どうやら上手く行ったみたいね。

 

「魔術が使えないならこれで代用すればいいでしょ!アンタなら制御した上で自前の魔力で火力を強化できるだろうし、一緒に芯まで焼き尽くしていくわよ!」

「良いですね。これならより手早く処理できます。しかしこんな事が出来るのなら突入した時点でやっておけば……」

「うっさいわね、私もこれがぶっつけ本番なの!とにかく()るぞ!」

 

根から根へと飛び移り、向かってくるものは全て焼き払い、そう時間をかける事もなく本体の前まで接近した。

自分の手足じゃ捉えきれないと悟ったのか、『仔』は口内に魔力を急速に集中させていく。察するにビームでもぶっ放して消し飛ばす算段なんでしょう。

 

 

「ハハハ、わざわざ律義に迎え撃とうとしてくれてありがとう!」

 

「おかげで―――――正面から内部に叩き込めます!!」

 

 

瞬間、シエルが聖典を出血死(ブレイド)から衝突死(ブレイク)に換装させながら『仔』の口内へと飛び込む。

杭打機を構えたシエルは私へと視線を向け、私も向けられたその目配せの意図に同意する。

 

「―――――」

 

「―――――いいわ。派手な花火を咲かせようじゃない」

 

 

そうしてシエルは発射間際の口内に鉄の杭を射出し―――――――私も容赦なく最高火力の熱線を放った。

 

 

『―――――――――――!!??』

 

 

不死殺しの鉄杭に加え、口内が丸ごと焼き焦がされる規模の不浄殺しの熱線。それらをほぼゼロ距離で喰らった『仔』は、ほんの僅かに膨張した後―――――爆発と共に虚しく粉微塵となった。

 

一旦地面に降り立ち、その身を灰にしながら崩れ落ちていく『仔』の死に様を眺める。やがて炎に朽ちていく死骸の中から、一人の女が肉体を再生させながらのそのそと出てきた。

 

 

「――――お疲れ、というにはまだ早いか。にしたって口内に飛び込んだところを自分ごと私に吹っ飛ばしてもらおうだなんて、流石貴女らしいクレイジーぶりじゃない!」

「その意図をあの一瞬でしっかりと読み取った上で即座に行動に移す貴女もなかなかに()()()()()()ですよ。結果として、このように短時間での討伐には成功したでしょう?」

「そうね。合理的な処理になったといえばその通りだし、あそこで堂々と踏ん反り返ってる大樹を殲滅する前の良いデモンストレーションにはなったんじゃない?」

「ええ。これで対アインナッシュへの最低限の戦闘のノウハウは掴みました。まだ本体までの距離はそこそこありますので引き続き急ぎましょう」

「了解。それじゃ、雑草駆除の再開と行こっか!」

 

 

改めて不思議な感覚だ。人間だった頃の自分じゃ手の届きようがなかった怪物も、こうしてシエルと組んで連携すれば思いの外手早く斃せてしまう。

 

………今はまだ、コイツとの協力ありきだからこそのスムーズな討伐が出来ている。

 

だからこそ、私一人でもこの程度の怪物なんざ余裕を持って仕留められるようにならなきゃいけない。そうでないとコイツと同じ地平に立てないし、コイツを殺しうる事もできない。

 

だったら、それを自分の手で掴み取るためにも――――今こそ本気になってアインナッシュという死徒の頂点を殺す。

これもまた運命が齎す試練だってんなら、怖気づかずに堂々と臨んでやろうじゃない。

 

私はもう、最後の最後まで理不尽という名の運命に振り回されっぱなしの人生は送りたくない。

どう生きようがロクな末路を迎えられないんなら、せめて精一杯抗って死んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――よし。やっと着いたわね」

「――――――ええ、始めましょう」

 

 

そして私たちは、この地獄みたいな森の心臓部である大樹へと辿り着いた。

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