愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose―   作:ノエルイド

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森林破壊

「――――――よし。やっと着いたわね」

 

「――――――ええ、始めましょう」

 

森に突入し、道中で『仔』を斃してから更に2時間半。私たちはようやくこの悍ましい大森林の中心部であるアインナッシュの大樹に辿り着いた。

目の前に聳える悪魔の巨木は、先に葬った『仔』のそれとは威圧感も規模も、何より感じ取れる呪いの密度が圧倒的に違う。

もし他の討伐メンバーが一人も欠ける事なくここまで辿り着けたとしても、この悪魔の前では私とシエルを除いてどの道皆殺しにされていた。そう断言できるほどに生物としての格が隔絶している。

 

「で、どうするの?こうして目前にしたはいいけど闇雲に突っ込むのはどう考えても得策じゃないわよ?」

「はい。ですのでまずはわたしが結界を構築して大樹を外部から隔離し、逃げ場を完全に封じます。

しかし結界の構築と発動にはそれなりの手間を要しますので、貴女にはそれが上手くいくよう手伝ってもらいます」

「ふーん、具体的には?」

単純(シンプル)です。大樹を囲うように周辺を炎で燃やしてください。わたしがそれに合わせて、結界構築に必要な黒鍵を手早く設置していきます。

普通に設置していくと色々と邪魔が大きいですが、それならスムーズに準備を済ませられる筈です」

「なるほど、要は周りの雑草どもを焼き尽くしてパニックにさせろってワケね。でも相手は仮にも祖の一角なんだし、普通に結界を張ってもすぐに破られると思うんだけど?」

「その懸念は不要です。今から構築する結界は普通の結界ではありませんので、わたしの想定通りに行けば少なくとも1時間以上は閉じ込められます」

 

1時間以上、か。このバケモノをそんなにも長く封じ込めれるような代物は確かに普通の結界じゃない。

しかし、多分アレだろうなという()()()()()()()。コイツの使う手札でそんな要塞染みた強度の結界なんてアレしかないし、何なら『記憶』を介して間接的に観た事もある。

 

「普通じゃない結界、ねえ。分かったわ。どんなものか見せてもらおうじゃない。失敗すんじゃないわよ?」

「ええ、無論です」

 

そこで会話を区切り、宙へと軽く跳躍してから両腕に炎を集中し、急速に圧縮する事で熱量を増大させる。

直後に周りの根が全方位から襲ってくるが、それよりも早く両腕を左右に向けてから炎の濁流を解き放つ。

炎の熱量は凡そ摂氏3000度相当。マグマなんかより遥かに燃え盛る黒い炎は、私に群がる無数の根を瞬時に焼き焦がし、その勢いのままに大樹の周りを凄まじい速度で侵食していく。

 

「あっははは!やっぱりある程度の高度からこうして浴びせた方が効率的に燃えてくれるし、何より壮観で良いわねえ!」

 

村二つを惨たらしく蹂躙しただろう悪魔の森が、気色の悪い悲鳴を其処彼処に響かせながら黒く燃えている。その気持ちの良い光景を愉しみつつ、既に行動してるだろうシエルを探して目を向ける。

 

……炎の囲いの外縁を移動しているわね。魔力でブーストでも掛けているのか、あくまで素の全力疾走なのか、音すら置き去りにしそうな速さで黒鍵を次々と地面に突き立てていっている。あの速度と一周するまでの距離から考えると大体5―――いや、4分足らずで回り終わるだろうか?

それにしても、こうして遠目から見ても本当にアホみたいな速さだ。動きについていくこと自体はできるけど、仮に殺し合いとなればそれでも速度の差で押し負けてしまうと断言せざるを得ない。

『記憶』の(ノエル)なんかは死徒と化して、その上で魂を燃やし尽くして尚もあのスピードに対応しきれてなかったしな。私も同じ轍を踏まないようにせいぜいもっと鍛えなきゃね。

 

「!」

 

そうしていると大樹が急にうねり始め、その衝撃で周りの地面も隆起していく。同時に大樹本体からも枝が何本も生えてきて周囲を無差別に攻撃し出した。よく見ると地面そのものも、その下で流動する根の動きによって不規則に動いている。

なるほど、どうやら周りの地形を乱雑に操作・破壊する事で強引な鎮火を図ろうって寸法か。これ自体が原理血戒の働きに基づいているのなら、確かに私の炎も掻き消せるかもしれない。

原理血戒は存在しているだけで世界を侵食する呪いの源泉。対して私の炎は世界を焼き尽くすほどの概念的な力はない。

あのバケモノ、祖なだけあって植物らしからぬ生物染みた知能も持ち合せているみたいだ。

 

「ま、だから何?って話だけどさ。鎮火させられそうになったなら、その上で更に炎を重ねて火災の規模を拡げればいいじゃない!」

 

向こうが無差別に攻撃を始めたのなら、こちらもまた周囲の全てを焼き焦がしてしまえばいいだけ。

両腕を合わせ、その中心に炎の極点を形成・圧縮し、それを大樹の方へと投げて―――全方位(オールレンジ)に熱線を拡散させた。

先に放った炎の渦は摂氏3000度だったが、こちらは熱線の一つ一つが4000度を優に凌ぐ。それが本体である自身のみならず周囲も無差別に灰燼にし、焼き払うのだから堪ったものじゃないだろう。

シエルは………恐らくこんな事態になるのも予測済みだろうから、黒鍵を設置する度に自分の魔力で防護しているでしょう。魔術は依然として使えない状況下だし、ただ魔力を直接貼り付けただけの脆い防御ではそう長くは保てないだろうけど、あの速度なら構築まで普通に間に合うわね。

 

なので、あの子がそうしてくれるまで私はこの馬鹿でかい木の抵抗(アクション)を全力で妨害する。否、妨害というよりはありったけの殺意と炎で殺しにかかる。

私はあの子の、アイツのサポーターとして徹するつもりなどない。殺せる好機があるなら必ず狙う。そしてこの手でアインナッシュの命を焼き尽くす。

先頭部を花弁のように割き、ナイフみたいに尖った牙を剥き出しにしながら矢継ぎ早に襲い来る『枝』を躱し、いなし、燃やす。

道中でも散々見かけたけど、何ともまあ吸血植物に恥じないグロテスクな枝ね。このクソみたいな枝の一本一本がⅥ~Ⅶ階梯クラスの呪いを帯びていると考えれば、他の討伐メンバーが成す術なく食べられたのも納得できてしまう。

 

「けど、植物らしく結局は炎に弱いようだから安心したわ。仮に普通に燃やされたとしてもすぐに再生するから問題ないんだろうけど、私の炎はさぞ痛いでしょう?ふ、クふ、ふふふっフフふふふふふふッ!」

 

黒い炎の槍斧を振り回し、薙ぎ払い、向かってくる枝を切り落として焼き焦がす。

これが通常の聖別の炎であれば、幾ら迎撃したところで向こうの復元呪詛による再生力が遥かに上回るだろう。

しかし自分で言うのも何だが、私の操る炎はそんなモノとは熱量も放射範囲も火力も応用の幅も段違いだ。

枝の方も数の暴力で攻めるだけじゃなく、超濃度の毒霧を噴射したり魔力を圧縮して放ってきたりもしているが、その程度は炎で全て掃えるので何も問題ない。

 

「ああ、何か段々と目が慣れてきたな。シエルの動きに比べれば、ただ不規則に周りから向かってくるだけのお前たちは余裕をもって見切れるし対処できるわ!」

 

その間にも周囲に炎をバラ撒き、火災の侵食を止めさせずに放ちまくる。

私の炎はあらゆる不浄を灰にする浄化の炎であり、その伝達速度も対象が穢れているほどに早い。

そしてアイツが地面を自由に動かせるという事は、大樹の根が無数に張っているだろう地中も汚染されているという事。

つまり、上から大量の土砂を被せて鎮火を試みても焼却の勢いが弱くなるだけで炎は消えない。寧ろそこから地中という土台をじわじわと焼いていく。

だがそこは死徒(バケモノ)頂点(トップ)たる二十七祖。原理血戒から呪いを更に引き出せば、少なくとも地面に染み込んだ分は完全に呑まれるだろう。

 

けれどそれがどうした。私は最初から全てを焼き尽くすつもりでこうして火の手を加速度的に拡げている。

世界を侵す原理血戒の劇毒。それをシエルはこれ以前からとうに味わっていて、その上で乗り越えている。

 

なら―――私だって正面から対峙し、抗い、そして押し通ってやるわ。それぐらいの無茶はしないと、あの女を殺すなんて出来やしないからね……!!

 

 

「――――終わりましたよ、ノエル」

 

「!」

 

 

宙で枝共の悉くを焼き滅ぼし、森の悲鳴と燃え盛る炎の喧騒が拡がる中、少し離れたところでシエルの声を捉える。

声のした方に目をやると、最初にいた位置にアイツはいた。すぐにそちらへと注意を切り替え、アイツの方へと向かう。

 

「おかえり。今更だけど結界も秘蹟の一つだからてっきり発動できないものと思ってたけど、しっかり出来るのね?」

「この結界には特殊な魔力を使用していますので例外と言えます。それに、こうして発動が容易になったのは貴女が周囲を燃やした事でアインナッシュの空間支配が弱まったおかげでもあります」

「……は。そりゃどうも。十分に役立ててバディとして何よりだわ」

 

向かってくる枝や根を焼きながら礼を受け取る。言ってる事は皮肉という訳でもないんだろうけど、その気になればアンタ一人でも場を整えて発動できたでしょ。

現に『記憶』だとこの子はアインナッシュを討伐しちゃってるしね。私がいようがいまいが結局殺せるんだから、褒められても素直に喜べたものじゃない。

 

「……もう一つフォローしておくと、貴女がいなければこれほどスムーズに結界を構築する事は無理でしたよ。

大聖堂(ゴチックフォート)、励起。原理血戒(イデアブラッド)22番、クロムクレイ・ペタストラクチャ――――――!!」

 

シエルが腕を掲げてその名を唱える。すると外周が大規模な結界を急速に構築していき、火災ごと大樹を外界から完全に隔離した。

この結界……ま、案の定クロムクレイの原理血戒のようね。世界と対峙するレベルの呪いを振り撒く二十七祖による空間支配の(ルール)を強引に無視できるのは、当然ながら同等の規模(二十七祖)の呪いしかないわよね。

『記憶』でもヴローヴとの戦いで巨大な結果を用いて自分ごと閉じ込めていたけど、やはりというかアレと同じだったか。

 

それはそうと感情が顔に出ていたのか、ついでのようにフォローしてきたわね。次からはもう少し不満や苛立ちを隠す努力をしよっか。

コイツへの復讐に生きてるのもあってちゃんと出来るかは我ながら非常に怪しいけど。まあ今はそんな事はどうでもいいわ。

 

「へえ、特殊な魔力を使った結界って二十七祖の原理血戒を用いた代物だったのね!事が終われば根掘り葉掘りと訊かせてもらいたいけど、少なくとも強度は申し分ないのよね?」

「ええ、先ほども言ったように二十七祖であっても1時間以上は隔離できる筈です。この聖堂は魔術世界における『生命の質量定義』において二番目に強い『大きくて重いもの』に相当し、最も強い『小さくて重いもの』であれば早々に破られる可能性もあり得ますが、見ての通りアインナッシュの大樹はどう考えても『大きくて重いもの』と捉えていい。

規模が同格である以上、少なく見積もっても1時間未満で壊される事はあり得ないでしょう」

 

そう告げるシエルの顔に慢心の色はない。それまでの状況・知識・経験に基づいて極めて冷静に計算している。

そう、これだ。これでいいんだ。吸血鬼を滅ぼす為にあらゆる情報の分析を行って実行する戦闘マシーンとしての側面。この在り方を失わずにいればいいんだ。そして私も、コイツのこの在り方を失わせずにバディとして上手く立ち回るべきなんだ。

 

「ふぅん。じゃあこれから1時間以内にこのクソデカい木を伐採して焼き滅ぼすのがベストって事ね」

「はい。これで入念な準備は終わりました。あとは―――一気に畳み掛けるのみです」

「了解。ならそろそろブチ殺してあげましょっかあ!!」

 

改めてシエルと共に大樹の方へと突撃する。向こうもそれに応じて枝や根、その他あらゆる植物を総動員して差し向けてくるけど、今更そんなので止まる私たちじゃない。

『仔』の時と同じように切り倒し、焼き払いながら突き進む。地面そのものを崩して来ようが、枝や根を足場として飛び移って大樹を目指す。

 

「間もなく着くけどどうする?とりあえず一発大きいの当てようかしら!?」

「ええ、お願いします!」

 

お願いされたので挨拶代わりの火炎放射を大樹の根元へと放つ。道中を阻む雑草どもを纏めて焼却し、そのまま扇状に火の手を拡げて根元を侵食する。

 

 

■■■■■――――――!!!!

 

 

「あっはははは、バケモノらしい気色の悪い叫びじゃないの!耳が腐りそうよ!!」

 

『仔』のそれより輪をかけて悍ましい悲鳴を轟かせる。不快だ。実に気持ち悪い。まずは醜悪に叫び散らしてる口を『仔』の時のように爆散させて黙らせてやる。

枝や毒霧、魔力放出などの応酬を凌ぎつつ、大樹の表面をシエルと駆け上がる。向かう途中で足場そのものを巨大な口に変えて捕食しようとしてきたりもしたが、それよりも早く炎を御馳走させてやった。

 

「―――、―――、―――!」

 

シエルもシエルで枝や幹を次々と豆腐のように伐採しまくっている。元々の馬鹿力と出血死(ブレイド)の性能に加えて私の炎を付与(エンチャント)しているとはいえ、こんなにもあっさり切り払えるものなのね。

コイツの動きに合わせて同じようにスパスパ切りまくってる私もそんなに変わらないけど。

 

「ねえシエルさん!まずコイツの口元を切り裂くってのはどう?」

「なるほど。ではお互いに合わせましょう!」

 

互いの意図を把握し合い、駆け上がる勢いを利用しそれぞれの得物を表皮に刺して引き摺っていく。

そのまま摩擦熱を加えて――――――同時に口部を縦に切り裂き、更にその際の余波で口内を炎上させる!

 

■■■■■■■―――――!!!??

 

「あはははは!口元がパックリ裂けた上に口ん中まで燃えちゃったわねえ!フフ、ハッハハハハハハ!!」

「調子に乗るのはまだ早いですよ。次にすべき事は分かってますね?」

「ええ、言われずともね。絶対に、確実に、完全に!残穢の一片まで滅ぼしてやりましょう!」

 

切り上げた勢いで宙に跳んでいたが、アインナッシュは口部を燃やされながらも禍々しい呪いを集束させている。

『仔』がそうして来たようにビームで消し飛ばすつもりか。それだけじゃなく、結界内部のあらゆるところから根と枝を差し向けてきた。

同時に大樹の表面にも先にやってきたように大口を幾つも形成し、その全てから呪詛の熱線や毒霧を弾幕のように撃ち放つ。周囲の大気すらも並みの加護を易々と貫通して土地そのものを汚染するほどの劇毒に変質させた。

……ああ、これはどうやら全力で殺そうとしてきてるらしい。て事は要するに―――これを突破されれば()()()()()()ってワケだ。

 

それを悟った私は全神経・全魔力を集中させる。シエルは弾幕を正面から突っ切り、呪いを集束しつつある口部へと飛び込む。

私は宙で待機しながら襲い来る弾幕を炎と槍斧で蹴散らし、不浄を滅ぼす炎を今の自分が出せる極点まで練り上げていく。

 

1秒。直上から飛び込んだシエルが呪詛の渦巻くアインナッシュの口内へと着地する。

 

2秒。衝突死(ブレイク)へと即時換装して鉄杭を打ち立てるのを確認し、圧縮し終えた極点の照準を真下のアインナッシュへと合わせる。

 

4秒。アインナッシュが口内に集束させている呪詛を煌めかせ、熱量を瞬間的に高める。私はそのタイミングで極点と化した炎を投下する。

投下した炎は、それそのものが小さな星のように輝きながら大樹の口内へと吸い込まれていく。

 

5秒。今まさに放射されようとしている呪詛と衝突し、シエルもそれに合わせてほぼ同時に杭打機の引き金を引く。

杭による着弾の衝撃と炎の極点。それらが極限まで集束した呪詛と反発し合い、暴走し、膨張し、瞬時に臨界点に達する。

 

そして、

 

 

■■■aa■■aaaaa■――――――』

 

 

その悍ましい断末魔は刹那に掻き消され――――――人を喰らう穢れた大樹は、頂部から根元にかけて爆ぜた。

 

 

「うああぁぁーーーーー――――――ぐぇっっ!?」

 

 

あまりの衝撃と爆風に私も吹き飛ばされ、咄嗟に腕で庇ったが大聖堂の半透明な天井に思いきりぶつかってしまう。

人間のままだったら潰れていた。いやそもそも爆風を受けた時点で粉微塵になってた。つくづく過去の自分の脆さには腹が立つ。

 

 

(けれど、それはそれとして―――)

 

 

ゆっくりと自然落下しながら、眼下に広がるそれを目にする。

 

ほんのつい先ほどまで悠々と聳えていた大樹は原型を失い、文字通り跡形もなく倒壊している。よく見れば再生しようと節々を動かしているものの、血液も根こそぎ焼き尽くされたのだろう。最早それは、ただ蠢くだけの肉塊同然と化している。

周囲の植物も急速に勢いを喪失し始め、中にはこの時点で既に枯れ出している個体も多く見受けられる。

どう見ても、どう考えても、あとはゆっくりと消滅していくだけと断言できる状態だった。

 

「ハ―――は、はははっ……はは、ハハハハハ……!!

やった。やったんだ。とうとう、ついに………私は………ッ!!!」

 

無論、仮にも祖なんだから今際で最期の抵抗をしてくるかもしれない。しかしここから出せる力の程度などたかが知れているし、そんな脅威なんて何時でも返り討ちにできる。

されど、まだ感じ取れるモノが残っている。アインナッシュという森を構築する呪いの源泉が、燃え落ちた大樹の中心に見える。

 

「あれが―――『(アインナッシュ)』の原理血戒……!!」

 

炎と黒煙が邪魔して物理的にはよく見えないが、目の視点を魔術的なものに切り替えればイヤでもその存在を観測できる。

『記憶』とシエルから聞き及んだ情報に寄れば、原理血戒とはそれそのものが星の物理法則を独自の(ルール)へと上書き・侵食する猛毒の特異点。

それ自体は前々から知ってはいたけれど、こうして実際に目にすれば嫌でも理解させられる。何と言えばいいのか。それこそ特異点、或いは一つの小さな惑星としか形容できない。とにかく、アレは悍ましいなんて生々しい言葉で表せる代物じゃない。

原理血戒は特別な血液とも理解しているけど………あれだけの力を動かすのに、一体どれだけの人間や動植物の血を消費していたの?

 

「………吸血鬼共の王の一角(いっぴき)なだけあって、胸糞の悪さも最低最悪ね。こんなのがあと20匹以上もこの世界に跋扈してるとか頭がやられそうだわ。

まあ少なくともこの雑草はもう終わりなんだし、今はそれでいいか」

 

黒く焼け焦げた地面に着地する。周囲の植物や木々が攻撃してくる様子はない―――と言うよりはもうその気力もないか。

親元である大樹がやられた影響で力の供給が完全に断たれたのでしょう。今はまだ苦しみに蠢いていても、この様子であればそう時間を置かずに全ての植物が枯れ果てて灰となるかな。第一、大樹へと向かってた時点で進行ルート上の範囲は『仔』を含めて全部焼き尽くしているしね。

 

そして、目の前に写る大樹だった死にかけの残骸の中から動く影が見えた。その影は人の頭ほどの大きさの果実のようなモノを抱えて私の前に出た。

 

「―――今度こそ本当にお疲れ様。それ、どうするの?律義に教会に納めるのかしら?」

「はい。………と言っても、わたしが過去にも祖を討伐してる事を見抜いた貴女にはどうせバレますよね。よって正直に言いますが、これは―――()()します」

 

シエルは抱えていた原理血戒の果実を口に持っていき、そして―――ゆっくりと食し出した。

なるほどね。どうやって祖の力を行使しているのかと疑問に思ってたけど直接食らって取り込んでたってワケ。

何らかの魔術的な処置を予めやった上での作業なんだろうけど、見ているこっちとしては不気味でならないわ。

 

「よくもまあそんなモノを食えるわね。腹どころか魂が壊れたっておかしくない、というか壊れて当たり前だろうにさ」

「んっ―――……前もって()()()()()()()()()()()()()()()()ですよ。というよりそれも分かっていて言っているでしょう?」

「そうね。幾ら死なないっつっても限度を知らなさすぎるから口にせずにはいられなかったわ。まあ、既に一度経験してる貴女にとっては慣れた作業でしょうけど」

「……………ええ。まあ、そうですね」

 

……何か妙な間があったけど、そこを突っ込んでも露骨にはぐらかして来るだろうし気にするだけ無駄ね。

 

「さて。ともかくこれで任務達成―――と見ていいわよね、コレ。原理血戒も貴女が奪って取りこんじゃったし、力の源を失ったアインナッシュはもうこのまま朽ちるでしょ」

「ええ。もはやアインナッシュ本体に力は残っていません。通常、死徒というのは親基が消滅してもⅣ階梯以上の個体は自立して生存しますが、アインナッシュの場合は森の全てが大樹に依存しているようですね。

謂わば全ての植物が親基の大樹の仔であり、同時に全てがアインナッシュそのものでもある。それでも幾つかは辛うじて生き延びるかもしれませんが、あとはそういった僅かな残党を処分していくのみになるでしょうね。

ここまで漕ぎ着ければ、もう聖堂を解いてもいいでしょう。“大聖堂(ゴチックフォート)――――――構築解除(デモレイション)”」

 

シエルの声を合図として、クロムクレイの大聖堂が徐々に解かれていく。

そうして外部の様子が露わとなるが、至る所から黒い粉塵のようなモノが立ち上っている。よく見れば、それは醜悪な植物共が悲鳴を上げながら灰と化していく様だった。

………どうやら本当の本当に終わったようね。シエルの言うように後は徹底的に火葬処分するだけ、か。

 

「―――ふ。ふ、ふふふふ……んぅふふふ、ふ、フフフフフ………ぃひっふふふひひヒヒヒヒヒ!!」

 

ああ、ダメだ。まだ、まだ込み上げてくるな。まだ除草作業が残ってるでしょ。堪えろ、堪えてくれ。嗤うには、まだ、早いわよ。

何もかも全部全部焼き尽くして、完全に滅ぼしたのを確信してからじゃないと。そうやって先走るのは良くない、良くない良くない!

 

「………ノエル…………」

「ふ、クふふふ!ひっ、ぃヒ、くく―――ああ、うん。ちょっと、こみ上げてくるモノがあって。ぷふっ……さっさと、残りを終わらせましょうか。

そう、全部。何もかも。余す事無く。数え切れないほどの罪なき命を食い荒らした、このクソ以下の森林を破壊して!主の御名の下に地上から消しましょう!ああ、これで世界がまた一つ綺麗になるわぁあ!」

「…………」

 

我ながら柄にもなく気分が高揚としている。心から気持ちがいい、なんて思えたのは少なくともこれが初めてなんじゃないだろうか。

なら、この気分が鎮まらない内に一秒でも早くこの雑草どもを焼却しちゃいましょう。あまり何時間と掛けたくないから一気にやってやるわ!

 

 

 

 

 

 

 

◆――――――――――――――――――――――――――――――◆

 

 

 

 

 

 

―――アインナッシュ討伐の任務にあたってから完遂するまでに約1日。

私たちはヤツの森林に攻め入り、その末に一瞬の隙を突く形であの化け物を抹殺。シエルが原理血戒を回収した後、私たちは徹底して大樹の残骸を滅却。

 

あとにしぶとく残っていた植物も2人できっちり駆除し、森全体の完全な停止と消滅を確認してから無事に本国へと帰還した。

教会には任務完遂までの過程と結果を簡潔にまとめた報告書だけ提出し、その後で任務中に犠牲となった代行者らの弔いをひっそりとシエルと一緒に行ったりもした。

 

 

 

 

―――そして、その日の夕方。私はシエルと一旦分かれ、アインナッシュが存在していた焼却後の跡地へと改めて足を運んでいた。

 

辺り一面が草木一本生えていない、文字通りの焼け野原。黒い灰が其処彼処に散乱しているだけで、中央に鎮座していた悍ましい大樹も、その大樹に勝るとも劣らないぐらい醜悪だった『仔』も、アインナッシュという祖を構成する全ての植物も、何一つとして残っていない。

 

私の故郷を滅ぼした悪魔たち。結局シエルとの協力あってこそとはいえ、そんな悪魔たちと同等のバケモノを他の誰でもない私が、とうとうこの手で滅ぼした―――滅ぼせたんだ。

 

「……そっかあ。滅ぼせた、殺せちゃったんだあ。夢?夢かしら?いいえ、いいえ。これは紛れもない現実。どん底から何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!死にかけては立ち上がってきた私へ神様が齎してくだされた奇跡!そうに違いない、そうでなくて何だって言うの!」

 

再び腹の底から悦びと歓喜が湧き上がってくる。しかし今度はもう堪える必要なんてない。

今はただ酔いしれよう。その滅びを、その在り様を、その全てを、ただ――――――嗤いたい!

 

 

「…………ふ、ふふ。んふ、んふふ、ふふふふふふふうふふふっくくくくくく、ふふふふふふ!んぅふふふふふふふふふ――――――あっはははははははははははは!あは、ははは、はっはははははははは!!ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

ああ、ああ、ああ!!斃した!斃せた!斃せちゃった!これで私は、更に更に強くなったわ!死徒の王、人間からすれば絶望以外の何者でもない生きた災害を!正真正銘の悪魔たちの一角を!私が!この手で!殺した!殺した殺した殺した殺した殺した――――――殺してやったっ!!

はっはははははははっははっははは!!!どうだぁアインナッシュ!クソ以下の雑草がッ!お前の築き上げてきた地獄みたいな森も!植物も!仔も!さぞ大事に実らせていただろう果実も!全部!全部全部全部全部全部全部全部全ぇぇぇぇん部私が、私たちが潰してやった!お前が罪なき人々たちを無慈悲に悪辣に食い潰しやがったようにねえ!!

どうせ取るに足らない虫けら同然にお前は潰していったんでしょう?その虫けら以下の眼中になかっただろう私に!圧倒的に優位だった状況から!何もかもを焼き尽くされた気分はどうかしらぁ?

植物に感情なんてものがあるのかは甚だ疑問だけど、さぞ悔しかったでしょうねぇ恨めしかったでしょうねぇ屈辱で仕方なかったでしょうねぇぇぇ?

アハハハハはははは!!その思いを抱えながら地獄の底で未来永劫に苦しみ続けろ!!お前は敗けたんだよ!人間という化け物にねぇ!!

私たちの――――――私の!!勝ちだぁっ!!!!クハ、あははははははハハハハハハハはははハハハ!!!!」

 

 

ああ、気持ちいい。とにかく心地良い。あの地獄を経てからこんなに晴れやかな感情になったのは初めてだ。

本当に嗤いが止まらない。感情的に喋りすぎて早口になってるけどどうでもいい。モノクロだった世界が色づいて見えるような錯覚さえ感じる。

そうだった。生きてるって、こういう感じだった。今この瞬間から、自分はようやく蘇ったかのような解放感を覚える。

 

ありがとう、シエル。ありがとう、神様。これで自分の生き様に自信が持てるようになった。まるで霧がかったように先の見えなかった目標が、ここに来て明確に晴れてきた。進むべき道が照らされた。私はやっと、悪魔と戦える境界(ステージ)に立つ事ができた。

 

「そうよ。だからこそもっと、もっともっと強くならないと!代償なんて度外視してでも更なる力を求めてやるわ!」

 

『記憶』の(ノエル)は力を求めた。しかしそれは死徒という望まぬ力で、そして望まぬ代償を支払わされる末路に至った。

私は違う。あんな未完成で怖気の走る唾棄すべき力なんかより、もっと強大な力が欲しい。その為にもこの勝利を噛みしめた上で、更に身を粉にしながら努力していかなくっちゃ!

 

 

 

「だって、私は―――――――こうして生きている。命が動いている。これが尽きない限り、復讐に突き進む意思は何があっても諦めてなんかやらないんだから!!」

 

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