愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
二十七祖の一角、アインナッシュの討伐完遂から一週間後。
私はパリの街の一角にある教会で、現在当たっている任務についてシエルと話していた。
「―――で……現時点での痕跡等の情報から考えると、今回の討伐対象の潜伏場所って大体この範囲の何処かっぽいよね。特にこの位置にいる可能性が高いと私は思ってるけど、貴女はどう?」
「わたしも同じ考えです。情報が本当であれば親基の階梯は上級死徒のようですし、普段通りに油断なく徹すれば討伐自体は容易でしょう。今回も貴女一人に譲りましょうか?」
「うーん……今回はどっちが親の首を刎ねれるかの競争にしない?先日にそこら辺の
私一人で皆殺しにしてもいいけど、それじゃ時間食って面倒だから貴女と二人でぱっぱと片付けちゃいましょう。腐っても上級死徒のコロニーなんだし、万一にも逃げられる事なんかあっちゃならないからね」
「ではそうしますか。決行時間は明日の深夜としましょう。結界はわたしが張っておきます」
「ええ、任せるわ。あとの細かい事は決行時間までに色々と決めておきましょ」
いつも通り淡々と話し合った後、各々準備をする為に教会を後にしようと動く。
情報通りなら何事もなく事が済むし、仮に予想外の事態が起きてもコイツと一緒ならそれも問題なく片付くだろう。
そう呑気に考えながら出口に向かっていると、
「―――おや、もう行かれるのですか?シエル殿、ノエル殿」
「!」
前方の長椅子に座っていた男が唐突に立ち上がり、私たちに声をかけてきた。
その男は前髪をセンター分けにしていて、凛々しさのある顔つきで右目に黒い眼帯を付けている。体型は服越しでも分かるほどに引き締まっていて、
パッと見ただけでも『強い』と分かるぐらいには洗練されている。多分、本気出したら上級死徒とも渡り合えるんじゃないか?
「はい。ハンザ神父も同行をお望みであればご自由に。対応できる手が多いほど処理の手間が省けますからね」
「はは、私ごときが貴女方の仕事に割って入っても寧ろ足を引っ張りかねませんよ。御二人で全て事足りるでしょう?」
「まあ、仮にどちらかだけでも手早く済ませられますが……確かに下手に付いてくるとノエルの炎の巻き添えを食いかねませんね」
「ちょっとシエルさん?まずこの男は何者なの?いや、代行者ってのは見ただけで分かるけども……なに、顔見知りなの?」
「ああ、そういえばノエルはこれが初めての顔合わせでしたか。この方はハンザ・セルバンテス神父。代行者の中でも屈指のエリートです」
「かの埋葬機関において『弓』の
そして申し遅れましたが、改めて自己紹介を。私はハンザ・セルバンテス。そこにいる四人の修道女、『カルテット』を部下に持つしがない神父です。
以後、お見知り置きを―――“
男……ハンザ・セルバンテスは、そう自己紹介してから後ろの席で座っていた女たちに挨拶を促す。
言われるままに女たち―――カルテットとかいう四人組は揃って私たちの前に出た。
「メイシア・クオです。お初にお目にかかります」
「シャンティ・ムカルジーです。噂はかねがね聞いていますよ」
「ヴィオラ・ヴァルストロムでーす。以後お見知りおきを!」
「カティア・カンバネリスです。あなた方があの埋葬機関なんですね……」
各々名乗りを上げていき、カルテットは興味深そうに私たちを見つめてくる。
この感じ、今にも質問責めでもやってきそうな様子だ。私はこれからシエルと一緒に仕事へ行かなくちゃいけないんだから勘弁してもらいたい。第一、必要以上に他人と関わるつもりもない。
「ねえ、焔のノエルさん。二十七祖をも燃やし尽くしたらしいあなたの
あ、同伴と言ってもあくまで現場から離れて視察するだけっすよー。万一にも巻き込まれちゃったら洒落になりませんし」
「は?いや勝手なコト―――」
「それは良いわねヴィオラ。正直なところハンザ先生以上の代行者は見たことがないし、何よりあの埋葬機関の実力を目撃できるまたとない機会となれば見逃す手はないわ!」
「私も気になります。もっとも、御二方さえ許してくださればの話ですが……」
「………師父はどう判断されますか?無論、私も弓のシエル様と焔のノエル様の御力には興味関心を向けてはいます」
「……カルテットらはこう申し出ているようですが、どうされます?」
「離れて視察するだけであれば構いませんよ。ただし、場所に関係なくわたしたち二人から100……いえ、200m圏外まで距離を取る事を常に心掛けておいてください。
今回はただの死者の掃討ではなく、上級死徒を中心としたコミュニティの殲滅です。無論、仮にそちらの身に何かあっても自己責任だと釘を刺しておきます。ノエルもそれでいいでしょう?」
なんで許可しちゃうのよ。まあ、うん。下手に干渉してこなけりゃ私としてはそれでいいけど。
私がカルテットの立場なら絶対に行かないけどね。天変地異を引き起こせるような化け物を近くで観察するとか200m離れてようがとても安心できたものじゃないし。
「……分かったわよ。そんなに見たいっつーなら勝手に遠くで見てるといいわ。この子ならともかく、私の炎なんてそれなりの規模を燃やせるだけで大したことないけどね。
……それとさ。もう一つ、アンタたちに言っておくわ」
私の発言に全員の注目が集まる。ツッコまずに聞き流していたけど、さっきから
「その、『
でも私からすれば『焔』なんて呼び名はあまりに大層で分不相応でしかないの。『森』を焼却できたのも
その上でもう一度言うけど……二度と『焔』なんて名で呼ばないでちょうだい。私の炎は、どこまでいってもただの炎。穢れた吸血鬼共を灼き滅ぼす、ただそれだけの未熟な炎なの」
尽きぬ憎悪を薪として常日頃から燻ってはいるし、これからも私の憎しみと殺意が膨れ上がる限りこの炎も力を強めていくだろう。
けれどこの炎が『焔』と呼ばれるに相応しいものになる事は恐らくない。十四の石は力を行使する者を火の王に変えるらしいけど、いつも運に助けられてギリギリ成り上がってきただけの
「私が考えている『
もしそんな呼び名に相応しい炎だとすれば――――――それこそ死徒どころか、『世界をも燃やし尽くす劫火』だと思っているわ。言いたい事はそれだけよ」
そう、だから今のままじゃダメなんだ。力が全然足りないんだ。
シエルは端的に言って世界のバグだ。そんなバグを何れこの手で消すというのであれば、私もまたバグに等しい超常的な力を手にしなくてはならない。
この女は
しかし、それでもこの女を殺せるとは到底思えない。そもそもロアとして死んで尚も数年後に独りでに蘇生するような怪物なんだし、肉体を消し飛ばすだけじゃなく魂そのものも完全に消滅させなきゃ意味がないんだろう。
無論、私の炎は普通なら魂も燃やし尽くして灰にする。しかしこの女が受けてきた地獄を考えれば、恐らくは肉体や精神だけでなく魂もまた相当な存在強度があるに違いない。
だから炎だけでは足りない。それに加えて、もっとこう、圧倒的な物量と勢いで粉々に押し潰して破壊するような―――例えるなら“津波”みたいに強大な力が必要だ。
「世界を燃やす劫火……それが貴女にとっての焔と解釈しているワケですか。これまた随分とスケールが大きいですな、ノエル殿」
「そうでしょう?分かってくれたなら次からは普通に呼びなさい。重ねて言うけど、私の炎なんて埋葬機関の御業や祖の呪いと比べたらただの灯火に過ぎないっつーの。さ、行きましょうかシエルさん」
ハンザたちにキッパリと言いつつ、任務の遂行へと思考を切り替える。とりあえず決行時間を迎えてシエルが結界で隔離してくれたら、私も炎で囲って閉じ込めちゃいましょうか。
さあて、今回は行動開始から殲滅完了までどれほど掛かるかしら?
――――――後に上級死徒のコミュニティを根城ごと炎で吹き飛ばしながらシエルと共に上級死徒を蹂躙し尽くす姿を目の当たりにしたハンザ・セルバンテスとカルテット一同から『もしかしてギャグのつもりで謙遜していらっしゃる?』と総ツッコミを受けたノエルであった。
◆―――――――――――――――――――――――――――――――――◆
「―――失礼なヤツらだわ。私はただ純然たる事実を口にしていただけなのに。シエルさんもそうは思わない?」
「あのですね。正直に言ってわたしから見てもアレは言いすぎでしたよ。祖に通用する時点で灯火などと評するにはあまりに過小評価ですし、貴女はもう少し自信を持つべきです」
「……ま、それもそうね。自信を身に付けられるかは別として、自分の実力を正しく信用していくのも大切かあ」
つっても、あんな風にねちねちと言ったのは『焔』だなんて分不相応な名で呼ばれるのが気に食わなかっただけなんだけど。
……私なんて結局は復讐に縋り続けるしかないただの亡霊なんだし、そんな狂った亡霊に大層な称号とか要らない。
それにどう評価しようが今のままじゃこの女や他の祖は殺しきれないのも事実なんだし、結局中途半端な事は変わりない。
『森』―――アインナッシュに通用したのも相性と状況が上手く噛み合ってくれたからであって、他の祖となると全然そう都合よくはいかないだろう。
そもそも祖には一匹につき、真祖すら寄せ付けないと言われる
そもそもアインナッシュ自体が祖としては他の祖と勝手が異なる特殊なケースだったし、ここら辺も含めると一概に比較できるものでもないか。
「ねえ、シエルさん。ちょっと落ち着けるところで話さない?今後の方針とか色々と決めたいの」
「ほう、貴女からそう言うとは珍しいですね。それでしたらわたしの仮住まいで話しましょうか?」
「ええ、それでいいわ」
ひとまずシエルの拠点に移動し、それから改めて考えをまとめる。
現状として、総耶に着く未来までは残り1年と三ヶ月を切っている。これから出てくるだろう
加えて『記憶』の通りに未来が進むのであれば脅威はロアだけじゃなく、ヴローヴもまたあの街に現れる筈だ。
アレも私の故郷を蹂躙したクソったれ吸血鬼共の一匹なんだ。直接この手でブチ殺せると考えれば寧ろ来てくれた方がいい。
そして総耶での一件を終わらせた果てにシエルもこの手に掛ける事も考慮すると、もう今の内に動いておく方がいい。いえ、本当ならもっと早い段階でそうしておくべきだった。
「………ま、こんなところね。埋葬機関の代行者という立場上、24時間365日常に任務に縛られるというワケじゃないしそれなりに自由が利く期間ができる。
だからそこを最大限に活用してお互いにやりたいことをやっていく。そっちはそっちで次のロアがどこの誰に潜んでいるか、もう分かってるんでしょう?」
「はい。今代の彼は極東の島国である日本にいます。そして誰に潜り込んでいるのかは勿論、どこにいるのかもほぼ特定しています。
しかしながら、今すぐ行動に移すのは時期尚早です。
………その間に生じるだろう犠牲者の事は、割り切ります。無論、その上でロアを確実にこの地上から抹消します」
「……ま、必要な犠牲だなんてとても言えないけどそこはしょうがないわ。だからこそロアという悪魔が齎す輪廻を今代で―――
あんな地獄はもう二度と繰り返させてはいけない。文字通り、何をしてでもロアを今度こそ殺す。幸いにも私たちには、お互いにあの悪魔を確実に滅ぼせる手段があるからねえ?」
コイツの
私の炎も不浄殺しに特化しているけど、コイツの第七聖典は手札の多さと多様性を含めてそれ以上と言っていい。対吸血鬼における武装兵器でこれほど凄まじい代物もそうないだろう。
『記憶』でもアレの杭をほんの少し突き立てられただけで
「ええ。貴女のそれはあらゆる魔性を滅する十四の石による浄化の炎。そしてわたしの所持する第七聖典は七つの死因を武装として分けた千年クラスの聖遺物。どちらもロアを滅する上で十二分に事足ります。
そして、例え転生体の意識が残っていようと完全にロアとして変容すればその時点で殺す。無論、この誓いと贖罪は変わりません。
とはいえ、今言ったようにロアを処断しに動くにはもう1年以上待つ必要があります。潜伏場所もほぼ特定ができている現状を考慮すると、その間はわたしは割と
なので、ここは普段通りコンビとして貴女と行動を共にしても大丈夫です。そちらの都合によってはお互いに別行動を取っても構いませんよ」
「ふーん、それじゃあこれまで通り私と一緒に行動しましょう。互いに近くにいた方が連絡を取りやすいし、一方に何かしらの異常が起きればすぐに察知しやすいしさ。
仮に強力な死徒と遭遇しても私たちが揃えばほぼ問題ないわ。ってか何なら貴女だけでも事足りるしね。
うんうん、これで方針は大体固まったかしら。当たり前だけど油断なく、驕りなく、冷静に、冷酷に努めていきましょう!」
よし、これでいい。あとはここから迅速に更なる力を得るための手段を探して手にするだけだ。
まずはこの三ヶ月を使って探す。あわよくばその時点で手に入れられるといいのだけど、そう都合よくもいかないだろうし、よしんば手に入れられたとしてもその手段が私に扱えるモノであるのかも問題だ。
ここはもう実際に手に入れてから確かめるしかないけれど、リターンよりもリスクが大きすぎる場合は忸怩たる思いに噛みしめながら諦めるしかない。復讐する為なら何をしても躊躇わないつっても、判断や手段を間違えて本当に死んでしまったら笑い話にもならないし。
「あ、それと私たちの行動はなるべく教会には知られないようにひっそりと動きたいわ。……今のままでも十分に死徒を殺せはするけど、それでも二十七祖の命には届かない。
だから探して手にしたいのよ。今よりも更に力を得られる方法をね。今も真面目に鍛錬してはいるけど、それだとどうしても時間が掛かるじゃない?
よって、少しずつ順当に強くなっていくよりも短期間で一気に強大な力を身に付けたいのよ。あくまで私の直感としては、現状だと何れどっかで成長の余地が頭打ちになるような気がしてならないの」
「なるほど………ですが、力を得るという事は同時に何かしらの代償が付き物です。その代償によっては貴女は命を落とすかもしれませんし、更に強大な力を身に付けたいと望むのであれば、寧ろそれほど重い代償になる可能性が高いでしょう。
ノエル、それでも貴女は承知の上で探すというのですか?」
………今更何をわざわざ忠告しているのかしら、この女は?
命を落とすかもしれない?そうなる可能性が高い?それを承知の上で探すのかって?
「―――――当たり前でしょう?私は復讐に身を捧げて、復讐の為だけに生きている。
そもそも今の私は知っての通り、死者を焼く炎を手繰る怪物。人間としてはもう死んでいるも同然よ。
そして気が振れるぐらいの地獄に何度も晒されたおかげで、とっくに心も壊れて狂っているの。頭おかしくなってんの。
死ぬような代償なんて既に払いまくってるんだから、今更怖気づく事も躊躇う事もない。それが出来てしまえるならここまで強くなってなんかいない。
躊躇わないからこそ、今まさに力を求めている。そういう覚悟で行動を起こしているし、その覚悟に殉じる前提で生きてんのよ」
そして、それが口先だけの戯言などではない事もこの女だって理解している。
私の決意が揺るぎないものと分かっている故に、諭す余地がない。
「……よく分かりました。そこまで決意を固めているのであれば、もう口を挟む事はしません。これ以上の追及は
ですが、その上で一つだけ忠告をします。そういう手段を手にしたとして、得られる力が大きいほど貴女へ降り掛かる負担も相応に大きくなるでしょう。
ともすれば―――最悪、手にした力によってはそれを取り入れた瞬間に、貴女の魂が砕け散って終わる事も考えられます。ある程度順応できたとしても、人並みの寿命を生きる事すら叶わなくなるかもしれない。
………それは、くれぐれも頭に入れておいてください」
「あっそ。わかったわかった。だったら、せいぜいなるべくマシな手段を手にできる事を祈って行動に移すわ。何しろ尊敬してる
今の忠言の意味するところは、まあ私の身を案じてのものなのでしょう。
全く滑稽もいいトコよ。『記憶』じゃ
……でも、それは偏に
今度は違う。今の私は私なりにこうしてシエルと向き合ってるし、実力だって少なくとも切り捨てられない程度には張り合う事ができている。だからコンビとして、今日までちゃんとやっていけている。
『記憶』のような虚しい末路になんてさせない。裏切らせない。遠野志貴という人間に対するコイツ自身の恋慕の想い―――そんなもので私たちの復讐の全てを狂わされて堪るか。
「………ところで話を変えるけど、貴女の聖典って火力もだけど耐久性も相当なものよね。以前にアインナッシュの仔、そして親基の大樹を貴女ごと炎で爆散させたってのに、しっかりと原型を残して故障もしてないんだからビックリよ」
特に親基のそれは爆風だけで私も吹っ飛ばされるぐらい凄まじかったのに、それでも聖典自体は多少表面に煤が着いた程度で何処も焼けてなかったし壊れていなかった。
「ええ、まあ。仮にも千年クラスの幻想種が素材の基盤となっていますし、神秘による耐久性の
「ふーん……?」
しれっとドヤってるコイツはさて置き、幻想種が素材になってるってだけであんな馬鹿げた耐久性になるんだと理解する。そりゃ千年クラスのバケモノが素体になってるならそれも頷けるけど、幻想種ってそんなに強力な存在なんだ。
――――――じゃあ、もしそれほどまでの力を一端でも取り入れる事ができたら?
「おや、もしかして興味が沸きました?」
「………そうね。それじゃあ、もう少しだけ聖典について詳しくお聞かせ願おうかしら」
そうだ。そんな力を取り入れて、上手く扱えれば……私はきっと今よりももっと強くなれる。
そうなったらロアやヴローヴでも油断なく対応すれば殺せるだろうし、この女だって完全に殺しきれるかもしれない。
よし、次にやる事は決まった。力を得られる手段なら何でもいいけど、当分は幻想種に関わる情報を掴む事に尽力しましょう。まずは今年の残り三ヶ月を使って、断片的なものでも確実に手掛かりとなり得る情報を手に入れてやるわ。
ま、本格的に独断で嗅ぎ回るとなればあのクソガキ上司を始めとした教会の広い目が行動の妨げになるけど、そこは
うん。これでいい。私の復讐をより確実なものとする為に、そして『記憶』のような轍を踏まない為にも―――絶対に見つけ出すわ。